ヤーナム。かつて血の医療によって発達し、内外からさまざまな人々がこれを求めてやってきていた街は、今や忘れられ、風土病「獣の病」がはびこっていた。そこに住む人々も皆狂い始め、悪夢に侵され始めていたその街は、ある一人の狩人によって終わりを告げることになった。
「……ああ、これが目覚めか。」
古狩人ゲールマン*1は、悍ましい叫び声と共に消えていった上位者、そして何かから解き放たれた感覚を覚えながら、つぶやいた。
狩人の夢*2の庭園。月を背負う大樹があるその庭園にて、夢の主人であったゲールマンは、導いてきた最後の狩人が自らを操っていた上位者を打ち倒したのを見届けたのだ。
「…あの魔物でさえも打ち倒してしまうとは。…しかし、君はそれでよかったのか。狩人。」
全ての悪夢を形どるあの上位者を殺したということは、すなわちそれらを全て引き受けることと同義だ。
そしてそれは人の身では決して耐えることはできない。
「…構いません。私一人の身でこの夢を終わらせることができるのならば。」
「…はは、やはり君はどこまでも
ゲールマンは最後に残った力を振り絞り、体を無理やり起こす。
最後の狩人は慌ててそれを遮ろうとするが、ゲールマンは強引に起き上がり、そして彼女の目を見る。
「…君の向かう道はとても苦しいものになる。それは理解しているな?」
「…はい。」
「そうか。…では、もはや何を渡せぬ老耄から最後の土産だ。…君の行く末に、幸が在らんことを。」
そしてゲールマンは、ゆっくりとこの夢から目覚めていく。
自らの代わりに贄となった最後の狩人を憂いながら。
♢
…あれから何年が経ったか、私にはわからない。
上位者である月の魔物*4を喰らった私は、新たな上位者として夢に縛られ続けていた。
縛られ続けていることに後悔などはない。友人となった狩人たちも皆狂い死に、家族などどこにいるかもわからない。右も左もわからなかった私に武器を与え、ここまで生かしてくれた彼らに報いるために、私は贄になるのを選んだのだから。
だから、これは私に与えられた罰なんだ。友人たちからの恩を、彼らを殺すという仇で返した私への。
今でも手の中に残っている、彼らの内臓の温かさ。そして耳に残ってしまっている最後の言葉。
忘れられるわけがない。忘れてはいけないんだ。
だから私は、狂いそうになりながらも夢の中に残り続ける。出ることなんて許されないのだから。
『...君の行く末に、幸が在らんことを。』
「っ…!」
ああ、またこれだ。
ゲールマンさんが最後に残した温かい言葉。それがずっと頭の中に響く。
私は彼を殺した。だから幸せになる権利なんてあるわけがないのに。こんな言葉、忘れてしまうべきなのに。
なのになぜか、ずっと頭の中に残っている。
『…あなたに感謝の印を。』
「…様。」
なんでお礼を言うの。私はあなたを狂わせたのに。
『…しっかりするんだよ。』
「…人様。」
なんで心配するの。私があなたを殺したのに。
『…ありがとう!』
「…狩人様。」
なんで? 私はあなたのお父さんを殺したのに。
なんでみんなお礼を言うの? 全部私が悪かったのに。
なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?
「…狩人様。」
「っはっ、はっ、はっ、」
「冷静に。…大丈夫です。あなたが悪いわけではないのですから。」
いつの間にかやってきていた人形さんが、私をぎゅっと抱きしめてくれていた。
荒くなっていた息が、だんだんと落ち着いてくる。
「はぁ……。ごめん、なさい、人形さん。」
思わず謝ってしまう。また人形さんに迷惑をかけてしまった。
人形さんはそんな私の手をぎゅっと握りしめながら言う。
「…狩人様。私は貴女の世話をさせていただいている身です。…謝る必要はないのですよ。」
そして、また体を抱きしめてくれた。
…彼女の体は冷たいはずなのに、なんだか暖かく感じていた。
「…それで、人形さん。何かあったの?」
「…はい。どうやらお客様がお越しになったようです。」
「客…?」
長い間私と人形さんしかいなかったのに、なぜ?
思わず呆けてしまうが、それはそれとして久しくきていなかったお客様だ。少し準備しなければ。
「えと、そしたら大樹の方に案内してあげてください。私もすぐ行きますから。」
「はい。」
私の答えを聞いた人形さんは、そのまま部屋の出口から出ていった。
その姿を見送りつつ、私は急いで準備を始めた。
♢
「うわぁ…!」
わたしは『はとりちせ』、4さいになりました。いつもみたいにおかあさんとおとうさんといっしょにねたら、いつのまにかおおきなおはなばたけにいました。
いろんなおはながいっぱいさいてて、とってもきれいです。
そんなふうにおはなばたけをみていると、よこからこえをかけられました。
「…綺麗でしょう? ここはゲールマンさん…先代の方が大切にしていた花畑ですから。」
「わっ」
わたししかいなかったおはなばたけに、しらない人がいました。
そのひとはまっくろでかっこいいようふくを着ていましたが、女の人でした。
「…ごめんなさい、人と会うのが久しぶりで。驚かせてすみません。」
「こ、こんにちは。」
「…こんにちは。」
おかあさんにいわれたとおり、とりあえずあいさつをすると、そのひともあいさつをかえしてくれました。
そしてそのひとは、おはなばたけのまんなかにすわってたわたしのとなりにすわりました。
「…こんな夢の中に来たと言うことは、ヤーナムの血の医療でも求めてきたのでしょう? …申し訳ないですが、もうヤーナムには人を通すわけには行きません。あの街は眠りについたのですから。」
「ほえ…」
「…それとも、地理調査ですか? どちらにしろ通すわけには行きませんが。」
そのひとはわたしのほうを見ると、おかあさんが怒るときのようなかおで、わたしにむずかしいことばをつかって言ってきました。
そのひとのかおはとってもこわく、なにをいえばいいかわからなくなってしまいました。
「……もしかして、ここに直接迷い込んだんですか…?」
「…狩人様。早とちりは昔からの悪い癖ですよ。」
「に、人形さん……」
わたしがこまっていると、綺麗なドレスをきたすごくかわいいひとが、おちゃやおかしをはこんできてくれました。
そしてそのひとは、くろいひとのほうを見ながら言いました。
「…狩人様。自己紹介などは為されましたか。」
「…あっ。」
そういわれたくろいひとはわたしのほうを見ながらいいました。
「えと、ごめんね、ちょっと色々勘違いしちゃいました。…名前はないので、狩人と呼んでください。」
くろいひと…かりうどさんは、そうじこしょうかいしてくれました。
じこしょうかいはおともだちになるのにひつようだ、というおかあさんのことばをおもいだして、わたしもじこしょうかいしました。
「はとりちせ、です。4さいです。」
「…ちせちゃん。よ、よろしくお願いします。」
かりうどさんは、そういいながらわたしのあたまをなでてくれました。てぶくろがすこしかたかったです。
そしてかりうどさんは、なでていた手をあたまからはなして、わたしにいいました。
「ちせちゃん。 ここは本当は来ちゃいけない場所なんだけど、ここに来た時に何かされたのかな。」
そういわれてここにきた時のことをおもいだしてみるけれど、いつもどおりねたことしかおぼえていなかった。
「ううん、いつもみたいにおかあさんとおとうさんとねたよ?」
「そっか。…じゃあやっぱり迷ってきちゃっただけかな。」
かりうどさんはそういうと、むねのポケットから何かをとりだした。
それは、はくぶつかんで見たことがあるふるいじゅうだった。
「…ちせちゃん。貴女はまだ普通の人だから、ここに長居しちゃうと良くない。…案内に人形さんをつけるから、とりあえずお家に帰ってね。」
そう言うとかりうどさんはじゅうをそらにむけてうって、それからたちあがった。
「…これで、貴女の元いた場所に帰れると思う。…人形さん、お願いできるかな。」
「…貴女が、それでいいのであれば。」
人形さんのへんじを聞いたかりうどさんはうなずくと、そのままどこかにかえっていこうとした。
でも、なんだかとってもさみしそうにみえた。…ここでかえっちゃだめな気がした。
「…かりうどさん、もうちょっとここにいちゃ…だめ?」
かりうどさんにこえをかけてみると、かりうどさんはこわいかおをしながら言った。
「…だめだよ。長い間ここにいたら、
「でも、かりうどさんさみしそうだよ?」
「っ…」
おもわずわたしがそういうと、かりうどさんはかなしそうなかおをした。
やっぱり、かりうどさんはさみしいんだ。
「おともだちがかなしいかおをしてたらたすけてあげてっておかあさんが言ってたの。だから…」
「…だめ。だめだよ、ちせちゃん。…わたしと貴女は友達なんかになっちゃいけない。」
「なんで!」
わたしがそう叫ぶと、かりうどさんのすがたが消えて、まわりもまっくらになる。
そしてわたしのめのまえに、こわい何かがたっていた。
『…わたし、こんなのだから。』
めのまえにいるこわい何かは、かりうどさんらしい。かりうどさんのこえでそう言った。
…でも、あんまりこわくない気がする。 わたしが見てきたこわいものは、なにもいわずにおそってくる。でもかりうどさんは違うんだから。
『…こわいでしょ? …だからもう…』
「こわくないよ!」
『…え?』
うん。そうだ。ぜんぜんこわくない。だってあれはかりうどさんなんだから。
「からだはちょっとこわいけど、でもかわいい! もっとこわいのなんていっぱいいるもん!」
『…』
わたしがそういうと、かりうどさんはからだからいっぱいはえてるしょくしゅでわたしを包んで、ぎゅっと抱きしめる。
『…これでも?』
「うん、こわくないよ。…あったかい。」
『…そう。』
かりうどさんがそうつぶやくと、まわりがまたくらくなる。
あかるくなると、わたしはいつのまにか最初のかりうどさんに抱きしめられていた
「…」
「かりうどさん…?」
「…すこし、このままでいさせて。」
「? いいよ?」
♢
「…ごめんね、ちせちゃん。」
「ううん、これくらいぜんぜんへーき!」
小さな彼女に抱きつきながら泣いたせいで、彼女の服の肩のあたりを濡らしてしまったことに謝る。
だって嬉しかったんだ。 月の魔物を喰らって新たな上位者となったわたしを、こうも簡単に受け入れてくれるとは思わなかったんだ。
だけど、ここに長居させてしまうと上位者の側面のわたしが彼女を喰らいたくなってしまう。それだけは避けなければいけない。
「…でもちせちゃん、ここにずっとちせちゃんがいるとね、わたしが貴女のことを食べたくなっちゃう。…だから、やっぱり帰って欲しいの。」
「えー…。」
「お願い。わたしは貴女を食べたくないから。ね?」
そういうとちせちゃんは、こくりとうなずく。
よかった、納得してくれた。…でもやっぱり不満そう。…こういう時は何かあげればいいんだっけ。
「…じゃあ、はい。これあげる。」
わたしはちせちゃんに一つの鐘を渡す。
昔はただの狩人呼びの鐘*5だったこれだが、今はわたしの匂いが染みついたこともあって、その辺の怪物くらいなら寄せ付けない品となっている。
「わぁ! これなあに?」
「わたしとお揃いの鐘だよ、ほら。」
そう言って同じデザインの共鳴する小さな鐘*6を見せる。
それを見たちせちゃんは、すごく嬉しそうな顔をしてくれた。
「ありがとう、かりうどさん! 大切にする!」
「ふふ、よかった。…人形さん、お願いできますか?」
「…はい。」
ずっと後ろにいてくれた人形さんに、ちせちゃんのことをお願いする。
ちせちゃんは人形さんの案内に従って、すんなりと帰っていってくれた。
「…よかった。」
そういえばちせちゃんと話してる間は
…なぜなんだろう。
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