豪華な屋敷の窓からすーっと舞い込んだワシミミズクが、真っ白な肌の美しい女性の前にぽとりと封筒を落とした。封筒にあしらわれている上品な銀色の縁取りはよく見ると細い蛇たちの模様で遊ぶように紙の上をちろちろと動いている。
親愛なる母上
星が静かに煌めく夜空のようなネイビーブルーのインクで書かれた宛名の文字を、ナルシッサ・マルフォイは愛おしむように撫でた。インクも便箋もダイアゴン横丁でドラコが自ら選んだ物で、我が息子ながらたいへん趣味が良い。
ホグワーツへ入学したドラコからは毎日のように手紙が届いていた。もちろん初めて親元を離れ心細い気持ちもあるだろうが、この手紙にはむしろドラコを手元から離し難かったナルシッサを安心させるための気遣いが込められていた。
ダームストラングに入学させたがっていた夫のルシウスが折れる形となったものの、ナルシッサは本当ならばホグワーツへも家から通わせたいほどだった。
手紙を出しますから安心して下さいという言葉を守り、忙しいだろう合間をぬってこうして学校生活を教えてくれる。親想いの優しい子なのだ。
入学から一週間ほどでドラコから受け取った手紙には様々なことが書かれていた。
無事にスリザリンへ組み分けされたこと
(「組み分け帽子は迷いもしませんでした。僕は尊敬する父上や母上と同じ寮であるとわかっていました。先輩方はとても親切です」)
スリザリン寮での日々
(「幼馴染のクラッブとゴイルは早くも多くの授業で躓いており手が焼けます。毎日いろんなことを聞いてくるので夜遅くまで文字の綴りから教えてやらねばなりません」)
変身術の授業について
(「初めの授業はマッチを針に変える簡単なものでした。もちろん僕は成功させましたが、マクゴナガル教授には尖り具合がやや足りないと評価されました。後に先輩方から聞いたところ彼女はグリフィンドールの寮監ですのでやや贔屓をする傾向にあるようです。グリフィンドール生はたった一人しか成功させずしかもその一人はマグル出身者で加点まで受けたそうです。純血の一族は幼少教育に力を入れるべきだと強く感じます。」)
まるで学校生活をおくるドラコの姿が目に浮かぶような手紙を、ナルシッサはどれも大切に引き出しの中の上質な銀の飾りが施された箱へ宝物のように仕舞っていた。
ナルシッサが今届いたばかりの封を開けると、いつもより少し走り書かれたネイビーブルーの文字が楽しげに煌めいていた。
(「金曜日は楽しみにしていた魔法薬学の授業がありました。セブルス・スネイプ教授は父上が学生時代可愛がっておられた後輩というだけあり、素晴らしい方です。授業のはじめに話された言葉には感動を覚えました。
教授は授業が始まってすぐ難しい内容の問題をハリー・ポッターに当てられました。ポッターとは入学の日に握手を交わしたものの、彼がグリフィンドールに組み分けされたため関わるのはこの合同授業が初めてでしたが、特段に優秀なわけではないようで答えがわからない様子でした。正直なところ僕にも全部はわかりませんでした。
ところがグリフィンドールのマグル出身者ともう一人の女子生徒は答えがわかったようで隣の席同士競うように手を挙げ続けていました。教授が最後の質問をポッターにされると、女子生徒は勝手に、しかし完璧に全ての問題の答えを言って退けました。
教授はもちろん彼女が勝手に答えたことに苦言を呈されましたが、彼女はポッターを自分のことだと思ったと言いました。彼女の名前があまりにもポッターとはかけ離れているので、これにはグリフィンドール生はもちろん思わず多くのスリザリン生も笑っていました。彼女はその後も愚かなグリフィンドール生が(残念ながら彼は聖28一族です)あわや大鍋を溶かしそうになるのを防ぎました。
教授は始終苦い顔をされていましたが誰からも減点されませんでした。これは非常に珍しいことだそうです。
僕は角ナメクジの完璧な茹で方について予習していましたのでスリザリンに一点加点していただきました。しかし教授の目には止まりませんでしたが僕以外にもグリフィンドールのマグル出身者と先の女子生徒がおできを治す簡単な薬を完璧に作りあげていました。
僕自身はもちろん、同胞であるスリザリン生たちの学力も底上げし先輩方が守ってこられた寮杯を逃すことのないよう努めます。
もうすぐ飛行訓練が始まる予定ですのでそれも楽しみです。またすぐに手紙を書きます。どうぞお身体にお気をつけて。 ドラコ」)
弾んだドラコの文字とは対照的に手紙を読み終えたナルシッサの表情は少し曇っていた。丁寧に手紙を折りたたみ封になおすと、引き出しの箱へそっとしまった。
読み方によってはグリフィンドールの女生徒やマグル出身者を褒めているようにもとれるこの手紙の内容は、ルシウスの目に触れない方がいいだろう。
母の勘とは嫌に当たるものだが、マグル出身者は当然無いとしてまさかグリフィンドールの女生徒に息子が一目惚れでもしたということはないだろうか。手紙の内容はやけにその女生徒のことが多い様に感じた。
ドラコの父であるルシウスも昔から面食いで、だからこそホグワーツ在学中に出会った「見栄えが良い」ナルシッサと純血の貴族にしては珍しく恋愛結婚に近い形で一緒になったのだが、それもナルシッサがルシウスと同じスリザリン生で純血を誇るブラック家の出だったからこそのことだ。
もし自分が他寮生であれば、ましてや混血であれば例え同じ容姿でもルシウスは求婚したであろうか?答えはNOだ。それは逆だとしても同じことだった。もちろん夫のことは愛しているが純血の貴族の結婚とはそういうものなのだ。
レイブンクローで純血の一族であればまだ望みはあるが、グリフィンドールとなると・・・
そこまで考えてナルシッサはふと我に返った。何もドラコに手紙で結婚の許しを請われたわけでもないし、それに息子はまだ一年生ほんの子供だ。離れているといらぬ心配ばかりしてしまう自覚はあった。
『闇の帝王』が失脚した頃まだ赤ん坊だったドラコは今年無事にホグワーツに入学した。どんなに陰口を叩かれようが上手く立ち回り家族を守った夫ルシウスをナルシッサは誇りに思っている。
奇しくもドラコと同級生になったハリー・ポッターの名前にナルシッサの心は騒ついた。この嵐の前のような静けさが過ぎれば、マルフォイ家はまた危うい立場に立たされるだろう。
純血を軽んじるダンブルドアは気に食わないが、ルシウスの左腕に焼き付けられた醜い印はそれ以上に忌々しかった。
どうかドラコだけは・・・
引き出しから星が散りばめられた便箋を取り出して、銀色のインクで複雑な想いを短い文章に込めて綴る。
(「名に恥じぬよう謹んで行動しなさい。あなたが同胞たちと勉学に励み楽しんで過ごすことを願っています 愛を込めて」)
りゅう座が輝く北の空を映し出した封筒に便箋を入れ、銀色の冷たい月のような蝋でそれを閉じる。
次にいつもの様に菓子の包みを用意する。ルシウスやドラコと違い感情を言葉にするのが苦手な分、毎回心を込めて選んだ。
名前と蛇の刺繍を入れたハンカチ、色とりどりの飴、箱入りの美しいマカロン、ドラコの好きなヘーゼルナッツ入りのチョコレート・・・
いつもつい大きくなってしまう包みと手紙をワシミミズクに持たせて見送ると、気持ちの良い風が彼女の美しく長いブロンドの髪を揺らした。
ただ子供の幸せを祈る家族の想いを、今日も何百羽のフクロウたちがホグワーツの大広間に運んでゆく。