面影を迎えにいく話   作:はくたかゆき

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11.護衛

 面影は第一部隊の一員として加わることになった。出陣先は幕末の下関だ。

 

 幕府による第一次長州征伐が、長州の降伏で終わったその翌年。

 長州藩と幕府との軋轢が再び高まる中、長州藩を主導していた桂小五郎は、幕府との再戦に備えて蒸気船と大量の銃を購入するため、井上馨と伊藤博文の二人を武器商人グラバーのいる長崎へと派遣した。

 

 1865年7月16日未明。下関港に至る道の途中で、こんのすけは操作パネルを開いていた。

「もうじき、この道に井上馨と伊藤博文が現れます。二人は人目を忍ぶため夜明け前に下関港へ移動し、早朝出発する船に乗る手はずになっているようです。偽史ではこの二人を遡行軍が襲って抹殺、長州藩の蒸気船と銃の購入計画は頓挫し、翌年に起きる第二次長州征伐で幕府軍に勝利できなくなります」

 こんのすけの説明を聞いていた一文字則宗はうなずいた。

「つまり井上と伊藤の護衛が僕たちの任務というわけか」

「なるべく短時間でお願いします。船出の時刻に間に合わなければやり直しになります。それと」

 こんのすけは付け加えた。

「正体を怪しまれても『桂小五郎に頼まれて来た』などの余計な嘘はつかないでくださいね。彼らは手紙で桂に経過を報告しているので、話がややこしくなりますよ」

「委細承知した。さて……」

 一文字則宗が目を向けた先に、こんのすけの予告通り井上馨と伊藤博文と思しき二人の人影が現れた。それを追うように夜の闇から時間遡行軍が浮かび上がった。

「おいでなすったな」

 一文字則宗は腰から太刀を引き抜き、他の者もそれぞれ刀を構えた。

 東の空の端が少しだけ夜の闇から青色に移り変わる中、井上馨と伊藤博文は足早に下関港へと向かっている。背後からひたひたと迫る追手にはまだ気づいていないようだ。だが行く先に刀を構える一文字則宗たちに気づいて、二人は足を止めた。

 その隙を狙いすましていたかのように遡行軍ははっきり姿を現した。

 一文字則宗たちは一斉に、井上馨と伊藤博文の背後へと斬り込んだ。疾風が巻き起こって二人の着物の袖と袴のすそがはためいた。二人は事態が把握できないまま茫然と、背後から響く無数の剣戟の音を聞いていた。

 夜の底から不気味に響く断末魔の声で、井上馨と伊藤博文はやっと振り向いた。ちょうど遡行軍の大太刀が一文字則宗と面影に打ち倒されて崩れ去るようすが目に入った。

 井上馨は茫然としたまま言った。

「あの化け物は……いったい……?」

「お前たちは……?」

 伊藤博文は一文字則宗たちを怪しむというよりは、事態が飲み込めないためつい口から言葉が出たようすだ。

「あれは幕府が差し向けた暗殺隊だ。間に合って良かった。僕たちは幕府方に潜入している密偵に、お前たちの護衛を頼まれて来た」

 一文字則宗が説明すると井上馨と伊藤博文は目を見合わせた。

「さ、急ごうぜ。船の時間があるんだろ」

 和泉守兼定がうながしても、二人は息浅く口を開けたまま、目をきょときょとさせている。

「どうしました?」

 堀川国広が心配そうに声をかけた。

 井上馨と伊藤博文は異形の敵に出会った衝撃で足がすくんでしまっているようだ。無理もない。だが、一文字則宗はあえて二人を叱咤した。

「怖気づくな。あの化け物どもを蹴散らすぐらいでなければ、この先この国を守れんぞ」

「僕たちがあなたがたを必ず守ります。お役目を果たしてくださいね」

 前田藤四郎はそう言うと、井上馨と伊藤博文を元気づけるために力強くうなずいて見せた。

「こんな、子どもまで…」

 井上馨は感極まったようすでつぶやき、伊藤博文は覚悟を決めたようすで両の握りこぶしをかためた。

 こうして夜道を次々とふさぐ時間遡行軍を斬り開きながらの行脚が始まった。

 前田藤四郎と堀川国広が先頭を走り「前方左、来ます!」「右、5秒後に接触!」と敵の動きを探知する。一文字則宗と和泉守兼定がそれぞれ先頭と連携して左右を護衛し、面影は追いすがってくる残党を打ち払った。 

 港町の合間に見え始めた黒い海の向こうで、対岸の山々のふちが白んでいく。

 目的地まであともう少しのところで、行く先に幾筋もの稲光が落ち、時間遡行軍の大群が現れた。その中にひときわ大きな、二つの鎌を持つカマキリがいた。

 和泉守兼定は眉をしかめた。

「なんだ、あいつ……」

 カマキリの姿をした敵将はのけぞって雄たけびを上げた。

「威勢の良いことだ」

 一文字則宗は面白がっているような声だ。

「あいつは硬いぞ、気をつけろ」

 と面影が忠告する。

 一文字則宗が浴びせた一太刀をカマキリは二つの大鎌でやすやすと防いだ。

「なるほどな!」

 一文字則宗はいったん退いた。前田藤四郎と和泉守兼定が援護のために則宗の方へ走ると、カマキリは屈んだ。

「来るぞ、散開しろ!」

 そう面影が叫ぶのと同時にカマキリは高く跳躍した。面影の声に反応した一文字則宗たちはすかさず退避した。カマキリは大鎌の刃を地面に突き刺すように着地し、そのまわりに大きなひびが入った。和泉守兼定は思わず「あっぶねぇ」とぼやいた。

「動きが大きいですね。僕が引きつけます!」

 前田藤四郎はカマキリのふところに飛び込んで、大鎌を右へ左へとかわす。

 和泉守兼定はそれとは逆の方向へ走った。

「則宗、そいつは任せた! 国広、面影! 井上と伊藤を守りながら雑魚を散らすぞ!」

 和泉守兼定の声に応えて堀川と面影はカマキリに背を向けた。

 井上馨と伊藤博文も身を守るために刀を抜いて応戦していた。前田藤四郎の働きを見て、子どもに負けてはいられないと感じたようだ。和泉守兼定と堀川国広と面影は、井上馨と伊藤博文に近づく遡行軍をみるみるうちに薙ぎ払った。

 前田藤四郎が大鎌を引きつけている間に一文字則宗はカマキリの背後へ回り、力を溜めた一撃を放った。カマキリは振り向きざま片方の鎌で一文字則宗を払いのけた。そのカマキリの横っ面を前田藤四郎の短刀が刺した。前田藤四郎はカマキリの肩を踏み台にして跳躍し、退避した。カマキリの上半身がぐらぐらと揺れた。

「則宗さん!」

 前田藤四郎が叫ぶ。体勢を立て直した一文字則宗は横一閃にカマキリの首をはね飛ばした。カマキリの頭は宙を飛んで行きながら崩れていった。

 首から下だけ残っていたカマキリがひざをついて倒れ、あとかたもなく崩れ去ると、時間遡行軍は潮が引くように退却した。

 無事に港に着いた井上馨と伊藤博文は感謝の言葉を残し、波止場に向かった。

 それを見送ったあと堀川国広が

「あんなカマキリみたいな敵将、初めて見たね」

 と誰ともなく言うと、面影がそれに答えた。 

「そうか、お前たちはあれを初めて見たのか」

「お前さん、先行調査中はたった一人であんなのを相手にしていたのか? 強化紋様もなしで」

 則宗は驚きをもって尋ねたが、面影はどうということも無さそうにうなずいた。

「ああ。もっと大型の蟲にも遭遇した」

「面影さん、一人で大変でしたね」

 前田藤四郎は目をぱちくりと瞬かせて言った。多くの敵をかわし、薙ぎ払いながらカマキリを倒すのは、部隊全員で取り掛かっても並大抵ではなかった。

 面影は淡々と答えた。

「任務とは、そんなものだと思っていた」

「いや、無茶だろ。時の政府も一体どういうつもりなんだか……」

 和泉守兼定はそう言いながらちらりとこんのすけを見た。こんのすけは居心地が悪そうに、ほんの少し首をすくめた。

 堀川国広が言う。

「確か、強襲調査の責任者は捨て駒を使いたいんだっけ?」

「ところがどっこい、こっちは都合よく捨て駒で終わるつもりはねぇんだなぁ!」

 和泉守兼定の言葉に、面影とこんのすけ以外はにんまりと笑って目を見交わした。

「皆は、強いのだな」

 面影が少し驚いたようすでそう言うと、一文字則宗はさらりと答えた。

「なぁに、僕たちは非常に物分かりが悪くてなぁ。ただ必死であがいているだけさ」

「なにしろ、主さんの行方がかかっているからね」

 と堀川国広が言う。

「ま、時の政府がどういうつもりだろうと、俺たちにとっちゃ千載一遇ってこった」

 和泉守兼定が明るく言い、則宗は「その通りだ」とうなずいた。

 

 

 

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