だって戦闘描写がないんだもの。仕方ないじゃん。
血の意志
おそらく全ての生物の血液に流れているであろうもの。しかしそれは狩人にしか見ることはできない。かつての悪夢では、夢の使者たち*1との取引で通貨として使われていた。
それを持つことは獣を狩った証。獣から流れ出た血の証は、狩人たちの中に残り続ける。では月の上位者を狩った彼女の中には、何が流れているのだろうか。
♢
暗い暗い、悪夢の中の記憶。
少女と出会った。 彼女は狩人である父親と、彼を探しにいった母親を待ち続けていた。
私は彼女に、彼らを探すと誓い、そして彼らを見つけた。 すでに物言わぬ骸と化していたが。
せめて遺品をと、母親の遺品であるブローチと、父親の遺品である帽子を手渡した。
彼女は、泣いていた。
少し立ってまた彼女の家に訪れると、ついていた筈の明かりと獣除けの香が消えていた。
彼女はいつの間にか、家から出ていたのだ。
私は周囲を探した。あんな子供がこの恐ろしい悪夢を彷徨って生き残れるはずがないのだから。
そして、下水道にいた人喰い豚を殺した時、その腹の中から、見つけてしまった。
彼女のつけていたであろう、
私が彼女に遺品を渡したせいで、彼女は死んだのだろうか。
師を尊敬している彼と出会った。 彼は師を救うためにその方法を探し続けていた。
私は彼を手伝おうと決め、さまざまな場所を歩き回った。最も、彼に助けられたことの方が多かったが。
そして彼に、彼の師がいた場所に向かう招待状を手渡した。 彼の為になるだろうと思ったから。
今でも耳に残っている。
『師よ、ご覧あれ!私はやりました、やりましたぞ! ヒャハ、ヒャハッ、ヒャハハハハハハーッ!!』
彼の狂った笑い声が。
そして叫んだのち、彼はその場で死んだ。止めることもできなかった。
私が彼をここに導いたから、彼は死んだんだ。
烏羽の彼女と出会った。 彼女は狂った他の狩人たちを狩り続けていた。
この狂った街で狂わずに生き残っていた彼女に、私は少し絆された。
なのに私は、彼女に手を貸さなかった。
何も考えずに夜を終わらせようとした私は、儀式の秘匿を暴いてしまった。
その後に再び彼女と会った時には、もう全てが遅かった。
彼女は狂っていたのだろうか、私に刃を向けてきた。
なんとか説得しようと彼女の目を見た時、私はもう無理だと悟った。 彼女の目は、青ざめたちの色をしていたのだから。
私は狂った彼女を殺した。最後、気のせいだと信じたいけれど、死の間際の彼女から恨めしい目で見られたような気がした。
ああ、そんな目で見ないで欲しいけれど。でも。
そんな目で見られても仕方がないのだろう。
みんな死んだ。
娼婦であった彼女も。
信じてくれなかった男も。
咳き込み続けていた彼も。
私の選択のせいで皆死んでいた。
だから。
この最後の選択くらいは、間違えたくはないんだ。
例え幸福のない道であろうと。
♢
「っ」
ベッドから飛び起きた私は、襲いくる吐き気に思わず口元を抑える。
「っ、はぁ、はぁ、っ……」
誰かの記憶を見ていた気がする。
暗い悪夢の中で、友人たちを手にかけていく誰かの記憶を。
「…辛そう、だった。」
あの記憶はニュースで見るような愉しみながら人を殺すような人物のものではなかった。
確かに人を殺していたが、とても苦しんでいるように見えた。
そしてそれは、今も。
「助けたい、けど…。」
どこにいるかもわからないのに、どう助ければいいのだろうか。
そんなふうに思い悩んでいると、部屋の扉がノックされる。
ああ、そういえば私は今、新しい家にいるんだった。
♢
二日間寝ていただとか、
なんの脈絡もなく連れてこられ、少し困惑しながらもその元凶を見やる。
顔が骨なせいで
「えっ!? な、なんで頭が…?」
驚いていると、彼は当たり前だろうという表情を見せながら言った。
「あんな頭で外を彷徨いていたら怪しまれるだろう? 魔法でちょっとさ。」
そう言いながら自分の顔を触らせてくる。
てから伝わってくるその感触は、まごうことなき人間のものだった。
「どう? ちゃんと触れた感覚もすり替わっているだろう? かっこいい? 凛々しい?」
彼はその胡散臭い笑顔を貼り付けながらそういった。
「…胡散臭い、です。」
「え”」
やっぱり胡散臭かった。
彼が一軒の店の前で立ち止まると、その店の扉を開く。
「…馴染みの店でね。ここにくれば大抵の道具は揃う。」
そういうと彼は、「アンジー」と名前を呼びながら店の中へと入っていく。
彼は店と言ったが…古本屋らしいその店は、本に埃がかぶっており、どう見ても営業しているようには見えなかった。
「…ここ、本当に営業しているんですか?」
「これは見せかけ。本命は奥だ。」
そう言って彼は、明らかに立ち入り禁止であろう奥の入り口に向かっていった。
彼が名前を呼びつつ入っていくと、ちょうど返事が返ってくる。どうやら本当に営業していたらしい。
「あん? …なんだい、エインズワースじゃないか!あんたが穴倉から出てくるなんて、珍しいこともあるもんだ!」
「…引きこもりみたいに言わないで欲しいな。君だって一緒だろうに。」
仲の良さそうな会話が聞こえて初めて、私は立ち止まる。
「チセ。」
「はっ、はい!」
私がそんなふうに困っていると、エリアスが私を呼ぶ。
慌てて彼らのいる方に向かうと、そこには彼と、彼の話し相手であろう人がいた。
「この子に使わせるものを用意してもらおうと思ってね。」
「あん…?」
その人がよくわからないと言いたげな表情をしているなか、エリアスは私の肩に手を置くと、その人に言った。
「3日前に弟子にした。」
「で、弟子ぃ〜〜〜〜〜!?」
その言葉を聞いたその人は、驚いたように叫んだ。
やっぱり弟子を取るのって珍しいんだろうか。
♢
「へぇ〜、日本から。」
エリアスが彼女に私の身の上話をすると、彼女は興味深そうに私を見ながら、コーヒーのカップを渡してくる。
「チセって言ったっけ? 可愛い子じゃない。…変なルートで手に入れたんじゃないでしょうねぇ?」
変なルート…。公式とはいえ人身売買の取引は、だいぶ変なルートになってしまうのだろうか。
案の定、それを正直に白状したエリアスはその人に怒られていた。
「全く…変なことされてない?」
「君は僕をなんだと思ってるんだい。」
変なこと、と聞かれて少し考えると、服を剥かれたことや突然プロポーズされたことが頭に思い浮かぶ。
それを正直にいうと、エリアスは流れるように部屋から追い出されていった。
「ったく、常識ってもんがなってないわ、あの変態め…。」
彼女は呆れたような顔をしながらいうと、私の方を見ながら言った。
「しっかし、あのエインズワースが弟子ねぇ。 プロポーズされたって本当?」
「…あの…。」
「ん? …ああ。挨拶が遅れちゃったね。」
そういうとその人は私の座っている椅子の正面に立って言った。
「私はアンジェリカ・バーレイ。マギウスクラフトの技師さ。」
「マギウス…?」
「電力の代わりに、魔力を動力とするカラクリに、宝石加工やナイフ作りだったり、なんでもやってるよ。」
魔法関係の技術者、ということだろうか。通りで鉱石なんかの素材が置いてあるわけだ。
他にもたくさんの精霊やいろんな機械が置いてあったり、まさに技術者の工房と言える場所がここなんだろう。
そんなふうに考えていると、さらに奥の入り口から声が聞こえる。
「ママー! …お客さん?」
声の主は女の子だった。
娘さん、なのだろうか。
「アルシア。」
「ママ見て! できたよ!」
彼女はそういうと手に持っている鉱石の花のようなものを見せていた。
緑色の、少し不恰好だがとても綺麗な花だった。
しかしアンジェリカさんはそれを見ずにそのまま彼女を追い出してしまった。
「…娘さんですか?」
「ああ。躾がなってなくて悪いね。」
やはり娘さんだったらしい。
「はぁー…運がいいんだか悪いんだか、あの子には魔法使いの素質があったらしい。こんなご時世だし、真っ当な職について欲しいんだけどさぁ。」
魔法使い。その単語について、エリアスから言葉を聞くことはあっても、意味はまだ聞いていなかった。
「あの、魔法使いって…?」
「うん? エインズワースから聞いてないのかい。」
あのバカ魔法使いめ、とアンジェリカさんは呟き、テーブルの反対側に座ると話し始める。
「この世には、魔法と魔術がある。簡単にいうと、魔術は要するに科学だ。この世の理を理解し、それを組み替えたり書き換えたりして結果を起こす。 対して私たち魔法使いが使う魔法ってやつは、妖精や精霊たちの力を借りてその断りに干渉して起こす、奇跡のこと。」
「…奇跡。」
奇跡というからには魔術よりも楽なんだろうか、とアンジェリカさんの手の内で光る青い炎を見ながらぼんやりと考える。
するとアンジェリカさんは、それを見抜いたのか微笑みながら話を続ける。
「魔法の方が簡単に見えるだろう? …だけど他人の手足を借りているようなもんだから加減や操作が難しいんだ。…だから自分が扱える以上のことをやろうとすると…。」
そう言ってアンジェリカさんは、手につけている腕布を外した。
その腕には、埋め込まれるようにして生えている無数の水晶があった。
「修行中にしょうもない失敗をしてね。このざまさ。 …魔法にも勉強は必要だ。まともにやらないとこういうことになりかねないからね、真面目にやりなよ?」
そう言ってアンジェリカさんは笑った。
魔法も魔術も難しいということはよくわかった。けれど、私にも魔法は使えるんだろうか。
なぜか私の膝上にいるオオサンショウウオみたいなこの子を触りつつ、少し悩む。
「…魔法って、私にも使えるんでしょうか。」
「なんなら、試してみるかい?」
「えっ…?」
アンジェリカさんはそう言って私に小さな水晶を一つ渡し、そして名前を呼んだ。
「ヒューゴ!」
すると何もなかった空中に突然水が集まり出し、そして、人型になっていく。
水の流れが止まると、そこには小さな妖精がいた。
「よぉロビン! 俺はアンジェリカ一筋だから、贔屓にしてやれねえけどよろしくな!」
「…こいつは私の使い魔のヒューゴ。水精ヴォジャノーイ。 いたずら好きだけど仕事はする。」
そう言ってヒューゴのことを紹介してくれる。
水の精霊…。 とっても綺麗な登場だった。
「ヒューゴ、手伝ってやんな。魔法の練習だ。」
「えっ、ででも、私…」
できるかもわからないのに、と言おうとすると、アンジェリカさんはそれを遮って水晶を渡しながら言った。
「誰にだって、最初はあるもんさ。」
♢
「練習用の水晶だ。 自分の望む形になるように干渉するんだ。 例えば好きな花とか。」
「干渉…。」
目を瞑り、頭の中に残った花の記憶を思い出してみる。
思い出したのは…お母さんと行った花畑と…そうだ、大樹と花畑のあった場所。
「自分は圧力。その中で水晶は成長する。 …そう、思い浮かべて。」
アンジェリカさんに言われた通り、想像してみる。
懐かしい記憶。小さな頃に、お母さんと行った花畑だ。 そこに生えていた花は…。
『…チセちゃん。 夢に飲まれちゃ、ダメだよ。』
「…っえ」
後ろから声がして、振り向こうとすると…
「チセ。」
そこにいたのは、エリアスだった。
びっくりして、手から水晶を落としてしまう。
落とした時の音は、小さな水晶のそれだった。
「…困るよ、アンジェリカ。 人の弟子に勝手にあれこれ教えないでくれ。」
「…」
なぜかエリアスは怒っているらしかった。
目を覆い隠しているエリアスの腕を掴んで、そっと下ろす。
「エリアス…っ!?」
床を見ると、そこには私の首にかかっていた鐘が、ちぎれた縄と共に地面に落ちていた。…水晶を纏った状態で。
「…エインズワース。その鐘はなんだい。」
「僕にもわからない。だから君に調べてもらおうと思ったんだけど…。」
その返事を聞いたアンジェリカさんは、ため息をつきながら椅子に座って言った。
「チセのこともだ。呪いの品でさえ受け止めきれない水晶を作るなんて…普通じゃないだろう。」
「…スレイベガだ。」
スレイベガ。私のことだろうか。
エリアスがその言葉を出すと、アンジェリカさんは少し驚くが、納得したような顔になる。
「…なんで黙っていたんだい。」
「知るやつは少ない方がいいだろう。」
そう言ったエリアスは、私の方を見て、そのあと頭を撫でながら言う。
「…不安そうな顔しないの。別に大丈夫だから。」
「…」
不安そうな顔…。顔に出ていたようだ。
その様子を見たアンジェリカさんは、また深くため息をつきながら言った。
「はぁ…通りで珍しく大金を渡してくるわけだ。面倒ごと押し付けやがって…料金は割り増ししとくよ。」
「…それなりのお金渡したつもりだったんだけど。」
「こんな呪いの品押し付けといてあれだけの端金で足りるわけないだろうが。」
そうエリアスに文句を言うと、アンジェリカさんは地面に落ちた鐘を拾い上げながら言った。
「…あんたはこれがただの魔道具だと思ってるかもしれないけどね。19世紀に作られたヴィクトリア朝の紋章が入った品なんて、」
「…君はこれがヤーナム*2の品だと?」
「そう言うことだよ。 そんなところ出身の品なんて間違いなく碌でもないのはあんたがわかってるだろ。
「…あの、ヤーナムって…?」
初めて聞く単語に、思わず話に割って入ってしまうと、アンジェリカさんは心底呆れたと言う表情でエリアスを見る。
「…あんた、ヤーナムのことも教えてなかったのか。」
「…これから色々教えるつもりだった。」
エリアスの言葉に、アンジェリカさんは何回めかわからないため息をつくと、ヤーナムについて教えてくれた。
「…古都ヤーナム。 こっちの界隈じゃ有名な呪いの街さ。神に近づきすぎて滅んだ街で、滅んだはずなのに今も存在している。そこから流れてくるのもいわく付きの品ばかり。妖精も精霊も恐れる街だ。」
人だけじゃなく、妖精や精霊まで…。
そんなに恐ろしい街なんだろうか。
「で、あんたの持っているその鐘はそんな曰く付きの街から流れてきたってわけだ。…どうやってもらったかとか、記憶ないのかい?」
「…」
アンジェリカさんに言われて、あの時見た夢を思い出す。
巨大な化け物に、小さな私が何かを渡される夢。もしかしてあれが…。
「…ま、思い出せない方がいいかもしれないがね。 ともかく、こいつは私がしばらく預かっておくからね。」
「あ、はい…。」
そう言ってアンジェリカさんは鐘を作業台の上に置くと、代わりに幾つかの品を持ってくる。
「さ、辛気臭い話は後にして、先に依頼のものを。」
そう言ってアンジェリカさんは、エリアスに依頼されて作っていたらしいものを私に渡してきた。
「月照花の水で鍛えた海光岩のナイフ、サンダーバードの羽根で織った外套。グラシュキンの皮とベルト一式に…鋼塚の糸と蛍石のルーペも付けとこうか。」
「え、えと、これって…?」
突然たくさんの荷物を渡されて困惑していると、アンジェリカさんは少し笑いながら言う。
「それは魔法使いが使う道具ってところだ。まあ師匠が弟子を弟子と認めた証ってところか。」
「証…ですか。」
エリアスの方を見ると、エリアスは黙って頷いた。
「全く、こう言うのは師匠が渡すもんなんだがね。最後まで下手れるなんて、相変わらずだねエインズワース!」
「うっ…。」
「はぁ…。ともかく、これであんたも晴れて魔法使いの弟子ってわけだ。 …頑張りな。」
アンジェリカさんは、そう言って微笑んだ。
唯一残った友達にあげる品なんですもの、そりゃ過保護になるってもんですよ。
月の上位者なんだし小さな鐘に大量の機能詰め込むとか楽勝でしょ。
後中途半端なところで切ってしまったかもしれない、申し訳ない。書いてたら思ってたより長くなってしまってですね…。