ある曇った火曜日の朝のことだ。ホグワーツに程近いホグズミード村にあるパブ三本の箒は興奮した魔法使い魔女でごった返していた。
「ポッターさんたちが、そう、わたしゃそう聞きました・・・」
「・・・そうそう、息子のハリーがね・・・」
人々は口々に事実と憶測の入り混じった噂を話し合っている。
「 何はともあれ『例のあの人』がとうとういなくなった!こんなめでたい日はお祝いすべきだ!」
スミレ色のマントを着た年老いた魔法使いがキーキー声で言った。
「生き残った男の子、ハリー・ポッターに乾杯!」
誰もがこの十一年間見せたことのなかった満面の笑みで色とりどりのグラスを掲げた。
三本の箒には次々と客が押し寄せ、また、この嬉しい話(噂はこの時点で事実より数倍に膨れ上がっていた)を家族友人たちに伝え今日の日を共に祝おうと三本の箒から足早に出ていく者も多くいた。
アンブロシウス・フルームもまた、彼の妻であるアイラ・フルームと一緒に何人かの隣り合わせた魔法使いたちと乾杯した後に三本の箒の扉を開けて外にでた。
イギリスにおける唯一の魔法族のみの村であるホグズミードではマグルの目を気にする必要がないので、そこら中でパチパチと祝いの花火が上がっていた。見上げると曇り空を花火から噴き出たきらきら輝く星やら花やら鳥やらが彩っている。
「やあアンブロシウス、アイラ。元気かね?」
不意に声をかけられ振り向くとすぐ後ろにヒョロリと背が高く白くて長いひげをベルトに挟み込み長い紫色のマントを羽織ったアルバス・ダンブルドアが、半月形のメガネの奥でキラキラと目を輝かせそこに立っていた。手には何故か柔らかそうなピンクの毛布を持っている。
20世紀で最も偉大な魔法使いと謳われる彼の突然の登場に、夫婦は驚き、しかしすぐに笑顔になった。ダンブルドアは彼らのホグワーツ魔法魔術学校時代の恩師でもあった。
「ダンブルドア先生!お目にかかれて光栄です!先生、あの、噂は本当に・・・?『例のあの人』は・・・?」
アンブロシウスの問いかけにダンブルドアはニコリと微笑み頷いた。
「あぁ!本当に嬉しい!私たちついにお菓子のお店が持てるわ!」
アイラが叫んだ。ダンブルドアからの情報が一番信頼できると二人には分かっていた。
「おや?お菓子のお店とは?」
ダンブルドアの瞳がまたキラキラと輝いた。
「父の代で閉じてしまったハニーデュークスを復活させるのが私の夢でして。学生時代に将来に繋がるだろうということでスラグホーン先生がシセロン・ハーキスさんを紹介してくださって、今は魔法族全般向けの食料品の卸業の会社にいるのですが」
「お菓子屋を開くなんて厳しい時代でした。でも、やっとチャンスが巡ってきたんだわ・・・」
アンブロシウスの言葉に続けてアイラが夢見る様に言った。アンブロシウスにとってアイラは自分と同じ夢を見てくれる実に素晴らしい妻だった。
「アンブロシウス、君は実に優秀で先のことがよく分かる生徒じゃった。アイラの誰とも打ち解ける能力は正に才能と言えるじゃろう。わしは君たちの店がお菓子と笑顔の子供たちで溢れ返るのが見えるようじゃよ。」
ダンブルドアが悪戯っぽくウインクした。偉大な魔法使いから貰った太鼓判に二人は子供に戻ったように頬を赤らめた。
「先生、何故ホグズミードに?その毛布はいったい何ですか?」
アイラがふと尋ねると、途端ダンブルドアは真剣な顔つきになった。
「おお、聞いてくれるか。わしは大事な用がありここに来たのじゃ・・・この子の親を見つけるという・・・」
ダンブルドアの手元を覗き込み、二人は驚いた。ピンク色のふわふわした毛布にくるまって、赤ん坊がぐっすり眠っている。赤褐色の柔らかそうな髪の毛に頬はほんのりと色付いている。
「可愛い・・・!」
赤ん坊を起こさない様に声を抑えながらアイラが微笑んだ。アイラは大の子供好きで、それがアンブロシウスの夢を応援する理由のひとつでもあった。
「親とはぐれてしまったのですか?」
アンブロシウスの問いかけにダンブルドアは哀しげに首を振った。
「この子の両親は死んでしまったのじゃよ。可哀想なことよ。わしはこのヘーゼルの良き父親と母親になってくれる夫婦を探しておるのじゃ。」
アンブロシウスとアイラは顔を見合わせ、同時にヘーゼルと呼ばれた女の赤ん坊の寝顔を覗き込み、また二人で顔を見合わせ、頷き合い口を開いた。
「先生、あの、その役目私たちが受けてもよろしいでしょうか・・・?」
「これからお店を開いたり忙しくなるかもしれませんが、でも何よりその子を一番に大切にすると約束します。」
夫婦は長い間子供に恵まれなかった。子供好きな二人にとって闇の帝王が退き夢をいっぱいに膨らませたこの日にダンブルドアが抱えて現れた天使の様な赤ん坊は、まさに神からの贈り物に思えた。
「なんと・・・!そう言ってくれるか。実はわしも、もし自分が赤ん坊ならばお菓子屋の子になりたいと思うておった!」
さっそく喜びと慈愛でいっぱいの顔をしたアイラへ赤ん坊を渡すダンブルドアの笑顔の奥にわずかに疲れの様な色が見えた気がして、アンブロシウスは思わず何かないかとカバンからレモン・キャンディーの沢山入った袋を取り出しダンブルドアに渡した。
「おお!レモン・キャンディー!わしゃマグルの菓子の中でもこれが大好きじゃ!」
「店を持ったらマグルの菓子も取り扱いたいと思い研究中なんです。魔法なしですが、このキャンディーを舐めると不思議と元気が出るんです。」
言いながらアンブロシウスは偉大な魔法使いにキャンディーなんて失礼だっただろうかと思った。ダンブルドアは気にする様子もなくさっそく包み紙を開けてひとつぽいっと口に放り込んだ。
「美味しくて元気がでる魔法のようじゃのう。ありがとうアンブロシウス。」
ダンブルドアは心を見透かせるのではないか、とアンブロシウスは学生の時の様な気持ちになった。
「もう堂々とマグルのお菓子を持ち歩いても良い時代がやってきたのね。この子はこれから幸せな時代を生きれるのね。」
アイラが赤ん坊の髪を撫でながら囁いた。
「その子の事情はちと複雑でな。明日の朝にでも詳しい話をしに君たちの家を訪ねることにしよう。わしはもう一方のほうへ行かねばならん・・・」
ダンブルドアがヒゲを撫でながら言った。
「アンブロシウス、アイラ、本当にありがとう。その子を・・・ヘーゼルを頼んだよ。」
ぱちりという音とともにダンブルドアは姿を消した。
こうして赤褐色の髪の(今はまだ閉じられてわからないが)ハシバミ色をした瞳の女の子、ヘーゼル・P・ポッターはホグズミード村でお菓子屋を開こうと夢膨らませる夫婦の娘になったのだった。