刀剣乱舞無双1周年リアルイベントの内容を受けて書いています。
時系列では『面影を迎えにいく話』23.帰還 の直後のお話です。
「ふむ……肥前くん、僕はうっかり酒を飲んでしまったようだ。こんのすけが四匹に見える」
大きな盆から広い座卓に食器を移しながら、南海太郎朝尊は言った。
別の座卓で同じ作業をしている肥前忠広が返事をした。
「安心しろ。俺にも四匹に見える」
「ははは、冗談だよ」
常日頃、誰がどんな冗談を言ってもにこりともしない肥前忠広が、珍しく口の端を上げた。
四匹のこんのすけは、皆が宴会の準備をしている広間の隅で、真剣なようすで額を突き合わせていた。
裏の本丸を担当したこんのすけ、表の本丸を担当したこんのすけ、本丸が襲撃を受ける前からもともと配属されていたこんのすけ、面影の先行調査の案内を担当していたこんのすけ、合わせて四匹である。
四匹の間には数値や図形や文字が並んだモニターがいくつも浮いている。それを見ながらこんのすけたちはああだこうだと話し合っていた。お互いに起きた出来事の情報を交換し、擦り合わせているらしい。
「ありったけの酒を持ってきたぜよ」
陸奥守吉行と加州清光と大和守安定がそれぞれ酒瓶を盆に載せて運んできた。
「おいおい、料理用は残しとかねぇと堀川と歌仙にしこたま怒られるぞ」
と和泉守兼定が言うと、陸奥守吉行は笑った。
「怒られたときに買いに行けばえい」
「ついでにお酒のおつまみも、ね」
と大和守安定が言うと、加州清光はへし切長谷部に金の使いすぎを怒られるのを予想して、ククッと笑った。
厨から仕上がった料理が次々と運ばれてきて、やがて広間はおいしそうな匂いでいっぱいになった。
厨に詰めて作業していた者たちも広間にやってきた。
「油揚げもきましたよ。ほどほどにして食べ始めましょう」
前田藤四郎が声をかけると、こんのすけたちは一斉にわっと食事の席に駆けつけた。
一口の大きさに切り分けて照り焼きにした厚揚げ、チーズを乗せて焼いて鰹節をかけた薄揚げ、そぼろの肉餡をかけた厚揚げ、ぱりぱりに焼いてだし醤油をかけた薄揚げ、いなり寿司といなり餅、他にも色々な油揚げ料理が並んでいる。
こんのすけたちはそれぞれ座布団の上にきちんと座って目をキラキラさせた。
もちろん料理は油揚げだけではなく、料理を得意とする男士たちが腕を振るった品々が座卓に所せましと並べられていた。
面影は皆のすすめで主の隣に座らされ、嬉しそうに頬を染めてまごまごしている。初めて得た主と話をしたいものの、何をどう話しかけていいのか思いつかない様子だ。
「こんのすけたち、お酒は?」
と大和守安定が尋ねると、こんのすけの一匹がうなずいた。
「では少しだけ……」
こんのすけたちのそれぞれの盃に周囲の男士が酒を注いだ。こんのすけたちは嬉しそうに盃の酒をちびちび舐め、油揚げの料理を堪能した。
「どのこんのすけがどこのこんのすけか、全っ然分からないね」
と大和守安定が言うと、
「首に色違いのリボンでもつけるか」
と一文字則宗が提案した。
「いいね、可愛いじゃん」
と加州清光が同意し、三人はどのこんのすけにどの色のリボンを用意するかを話し合い始めた。
皆が再会し、菜の花畑から本丸へ戻ろうとしていたとき、ふと裏の本丸のこんのすけが「あ!」と声をあげて横道を駆けていった。
その先には、菜の花畑の風景を不思議そうに見回しながらほてほてと歩いているもう一匹のこんのすけがいた。その表の本丸のこんのすけは、駆け寄ってくる裏の本丸のこんのすけと、自分に注目している男士たちに気づいて、驚いたように足を止めた。
山姥切長義は目を丸くして言った。
「もしかして、あれは……」
出会ったこんのすけ二匹は、犬同士が挨拶するように何度か鼻を突き合わせた。
それからすぐ表の本丸のこんのすけは皆のところに駆け寄ってきて、男士たちの間に審神者がいるのを見つけた。
「祈りが、通じた……まさか……」
表の本丸のこんのすけは信じられないといった顔つきで何度も目を瞬いた。
最後の決戦のとき、夢の断片で消えてしまうその瞬間、こんのすけはこの健気な刀剣男士たちの献身が報われ、いつか審神者と再会できるようにと祈った。だが、それを自分がこうして見届けることができるとは思いも寄らなかった。自分が消えるときは、彼らを夢の断片から本丸に戻す方法は分からず、ましてや行方不明の審神者を取り戻せる見込みもなかったのだ。
「こんのすけ、心配したぜ。いつのまにか消えちまって」
鶴丸国永はしゃがみこんで表の本丸のこんのすけの丸い頭を撫でた。
「私たちこんのすけは政府との通信が遮断された状態が長く続くと、存在を保てないのです。敵に情報を盗まれないために。敵に捕獲されそうになったときも同様です」
表の本丸のこんのすけが鶴丸国永に返答する。その隣で、裏の本丸のこんのすけが説明を捕捉した。
「夢の断片と表と裏の本丸が統合し、政府との通信状況が回復したことに加え、審神者の霊力が完全に戻ったので、表の本丸の私は自動的に再起動したのでしょう」
面影ははっとして言った。
「消えたこんのすけが再起動……? では、もしかすると」
続けて三日月宗近が言う。
「そういえば、面影は先行調査に同行していたこんのすけとはぐれたと言っていたな」
「じゃあ、もともとこの本丸にいたこんのすけも?」
と加州清光が言う。
「最初の本丸襲撃に巻き込まれて消えたものと思っていたが……」
三日月宗近はそう言いながら周囲を見回した。
大和守安定と加州清光が
「きっとどこかに戻ってるよ。どうしよう? 探しに行く?」
「呼んだら出てくるんじゃない? 戦場みたいに」
と話しているところに、
「あ! あれ!」
鯰尾藤四郎が本丸の方へ向かって指をさした。
その先で、こちらにいるのとは別のこんのすけ二匹が、菜の花畑をまっしぐらに駆けてくる。それをこちらの二匹が一斉に走っていって出迎えた。
皆はなかば唖然としてそれを見守った。
和泉守兼定が「四匹に増えた……」とぼんやり呟き、堀川国広が「油揚げの料理、急いで追加しなくちゃ」と呟いた。
三日月宗近は宴のにぎわいから一人離れて縁側に腰かけ、夜風に当たっていた。夜空には白い月が光っている。月も星も流れの早い雲に見えたり隠れたりしていた。
一文字則宗は月を見上げながら考えごとをしている三日月宗近に気づき、盃を置いて縁側に出た。
「どうした。浮かない顔じゃないか」
そう言って一文字則宗は三日月宗近の隣に腰を下ろした。
「ん? そう見えるか?」
三日月宗近は茶目っ気たっぷりにそう返した。
「ああ、見えるとも。なにしろ、いつまた本丸に時間遡行軍が押し寄せるか分からんからな。主も面影も、その特殊能力ゆえに狙われ続けるだろう」
一文字則宗が核心を突いてきたので、三日月宗近は真剣な表情になった。
「うむ。この憩いのときも、束の間のことだろう。はたして、この先にあるのは希望か、それとも絶望か……」
三日月宗近にとって、本丸襲撃を受けて主や仲間を失ったときの衝撃や絶望と、長い漂流の寂しさは忘れられるものではなかった。それは三日月宗近だけではなく皆も同じだろう。面影も含め、今度こそ守り抜かねばならない。簡単なことではないだろう。それを考えるとやはり緊張してしまう。
「なぁに、この先には希望も絶望もないさ」
一文字則宗はにっこり笑って言った。
「今までがそうだっただろう? 主の歌が狙われ、ある日突然、本丸は襲撃を受けた。そして僕たちは主と多くの仲間を失い、二つに分かれてそれぞれ漂流を始めた。そこにある日突然、強襲調査任務が持ち込まれ、面影が現れた。そして一振り目の面影が犠牲になって任務は終了した。だが、またある日突然、主の歌と面影の存在がきっかけになり、すべてがひっくり返った」
「うむ。そして俺たちは、失ったはずの主と面影を取り返した」
そう三日月宗近が言うと、一文字則宗は付け足して言った。
「ついでに、こんのすけが四匹になった」
三日月と則宗は楽しそうに笑い合った。
一文字則宗は笑顔で言う。
「つまりこの先にあるのは、希望でも絶望でもなく、ある日突然何が起きるか分からない、未来なのさ」
「何が起きるか分からない、未来……」
三日月宗近は独り言ち、障子を明け放した広間を振り返った。広間の真ん中では主と面影を取り囲んでにぎわう者たちと、その輪から外れ、旧知との再会をかみしめて談笑している者たちがいる。皆で騒ぐことを好まない大倶利伽羅と山姥切国広でさえ、酔って上機嫌の陸奥守に大人しく肩を抱かれたままになって微笑んでいた。
そして、座布団の上でお互いを枕にして眠っているこんのすけが二匹。座布団から落ちたまま白い腹を上に向けて眠っているこんのすけと、前田の膝に後ろ足の先をくっつけて寝そべりウトウトしているこんのすけ。
面影を一人残して夢の断片から本丸に帰ったときは、まさかこんなことが起きるとは、思いも寄らなかった。
一文字則宗は三日月宗近のしみじみと嬉しそうな表情と彼が見つめる広間のにぎわいを見比べた。
「僕はこの先この本丸に何が起きようと、それを見届けたい。お前さんはどうしたい?」
「無論、俺もだ」
三日月宗近は広間に目を向けたまま言った。一文字則宗は希望も絶望もないと言うが、ある日突然何が起きるか分からない、それこそがまさに希望なのだと三日月宗近は思った。
そこへ、面影がふらりと現れた。面影は縁側に向かって敷居をまたいだとき足元に何か見つけたらしく、しゃがんでそれを拾った。
面影が指先につまんだものは、ひとつの小さな桜の花だった。五弁の花びらがきれいに残っている。面影はそれをしげしげと眺めた。一人残ったあの場所で繰り返し見ていた夢では、桜の花は茶托ほどの大きさがあった気がする。
「面影、どうした」
手の中の桜を眺めて立ち尽くしている面影に三日月宗近が声をかけた。
「桜が……いや、なんでもない」
そう言いながら面影は首を横に振った。
「おう、夜風に当たりに来たならお前さんも一緒にどうだ」
三日月宗近の背の向こうから一文字則宗が顔を覗かせ、面影を手招きした。
面影は「ああ」とうなずいた。三日月宗近と一文字則宗が場所を開け、面影は二人の間に腰を下ろした。
三日月宗近は面影の手の中の桜の花に目を留めた。
「桜か。そういえば、お前と一緒に植えた勿忘草だが、花の時期はとうに過ぎてしまったなぁ」
「勿忘草……」
面影は目を瞬いた。
三日月宗近は面影がまだその花を歌仙が描いた絵でしか知らないのを思い出して微笑んだ。
「ああ。咲いたときに長谷部がいくつか押し花にしていた。今度、見せてもらうといい。また一緒に植えよう」
「いいねぇ。人手も増えたことだ。この本丸をこれまで以上に、色んな花でいっぱいにしてやろうじゃないか」
一文字則宗は手を打って朗らかに言い、三日月宗近と面影は穏やかな笑顔でうなずいた。
《終》