坂本龍馬が生き延びた事象は、その世界ごと崩れて消えた。修正不可能と見なされた歴史が時の政府によって切り離され封鎖される事案はいくつかあるが、みずから崩壊するのは前代未聞だった。ともあれ、坂本龍馬を抹殺するという目的は達成したのでこの調査任務は成功したと見なす、とこんのすけは告げた。
本丸の広間で第二部隊とこんのすけは、第一部隊に対して顛末の報告を行っていた。
「龍馬、俺たちに対して最後まで刀を抜かなかった。鉄砲も持ち出さなかった。懐にあったろうに」
加州清光はしんみりと言った。
それに続いて南海太郎朝尊が言う。
「龍馬は僕たちとなら対話できる、通じ合えると信じていたんだろうね。ただ僕たちは現場の手足に過ぎない。この戦をどうするかは政府が決めることであって、龍馬が僕たちに対話を促しても大して効果はないんだがね」
「まったく、身もふたもないこと言うよなぁ。人の心あんの?」
加州清光が苦笑まじりにぼやく。
「ははは、誉め言葉と受け取っておくよ。さて、僕の見解を聞いてくれるかな」
南海太郎朝尊は考えを話し始めた。
「坂本龍馬が巨大な蟲の形をした異形に取り込まれ、それごと斬り倒したら幻の花は砕け散り、地震が起こり、地面だけでなく空が割れた。改変を正した世界がまるごと崩落し消滅するなど、ありえるかな。非現実的だ。どう考えてもおかしい」
一文字則宗が「つまり?」と続きを促す。
「僕たちが出陣しているのはいわゆる『改変された歴史』ではなさそうだ、というのが僕の見立てだ」
南海太郎朝尊がそう言うと、和泉守兼定がキョトンとして質問した。
「? 改変された歴史じゃなかったら何なんだよ」
「改変された歴史に見せかけ、擬態した、現実ではない世界。便宜上、偽物の歴史…偽史とでも呼ぼうか」
南海太郎朝尊の話をこんのすけは「なるほど」と呟きながら聞いている。
「僕ならこの偽史を罠として使う。調査に来た刀剣男士を誘い込み、壊滅させる罠としてね。だが、時間遡行軍の思惑がどこにあるかは分からない。むしろ罠ではあまりに意外性がない。ありきたりすぎる」
南海太郎朝尊はこんのすけに向かって言った。
「偽史の目的も正体も不明だが、それだけにもし歴史とつながれば脅威であることには変わりない。さらなる調査が必要だと僕は考えるよ」
こんのすけは深くうなずいた。
「その通りですね。いったん政府に報告を上げ、判断を仰ぎます。第一部隊の出陣は今しばらくお待ちください」
報告会議の後、陸奥守吉行は縁側に座って何を見るでもなくぼんやりしていた。そこへ加州清光が茶と菓子を盆にのせてやって来た。
「陸奥守、疲れてんの? 表情が暗いけど」
「ああ、正直こたえたのう」
加州清光が差しだす湯呑を受け取りながら陸奥守吉行は言った。
「わしゃ、大きな視野で夢や希望を語ってついには人を動かす龍馬が大好きじゃった。もし龍馬が生きてさえいたら、日の本のその後はもっと違ったろう。正直なことを言えば、わしもその世界を……見てみたかった」
「うん、あの人、ただ生きてるだけで歴史を変えちゃう感じがした」
加州清光が認めると陸奥守吉行は笑顔になった。だが、どこか寂しそうだ。
「ほうじゃろう。ほんに龍馬はそういう、どえらい男じゃった」
「正直ちょっと心に響いたよ。いがみあう者も立場を忘れ腹を割って話せば良い奴ばかりっての、俺も経験あるだけにさ」
「まあ、そこはお互いにな」
加州清光と陸奥守吉行は一緒にくつくつ笑った。それからしばらく黙って庭を眺めた。出陣の最初の頃にはまだつぼみだった桜は満開を迎えている。
彼らの元の持ち主は幕末をまったく違う思想と行動で生きた。新選組に縁のある刀剣男士たちと坂本龍馬に縁のある陸奥守吉行は、対立したこともあった。かつての持ち主にまつわる逸話を元に顕現され、心を持たされたゆえに。そこから長い時間をかけて、仲間としての関係を深めていった。
けれども、この本丸の仲間も、要であった審神者も、守り切れずに失った。時の政府の指示通りに働き続けたはずの結果がこれだった。だからこそ「大切な者を守り切れるのか」という坂本龍馬の問いかけに刀剣男士たちは動揺し、誰も何も言い返せなかった。
風が吹いて、陸奥守吉行と加州清光の頬を撫でた。懐かしい審神者にそっと触れられたような気がして、二人とも思わずあたりを見回してしまった。
しかし縁側から見える風景はいつもと変わりない。満開の桜から花びらが静かにこぼれていくだけだった。