「この鏡はその人の大切に思う家族を見せる、そうだと思わない?」
静かにそう言うとヘーゼルは床に座り込んでしまった。すぐにハリーも透明マントを脱ぎその隣に寄り添う様に座った。
「ヘーゼル!この鏡が一体何なのかわからないけど、僕、君のことを大切な家族だって思ってるよ。本当に」
ハリーはヘーゼルを見つめながら声を絞り出した。
「わかってるわ、ハリー。でもねあなたは私が双子の姉じゃなくて幼馴染のヘーゼル・フルームでも良いのよ」
そんなことない、と言いかけたハリーをヘーゼルが首を振って遮った。
「別に責めてるわけじゃないの。ちょっと寂しいのは認めるわ。でもハリーは例え私がただの幼馴染だって、きっと今と変わらずに大切に思ってくれるってことよ。」
ハリーにはヘーゼルの寂しさが少しだとは思えなかったが、強く違うとは言い返せない自分にも気が付いていた。プライマリースクールに通うようになってからは毎日のように会っていたとはいえ、別々の家で育ったハリーとヘーゼルの関係は姉弟というよりもむしろ一般的な幼馴染に近いのかもしれなかった。
「それにダーズリー家に金髪の私がいたら不自然だわ。アンブロシウスとアイラの娘のヘーゼルの方が、しっくりくるでしょう?」
そう言うとヘーゼルは堪え切れずぽろぽろと涙を溢しはじめ、しゃっくりあげながら続けた。
「わ、私も、ハリーみたいに今のパパやママと一緒に映ってる姿が見たかったわ!こんなに愛されて大切に育ててもらってきたのに・・・ジェームズ父さんやリリー母さんのことは何にも覚えてないのに・・・心の何処かでパパやママのこと本当の家族じゃないって思ってるってことなの?それって私、とっても薄情よ!」
「そんなことない!君は誰より優しくて温かいって僕が知ってるよ!それを言うなら僕の方が薄情さ。鏡の中にヘーゼルは僕や父さん母さん達を見たのに、僕なんて髪や目の色まで変えてまるで最初からダーズリー家に生まれたみたいに・・・」
いつの間にかハリーの目からも涙が零れ落ちていた。
「あんまり自分を責めるのはおよし、ヘーゼル、ハリー」
突然後ろから声がしてハリーは体中がヒヤーッと氷になったかと思った。振り返ると、壁際の机に、誰あろう、アルバス・ダンブルドアが腰掛けていた。ハリーとヘーゼルはお互いどんなに大声で話していたかに気がついた。
「校長先生、どうしてここに・・・?」
ヘーゼルが問いかけるとダンブルドアは穏やかに言った。
「今夜ここで君たちに会うつもりは無かったのじゃが、せっかくのクリスマスに子供たちを傷つけたままにするのはあまりにも・・・と思ったのでな」
ハリーはダンブルドアの言葉の意味を測りかねたが、先生が二人に怒っていないようだとわかりホッとした。
ダンブルドアは机から降りてハリーとヘーゼルと一緒に床に座わると、優しく語りかけた。
「君たちはまだほんの赤ん坊の頃にご両親を亡くしたのじゃ。ハリー、君は叔父さん叔母さんに大切に育てられてきたが、いつも心の何処かで遠慮していたのじゃろう。君が兄として慕う従兄弟と同じ様に、彼らの実の息子に生まれたかったと望むことを一体誰が責められようか」
ダンブルドアはそれからヘーゼルに向き合い言った。
「ヘーゼル、君はアンブロシウスとアイラが何よりも君を大切に思っていることをよくわかっているのじゃ。その上で君が亡くなったご家族にも生きていて欲しかったと望むのが薄情じゃとは、わしは到底思えんがのう」
ヘーゼルが涙を拭い、強い眼差しでもう一度鏡を見つめながら言った。
「先生、私ただ家族が見えるんじゃないんです。みんな笑顔だけど傷だらけで、激しい戦いの後の様な姿なんです。きっと・・・きっと鏡の中の世界ではヴォルデモートに打ち勝ったんだわ」
ハリーは驚いてヘーゼルの横顔を見つめた。ハリーは魔法界に来てから『例のあの人』の名前をより恐ろしく感じるようになっていた。
「おお・・・そうかヘーゼル。しかし賢い君らにならわかるじゃろうがこの『みぞの鏡』は知識や真実を示してくれるものではない。鏡が映すものが現実のものか、はたして可能なものなのかさえ判断できず、何百人とこの鏡の虜になり鏡の前でヘトヘトになったり、魅入られたり、発狂したりしたのじゃ。」
「ええ、わかります。だって私たちの父さんと母さんはヴォルデモートに殺されたんだもの。死んだ人は生き返ったりしないわ」
唇を強く結ぶヘーゼルの顔を見つめるダンブルドアの瞳は深い哀しみに満ちていた。
「あの・・・この鏡は先生にも家族の姿を見せるのですか?」
ハリーがおずおず質問するとダンブルドアは軽く首を振りながら答えた。
「鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い『のぞみ』じゃ。それ以上でも以下でもない。皆が家族を見るとは限らんのじゃよ。例えどんな『のぞみ』が映し出されようと夢に耽ったり、生きることを忘れてしまうのは良くない。それだけはよく覚えておきなさい。」
ダンブルドアはゆっくりと立ち上がって優しく微笑んだ。
「さぁて、そろそろその素晴らしいマントを着て、ベッドに戻る時間じゃのう。しかし、ヘーゼル。弟や友人にとっておきのプレゼントを贈りたいと思う気持ちは素晴らしいことじゃが、わしは校長として、君が家路につく前にホグズミードへ続く秘密の通路をひとつ、お聞きせねばなるまいのう」
ダンブルドアは半月眼鏡の奥の瞳をキラキラさせてそう言った。ダンブルドアがハリーの質問に答えてくれなかったことに気が付いたのはハリーがグリフィンドール寮にある自分のベッドに横になった後だった。
翌朝、ロンがプレゼントの包みを破る音で目を覚ました。
「おはよう、ロン」
「おはよう!君にもプレゼントがいっぱいきてるぜ」
急いで眼鏡をかけるとハリーもさっそく包みを開きにかかった。
ハグリッドからはフクロウの鳴き声のような音の木彫りの笛、ハーマイオニーからは蛙チョコレートの大きな箱、ロンのママから特製の分厚いエメラルドグリーンのセーターと甘くて美味しいホームメイドのファッジ・・・
一際大きな箱はバーノンとペチュニアからで立派な万年筆と一緒にバスケットボールやサッカーボール、テニスボールなどありとあらゆるボールが沢山入っていた。クィディッチにはいろんな大きさのボールを使うと手紙に書いたからだとハリーには見当がついた。
ロンにゴルフボールをひとつわけてやるとあんまり喜ぶのでハリーは笑った。
アンブロシウスとアイラからのハニーデュークスのお菓子の詰め合わせの横に、見慣れたヘーゼルの字で親愛なるハリーへと書かれた封筒が置かれていた。雪の降る町の空をトナカイにソリを引かれたサンタクロースが飛んでいる可愛らしい封筒だ。
「ハーマイオニーったら僕には百味ビーンズだ。あとはヘーゼルから何かカードが届いてる!」
嬉しそうなロンの手にはジンジャーブレッドマンが手を繋いで連なっている絵の封筒が握られていた。君が寝ている隙に直接置きに来たんだよ、とは言わないでおいた。
「ヘーゼルやけにプレゼントに期待してて、って言ってたけど・・・まさか噛み付くカードとかじゃないだろうね?」
ハリーが警戒しながら慎重に封を破ると中からは驚くべきものが出てきた。それはバーノンの署名の入ったホグズミードへの外出許可証だった。
「僕にもだ!ちゃんと保護者の署名もある・・・しかも今日の日付が書かれてる!」
ロンも同じ様に許可証を広げ目を丸めて驚いていた。
封筒から落ちたメモを拾い上げて読むとヘーゼルの文字でこう書かれていた。
『ハリーへ メリークリスマス!
ルーマニアにいるロンたちのご両親のお返事を待っていたらぎりぎりになっちゃったけど、クリスマスに間に合って良かったわ。ホグワーツのご馳走を食べ終わったらぜひウィーズリー四兄弟とホグズミードの我が家へ遊びに来てね。すでに学校に話は通してあるので後はこの許可証をマクゴナガル先生に見せてください。みんなで一緒にクリスマスケーキを食べましょう。これが私からのクリスマスプレゼントよ。
気に入ってもらえた?』
ハリーとロンは顔を見合わせた。
「気に入ったかだって?最高に決まってるよ!」
ロンは顔を輝かせた。ハリーも顔中を綻ばせていた。ヘーゼルはいつだって予想外の方法でハリーを喜ばせてくれる天才だ。
ハリーはロン、フレッド、ジョージ、それから双子に引きずられたパーシーと一緒に、フリットウィック先生によってより美しく装飾された大広間へ入った。皆でウィーズリーおばさん特製の手編みのセーターを着ている姿は何とも微笑ましいらしく、マクゴナガル先生やレイブンクローの上級生の女子がくすりと笑うのでパーシーは耳を真っ赤にさせていた。
クリスマスのご馳走は素晴らしかった。丸々と太った七面鳥のロースト百羽、山盛りのローストポテトとゆでポテト、大皿に盛った太いチポラータ・ソーセージ、深皿いっぱいのバター煮の豆、銀の器に入ったコッテリとした肉汁とクランベリーソース。ハリーとロンは感動してどれもこれも食べながら、それぞれの家のクリスマスについて話した。
テーブルにはあちこちに魔法のクラッカーが山のように置いてあった。ハリーがフレッドと一緒にクラッカーの紐を引っ張ると大砲の様な音をたてて爆発し、青い煙がモクモクと周り中立ち込め、中から海軍少将の帽子と生きた二十日鼠が数匹飛び出した。
「僕の家ではいつもプラスチックのおもちゃや紙帽子がでてくる小さいクラッカーさ」
「へぇ。マグルって魔法も無しにどうやってクラッカーを作るんだろう」
ハリーが言うとロンは興味深々な顔で言った。ハリーは来年のクリスマスはロンにマグルのクラッカーの詰め合わせをプレゼントしようと心に決めた。
食事を食べ終えるとクラッカーから出てきた破裂しない光る風船、自分でできるイボつくりのキット、新品のチェスセットなどのおまけを抱え、ハリーはウィーズリー四兄弟と一緒に許可証を持ってマクゴナガル先生のところへ行った。
マクゴナガル先生はワインを何杯もおかわりしたハグリッドにキスされ、三角帽子がずれてもクスクス笑うほどご機嫌そうだったが、ハリーたちが近づくといつもの厳格そうな顔付きになった。
「あなたたちの外出については、クリスマス休暇の前にヘーゼル・フルームがダンブルドア校長先生に直接お許しを頂いたそうです」
マクゴナガル先生の顔には誠に遺憾、と書いてあるようだった。クラッカーから出てきた花飾りのついた婦人用の帽子をかぶったままのダンブルドア先生は急に耳が遠くなったかのようにフリットウィック先生の方へ体を向けて知らん顔をしていた。
「幸い上級生たちはクリスマス休暇の前にホグズミードへ行ったばかりです。一、二年生のほとんどは家に帰っていますし、あなた方さえ自慢げに言いふらさなければ羨む生徒もいないでしょう」
先生はハリーたちの外出許可証を一枚ずつチェックしながら言った。
「おぉ、おまえさんらヘーゼルの家へ行くんだとな。ハリー良かったな、せっかくのクリスマスだ。家族と過ごすのが一番ええ」
真っ赤な顔をしたハグリッドが横からにこやかに言った。ハリーとヘーゼルが双子だということはロンたちにも知られていないのでハリーは内心ひやひやしたが、ハグリッドがだいぶ酔っ払っているので誰も気に留めなかったようだった。
「くれぐれも校外で馬鹿騒ぎなど起こさないように」
「ええ、マクゴナガル先生ご安心ください。僕が監督生としてこの者たちをしっかり引率いたします」
フレッドとジョージの顔を交互に見据えるマクゴナガル先生にパーシーが一歩進み出て、もったいぶって言うので、ロンとハリーはこっそり目を合わせ笑いを堪えた。パーシーの背中には『完璧・パーフェクト・パーシー』と書かれた紙が貼られていた。
張り紙がバレてパーシーに追いかけ回される双子に大笑いしながら、ハリーとロンは初めてホグズミード村へと足を踏み入れた。
「うわぁ、ゾンコのいたずら専門店だ。僕ずっと行ってみたかったんだ」
目を輝かせるロンに息を切らせたパーシーが身なりを整えながら言った。
「ロン、今日は他のところへはよらないよ。ヘーゼルのお宅へ行くために特別に許可を頂いたのだから」
口を尖らせるロンとハリーにだけ聞こえるようにフレッドが囁いた。
「でも俺たちが貰ったのは『ホグズミードへの』外出許可証さ」
ヘーゼルの家、ハニーデュークスはハリーの想像の何十倍ものお菓子で溢れていた。赤白のキャンディーケーンや雪だるまを模したマシュマロをかごに沢山詰めている魔女や、ショーウィンドウに並んだ色とりどりのクリスマスケーキを受け取りに来たらしい家族連れの魔法使いたちが店内にはちらほらいたが、どうやら忙しさのピークは過ぎたところらしい。
グリーンとピンクが鮮やかな店内にハリーたちが入ると、カウンターの向こうのアンブロシウスがにこやかに手を振った。
「やぁ、久しぶりだねハリー。それにお友達のウィーズリー家の子たちだね。ヘーゼルから話を聞いてるよ。どうぞ二階に上がっておくれ」
口々にアンブロシウスに挨拶すると、ハリーたちは二階へ続く階段を登った。ハニーデュークス店の二階は見た目よりずっと広い住居になっていて、階段を登った先は沢山の窓の明るいキッチンと、大きな木のテーブルに揃いの椅子が並んだ心地良いダイニングになっていた。
そこにいる顔ぶれに驚いてハリーは危うく登ってきた階段へ落ちそうになったが、後ろのジョージに支えられ何とか踏みとどまった。
キッチンにはヘーゼルとアイラと一緒に、なんとエプロンをつけたペチュニアがいる。そしてバーノンとダドリーが椅子から立ち上がりハリーたちを出迎えていた。
「メリークリスマス!ハリー」
驚いて口をポカンと開け何も言えないでいるハリーに向かってダドリーがにっこりと微笑んだ。