本丸襲撃訓練   作:はくたかゆき

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2.レンガ窯

 面影は馬当番の手伝いで洗った馬具を干していた。すると庭先で誰かが言い争う声が聞こえてきた。仕事を終えて様子を見に行ってみると、珍しく薬研と燭台切が何かを言い争って、巴形が側でその様子を見守っている。

「どうかしたのか?」

 と声をかけると三人ともこちらを見た。

「ああ、面影。ちょうど良かった。あんたのことを話してたんだ」

 薬研は言う。

「さっき長谷部から聞いたんだが、面影はこれが夢じゃないかって思ってるんだろ? でも夢ってのは記憶で作られるから、経験しなかったことは出てこないらしい。だからさ、俺が今まで煎じた薬の中で一番苦いやつ、飲んでみないか?」

「俺は止めた方がいいと思う。絶対にだ」

 横から巴形が口をはさんだ。

「そんなに苦いのか?」

 面影は巴形に尋ねた。

「ああ、体中の穴という穴から変な汁が出るほど苦い」

 薬研は手の甲で巴形の腹を軽く叩いて抗議した。

「変な汁とは何だよ、人聞きが悪いな。脂汗だろ」

「とにかく、あんなもの絶対に面影さんの口に入れさせないからね!」

 燭台切が断固とした態度で言った。

「未知の経験をさせるには手っ取り早くていいじゃねぇか。それにあれは滋養強壮、消化機能増進に効果が…」

「もう! 面影さんが今まで食べたことのない美味しいものは何かって相談してるのに!」

「だって、燭台切が面影にまだ作ったことのない料理ってのが思い浮かばないんだろ? 旨いもんが思いつかないならもう不味いもんしか…」

「だからって、いくらなんでも乱暴すぎるよ!」

 そう言い争う二人をよそに思案顔をしていた巴形が、何かを思いついたようすで言った。

「そういえば、厨の外のレンガ窯が壊れたままだが。あれを直せば、まだ面影に食べさせたことのない料理とやらが作れるのではないか?」

「それだ、それだよ巴形さん! パンを焼こう! 面影さん、まだ焼き立てのパンは食べたことないよね?」

 燭台切の目がキラキラと輝いている。

 面影は言った。

「ああ、焼き立てのパンというのはまだ……単独調査のときに政府から支給された戦闘糧食の乾パンなら食べたことはある」

「よし、善は急げだ。僕、イースト菌と強力粉を買ってくるよ!」

 今にも走り出しそうな様子の燭台切の腕を薬研がつかんで止めた。

「まあ待てよ。まずは修理からだろ。レンガとセメントがどれくらい必要か見て、直した後まる一日は乾かして、試運転はそれからだ」

「面影、このあと手が空いているならお前もレンガ窯を見に行かないか?」

 巴形がそう声をかけてくれたので、面影も同行することにした。

 

 

「これ、中途半端に残ってるレンガは取り除いた方がいいんじゃねぇか?」

 レンガ窯の崩れた部分を覗きこみながら薬研は言った。

「そうだね。そうするとレンガは……十二個は必要かな。僕は巴形さんと一緒にレンガとセメントを買ってくるから、その間に薬研くんはここをはつっておいてくれるかい?」

 燭台切の頼みに薬研はうなずいた。

「ああ、任せてくれ。ノミと金槌が要るな、あと軍手……面影も手伝ってくれるか?」

「もちろんだ。やり方を教えてくれ」

 レンガ窯は手前の角の中腹が崩れていた。中途半端に残っているレンガは、そのまわりのセメント部分にノミを当て、金槌で叩いて少しずつ落としていくのだ。

 面影は作業しながら薬研に尋ねた。

「これは一体、何がぶつかって壊れたんだ?」

「ああ、これな。最初の襲撃のとき壊れたんだ。折れた俺の兄弟が、ここにめり込んでた」

 面影ははっとして薬研を見た。

「敵が退いたときにはまだ息があったんだ。何とか助けたかったが手の施しようがなくてな。たしか夜明け前だったか、皆が見守ってる前で………。俺たちが諦められなかったせいで、結局ただ苦痛を長引かせちまった。だから皆、なかなかこれを直す気になれなかったんだな」

 作業を続ける薬研の横顔は淡々としている。

「でもこうして窯を直して旨いもん作ろうってなってさ。これであいつもきっと浮かばれるよ。この窯で焼いたパンやピザ、あいつも大好物だったしな」

 面影は胸が締めつけられるように痛くなり、思わず自分の胸元をつかんだ。

「面影、大丈夫か。……悪かったな、こんな話聞かせちまって」

 面影は首を横に振った。

「いや、そんなことはない。ただ、今の話を聞いて、もう誰も失いたくないと思った。……もしこの日々が束の間の夢に過ぎなくても、ここにいる間は、この本丸を守り切るために強くありたいと」

「そうか。まぁ何にせよ、あんたの励みになったんなら良かったよ」

 そう言って薬研は笑った。

 

 

 パンが焼ける匂いに釣られて皆が集まってきた。焼き立てのパンを楽しみにわいわいと騒ぐ笑顔の輪の中に、面影は見覚えのない帽子をかぶった少年の後姿を見つけた。その濃紺の衣服は薬研や鯰尾のそれによく似ていて、誰なのか確かめようと目を凝らすと、その少年はもう見えなくなってしまっていた。

 

     《終》

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