魔法薬のクラスを終えて地下牢を出ると、行く手の廊下を大きなもみの木がふさいでいた。木の下から二本の巨大な足が突き出している。
「やぁ、ハグリッド、手伝うよ」
ハリーが大きな枝に手をかけると、すぐにロンも反対側に回り込み同じようにもみの木を支えた。
「ありがとうよ、ハリー、ロン」
「ウンン」
後ろからわざとらしい咳払いが聞こえ振り向くとそこにはドラコがクラッブとゴイルと一緒に立っていた。
「やぁドラコ、今日もスネイプ先生に褒められてたね!あ、ごめんもしかして僕たち邪魔だった?」
ハリーが声をかけるとドラコはああともうんともつかない曖昧な返事をした。ロンは枝の間から顔を出してこんな奴に話しかけなきゃいいのにと言う顔をしていたし、クラッブとゴイルも同じ様な顔でドラコを見ていた。
「あら!みんなでハグリッドのお手伝い?とっても素敵だわ」
後ろからハーマイオニーと連れ立ってやってきたヘーゼルが嬉しそうな声をあげた。途端にロンとドラコが赤くなったのでハリーはくすくす笑った。
「僕たちは・・・」
ドラコは何かを言いかけたがヘーゼルに至近距離で見つめられ途中で諦めたように首を振るとハリーの隣へ行き、笑っているハリーの脇腹を思い切り肘で突いてからもみの木の枝に手を伸ばした。
「おい本気かい?」
「そんなの召使いのやる仕事だ。そうだろう?」
驚きと不満に満ちた声を出したクラッブとゴイルの鼻先にヘーゼルが間髪入れず何かを突きつけた。
「わたし今日は生徒会の活動で、良い行いをした人にこれを配ろうって決めてるの」
それはクリスマスのツリーの飾りがついたチョコレートのカップケーキが沢山入ったカゴだった。マグルの女の子たちがお菓子を配る時によく使うような、雪の模様の描かれた透明の袋にひとつずつ入れられて袋の口は赤と白の細い紐で丁寧に結ばれている。
クラッブとゴイルは途端に顔を見合わせるといそいそともみの木の両脇に付き、太い幹を持ち上げた。
「おお、随分楽になったぞ、ええ?」
ハグリッドがそう言うとヘーゼルはハーマイオニーと嬉しそうに顔を見合わせた。
後ろから階段を上がってきたスネイプ先生の手にも、ヘーゼルのチョコレートカップケーキの袋が握られているのにハリーは気が付いた。ヘーゼルの社交性はきっとアイラおばさん譲りだ。
ハグリッドと一緒にもみの木を担いだグリフィンドールとスリザリンの一行が大広間に入ると、忙しくクリスマスの飾り付けをしていたフリットウィック先生が大喜びで各寮に二点ずつ与えてくれた。
隣のマクゴナガル先生も何とも微笑ましいという表情で、ドラコたちはもみの木を置くと居心地悪そうにそそくさと立ち去ってしまった。(ただしヘーゼルのチョコレートカップケーキは三人ともしっかり受け取っていった)
広間は素晴らしい眺めだった。柊や宿木が綱のように編まれて壁に飾られ、クリスマスツリーが十二本もそびえたっていた。小さなツララでキラキラ光るツリーもあれば、何百というろうそくで輝いているツリーもあった。
「お休みまであと何日だ?」ハグリッドが尋ねた。
「あと一日よ」ハーマイオニーが答えた。
「とっても楽しみよ・・・だけどハリー本当に帰らないつもりなの?」
ヘーゼルがハリーの顔を訝しげに覗き込んだ。ハグリッドからも一言いってやってほしい、とヘーゼルが思っているのがハリーにはわかった。
「そうだよ、ハリー。この間まで家族に会えるのをあんなに楽しみにしてたじゃないか。」
フリットウィック先生が魔法の杖からフワフワした金色の泡を出して、新しいツリーを飾りつけているのに見とれていたロンが、こちらに目を向けた。
ハリーはクリスマスにプリベット通りに帰るつもりはなかった。先週、マクゴナガル先生がクリスマスに寮に残る生徒のリストを作った時、ハリーは迷いながらも、両親がチャーリーに会いにルーマニアに行くので学校に残ることになっているウィーズリー三兄弟につづいて名前を書いていた。
「うん、いいんだ。ホグワーツ特急が着くのがダドリーのボクシングの大事な試合の日と被ってるんだよ。泊まりがけで応援に行くんだって」
ハグリッドに向かって仕方ないんだよ、という風に肩をすくめるハリーにヘーゼルは口を尖らせて言った。
「でも手紙にはバーノンおじさんが残ってハリーを迎えに行くって書いてあったんでしょ。本当はハリーだって一緒にクリスマスを過ごしたいくせに気を使わなくてもいいじゃない、家族なんだから」
「気なんか使ってないさ。僕、ホグワーツのクリスマスも見てみたいなって思ってたんだよ。それにパパはダドリーがボクシングを始めたのとっても喜んでたんだ。パパとママ揃って試合を見に行って欲しいって僕が思うんだから、それでいいだろう?お節介しないでよ」
いらいらを隠せないハリーにヘーゼルも腰に手を当てて強い口調で言い返した。
「あら、ダドリーたちが戻ってくるまで私の家で待ってからフィッグおばさんの家にフルーパウダーで行って、それで帰ってもいいんですからね。方法はいくらでもあるのよ。すねた子供みたいにヘソを曲げてせっかくのクリスマスを家族と過ごさないなんて」
喧嘩になりそうなハリーとヘーゼルをハグリッドが宥めるように言った。
「まぁ確かに素ん晴らしいぞ、ホグワーツのクリスマスは。ご馳走がいっぱいだしな」
「うん、僕、本当に楽しみだよ」
そう言うハリーに向かって思いきり舌を突き出してみせると、ヘーゼルはさっさとフリットウィック先生とマクゴナガル先生のところへチョコレートカップケーキを配りに行ってしまった。
ロンとハーマイオニーは顔を見合わせた。
「わたし、幼馴染がいないからわからないんだけどハリーとヘーゼルって誰に対しても穏やかなのにお互いに対しては遠慮がないわよね?」
「うーん、僕も女の子の幼馴染なんていないからわかんないけど・・・二人の喧嘩はまるで姉弟みたいだよ」
ハグリッドが気まずそうに目を泳がせたが、ヘーゼルに痛いところをつかれたばかりのハリーの耳にロンとハーマイオニーの声は届かなかった。
ハリーとヘーゼルは次の日になっても結局仲直りをしないままだった。
「ハニーデュークスはクリスマス前の繁盛期なの。きっとすごく忙しいけどお店を手伝うのが楽しみだわ」
大きな荷物を持ってハーマイオニーと話しながら寮から出て行くヘーゼルの後ろ姿をハリーはじっと見つめていた。
ヘーゼルと喧嘩をしたままクリスマス休暇を迎えるのは嫌だったが、自分から謝るのは本当は拗ねているのを認めるようで悔しかった。
「じゃあ、ハリー」
突然くるりとヘーゼルが振り向いて笑顔で言った。
「良いクリスマス休暇をね!私からのクリスマスプレゼントは期待しておいて」
ヘーゼルが満面の笑みで期待しておいて、と言うプレゼントには不安しかなかったがとりあえず向こうから話しかけてくれたことにほっとしてハリーも手をあげて答えた。
「うん、ヘーゼルもね。アンブロシウスおじさんとアイラおばさんにもよろしく」
クリスマス休暇になると楽しいことがいっぱいで、ハリーは家族に会えない寂しさをしばし忘れることができた。
ロンの得意な魔法使いのチェスを教えてもらいながら遊んだり、暖炉のそばの心地よいひじかけ椅子に座りこんで串に刺せるものはおよそ何でも刺して火であぶって食べたりした。
パン、トースト用のクランペット、マシュマロ・・・
ほどよく焼いたマシュマロをチョコレートと一緒にクラッカーに挟むスモアや焼き林檎にも挑戦した。
いつもヘーゼルが作ってくれるようには上手くいかなかったが、ロンやフレッドとジョージと一緒にあれやこれや試すのは楽しかった。
しかしクリスマス・イヴの夜、ベッドの中に潜り込むと途端に寂しさが押し寄せた。
毎年クリスマス・イヴはプレゼントが楽しみでなかなか寝付けずにダドリーと二段ベットで騒いでママに叱られたものだ。パパはそれを見て笑ってたっけ。
今年のクリスマスはパパとママとダドリーでどんな風に過ごすのだろう。ハリーがいなくて寂しいと思ってくれているだろうか・・・
そんなことを考えながら眠りについたハリーは夜中に顔のすぐそこに誰かの気配を感じて飛び起きた。
ガサガサッ
それに驚いた誰かがバランスを崩してベッドの足元の物を蹴飛ばした様な音。
「しーっ!」
叫ぼうとした口を手で塞がれて慌てて眼鏡を引っ掴んでかけると、なんとそこにはホグズミードに帰ったはずのヘーゼルがナイトドレス姿で立っていた。
「ヘーゼルどうしてここにいるの?家に帰ったはずだろ?それに・・・それにここは男子寮だ!」
「あら男子寮って言ったってハリーとロンしかいないじゃない」
驚きながらも声をひそめてハリーが言うとヘーゼルはいつものように悪戯っぽく舌を出して笑ってみせた。どうやらヘーゼルを意識しているらしいロンには聞かせたくない台詞だ。
「ハリーにとっておきのプレゼントを渡しにこっそり戻って来たのよ。でもあんまり悲しそうな顔で寝てるから頬にこっそりキスしようとしたら、起こしちゃった」
「戻ってきたって・・・どうやって?」
唖然としているハリーにヘーゼルは軽く肩をすくめてみせた。どうやら教えてくれる気は無いようだ。
「ヘーゼルって本当に予想外のことばかりするよ」
「それよりハリー、ねぇ、これ誰からかしら?」
呆れるハリーをよそに先程蹴飛ばした何かを拾い集めながらヘーゼルが言った。それはプレゼントの山だった。
「このプレゼント、ヘーゼルとハリーへ、って書いてあるわ。私たち二人が双子って知ってる人からかしら?でもそれってすごく限られてるわよね?」
ヘーゼルが手にした包みには風変わりな細長い文字でハリーとヘーゼルの名前が書いてあったが、その文字に心当たりはなかった。
「ハグリッドは・・・この分厚い茶色の包紙のやつだろうし、うーん。誰だろう?」
「全然わからないわ。開けてみましょう」
言い終わらないうちにヘーゼルが包みを破ると、銀ねず色の液体の様なものがスルスルと床に滑り落ちて、キラキラと折り重なった。
ヘーゼルがはっと息をのんだ。
「わたし、これが何なのかわかる気がするわ。吟遊詩人ビードルの物語なんかに出てくるやつよ・・・これ、きっと透明マントだわ!」
一時間後、ハリーとヘーゼルは透明マントをすっぽりと頭から被り、ホグワーツの暗い廊下を疾走していた。
「わたしたちのお父さんのものだったのよ、今すぐ使ってみなくちゃ!それに上手に使いなさいって書いてあるわ」
そう言って何故か立ち入り禁止になっている四階の右側の廊下へ探検に行こうと言い張るヘーゼルを何とかなだめすかしたものの、それならば図書館の閲覧禁止の棚で調べたい魔法薬があると言うので付いてきたまではハリーも内心少しスリルを楽しんでいた。
ハリーがたまたま手に取った本が鋭い悲鳴をあげるまでは、だ。
背の高い鎧の前でヘーゼルが急停止したので、ハリーは慌てて突き出てしまった顔を透明マントの中に引っ込めた。
「先生、誰かが夜中に歩き回っていたら、直接先生にお知らせするんでしたよねぇ。誰かが図書館に、しかも閲覧禁止の所にいました」
フィルチの猫撫で声が聞こえてきてハリーとヘーゼルは顔を見合わせた。微かな蝋燭の灯りに照らされたヘーゼルは青白いおびえた顔をしていたが、きっとハリーも同じ顔をしているだろう。
「閲覧禁止の棚?それならまだ遠くまでいくまい。捕まえられる」
答えたのはスネイプ先生だった。これはとてもまずい、とハリーは思った。
スリザリンの寮監であるスネイプ先生は他寮生に厳しいと有名だったし、魔法薬の授業が苦手だからなのか、どうもハリーは特別無視されているように感じることが多かった。(「特別無視されてる?もしそうなら特別ラッキーだぜハリー!」とロンは言っていた。)
なぜか途端に頬の赤みが戻りその場に釘付けになっているヘーゼルの足を踏んで正気に戻すと、二人は目で合図をして出来るだけ静かに後ずさりした。
さすが双子といえるだろう、ぴったりと呼吸を合わせハリーとヘーゼルは少しだけ開いていた左手のドアにソォーッと滑り込んだ。
危機一髪だった。フィルチとスネイプ先生の二人の足音が遠のいていくのに安堵して、ハリーはやっと今隠れている昔使われていた教室のような部屋に、何かそぐわないものが立てかけてあるのに気がついた。
「鏡だわ。上の方に何か字が彫ってある・・・すつうをみぞののろここのたなあくなはでおかのたなあはしたわ・・・?」
同じ様に鏡に気がついたヘーゼルが囁いた。
ハリーとヘーゼルは鏡に近づいた。すると途端にヘーゼルがはっと両手で口を塞いだ。
「どうしたの?」
誰も映っていない鏡に向かって目を見開いているヘーゼルにハリーは訪ねた。
「・・・ハリーには見えない?誰も?」
「うん、だって僕たち透明マントを着てるから・・・」
ヘーゼルに促され鏡の正面にぴたりと立ったハリーは思わず言葉を失った。そこにはハリーが映っていた。しかも、その隣に映し出されたのはそこにいるはずのヘーゼルではなく、ダドリーだったのだ。
「何が見える・・・?」
どこか苦しそうにそう聞くヘーゼルに、ハリーはありのままに答えた。
「僕とダドリーが肩を組んで立ってる。後ろにはパパとママが笑ってる・・・パパが新しい車を買って僕たち記念撮影してるみたいだ・・・。僕・・・髪の毛の色がダドリーみたいだ。額に傷もないし眼の色も・・・まるで本当の弟に見える」
そこまで言うとハリーははっとした。
ハリーを見つめるヘーゼルは今まで見たことのないような悲しい顔をしていた。
「ヘーゼルには何が見えたの・・・?」
「私にも家族が見えたわ。私とハリーと、それから死んでしまった父さんや母さん、それに多分お爺さんとか、私たちに目や髪の毛が似ている人たちが・・・本当の、私たちの家族が・・・」
ハリーは雷に打たれた様に固まって何も言えずにヘーゼルの顔を見つめた。
ヘーゼルの榛色の瞳から一粒の涙が零れ落ち、月明かりに照らされていた。