こんのすけは何品もの油揚げの料理を目の前にしてご満悦だ。
一方、面影は酒や料理がところせましと並べられた座卓の前で困惑している。
「浮かん顔じゃのう。なにか気にかかることでもあるんか。全然箸をつけてないが」
隣の陸奥守吉行が尋ねると、面影は戸惑いながら答えた。
「いや、その……この本丸にとって私は、ここで顕現されたわけでもない、政府から派遣されてきたばかりの得体の知れないよそ者だ。警戒されて当然だとばかり」
「俺も政府顕現だぜ。この本丸が参加した特命調査の先行調査員だった」
と肥前忠広が手を上げると
「僕も政府顕現ということになるかな。肥前君を仲介に、特命調査先で顕現した」
と南海太郎朝尊も手を上げ
「僕も政府顕現で、肥前や南海とは別の特命調査の監査官だったぞ。監査官の任務報酬として、この本丸への配属を政府に要求したんだ」
と一文字則宗が手を挙げた。
「僕も則宗さんと同じで、自分の意思でここに来たよ。この、刀である仲間とともに過ごす本丸という場所が面白そうだったからね。肥前くんもそうだよね」
南海太郎朝尊が言うと、肥前忠広はうなずいた。
「まぁな。飯が政府のよりずっとマシそうだったからな」
「この中で一番得体が知れなかったのは南海だよな」
そう言って和泉守兼定が笑う。
「瀕死の敵を使って爆発する罠を作りまくったり」
そう言って堀川国広が笑う。
「政府に報告もしないで勝手に調査に居残るし、かと思えば急に迎えに来いって言い出すし」
と肥前忠広がぼやくように言う。
「顕現直後から自由すぎて参りましたよね」
前田藤四郎はそう言いながら口元を隠して思い出し笑いした。
「だが僕のその自由な発想が戦果に貢献したのは間違いないという自負があるよ」
南海太郎朝尊はニコニコしている。
「そうじゃ。強襲調査の出陣先の様子がどうもおかしい、現実とは違う、と気づいたのは南海先生じゃったのお」
陸奥守吉行が言うと、南海太郎朝尊はうなずいて面影を見た。
「面影くんの話も聞かせてもらえないか。調査で何か起きたのか、つぶさに吟味したい。些末なことから意外な道が拓けることもあるからね」
面影は答えた。
「私は激しい戦闘で逸話のひとつを失った。そのため抜け落ちてしまった情報もある。すべてを話すことはできない」
南海太郎朝尊は首を傾げた。
「逸話のひとつ? ……もちろん、話せる範囲でかまわないよ。誰しも事情というものがある。ただ逸話を失うという状況がピンと来ないんだが」
「私は面影の名を持つ複数の刀剣の集合体だ。基になった刀の刀工や来歴、刀種がそれぞれ違う。そのうち一番大きな逸話が私を保っている」
「つまり君の内には複数の刀の逸話が含まれていて、そのうちのひとつが君から失われたということだね」
南海太郎朝尊の確認に面影は「そうだ」とうなずいた。
「だが任務に支障はない。私が失ったのは、……取るに足らない逸話だ」
「でもその逸話って、どうしちゃったの? 消えちゃうわけじゃないと思うし、探しに行ってあげないと、一人ぼっちで取り残されてるんじゃない?」
大和守安定が指摘すると面影はうつむいてしまった。
「あっごめん……面影を責めてるわけじゃなくて」
大和守安定が謝ると面影は「あ、いや……」と口ごもった。
南海太郎朝尊は言う。
「ふむ。仮にその逸話も人の形を取っているならの話だが、1600年前後を調査しているという本丸が見つけるかもしれないね」
「……一振り目の私はその本丸の部隊と出会い、回収され、その本丸に合流した。政府は一振り目を回収したときに私を複製した」
面影の説明にみな興味深く耳を傾けている。
「その抜け落ちた逸話、見つかるといいね」
大和守安定がそう面影に声をかけると、面影は目を丸くした。
「? 僕なにか変なこと言った?」
「いや、ただ、関係もないのになぜそう心配するのかと」
「えーっ! 関係ないことないよ!」
今度は大和守安定が驚いて目を丸くした。
「同じ強襲調査に関わって、こうして出会ったんだよ。関係ないだなんてそんな寂しいこと言わないでよ」
「さみしい…?」
面影が面食らって瞬きしているのを見て一文字則宗が苦笑する。
「ううむ。面影にはまず仲間とのつながりを知る経験が必要、だな」
南海太郎朝尊はうなずいて言う。
「そうだね。面影くんには失礼なことを言うが、主や仲間と過ごした経験がないから自分の一部をつなぎとめておけなかった、ということも考えられる。絆がなければつながりようもない」
「それ、まるでその逸話が自分から家出したみたいじゃない」
加州清光がそう言うと南海太郎朝尊は少し考え込んだ。
「……僕から言っておいてなんだが、そうではないことを祈るね。でないと、見つけても取り戻すのに手こずるだろうから」
面影の表情がかげるのを見た陸奥守吉行がことさら大きい声で言った。
「ま、そういう話は明日にまわそう! 今日は仲良うなるための宴会じゃ!」
宴会の最後、前田藤四郎と堀川国広と面影は畳の上で眠ってしまった者たちに布団をかけて回り、座卓の上を片付けた。前田藤四郎が用意してくれた座布団の上で、こんのすけが何やら寝言を言って四つ足をぴこぴこ動かしている。酒を飲まない南海太郎朝尊は早々に居室に引き上げていた。
前田藤四郎は面影に謝った。
「面影さん、すみません。来たばっかりなのに皆の世話を焼かせちゃって」
「いや、構わない」
面影は淡々と返した。
堀川国広に「にぎやかでびっくりしたでしょ?」と聞かれて面影は微笑んだ。
「ああ。だが、悪い気分ではない。心から歓迎されていることは分かった」
前田藤四郎が言う。
「みんな、嬉しいんです。希望の切れ端をまたひとつ、つなげたから」
「……希望の切れ端?」
面影が聞き返すと前田藤四郎は言った。
「僕たちは先の調査で、出陣先の偽史は崩壊する場合があると突き止めました。その働きが認められて、時の政府がこの本丸に面影さんを派遣した。この希望の切れ端をひとつずつつないだ先に、もしかしたら主が戻ってくる未来があるかもしれない」
堀川国広がうなずいて言う。
「本丸が襲撃されて仲間と主を失ってからずっと何年も、なすすべもなく漂っていた僕たちが、やっと見つけた切れ端なんだ」
「さて、もうひと頑張りして洗ってしまいましょうか」
前田藤四郎が食器を重ねた盆を持ち上げた。