第一部隊が井上馨と伊藤博文の護衛任務を行った時点から約一か月後。上海から大量の銃を運んできた蒸気船ユニオン号は、下関に入港していた。井上馨と伊藤博文による購入交渉が無事成功したのだ。
長州への銃の受け渡しは、沖合でユニオン号から別の船へと行われる手はずとなっている。ユニオン号はその前に、補給のためいったん下関港に接岸していた。
こんのすけの演算結果ではそこを時間遡行軍が襲い、ユニオン号を炎上させようとしている。それを阻止するのが今回の任務だ。
時を替えて再び下関港に出陣した第一部隊と面影は、大量の時間遡行軍と乱戦し、いくつもの時空のゆがみを閉じた。
「こちらの時空の歪みは閉じたぞ。まだ残っているか?」
一文字則宗はこんのすけに尋ねた。
「反応はあとひとつ、こちらです」
こんのすけは駆けてゆく。前田藤四郎を先頭にこんのすけを追った。
「和泉守さんが二人?!」
前田藤四郎は驚いて立ち止まった。皆も足を止めて状況を確かめようと目を凝らした。
そこには時間遡行軍の姿はなく、ただ二人の和泉守兼定が激しく刀を交えていた。そのうち片方がこちらに呼びかけてきた。
「援護してくれ、面影!」
堀川国広が目の色を変えて飛び出し、援護を呼びかけた和泉守兼定に斬りかかった。
「なぜだ!? 仲間だろう!?」
堀川国広に斬りかかられた和泉守兼定は歯噛みしながら応戦する。堀川国広は無言のまま、偽物と見定めた和泉守兼定に向かってひたすら攻撃を仕掛けた。
もう一人の和泉守兼定が「国広!」と声を上げた。
堀川国広は凍りついた目で低く叫んだ。
「兼さんは引っ込んでて!」
すると偽物の和泉守兼定は薄笑いを浮かべ、堀川国広の攻撃から退避してそのまま走り去った。堀川国広はそれを追った。
「堀川! 深入りするな!」
一文字則宗の叫びが届いたのか、ほどなく堀川国広は走って戻ってきた。
「あいつ、今度は僕に化けた!」
そう叫ぶ堀川国広の後ろからもう一人の堀川国広が追ってきた。どちらが本物か偽物か見分けがつかない。
「兼さん! 気をつけて!」
と後から来た堀川国広が叫んだ。
最初に来た堀川国広は、後から来た堀川国広に憎悪の目を向けた。
後から来た方の堀川国広はさらに
「騙されないで! 兼さんなら、どっちが本物か分かるよね?」
と叫んだ。
「ああ、よく分かるさ」
和泉守兼定は刀を振り上げ、最初に戻ってきた堀川国広と一緒に、後から来たほうに斬りかかった。
「国広は! オレを試すようなことは言わない!」
和泉守兼定の言葉で確信を得た一文字則宗と前田藤四郎と面影は一斉に偽物の堀川国広に斬りかかる。偽物の堀川国広は次々と振ってくる切っ先を軽々と避けながら、面影そっくりに姿を変えた。
「今度は面影に化けやがった!」
驚いた和泉守兼定が声を上げる。
偽物が化けた面影は戦装束が黒く、目が紅い。黒い戦装束の面影は本物の面影を見て挑発的な薄笑いを浮かべると、身をひるがえして飛び上がった。そして建物の暗がりにあった空間を歪めたような黒い穴に消えた。時間遡行軍が現れる時空の歪みとはまた違って、穴の縁はまがまがしくうねっている。
面影は「待て!」と叫んで黒い戦装束の者を追おうとしたが、一文字則宗が割って入ってがっちりと面影の体を捕まえた。
「行かせてくれ!」
面影はもがいたが一文字則宗はびくともしない。
「だめだ!単独行動は許可できん」
一文字則宗は厳しい表情で言う。
「お前さんなら分かるだろう。この調査の敵は一人ではどうにもならない。だから一振り目は1600年頃を担当している本丸に接触したのではないか?」
一文字則宗の指摘に面影は何も言い返せなかった。
「あいつに心当たりがあるようだな?」
一文字則宗に訊かれて面影は目を逸らし、顔をそむけた。
「心当たりはあるが話したくない、か」
一文字則宗は面影の体からそっと腕を離すと穏やかな声で面影をさとした。
「面影、これだけは言っておく。僕たちは本丸襲撃で主とほとんどの仲間を失った。もし少しでも僕たちを思いやってくれるなら、お前さんまで失わせんでくれ」
思ってもみないことを言われた面影は驚いて一文字則宗の目を見た。
和泉守兼定は言った。
「なぁ、あいつ最初はお前の名前呼んで、最後はお前に化けてたろ? あんなの罠に決まってるんだからさ、飛び込むなら準備してからにしようぜ」
続けて堀川国広が言う。
「そうだよ。それに、行くなら僕たちを置いていかないでよ」
思わず「なぜだ」という言葉が面影の口をついて出た。皆なぜこんなにも優しく自分を気にかけるのだろう?
「なぜって、面影さんだって僕たちが罠にかかったり危ない目に遭ってたら、知らん顔して放置したりしないでしょう? もしあまり知らない間柄であってもそうだし、仲間ならなおさらじゃないですか」
と前田藤四郎は笑った。
面影は戸惑って皆の顔を見比べた。
「私は……いや、なんでもない」
面影が何か言いかけて結局口をつぐんでしまったことを、誰も追及はしなかった。
偽物が逃げ去った穴は、餌が飛び込んでくるのを待っているかのようにうごめいている。
「ほら、お土産だよ」
堀川国広は穴に向かってそのへんに落ちていた木っ端を投げ込んだが、木っ端が届く手前で穴は音もなく消えた。
帰城後、前田藤四郎は一文字則宗が一人でいるところを見計らって声をかけた。
「あの、則宗さん……」
声をかけてきたものの、前田藤四郎が言いづらそうにまごまごしているので、一文字則宗は「どうした」と続きをうながした。
「あの黒い装束の者のことですが……面影さん、どうして僕たちに隠すのでしょう」
「うむ……」
一文字則宗は少し考えて
「前田、その話は誰にもするなよ。面影が自分から話す気になるまでは待とう」
と答えた。
前田藤四郎は釈然としない表情で「はい」とだけ返事した。
「納得がいかないか」
「いえ、そんな……」
「僕たちが信頼に足ると思ってくれれば、面影はそのとき自分から話すだろう。面影はまだ来たばかりだ。そう急くことはない。こちらが信じて待っていれば、いずれ応えてくれるさ」
一文字則宗がそう言うと、前田藤四郎はやっと納得したようすで「そうですね」とうなずいた。