ハニーデュークスの女の子   作:雪羊

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フリントとナメクジゼリー

 

 

「うぇぇぇ、うっぷ」

 

 

ハグリッドの小屋でバケツを抱え込み口からナメクジを吐き出している少年がいた。スリザリンの二年生、ドラコ・マルフォイだ。おまけに片頬は真っ赤に腫れている。

 

 

「全部吐いちまえ、それで楽になる」

 

ハグリッドがややぶっきらぼうにそう言うと、ドラコは恨みがましい目で何か言いかけたが次のナメクジの波が押し寄せ、テーブルの下に隠れ姿が見えなくなった。

 

ドラコの隣には心配そうなハリーが座っていて、戸口には様子を見に来たスリザリンのクィディッチチームのキャプテン、マーカス・フリントが立っていた。

 

 

「ドラコ、やっぱり医務室に行った方が良い。その忌々しいナメクジを何とか出来るのは森番じゃなくてマダム・ポンフリーだ」

 

 

大事なシーカーの練習時間を奪われてやや苛ついているらしいフリントが言うと、ドラコがバケツから顔を上げて泣きそうな顔をした。実際、吐きすぎて目のふちは赤くなりうっすら涙がたまっている。

 

「でも、僕は・・・うっぷ」

 

 

ナメクジに続きを遮られたドラコにハリーが助け舟を出した。

 

「僕がハグリッドの小屋の方が近いって言ったんだ。それにドラコは謝りたいからここに居たいんだよね?僕が皆にハグリッドの小屋で待ってるって言ったから」

 

ハリーの言葉にフリントが眉を吊り上げた。

 

 

「何でドラコが謝る必要があるんだ?謝るべきなのはふざけた呪いをかけたウィーズリーの弟と、顔を思いきり引っ叩いたヘーゼル・フルームだろ。それにあのマグル生まれの穢・・・」

 

「俺の小屋でその言葉を口にすんな」

 

 

ハグリッドがじろりとフリントを睨んだ。そのあまりの迫力に思わずフリントも黙り込んだ。

 

「こいつはちゃーんと後悔しとる。俺にはわかる。この小屋に来た時だいぶ取り乱しとったからな」

 

ハグリッドがやや優しい声になって言うと、ドラコは居心地が悪そうにもぞもぞと座り直して言い訳するように答えた。

 

 

 

「僕はただ・・・彼女を泣かすつもりなんてなかったんだ。スリザリンの談話室じゃ日常的に聞く言葉で、あんなに激昂するなんて」

 

「おまえさんは言っちゃいけねぇことを言った。それは反省せにゃならん。でも悪いと思ってしっかり謝れば気持ちは伝わるもんだ」

 

 

すっかりハーマイオニーの話だと思い込みハグリッドは諭すように言ったが、ハリーとフリントにはドラコがヘーゼルのことを言っているのだとわかった。

 

 

 

 

数十分前、ヘーゼルは正に激昂していた。

 

グリフィンドールとスリザリンのクィディッチチームの小競り合いに居合わせたハーマイオニーとドラコが言い合いになり、ドラコがハーマイオニーを『穢れた血』と呼んだのがその原因だった。

 

 

ロンや双子ウィーズリー、そしてヘーゼルの反応でそれが恐らくひどい差別用語であることはわかったが、魔法界の事情に疎いハリーは、感情が昂って泣き出したヘーゼルに呆気に取られた顔で引っ張って行かれたハーマイオニーや、騒ぎを聞きつけたスネイプ先生に連れていかれたロンと同じくらい、目の前のドラコを心配していた。

 

ロンの呪いをくらい皆の前で笑い者になり、好意を寄せているヘーゼルから力一杯の平手打ちを受け、在らん限り罵られ、軽蔑の目で見られたドラコは、今尚ナメクジを吐き続けていることを抜きにしても、すでに充分報いを受けたように思えた。

 

 

 

「やっぱり・・・うぷ・・医務室に行くよ」

 

言葉の途中で小さなナメクジを吐き出しながら弱々しくドラコが呟いた。ドラコの背中に手を添えて立ち上がりながらハリーはフリントに向かって言った。

 

「僕が医務室まで連れて行くよ。お陰様でどうやらグリフィンドールの練習は中止になったみたいだからね」

 

ハリーの軽い皮肉に顔を顰めながら、フリントは小屋の戸を開け、ハリーに支えられて歩くドラコの後ろ姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習に戻ろうと小屋に背を向け歩き出した途端、フリントは森番の大きな声に呼び止められた。

 

 

「フリント、おまえさん大丈夫か?スリザリンで上手くいっとるんか?ええ?」

 

いやに真剣な様子の森番を振り返り、訳がわからないという顔でフリントが突っ立っていると、森番は大きな手で手招きをして、半ば強引に小屋の中の椅子にフリントを座らせた。

 

 

「俺は入学からおまえさんのことをずーっと気にしとった。しかしおまえさんはスリザリンに組み分けされたし・・・二人になるチャンスなんて今までなかったからな」

 

 

森番が何を言っているのかわからずフリントはイライラした。勢いに気圧されて小屋に入ってしまったが後輩のシーカーが心配で様子を見に来たのであって森番とのんびりお茶を飲むつもりはなかった。早くクィディッチの練習に戻らなくてはならない。

 

 

「何が言いたいんだ?あんたに心配される筋合いはない」

 

「スリザリンは、ほら、純血主義だかんな。今日の騒ぎもそれが原因だ。肩身の狭い思いしてるんじゃねーかって・・・」

 

 

森番がげじげじの眉を少し下げ、言いにくそうに言葉を切った。フリントは頭に血が昇るのと、胸の中がざわつくのを同時に感じた。

 

 

「フリント家は純血だ!聖二十八一族だ!」

 

思わず声を荒げテーブルを叩いたが、森番は驚く様子もなく、ますます困ったような、心配そうな顔になった。

 

「もちろん、それはわかっちょる。間違いなく純血の一家だ。魔法使いの方の血はな」

 

フリントは今度は一気にさーっと音をたてて頭から血の気が引くのを感じた。

 

 

「おまえさんにはトロールの血が入っとる。そうだろう。人に言ったりはしねぇから大丈夫だ、安心しろ。俺にはおまえさんの気持ちがよーくわかる」

 

フリントは呆然と森番を見た。黒く光るコガネムシのような目がまっすぐにフリントを見据え、心の底から気遣う表情をしてフリントを見ている。少しでも悪意のかけらが見えさせすれば、フリントは間違いなく、ナメクジを吐き出すより強力な呪いをかけるか、即座に殴りかかっていただろう。

 

 

 

「・・・何のことを言っているのかさっぱりわからない。俺は純粋な魔法使いだ。侮辱は許さない」

 

震える声でフリントが答えると森番は大きく被りを振った。

 

 

「そんなはずはねぇ。俺は子供の頃からトロールの連中とは友達だった。禁じられた森で一緒に相撲を取ったりな。奴さんたちとは気が合うんだ。俺は生き物に詳しい。そこらの魔法使いよりおまえのご先祖さんの特徴はよくわかっとるつもりだ」

 

フリントはわなわなと震えながら拳を固く握りしめた。フリント家は魔法大臣を務めたジョセフィーナ・フリントをはじめ数々の優秀な魔法使いを輩出した聖二十八一族に数えられる、間違いなく純血の一家だ。しかし、それは記録に残っている正式な婚姻を辿ったならば、の話だ。

 

 

かつてフリント家の先祖が、婚姻の記録が残らないほど大昔の話だが、より強い子を残すためにトロールとの間に子供をもうけたという言い伝えを、十一歳の誕生日に決して口外してはならない話としてフリントは両親に教えられていた。

 

もちろんそんな話は信じたくなかったが、自分自身の同級生より段違いに屈強な身体つきや、大きな歯、尖った耳は親族の誰よりもトロールを彷彿させた。さらにこれはただの言い訳かもしれないが、同級生に比べて知能も低い。それもずば抜けて。

 

 

「かつてのご先祖の特徴がいきなりぽっと現れるちゅーのは、どんな生き物でもある普通のこった」

 

フリントの心を見透かすように森番が優しい口調で語りかけた。

 

「俺を、魔法生物、扱い、するな!」

 

驚きの後にやってきた怒りに震えながらフリントが大声を出すと森番はきょとんとした顔をした。そこでフリントは悟った。森番はフリントを魔法生物扱いしたわけではない。魔法生物を人間扱いしているのだ。トロールを友達だと宣い相撲をとって遊んでいた奴と、その点で分かり合えるわけがない。

 

 

実のところフリントは常に心の奥底で怯えていた。純血でない、人間ですらないトロールの血が少しでも流れているとバレたら?スリザリンどころか魔法界での居場所を失ってしまうかもしれない。

 

なのでフリントは森番の次の言葉に呆気に取られるしかなかった。

 

 

「俺はな、フリント。ここだけの話、半巨人だ。母親が巨人だ。悩んどったこともあった。本当のところ今でも隠しちょる。なかなか言えることじゃねぇ、そうだろ?えぇ?」

 

 

フリントは愕然とした。こんな重大な秘密を自らフリントに打ち明けるなんて、頭がまともでないとしか思えなかった。あまりのことに言葉が出ず黙っているフリントを良いふうに誤解したのか、森番は優しく続けた。

 

 

「でもよ、ダンブルドアは見捨てなさらねぇ。半分巨人だろうが、トロールの血が流れてようが、狼人間だって、みーんな同じように大切になさる。すんばらしいお方だ。それに世の中にはヴィーラの血やゴブリンの血が流れてる奴が案外いるもんだ。まぁ巨人やトロールはちぃと世間の印象が悪いがな、きっと大丈夫だ」

 

 

何が大丈夫なのかさっぱりわからなかったが、フリントは重荷を背負った気で生きているのが急に馬鹿馬鹿しく思えた。

 

放心しながらフリントがクィディッチの練習に戻るとだけ伝えのろのろと立ち上がると、森番は出口まで見送りながら元気付けるように言った。

 

 

「おまえさんに自分のルーツを探りたいっちゅう思いがあるんなら、協力してやる。俺もその気持ちがよーくわかるしな。それにだいたいの見当はつく。人間と番になれるトロールは極限られちょる」

 

 

フリントは怒るべきなのか、感謝するべきなのかわからず、黙って小屋をあとにした。自分の中に流れているトロールの血を確かめたいと思ったことは、正直、ある。

 

 

 

フラフラと歩き出すと前から二人の女子生徒がやってきた。グリフィンドールの二年生、何かと噂のヘーゼル・フルームと、先程の騒ぎの原因になった栗毛のマグル生まれだ。

 

 

「あら、あなたの純血のお友達は一緒じゃないの?可愛いナメクジちゃんたちと仲良くやってるかしら?」

 

フリントと距離が近付くなり冷やかにヘーゼル・フルームが言った。

 

「医務室に行ったよ。誰かに平手打ちされた頬がだいぶ腫れて酷かったからな。ウィーズリーはスネイプ先生に引っ張られていったのに、君はお咎め無しかい?我がスリザリンの寮監は公平だと思っていたのに残念だな。流石、夜な夜な個人的な授業を受けてるだけあるね」

 

フリントは意地悪く笑うと相手の反応を見た。誰でもいいから八つ当たりしたい気持ちだった。

 

「ええ、お生憎様ね。スネイプ先生と私は貴方が考えてるよりずーっとすごいことを二人っきりでしてる仲だもの。お子様には想像も出来ないような事をね」

 

 

思わぬ返答と整った顔から向けられる強気な視線にフリントは顔を引き攣らせたじろぐしかなかった。隣の栗毛の二年生も、口をぽかんと開けて絶句している。今日はなんという厄日だろうか。

 

ヘーゼル・フルームは勝ち誇った顔でオレンジ色の紙に包まれた小さな箱をフリントに押し付けた。ご丁寧にリボンとカードまで付いている。

 

「これ、ドラコにお見舞いなの。渡してくださるかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スリザリンの談話室にドラコが戻ってくると(すっかり頬の腫れは引きナメクジの発作は治っていたがひどく憔悴していた)、フリントはすぐさま預かっていた包みをドラコに渡した。爆発物かもしれない物をいつまでも持っていたくはなかった。

 

 

ドラコは嬉しさ半分、恐ろしさ半分という顔で恐る恐る包みを開いた。中から出てきたのは、なんと、色鮮やかなナメクジゼリーだった。

 

「な、ナメクジゼリー・・・うっ」

 

 

ドラコの顔色がみるみる青ざめ、フリントは思わず吹き出した。

 

「ドラコ、良い女の趣味してるな。スネイプから略奪するだけの価値はあるぜ」

 

 

絶世の美少女にスネイプ教授が二人きりの個人授業という名目で手を出したという下世話な噂はスリザリンの男子の中で知れ渡っていたが、どうやら初耳だったらしいドラコは雷に打たれたようにショックを受けて固まってしまった。

 

しかしフリントはナメクジゼリーに添えられたカードの文面に目を奪われ、それを気にするどころではなかった。

 

 

 

カードにはこう書かれていた。

 

『 親愛なるスリザリンの君へ

 

純血と混血で味の違いなどありはしない

私は知ってる だって舐めたから

 

古めかしい思想に囚われず

手段を選ばず力を求めよ

スリザリンの君 狡猾であれ』

 

 

ふざけているのか真剣なのかわからない文面に、フリントは頭を強く殴られたような衝撃を受けた。

 

 

そうだ。確かに俺は純血を誇るスリザリン生だ。しかし同時に俺は貪欲に力を求めたフリント家の末裔でもあるのだ。ならばあのふざけた森番や、この血すら上手く利用してみせようではないか。

 

 

初めて自分の中に流れるトロールの血を認めたフリントは不適な笑みを浮かべ、マルフォイが投げ出した箱から黄色いナメクジゼリーを勝手にひとつ取り、頬張った。弾力のあるバナナ味のそれはやけに美味く感じた。

 

 

 

 

 

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