チセの鐘
いつから、どこでもらったものなのかもわからない、鳴らない古い鐘。だけど彼女はこれを肌身離さず持っている。なぜかわからないが、これを持っているべきだと彼女は感じている。
鐘の舌が取り外されているため、鳴るはずが無い。ただの鐘であるならば。
♢
空には満月。あたりには季節関係なく咲き乱れる様々な花たち。そして目の前には大きな大樹がある。
私が最後に眠りについた場所は、小さな個室とその備え付けのベッドの上だったはずだ。だけど、いつの間にかこの大きな花畑にいた。
「ここ…どこだろう」
少し眠気の残る目を擦りながら辺りを見回す。…遠くに小屋が見えるくらいで花畑以外は何もなさそうだった。
『わぁ! これなあに?』
「…?」
突然子供の声が響く。
振り向くと、そこには子供の頃の私がいた。
そしてその私の正面には、得体の知れない化け物がいた。
「っ…!」
『ありがとう◼︎◼︎さん! 大切にする!』
そして小さな頃の私は、その化け物から何かを受け取った。
そのまま、彼らは私の目の前から、霧のように消えた。
「今のは…?」
『…ちせちゃん』
「っ!?」
霧のように消えた子供の頃の私と化け物に困惑していると、今度は私の耳元で声がした。
驚いて後ろを見るが、しかしそこには誰もいない。
『…危なくなったら、鐘を鳴らして』
「っ、誰ですか!?」
私はどこにいるかわからない声の主に言う。
しかしそれは返事をすることなく、その代わりなのか眠気が襲いかかってくる。
『…気をつけて。こちら側は危険だから』
「っ…」
その言葉を聞いたと同時に、私は深い眠りへと落ちた。
♢
「っ…!」
辺りを見回すと、そこは私が寝た部屋と同じだった。
今日は色々あったせいでいつの間にか眠ってしまっていたのだろう、あたりはすっかり暗くなっていた。
「…さっきの夢、なんだったんだろう」
枕元に置いていた鐘に目を向ける。
いつ誰から貰ったのかわからない、古びた鐘。夢では鐘を鳴らしてと言っていたけれど、あの鐘のことなのだろうか。
だとするとあの夢は…。
そんなふうに考えていると、窓を直接叩くような音がする。
「…チセ!」
「…さっきの」
外にいたのは、昼間にあった『お隣さん』の一人、エアリエルだった。
何か私に用があるらしく、とりあえず窓を開けて迎え入れる。
「ねーねー、夜のお散歩に行かない? この辺りにはいい森があるの!」
「…でも」
エアリエルの言葉に、思わずこの家の家主であり、私を買い取ってくれたエリアスを思い浮かべる。
勝手に言ってしまっていいのだろうか。
「いいじゃない! 少し歩いてちょっと疲れて、そのままぐっすり朝まで休めば! ほら、行きましょう?」
エアリエルは私の考えていることを見抜いたのか、そう言って私の手を引っ張る。
…これは簡単に離れてくれそうにない。…少しくらいは、許されるだろうか。
「…わかった。少しだけだよ」
「! 行きましょ!」
部屋に置いてあった外出用のマントだけ被り、エリアスたちを起こさないようにそっと家を出る。
そしてそのまま、エアリエルについて行き、森の方へと入っていく。
森の中へ入ると、そこはまるでクリスマスツリーの飾りのように森中が光り輝き、周囲からたくさんの声が聞こえてくる。
「…なんだか明るいね」
「あたしたちが通った後よ。 チセはこれも見えるのね?」
エアリエルの言い方から察するに、どうやら普通は見えないものらしかった。
すごく綺麗なのに、少し勿体無い気もする。
そんなふうに考えながら歩いていると、エアリエルが質問してくる。
「…ねえチセ、家族は?」
その質問に、ここにくるまでに行った親戚たちの顔を思い浮かべる。
「…誰もいない。いろんな親戚に引き取られたんだ」
「…その人たちは優しかった?」
エアリエルの問いが、私のどこかに刺さったような気がした。
…好きになれたら、どれだけよかったのだろうか。
「…好きになれていたら、私はここにいなかったかも知れないね」
「…ふぅん」
私の答えを聞いたエアリエルが少し笑った気がする。気のせいだろうか。
エアリエルはそんな私を置いて、どんどん森の奥へと進んでいく。
♢
もう15分は歩いただろうか。しかしエアリエルはまだ森の奥へ行こうとしていた。
流石にこれ以上外にいるとエリアスに怒られるかも知れない。そろそろ戻るべきだろう。
「.ねぇ、もうだいぶ歩いたよ?」
「大丈夫大丈夫! むしろもっと奥に行かなきゃ! だって.」
エアリエルは私の手をぎゅっと掴みながら言った。
「あなたはもう、戻らなくていいんだから」
「…えっ?」
エアリエルの言葉に驚く。
戻らなくていいなんて、そんなわけがないのに。
「せっかくイバラの魔法使いを騙くらかせたんだもの、ちゃんと私たちの国に導いてあげないと、他の子に怒られちゃうわ?」
そう言ってエアリエルが私を引っ張る。
その方向には、岩でできた光り輝く入り口があった。
「人の世界で暮らすよりもずっと楽ちんなはずだから、心配しないで? …あっ、ちょうど開いてる!」
エアリエルはそのまま光る入り口に近づきながら言う。
「ここが妖精の国の入り口。楽しい楽しい、あたしたちとあなたの世界」
入り口の中から、何人かの声が聞こえてくる。
…入ってはいけない気がする。ダメだと私の直感が囁いている気がする。
…戻ろう。
「…っ、戻る…」
「あら、どこに? 待ってる家族もいないのに」
思わず立ち止まる。
…そうだ。 あの人たちは家族といえるのだろうか? あの親戚たちとは違うのだろうか?
同じかも知れない。まだわからない。それなら、いっそ。
「…だったら、こっち側で楽しく暮らしましょう?」
このたくさんの手が絡み付いてくる感覚に、飲み込まれてもいいのかも知れない。
「…そう、だね」
何かに引っ張られているような感覚がする。
そこに入ってはダメだと言われている気もする。
だけど、こっちの方が楽な気もする。 …なら、入ってもいいんじゃないか?
私は入り口に引き寄せられる感覚に逆らわず、そのまま進んでいく。
行こうとした、その時。
からん、からん、からん。
「…えっ…?」
首に掛かっていた鐘が、突然鳴り響く。
鳴る筈のない、今まで1度だってなったことのない鐘が、突然鳴り響く。
何かを迎え入れるように。
「っ〜〜〜〜! なんなのよこの音っ!」
私の手を引っ張っていた『お隣さんたち』が一斉に手を離す。
私はそれによって空いた手を使い、服の内側にしまわれていた鐘を取り出す。
「っ、この、香りって…!?」
エアリアルが鐘を見て驚いたように言う。
その鐘はいつの間にか青白く光り輝いており、そしてそこから、
そして自分を振れ、と主張しているように見えた。
「待って、チセダメよ、それは呼んじゃいけないわ、ダメよ!」
エアリエルの言葉を無視し、私は鐘を……鳴らした。
チリン、チリン、チリン。
鳴る筈のない鐘は新品の鐘のような音を出し、周囲に響かせる。
そしてその音と共に、何かが現れた。
影のような形をした何かは、次第に人の姿を形どり、そして人になった。
全身を黒く塗った装備で覆った女性のようだった。
「な、なんで、なんで夢にいる筈のあんたが…」
『…呼び出されたから、かな』
その人はそういうと、私とエアリエルの間に立ってさらに言った。
『…鐘は彼女の意思で鳴らした。だから彼女をあなたたちの国に行かせるわけにはいかないの。…諦めてくれないかな』
「っ、諦められると思うの? 所詮あんたは代替わりしたひよっこでしょう? 勝てると思ってるの?」
そのエアリエルの言葉と同時に、私と黒ずくめの人に『お隣さん』たちの視線が集まる。私には執着、黒ずくめの人には敵意の乗ったものが。
しかしその人はその膨大な視線を物ともせずに笑う。
『…そっか。今の妖精は実力差も読み取れないのかな』
その一言と同時に、周囲に月の香りが満ちる。
先ほどまで三日月だった月が、なぜだか満月へと変わり、この森を上から照らし始める。
そして照らされてできたその人の影は、
『…まだ、わからないかな。代替わりした理由』
「ひっ…!?」
その人の言葉と同時に、一斉に周りの視線が消える。
そして残ったのは、目の前にいた私を引っ張ってきたエアリエルだけだった。
『…私はあなたたちの女王とことを構えるつもりはない。…だから、見逃してあげる』
「っ…私は諦めないわよ…」
エアリエルはそう言って黒ずくめの人を睨むと、今度は私に優しげな視線を向けながら言う。
「チセ、気が変わったらいつでも言ってね? 私が迎えに行ってあげるから!」
そう言うとエアリエルは、どこかに飛び去っていった。
入り口の光も消え、月も元に戻る。
そしてそこに残ったのは、私と黒ずくめの人だけだった。
「…あの、助けてくれてありがとうございました」
『…大丈夫だよ、チセちゃん。…友達、だから』
私がお礼を言うと、その人は嬉しそうにそう言った。
私は、この人と会ったことがないはずだ。だけどなんだか懐かしく感じる。
「…どこかで、会いましたか?」
『っ……やっぱり、忘れちゃうか。…夢だもんね。そう、だよね』
私が思わずそうその人に質問すると、その人はものすごく悲しそうな、でもどこか諦めているような表情で言った。
『…私は狩人。あなたが鳴らしてくれたその鐘の持ち主。…それだけ、だから』
そうその人…狩人さんは言った。
…違う。それだけなわけがない。絶対に違うと言い切れる。
「っ、そんなわけが」
『…でも、覚えていないでしょう?』
狩人さんの言う通りだった。違うと言い切れるけど、理由は覚えていない。
なんだかすごくモヤモヤする。思い出さなければいけないのに、思い出せなくて。
「それ、は…」
『…無理しないで。思い出せなくても別にいいから』
狩人さんはそう淋しそうに言うと、懐から一つの銃を取り出す。
それは博物館で見るような古めかしい銃だった。
彼女はそれを空中に向かって撃ち鳴らすと、私の方を見ながら言った。
『…その鐘は差し上げます。私の力が必要な時は、それを鳴らしてください。…では』
それだけ言い残し、そのまま彼女は霧のように消えていった。
私に残されたのは、後味の悪さだけだった。
♢
苦しい、悲しい、辛い。
狩人の夢に戻ってきた私は、思わずその場に座り込んでしまう。
チセちゃんにまで忘れられていた。
わかってはいた。私は夢の上位者にともいえる存在。夢が起きた時に忘れられるように、私自身も忘れられる。
だから今まで人と関わらないようにしてきた。…私が、私を壊さないように。
でも関わってしまった。あの時、この場所で。 そして私は友達になりたいと願ってしまった。
「…その結果なんて、分かりきってたのに…っ」
望んではいけないものを望むからこうなるんだ。
必要以上に関わるべきじゃないんだ。…友達をみんな殺した私には、相応しい罰なのかも知れない。
そうだ。彼らは私が殺した。つぎはチセちゃんになってしまうかも知れない。
「…あは、今更
私の足元から伸びている影を見る。
そこには、かつて私が殺した獣と同じ形の影が伸びていた。
幼女を自分が原因で豚に食わせ、イケメン金髪狩人を自分が渡した招待状のせいで狂わせ、めっちゃ優しい先輩カラス狩人を自らの手で殺し。
こんなの一般人ならメンタル行かれるわけないだろ!いい加減にしろ!って感じでできたのがこの狩人ちゃんです。かわいそうに、理性が残っていたせいで…。