男女逆転世界で生まれた狐神が最近会った人間に勝てないのでわからせたい模様 作:イソン
ポリポリ、ポリポリ。
テーブルの上に置いてある備え付けのフリーたくあんを頬張る。
ポリポリ、ポリポリ。
なにやら視線を感じる。変なものを見るような視線が。けれども、手が止まることはない。
ポリポリ、ポリポリ。
「文句を言いたげな顔をされてますけど、自業自得なんですからね」
「……わかってるよぅ」
駄目であった。古より伝わる必殺のジト目で抗議が通用しなかった。
「ほんとですか~?」
古風な茶屋に狐神一花と巫女である水巻はいた。場所は県境近く、うどんとそばに加えおでんまで食べることができる茶屋に水巻が行きたいという願いにこたえわざわざ足を運んだのだ。
何故一花がここまで不機嫌かというと、半ば強制で車に乗せられたからである。思い出す、言葉巧みに操られ車に乗せられた時のことを。
『目的地の方面でもありますし、何より平坦な道を行くので』
まぁ、他の巫女さんと比べても一番可愛い我が巫女からの願いだ。無下にするわけにもいかない、そう考え車は嫌いではあるがいいでしょうと二つ返事で快諾した。
その結果がここに向かうまで対面をトラックや大型自動車が風のような速さで行き交う山道である。
生きた心地がしなかった。運転していた水巻が雑談していたようだがそんなの聞く余裕がなかったくらいである。そのせいでまだ尻尾がぼわっとしたままである。
「うぁあ、推しの一周年記念ライブがぁ……」
たくあんをかじるのをやめ、きつねうどんを啜る。九州側の方は汁が濃く、いつも食べる薄味タイプの物とは違い独特の風味がある。一花の結構好きなタイプの味だ。
ちなみに、油揚げは最後に食べる派である。
「まだ言ってる。別に携帯があるんですからアプリで見ればいいじゃないですか」
何度目になるかわからないやりとりに水巻は辟易としつつも、この話題が出るたびに一花様の機嫌が悪くなるためやんわりと解決策を提示する。
そんな彼女の目の前には、山菜うどんと名物である煮込みおでんが並べられていた。
少々量が多い気もするが、そこはそこ。山菜うどんは野菜がたっぷり入っているためヘルシー理論で乗り切る思考である。
「だめなんだよぅ。古のオタクは祭壇を用意して祝わなきゃダメなのに……!」
「うわぁ、そういう発言は動画や生放送で言うのやめてくださいよ? 変なところで揚げ足取られる可能性あるんですからね」
「うぇへ、大丈夫。ちゃんとSNSでは清楚で通ってるから」
(絶対ばれてるんだろうけど、変なところでポジティブ思考だよなぁ)
このポジティブさがいつもあればいいのにと思いながら、水巻もうどんを啜る。一花様の自業自得でここまで来てはいるが、せっかくなのだ。経費で諸々落ちるし美味しい物を食べておかねば罰が当たるという物である。
箸をおき、湯呑に入ったお茶を飲めばいつのまにか隣のテーブルに女性の二人組が座っていた。こちらの方を向き、一花様がいることに気が付くと興奮したように携帯を取り出して写真を撮り始める。
少しマナーの悪さが目立つが、仕方ない部分もあるため水巻は気にせずたくあんをかじった。
何度も言うが、こんな引きこもり神様ではあるがSNS上では第一人者として名をはせるネット上の王なのだ。目立たず動けというのが土台無理な話である。
(さて、どうやって探すかなぁ)
今回の目的である神様をどうやって探すか、水巻はまだ決めていなかった。一応、しらみつぶしに各県の眷属たちを管理する巫女会社に連絡をしてはいるが今のところ芳しくない。
(というか、なんか……初歩的な事を見逃してるような)
白狐様は出来ないことを押し付けるタイプの方ではない。となれば、一花様だけでも対応できる程度の用件しか言ってこないはずだ。
(後で資料見返すかぁ。とりあえず今日の予定だけ決めて、宿の手配でも……)
とりあえず地道に捜索するかと、箸で卵と大根を切り分ける。ふと、先ほど写真撮影をしていた二人組の会話が耳に入った。
『私、久しぶりに男性と会話したかも。マジでぱなかった』
『語彙力ひどすぎでしょ。まぁでもわかるわ。お仕事とはいえ、あんな間近で話せる機会なんてそれこそそういうお店しかないもんなー』
『スレで毎週買いに行ってる奴、マジで羨ましすぎ。徳積みすぎ』
『だーから語彙力……』
聞こえてくる内容に、水巻はつい声をあげそうになった。
(そうだそうだ! なんで気づかなかったんだこんな事!)
鞄から資料の束を取り出して、一花が入り浸っていたスレッドのログを確認する。ばたばたとせわしなく動く様子を見て、一花は不思議そうな顔を浮かべるも興味を失ったのか水巻が切り分けたおでんを勝手に拝借した。
数枚ほど紙をめくる。探している項目、スレッドの詳細にあたる箇所を見つけた水巻は携帯を取り出す。
(男性、和菓子……九州。……だめか、なら上から順に検索候補を変えてっと)
一花の様に尻尾を駆使し何台も操作する技術には劣るものの水巻も花の二十代。今時の若者である。よどみなく指を動かし、候補を変え検索していく。そして、途中でヒットした検索結果に笑みを浮かべた。
なぜこんな初歩的な事を忘れていたのだろうか。たが、まあいいだろうと気分を変える。
「よし! 次の目的地も決まりましたし、食べたら出発しましょうか一花様」
「えぇ……今日は疲れたから旅館行きたい」
一花は気怠そうな顔をしながらさらにおでんを拝借する。
「何言ってんですか。諸々の対応してたの私ですよ?」
鹿児島についてからのここ数日。別の信仰神への御挨拶や直下の巫女が経営する会社への訪問、宿の手配に領収書の保存。その全てを水巻が一人で対応してきたのである。
なお、一花は後ろにくっついてにこにこするだけの簡単なお仕事だったのはいうまでもない。
「褒めてよぉ。いつもならコンビニ行くだけでも頑張ってるんだよ~」
「はいはい、すごいですよ一花様」
「やだぁ……心こもってない」
さらにぱくりと。
「……というか、一花様。さっきから私のおでんかっさらってますけど何してるんです?」
テーブルの上を見れば、水巻が切り分けていたおでんの具が跡形もなくなっていた。一花の方を見れば、最後の一欠片を口にぱくりと放り込む姿。
その瞬間、水巻は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の神を叱らなければならぬと決意した。けれども、一花にはただ叱るだけでは変わらぬ。
悪びれた様子もなく、へらへらと謝罪の言葉を口にする邪悪に対しては、どこか遠い国の誰かが仰られていた『目には目を、歯には歯を』を実行に移すべきだ。
「うぇへ、ごめんねやーちゃ……ああああ最後に取ってた油揚げええええぇ!」
かなりの大きさである油揚げを水巻は一口で頬張った。
出汁を吸った油揚げ、かなりの熱さだ。けれども主神の為にもここは心を鬼にして食べねばなるまい。
ごくりと飲み込む。
瞬間、崩れ落ちる駄狐。熱さで口の中をやけどする水巻。それを遠巻きに見守りながら携帯で撮影する人々。
彼女たちの珍道中はまだ始まったばかりである。
風が頬を撫でる。夏の熱さとともに流れる風は、風鈴をゆらゆらと揺らし清涼の音を響かせた。
この音を聞くと、古き良き時代を思い出す。人は神を畏れ、均衡が保たれていたあの時代は自身にとっても全盛期だったと。
菓子切りで羊羹を一口大にして、口に運ぶ。
けれども、今の時代もこれはこれでありだと思う。人と神の間にあった境目は薄くなり、手を伸ばせば届く距離というのも。
だからこそ、彼女の運命もよくなってほしい。ほんの少しだけ、手助けをするのだ。
「白」
こちらを呼ぶ声に、白狐は羊羹を頬張ったまま返事をした。はしたないという注意を受けつつも、こちらに対しやれやれといった表情で向かってくる黒狐を見て、いつも優しいと親友の素晴らしさを実感する。
「お疲れ様、黒ちゃん。はい、あ~ん」
「いや、別に……はぁ」
少し恥ずかしそうに頬を染め、口を開けた黒狐に羊羹を差し入れする。
「どうだったかしら?」
「当たりだよ。白の言う通り、不穏な動きをしているのはその資料に乗っている神だ」
クリップで束ねられた紙束を白狐に手渡す。礼を言いつつ資料をめくっていけば、
「……ふ~ん。北欧神話の女神、フレイヤちゃんかぁ」
稲穂 恵の詳細に加え、その父親の詳細も事細かに記されていた。彼の父親が契約した海外の神についても。
「面倒な神と契約したものだ。美と愛欲、豊穣の神。古くから面倒事を引き起こしているらしいが、此度は日本で事を起こすつもりらしい」
ため息をつき、黒狐は白狐の隣に座った。切り分けておいた羊羹をさらに一つ口に入れる。
「で、どうするつもりだ」
「ん~? 変わらないよ~。新しい時代に生まれた小さな小さなお狐ちゃんが、小さな幸せを得るために頑張ってるんだもの。年長者である私たちが可愛がってあげるのは当然じゃない?」
その返答に、黒狐は再度ため息を吐く。
「だと思ったよ。……しかし、あれだな。フレイヤともなればいかに男が少なかろうと、両手を数えるぐらいは持っていてもおかしくはないだろうに」
女神フレイヤ、女神たちの中で最も美しいとされる北欧神話の神。ここ日本でも、ソーシャルゲーム等で知名度をあげつつある存在だ。
あちらの歴史もかなり古く、それこそ今回騒動を引き起こした恵の父親の様に契約した男がいてもおかしくはない。
「……ここだけの話なんだけどね。あちらのオーディンさんとフレイヤちゃんに仕える娘たちに、新しく生まれた子がいるらしいの」
黒狐はぎょっとした。
白狐が何気なく話したその内容に。
「……お前、他所の台所事情をどうやって」
「ふふ~ん、いい乙女には秘密がつきものなんだよワトソン君!」
「乙女って年でも……って、痛い痛い! わかった、わかったから!」
ギリギリと。豊かな尻尾でこちらの尻尾を巻き上げる白狐に謝罪しつつ、三度ため息をついた。
「そんなにため息ついてると、幸せが逃げちゃうよ~」
「いや、誰が……はぁ。まあいいさ、それで仕えている娘たちってことは……」
「うん、神に仕える女性だけの部隊――ワルキューレ。その一人に稲穂君をあてがおうとしてるらしいの」
「戦乙女か……」
神に仕える武装した乙女たち、ワルキューレ。黒狐もあまり詳細は知らないが、確か戦場で倒れた勇士を神の宮殿へ迎える役目を持つ存在だったはず。
「親ばかよねぇ、久しぶりにワルキューレたちの末娘が生まれたからって無理やり男性を見繕わなくてもいいのに」
昔ならいざ知らず、現代において男性の意思に比重を置く事はどの国でも多い。そのため、普通であれば大っぴらに事を起こすのは得策ではない。たとえ神であれそこは例外ではないはずだ。
黒狐は思案する。それは本当に親ばかによるお節介なのか、それとも信仰力を奪うことで神の力を偏らせるのが目的なのか。
「……私は何をすればいい?」
少しの間口元に手をあてた後、黒狐は答えを聞いた。正直なところ自身の考えが間違っていた方が面倒事に発展しないけれども、それとは裏腹に白狐の顔は満面の笑みを浮かべている。……面倒事のようだ。
「宣戦布告するから……手伝って?」
胃薬が必要だと、黒狐はとりあえず白狐の頭をぶん殴ってから何度目になるかわからないため息をつきながらそう考えた。