ハニーデュークスの女の子   作:雪羊

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レグルスとチューチュー鳴くネズミ菓子(猫用)

 

 

 

吾輩は猫である。名前はレグルス。何の因果か人間として生きていた頃と同じ意味を持つ名を、転がり込んだ赤毛の一家の中で比較的に思慮深い三男によって付けられた。

 

 

 

一家の家長であるアーサー・ウィーズリーは家の前に転がっていた痩せて満身創痍の猫を何の疑いもなく拾い上げ、その妻モリーは甲斐甲斐しく世話を焼いた。

 

 

まだ猫としての暮らしに慣れていなかった頃は他人に触られるのが我慢ならず威嚇していたが、動物好きの次男がなかなか諦めてくれずに根負けして、今では不服ではあるが少しの間我慢して撫でられるまでになった。

 

 

 

貧しく、子沢山で、揃いも揃ってお人好し、おまけに一家全員がグリフィンドールというウィーズリー家は、純血の家系に関わらずレグルスが育ったブラック家とあまりにもかけ離れ、最初はショックの連続だったが今ではすっかりその喧騒にも慣れた。

 

 

 

もともと屋敷しもべ妖精にまで愛着を持ってしまう性格が災し、子供たちに少々情が沸きすぎた所為で、現在レグルスは怪我を負い医務室に置かれた猫用ベッドに横たわるはめになっていた。

 

 

 

 

「マダム・ポンフリー!レグルスの怪我は治るんですよね?レグルスは僕を庇って巨大チェスに殴られたんだ。まさか・・まさか死んだりしませんよね?」

 

「ウィーズリー、心配ありませんよ。どんな怪我でも治してみせます。ええ、それがたとえ猫の怪我でもね」

 

 

マダム・ポンフリーはレグルスに縋って泣き続けるロンを何とかハーマイオニーに連れて行かせるとため息をついた。

 

 

「本来ならもう治ってもいい頃だけど・・・やはり猫用の調合は専門外だわ。セブルスかハグリッドを呼んでこなくては・・・」

 

 

 

マダム・ポンフリーが足早に立ち去るとレグルスは薄目を開けた。意識はとっくに戻っていたが、身体中がひどく傷んだ。アニメーガスに猫用の薬では効き目が悪いのであろう。

 

 

 

 

医務室にはどうやら離れたベッドにハリー・ポッターが一人眠っているだけらしい。レグルスはカーテンの影に隠れ、変身を解いた。

 

 

医務室に備え付けられた小さな洗面台の鏡に艶やかな黒髪の男が映し出され、背中の傷跡を確認すると灰色の目を細め顔を顰めた。

 

 

 

「いるんだろう」

 

 

静かにそう言うと、ベッドの下からのそりと一匹のヒキガエルが現れた。と、瞬く間にヒキガエルは長身で頑健な体格の男に姿を変えた。明るい茶色の長髪を無造作に後ろで丸くまとめ簡素な服を身に付けているに関わらず、どこか高貴な気配を漂わせているのは強い光を持つ琥珀色の瞳の所為だろうか。

 

 

 

「やぁレギュラス。災難だったね」

 

 

のんびりとした口調で彼の他には口にすることのないレグルスの本来の名を呼ぶと、男は魔法薬の入った瓶を差し出した。

 

 

 

「トレバー、どうなったんだ?」

 

 

受け取った薬の苦さにますます顔を顰めながらレグルス、もとい、レギュラス・ブラックが尋ねると琥珀色の瞳の輝きが少し曇った。

 

 

 

「わかっているだろうが、闇の帝王は死んではいない。ホグワーツから去っただけだ。やはりクィレルだった。スネイプとの噂で校内中に注目されるはめになって、奴は早まったのだろう。しかしそのおかげでクィレルは一命を取り留めた。・・・今はダンブルドアとスネイプに取り調べられている」

 

 

 

概ね予想通りの答えにレギュラスは小さく息を吐いた。トレバーは窓を開けて外から入り込む風を感じるようにそっと目を閉じた。明るい場所で見るとその姿はより美しく、全ての所作が優雅で、冗談めかして彼が語ったどこかの王族の出だという身の上話は、実は本当なのではないか、とレギュラスには思えた。

 

 

彼は動物もどきであるレギュラスと違い、血の呪いによってヒキガエルに姿を変えられたマレディクタスだ。今は自在に人間の姿に戻れるが、いつかは完全にヒキガエルになってしまうという。子供らが寝静まったグリフィンドールの談話室で初めてお互いの身を明かし、トレバーからその話を聞いた時、レギュラスは背筋が凍るようだった。

 

二度と人間の姿に戻れなくなる恐ろしさが、十年余りほとんどの時間を猫として生きてきたレギュラスには痛いほどわかった。

 

 

それ以降、一日のわずかな間でも人間に戻り言葉を交わすトレバーとの時間はいつしかレギュラスにとって心の拠り所になっていた。

 

 

 

「レギュラスが生きていて良かった」

 

目を閉じたままトレバーがまるで天気の話でもするかのように穏やかに言った。

 

「・・・そう簡単に死にはしないさ」

 

もし猫に姿を変えてまで生きる目的を見つけていなければ、レギュラスは今頃海辺の洞窟に人知れず沈んでいただろう。

 

 

 

医務室の外から足音がして、瞬く間に二人の男の姿は美しい黒猫と醜いヒキガエルに戻った。

 

マダム・ポンフリーに続いてハグリッドがドアから身体を斜めにして入ってきた。手にはハニーデュークスの小さな包みを持っている。

 

 

「心配ねぇ、薬は良く効いとるようだ。俺は猫はあんまり好かんが・・・くしゃみがでるんでな。猫はこれさえありゃ元気になるもんだ」

 

ハグリッドは大きな手でレグルスをひと撫でし塞がった傷を確かめると、包の中身を取り出して鼻先に近づけた。

 

「チューチュー鳴くネズミ菓子だ。ちゃあんと猫用のやつだ。キャットニップが入ってる。元気になるぞ」

 

ピンク色の小さなネズミがハグリッドの大きな掌で本物そっくりにチューチューと鳴きながら動き回っている。

 

レグルスはちらりと窓辺のトレバーに目をやった。ヒキガエルの表情は読み取れないが、うっすらと笑っているように見える。

 

 

 

 

 

「うーん、あれ・・・ここは?」

 

その時、黒いくしゃくしゃ頭の少年がベッドから身を起こし、慌てたように辺りを見渡した。

 

「ハリーが気が付いた!ああ本当に良かった!」

 

 

 

今にも泣き出しそうなハグリッドの大声にフレッドとジョージが扉から顔を覗かせた。手には何故かトイレの便座を持っている。

 

 

 

「ポッターここは医務室です。ダンブルドア先生をお呼びしないと。さぁ、ハグリッド、猫のお菓子をありがとう。食べさせたらここから出てください。ポッターに面会はまだ早いですよ。ウィーズリー!そんな不潔なものを医務室に入れるのは私が決して許しません」

 

 

 

マダム・ポンフリーがきびきびと言うとレグルスは観念してピンク色のネズミをくわえた。甘ったるい味を覚悟していたが思いの外爽やかなハーブの香りが口に広がった。

 

 

ピョンと逃げるように窓から出て行ったヒキガエルを追いかけてレグルスもチューチュー鳴くネズミ菓子をくわえたまま、窓の枠に飛び乗るとひらりと外へ出る。

 

 

 

 

「まぁまぁ、いつの間に窓が開けっぱなしになっていたのかしら」

 

マダム・ポンフリーはぷんぷん怒りながら窓に近づいてピシャリと閉めたが、元気そうにカエルを追いかける猫を見る目は優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

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