ネビル・ロングボトムは幼い頃からとても聡い子供だった。故に優秀な闇祓いだった両親が何故聖マンゴ魔法疾患傷害病院で寝たきりの状態でいるのか周りの大人が思うよりもずっと正確に理解していた。
彼が幼少期に抱いた魔法への恐れは、彼自身も知らぬ間に彼の魔力を抑制した。
もともとが穏やかな性格だったことに加え、祖母オーガスタを気遣って幼児らしい癇癪もおこさなかったので、彼は一度も魔力の暴走を起こさず、大叔父であるアルジーが無理な方法で彼の魔力を確認する8歳までスクイブではないかと思われていた。
ホグワーツに入学が決まった時は祖母オーガスタは涙を流し喜んだものだが、こうした彼の生い立ちが彼を自信のない臆病な性格の少年にしてしまったのだった。
一歩間違えれば大怪我を負うかもしれない飛行訓練はそんなネビルにとってまさに恐怖でしかなかった。
「うわーーーー助けてーーー!」
空を飛ぶことの恐怖と置いていかれたくないという焦りで、マダム・フーチの合図より早く一人ぐんぐんと上昇してしまったネビルは箒にしがみ付きながら夢中で叫んでいた。
マダム・フーチが何か大声で言っているがネビルは下を見ることも出来ない。ここから落ちたら助からないか大怪我だと思った途端、箒がぐらりと揺れ身体が大きくバランスを崩し手を離してしまった。
やがてくるであろう痛みに身構えるしかなく思わず目を瞑ると、誰かに後ろからローブをぐっと掴まれるのを感じた。
「ネビル!私の箒に掴まって!」
どうやら落下していないことがわかり恐る恐る目を開けると、同じグリフィンドールの一年生であるヘーゼル・フルームが箒から身を乗り出してネビルのローブを必死に掴んでいた。
「ヘーゼル!危ないよ君まで落ちちゃう!」
「大丈夫よ。絶対助けるわ」
しかしヘーゼルがそう言い終わらないうちに箒がガクンと揺れ、ネビルのローブは今にも破れるか脱げてしまいそうだ。下からは見守る生徒たちの悲鳴が上がった。
もう一度箒が揺れネビルの重みにヘーゼルが引っ張られそうになった次の瞬間、両側からヘーゼルとネビルをしっかりと支える手が伸びてきた。
片方はまたネビルと同じグリフィンドール生のハリー・ポッターで、もう片方は何とスリザリン生のドラコ・マルフォイだ。
二人は同じ一年生と思えないほど安定した飛び方で、ネビルの腕を両側から組んで持ち上げた。ドラコがもう片方の手でヘーゼルを助け起こすと、ヘーゼルは両方の手でしっかり箒の柄を握り直した。
「助けてくれてありがとうドラコ」
「君を助けたつもりはないが?」
何故か真っ先にお礼を言うハリーにドラコが少し怪訝そうな顔をして答える。
「あっ・・・」
その時、ネビルがポケットから何か落ちた、と思うより早くハリーは後お願い!と言い残して落ちて行く『思い出し玉』目掛けて一直線にダイブしていった。
悲鳴が歓声になりハリーがキャッチに成功したことがわかったが、ドラコの片手に何とかぶら下がっているネビルにはそれを確認する余裕はない。
「大丈夫、このまま降りよう。君も箒はそんなに得意じゃないみたいだから気をつけて」
ハリーが離したネビルの左腕を慌てて掴もうとしたヘーゼルにそう言うと、ドラコは箒の高度をゆっくりと下げ始めた。
片腕にネビルをぶら下げたドラコと、よく見れば箒を掴んだ手が震えているヘーゼルはだいぶ不安定だったが、ゆっくりと降りてくる三人をマダム・フーチが呪文で受け止めてくれた為、何とか無事に着地することが出来た。(「アレストモメンタム!静止せよ!」)
「あぁロングボトム、怪我がなくて本当に良かった!貴方達がいなければどうなっていたことか」
マダム・フーチは酷く取り乱していた。
「ミス・フルームとミスター・ポッター、それにミスター・マルフォイにそれぞれ一点ずつ与えましょう。ただしミスター・ロングボトムあなたは一点減点です。次からは私の話をよく聞いて勝手に飛んでいったりしないように」
マダム・フーチはきびきびと三人に怪我がないか確認するとネビルとヘーゼルに医務室に行くよう言い渡した。二人は酷い顔色だった。
「ミスター・マルフォイ、貴方も寮監であるスネイプ先生とお話する必要があるようです。先程ポッターもマクゴナガル先生に連れられて行きました」
ドラコは驚いたようにフーチ先生を見返した。ネビルはもっと驚いた顔をしていた。まさか二人が処罰されることはないと思うが、もしネビルを助けたために怒られでもしたらと思うと申し訳なくて涙が出そうだった。
「でも先生・・・」
ヘーゼルが何か抗議しようとしたが、フーチ先生に追い立てられ医務室に向かうしか無かった。その間にドラコは振り向きもせず足早に行ってしまったので、結局助けてもらったお礼は言えずじまいだった。
「僕って本当に駄目だ・・・」
医務室のベッドに腰掛けながらネビルが情けない声で呟いた。
「そんなことないわよ。私だって夢中で飛んだだけで実は箒はとっても苦手なの」
ヘーゼルが朗らかに励ました。マダム・ポンフリーには食事の時間まで休むように言い渡されたが、ヘーゼルの顔色はすっかり健康的に戻っていた。
「でも君はもう二度も僕を助けてくれたよ。僕どうやって君に借りを返せばいいか・・・。君が気付いて止めてくれなきゃ僕はあのスネイプ先生の魔法薬学で大鍋を溶かしちゃってたし、今日なんて下手すりゃ箒から落ちて・・・」
しょんぼりと言葉が続かないネビルにヘーゼルは首を振って答えた。
「大したことじゃないわ。わたし魔法薬学は好きだから張り切っちゃうの。あ、好きって変な意味じゃなくてもちろん、魔法薬学がね!」
慌ててそう付け加えるヘーゼルを不思議に思いネビルは首を傾げた。この場合の変な意味とはいったいどんな意味なのだろう?
「そうだ!もし良ければ私を手伝うと思ってこれを食べてみてくれない?これで借りなんてお互い無しにしましょうよ」
話題を変えるようにヘーゼルはローブのポケットから水色の箱を取り出した。
「あ、『ヒキガエル型ペパーミント』だ。僕これ好きだよ」
ネビルが喜んで言った。ホグワーツの入学祝いにアルジー大おじさんにもらったトレバーをペットにして以来、カエル型の商品にはついつい愛着が湧いてしまう。
「でもどうしてこれを食べることが君を手伝うことになるの?」
ネビルがもっともな疑問を口にするとヘーゼルは悪戯っぽく笑った。
「実はこれ、普通の『ヒキガエル型ペパーミント』じゃないの。チョコっと改良中なんだ。」
ネビルはヘーゼルが差し出した小さなカエルの形をしたチョコレートの粒を恐る恐る口に入れた。
すると不思議なことに先程までの落ち込んでいた気持ちがまるで太陽の光が差し込んだように晴れていくのを感じた。
「何だろう?お腹の中でカエルが飛び跳ねて・・・何だかとっても楽しい気持ちだ!」
ネビルはそう言うと迷いなくもう二粒続けて口に放り込んだ。
「♪歌い出したい気持ちだよーー」
高い声でそう歌うとネビルはニコニコとヘーゼルに近付いて軽く鼻を摘みくすくす笑った。
「うーん、もう少しハッカの葉を足すかぁ」
そう言いながらヘーゼルも愉快そうにくすくす笑った。
「貴方たち、もうすっかり医務室にいる必要は無さそうね」
ネビルの歌声に飛んだきたマダム・ポンフリーに追い出され、大広間に向かう途中やっとミュージカルのように歌いながら話すことをやめることができたネビルがヘーゼルに尋ねた。
「いったい何だったの?」
「あのね、ただ胃の中でカエルが跳ねるだけじゃなくて一緒に陶酔薬の効果を持たせたら面白いんじゃないかと思ったの。萎び無花果や山嵐の針、催眠豆の汁にニガヨモギなんかを入れてね。でもハッカの葉の割合が難しくって・・・チョコレートが美味しく感じる量と楽しくなり過ぎちゃう副作用を抑える丁度いい量を探ってるところなの」
夢中で話すヘーゼルにネビルはポカンと口を開けた。
「君って本当すごいや。優しいだけじゃなくて頭も良いし、それに可愛いし・・・」
「ありがとう、ネビルのそうやって素直に人を褒めれるところも素敵よ」
ヘーゼルはにっこりそう言うと先程の水色の箱をネビルに渡した。
「これ改良中で少し楽しい気分になり過ぎちゃうけど、良かったら貰ってくれる?落ち込んだ時に食べると良いわ。あなたの歌はとっても素敵だけど、食べ過ぎには気をつけてね」
ヘーゼルとネビルは顔を見合わせ笑い合った。
ネビルが落ち込むたびに爽やかな『ヒキガエル型ペパーミント』に心を救われ、やがて薬草学にのめり込み今より自分に自信をつけるようになるのはもう少し先のことだ。
こうしてこの出来事がのちの優秀な『悪戯仕掛け人の材料提供者』の誕生に繋がるのだった。