楽しかった夏休みはあっという間に終わり、キングス・クロス駅で家族としっかり抱き合い別れをすますと、ハリーはロン、ハーマイオニー、それからロンの妹のジニーと一緒にホグワーツ特急へ飛び乗った。
大所帯のウィーズリー家を乗せたフォード・アングリアの到着がギリギリだったので、列車はすぐに動き出し、アーサーとモリーが見えなくなるとジニーは少し涙ぐんだ。
「ジニー泣くなよ。寂しいのなんて初日だけさ。毎日ご馳走はたっぷりで夜更かししてもガミガミ言われないし、ホグワーツは最高だぜ」
ロンが励ますように話しかけたが、ジニーがますますべそをかいたのでハーマイオニーがロンの脇腹を小突いて黙らせた。
「わかるよ、ジニー。ご馳走は美味しいけどママの料理は特別だよね。正直、二年生だけど僕も叱ってくれるパパやママと離れるのは寂しいよ。でもホグワーツでは寮のみんなが家族なんだ。それに君には兄さんたちや、ハーマイオニーやヘーゼルや僕もいる。きっと楽しくなるよ」
ハリーがこんな時にダドリーだったらどんな風に声をかけるだろう、と考えながら出来るだけ優しくそう言うと、ジニーはやっと泣き止んで少し微笑んでみせた。
ホグズミードの駅のホームで他の一年生たちとボートへ向かうジニーを見送り、ハリー、ロン、ハーマイオニーは合流したヘーゼルと一緒にひとりでに動く馬車に乗り込んだ。
「組み分けの儀式が楽しみだな。何てったって、今年は見てるだけさ」
ロンが言った。言葉と裏腹にジニーがグリフィンドールに組み分けされるか心配でロンがそわそわしていることをハリーはわかっていた。
「僕、お腹がペコペコだよ」
ハリーが言うと、ロンもぶんぶんと頷いた。ハーマイオニーが呆れたような顔でハリーとロンを見た。
「あなたたち電車の中でお互いの家から持ってきたサンドイッチを一緒に食べて、その上車内販売のお菓子も沢山食べてたじゃない」
「育ち盛りなんだよ。僕もハリーも夏の間に背が伸びたの、気が付かなかった?」
ロンが言うとヘーゼルがくすくす笑った。
「あら、私とハーマイオニーだって随分背が伸びたわ。でも、そうね、育ち盛りの男の子たちにいいものがあるの。この夏試行錯誤して新しく作ったキャンディーよ」
そう言ってヘーゼルは棒付きの真っ赤なペロペロキャンディを二つ、ポケットから取り出した。
ロンは顔を輝かせて受け取るとすぐに透明の袋を破り口にくわえたが、ハリーは慎重にキャンディを観察し、鼻を近づけ匂いを嗅いだ。何だか鉄のような匂いだ。
どうやらハリーの判断は正しかったようで、ロンがすぐにむせこんでキャンディを口から出した。
「うげー。何だこれ、血の味だよ!」
ヘーゼルは腕を組んで首を傾げてみせた。仕草は可愛いが、口元はにやにやを隠せていない。
「あら、駄目だった?人間でも吸血鬼でも美味しく感じる丁度良い塩梅を見つけるのが難しいのよね」
「あなた吸血鬼のためのお菓子も作ってるの?」
ハーマイオニーが驚いて聞くと、ヘーゼルはこくりと頷いた。
「パパが学生時代に入ってたクラブの先輩にね、エルドレド・ウォープルさんっていう人がいるの。『血兄弟ー吸血鬼たちの日々』って本を書いた人なんだけどね」
ハリーはハーマイオニーが素早く本のタイトルをメモしたのを見た。
「そのウォープルさんって人に頼まれたのよ。友人の吸血鬼、サングィニの元気が出るようなお菓子を作って欲しいって。夏休みの初め頃にサングィニに会ってびっくりしたわ。人間と友人になったばっかりに、彼、血が飲めなくてひどくやつれて常に飢えてたの」
ヘーゼルが嘆くように言うとロンが手に持った真っ赤なペロペロキャンディを見つめ顔を強張らせた。
「ヘーゼル、君、まさか本物の人間の血で作ったキャンディだなんて言わないよね?」
「もちろん、違うわ」
恐る恐るハリーが聞くとヘーゼルは残念そうに答えた。
「私は試してみたかったんだけど、パパがどうしても駄目だって言うの。代々の店を潰すことになるって脅すのよ。だからそれはドラゴンの血で出来てるわ」
ロンは少しほっとしたような複雑な顔でまじまじとキャンディを見つめ、肩をすくめて言った。
「ドラゴンの血がどんな味か知ってるのは僕とチャーリーぐらいだろうね」
「あら、そんなことはないわ。ドラゴンの血液は沢山の用法があるの。少なくともダンブルドアはドラゴンの血を舐めたことがあるはずよ。でもとても稀少なんでしょう?良く手に入ったわね」
ハーマイオニーが興味深そうに眺めるので、ハリーは迷わず手に持ったままだったキャンディをハーマイオニーに譲り渡した。
「チャーリーに協力してもらったのよ。ドラゴンのミニチュア入りチョコエッグのレアなやつと交換でね」
ヘーゼルがぱちんとウインクした。
「ちなみに、今ハーマイオニーが手に持ってる方はサラマンダーの血で出来てるの。サラマンダーの血って強力な治癒力を持ってるのよ。サングィニったら、それを舐めたら元気いっぱいになってたわ」
ヘーゼルがハーマイオニーから味の感想を聞き出すのに夢中になっている間、ハリーはロンと黙って顔を見合わせていた。ロンもハリーと同じく感心半分、呆れ半分といった表情だった。
そうこうしている間にあっという間に大広間へ着き、ハリーがグリフィンドールの席に腰をおろしかけた瞬間、先に隣の席に座ったロンがはじかれたように勢いよく立ち上がった。上座の教職員が座っているテーブルの方を見て口をあんぐりと開けている。
ロンの視線を追いかけてハリーもそこに燃えるような赤毛を見つけ、驚いた。貝殻の家でピクシー妖精からハリーを助けてくれた長髪の格好良い魔法使いが、グリフィンドールのテーブルでロンと同じように口をあんぐり開けているウィーズリーの弟たちを見て、可笑しそうに笑いを堪えていた。ウィーズリー家の長男、ビルだ。
「何でビルがホグワーツにいるんだ?」
双子が同時に叫んだ。他の監督生たちと座っていたパーシーも、普段の威厳は何処へやら口をパクパクさせて言葉が出ないようだった。
ビルに注目しているのはウィーズリー兄弟とハリーたちだけではなかった。女子生徒の多くがビルの方を指差してはクスクスと笑ったり、髪を撫で付けたりしていた。教授たちの並ぶテーブルで新顔の若くて顔の良いビルはとても目立っていた。
「格好良いわ・・・」
ヘーゼルが他の女の子たちと同じように呟いた。が、ハリーはその目線の先がビルではなくスネイプ先生だと気が付いた。
どうしてビルがいるのか疑問に思うまま組み分けの儀式が終わると(ジニーはグリフィンドールに組み分けされ、ハリーはウィーズリーの兄弟たちと一緒に一際盛大な拍手でテーブルに迎えた。ビルもテーブルから身を乗りだす勢いで拍手していた)、ダンブルドアが立ち上がり新学期の挨拶と共に穏やかな声でその疑問の答えを教えてくれた。
「さて、新しい闇の魔術に対する防衛術の先生を紹介しよう。ウィリアム・ウィーズリー先生じゃ。ウィーズリー先生は本来グリンゴッツ魔法銀行で「呪い破り」として働いておられる。急遽、一年間という約束でこの職を引き受けて下さることになっての。大層驚いた者もいるようじゃな」
ダンブルドアのブルーの瞳が半月眼鏡の向こうで悪戯っぽくきらきら輝いていた。フレッドとジョージが立ち上がり、口笛を鳴らして囃し立て、マクゴナガル先生が嗜めるように二人を睨め付けた。
「ビルが?闇の魔術に対する防衛術の先生?」
ダンブルドアの話が終わってからも愕然としているロンに、組み分けを終えて近くの席に座っていたジニーが嬉しそうに言った。
「そんなに驚くことないわ。ビルってホグワーツでは首席だったし、闇の魔術に対する防衛術の授業では特に優秀で、卒業した後も講師として呼ばれてたんですもの。私、実はビルが先生になること知ってたの。パパとママが今年はホグワーツにビルがいるから安心なさいって」
「それでパパもママもビルもジニーも、面白がって僕たちに黙ってたってわけだ。我が親愛なる家族らしいよ」
皮肉を込めてそう言うロンの顔も嬉しさが隠せていなかった。それから皆が久しぶりのホグワーツのご馳走に夢中になり、パーシーだけが何故か暗い顔で黙り込んでいることに、この時は誰も気が付かなかった。