ホグズミード村に新しくオープンしたばかりの菓子店、ハニーデュークスの店主夫婦には可愛い二歳の娘がいた。
まだよちよちと歩くのその子の名前はヘーゼル。名前のとおり綺麗なハシバミ色の瞳と赤褐色の髪の毛をちょこんとふたつに結んだ姿は店の前を通りすがった強面の魔法戦士も思わず微笑んでしまうほどだ。
父のアンブロシウス・フルームは毎朝ヘーゼルが目を覚ます度に地上に天使がいる!と騒いだし、その妻アイラもそんな夫に呆れながらも待望の我が子が愛おしくて仕方ない様子で、フルーム家は幸せに溢れていた。
「ヘーゼル、おでかけの準備をしましょうね。」
「はりー?だっだ?」
アイラが優しく微笑みかけるとヘーゼルはこてんと首を傾げて舌足らずに彼女の大好きな男の子たちの名前を口にした。
「ヘーゼルは本当に賢い子ね。そうよ、今日はまたハリーとダドリーのところへ遊びに行きましょうね。お天気がいいからお外でピクニックなんかもいいわね。」
アイラの言葉にヘーゼルはご機嫌に手をぱちぱちさせて、お気に入りの花の飾りのついた麦わら帽子とくまのぬいぐるみの形をしたリュックを持って玄関までよちよちと急いだ。
そんな娘の姿が可笑しくて思わず笑みをこぼしながら、アイラは杖をひとふりするとバスケットの中に作りたてのサンドイッチとカップケーキ、それにフルーツをいくつか入れた。
ダンブルドアからヘーゼルの生い立ちを聞かされたアイラ・フルームの行動は早かった。
母リリー・ポッターの『護りの魔法』によって生き残った男の子ハリー・ポッターが、リリーと血の繋がりのある者の保護下に暮らさないといけない、それはわかる。
そしてマグルの夫婦に双子の両方預けることはさすがに無理だとダンブルドアも判断し、(詳しい経緯はわからないが) 『護りの魔法』を必要としないヘーゼルをアンブロシウスとアイラ夫婦に託した、これも本当ならば双子は一緒に育ててあげたいところだが何よりも子供達の身の安全が第一なので致し方ないとしよう。
大きな問題はリリーの姉夫婦にも同じ年頃の赤ん坊が産まれたばかりなので子供の扱いには慣れているであろうという認識と姉夫婦は" マグルである "ということだ。
二人の赤ん坊を同時に(しかもそのうち一人は魔力があるであろう赤ん坊を)マグルが育てるのがどんなに困難なことか、アイラはおそらくダンブルドアよりも、少なくともその話を聞いてただ頷いているだけの夫アンブロシウスよりも、わかっていた。
アイラは昔から歳の離れた弟妹や近所の子達の子守りを任されていたし、何よりアイラの母親は魔法使いと結婚した生粋のマグルだったので魔力を持ったアイラたちを育てるのにどんなに苦労したか、もはや家族の中では笑い話になってはいたが何度も聞かされたものだ。
ましてや両親が二人ともマグルでは子供が癇癪を起こして爆発させた皿を魔法で元に戻すこともできない。
アイラは丁寧に、しかしはっきりとこの問題点をダンブルドアに伝えた。アンブロシウスはアイラの態度に慌てたが、ダンブルドアは何処か嬉しげだった。
「ほう、なんとアイラよ。実に素晴らしい見解じゃ。どうにもわしは赤ん坊のことについて疎くてのう。どうか助けてくれんかね。」
アイラは力強く頷いた。
ハリー・ポッターは自分の娘として育てていくと決めたヘーゼルの双子の弟だ。それはもう自分の息子と同様である。
世界中で唯一無二の存在である双子同士が滅多に会えないなどという状況も、ハリーが育児に追い詰められたマグルの夫婦に(まさかとは思うが)虐待されるなどという状況も、アイラは決して引き起こすつもりはなかった。
そしてアイラは実に上手く、ダンブルドアに君は人の心を解きほぐす天才じゃと言わしめるほどに、ことを運んだのである。
綺麗に刈り込んだ芝に手入れされた花壇のあるプリベッド通り四番地の家のチャイムをアイラが鳴らすと、中から細身の女性がドアを開けて、アイラと手を繋ぐヘーゼルの2人を見るとぱっと明るい笑顔になった。
ペチュニアは実に愛らしい女性であるとアイラは思う。
花と掃除とお菓子作りが好きで、夫と息子たちをこよなく愛し、少し自分に自信がないところがあるが仲良くなると冗談も飛ばしたりしてとてもチャーミングだ。今日は上品な花柄のワンピースに明るいピンク色のカーディガンを羽織っていた。
初めて会った時のペチュニアは細身の今よりもっと痩せていた。
それはもうほとんど骨と皮だけのような、風が吹いたら飛ばされてしまいそうな身体で二人の男の子の赤ん坊を常に交代に抱っこして、目にはくっきりクマができていた。
初対面のペチュニアは手負いの母猫のごとくアイラに警戒していたが、アイラはマグルである自分の母親を思い浮かべながらそれはもう完璧に、ひとつも変なことを起こさず、魔法のまの字も口にせず、自分もダンブルドアから双子の片割れを預かって育てている貴女の仲間であると伝え続けた。
赤子の育児がどんなに大変か、ましてや自分の子供と加えて甥まで育てているペチュニアがどんなに立派か、アイラはそれは熱く語った。
ペチュニアがアイラに心を開くのに時間はそうかからなかった。
二度目にアイラがプリベッド通りを訪ねた頃には紅茶が、三度目には紅茶に合うお菓子が用意されるようになっていた。
ペチュニアは圧倒的に孤独だった。
夫のダーズリー氏は妻と息子をこよなく愛していたが、仕事人間で育児の知識はゼロに等しかった。
ペチュニアはもともと人に頼ることが苦手な性格で、その上甥っ子に関わる複雑な事情もあり、人目を避けて2人の赤ん坊と家の中に閉じこもっていた。一日で言葉を交わすのは夫だけ、その夫は家事も出来ない育児もできない、毎日妻を元気付けようと花束やケーキを買ってくるなどなんとも見当違いな方向に頑張っている。
2人の赤ん坊の交互の夜泣き、一日中の抱っこに身体中が痛み、甥を育てることは夫婦で散々話し合って決めたがやはり夫に感じてしまう少しの引け目、半分しかかまってやれない息子に対する申し訳なさ、突然死んでしまったと告げられた妹に良く似たグリーンの瞳をした甥。
すっかりノイローゼになっていたペチュニアのもとに現れたアイラは、ペチュニアの苦悩を理解し全てを肯定してくれた。
初めこそ魔法界の人間という抵抗があったが、だからこそこちらの事情を隠す必要も無かったし、何よりアイラもまたリリーの子供を育てているという事実が仲間意識をもたらした。
「本当に申し訳ないわ、妹の娘を血の繋がらないあなたに育てさせたりして。」
ぽかぽかと暖かな公園で仲良く並んでサンドイッチを頬張っている3人の子供たちを優しい表情で眺めながらペチュニアがアイラに向かって呟いた。
「あら。本当なら息子のハリーだって育てたいくらいよ。」
アイラは悪戯に笑ってみせた。
「ああ、そうね、ハリーを手放すなんて私もうできないわ。もちろん『なんちゃらの魔法』なんて関係なくね。」
ペチュニアはそう言うとアイラの持ってきたカップケーキに手を伸ばし、二人は顔を見合わせて微笑み合った。
カップケーキは白いアイシングでコーティングされ、上にはスミレの砂糖漬けと銀色のアラザンが控えめに散りばめられ、陽の光を浴びてきらきらと輝いている。
アイラの手作りのスミレのカップケーキは初めて食べてからペチュニアの大のお気に入りとなり、二人のティータイムに欠かせないものだった。
アイラはペチュニアの信頼を得るために魔力を見せ始めたハリーが壊したものを治すほかはいっさいペチュニアの前で魔法を使わなかったが、実はこのカップケーキにだけはこっそりと安らぎの水薬の力を込めていた。
鎮静作用や催眠作用のあるスミレの香りと、アラザンの銀色に紛れさせて銀白色の安らぎの水薬をほんの少し散らせば、不安を鎮め動揺や心配を和らげる魔法のカップケーキの出来上がりだ。
でも、そろそろ安らぎの水薬は必要ないかもしれない。
ハリーの口元についたサンドイッチの玉子をハンカチで拭ってやるペチュニアの母親そのものの顔を見ながら、アイラは思った。
最近はバーノン氏もじわじわと仲良くなったアンブロシウスの助言により、ペチュニアが気分転換に買い物やヘアカットをする間ハリーとダドリーを見ながら家のことをこなすまでに成長したらしい。
ハリーとダドリーがおもちゃの取り合いなどあるものの2人で遊んでいられるようになったのもペチュニアの心の余裕に繋がっていた。
こうしてアイラは魔法界の英雄である生き残った男の子ハリー・ポッターの身の安全と、双子であるハリーとヘーゼルがいつでも頻繁に会える関係、ダーズリー家の穏やかな暮らしを人知れず守ったのである。
ハリーやダドリーと公園を走り回りご機嫌なヘーゼルと手を繋いでウィステリア通りにあるアラベラ・フィッグの家に向かいながらアイラはペチュニアのことを考えていた。(キャベツのにおいがするフィッグの家には沢山の猫やニーズルたちがいて、ヘーゼルはこの家とフィッグばあさんが大好きだった。)
ペチュニアは度々アイラがいてくれて本当に良かった、救われたと口にしてくれるが、アイラもまた、本来ならば一生出会わなかったであろうペチュニアと出会い、子育てを共に乗り越える友を得て幸せだった。
次にフルーパウダーを使ってこちらに来た時は、そう、来週にでも、ペチュニアにそれを伝えてみよう。
陽の光をたっぷり浴びて大人も子供も今日はぐっすり眠れそうだった。