何百という真珠のように白く半透明のゴーストでいっぱいの地下牢で、ハリーは久しぶりに上機嫌なヘーゼルを半ば呆れた目で見ていた。
ドラコがハーマイオニーを穢れた血呼ばわりしてからというもの、ヘーゼルは徹底的にドラコを無視していたが、マダム・ポンフリーの手伝いと称してパーシーに無理矢理「元気爆発薬」を飲ませたり(赤毛の下から煙がもくもく上がって、まるでパーシーの頭が火事になったようだった)、ウィーズリーの双子と一緒に「助け出して」きた燃えるようなオレンジ色の火トカゲにフィリバスターの長々花火を食べさせ談話室中を橙色の星まみれにしたりして笑っていても、どこかモヤモヤしていることを、ハリーだけは気が付いていた。
ハロウィーンの今日、ヘーゼルはようやくドラコと言葉を交わす気になったようだった。驚いたことに、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ヘーゼルが行くことになっていたほとんど首なしニックの絶命日パーティーに、突然ドラコを誘ったのだ。
「まだ許したわけじゃないわ。だって、ドラコったらハーマイオニーに対しての発言を訂正しないんですもの。お家柄的に大問題になるとか何とかくだらない言い訳して」
ヘーゼルは真っ黒なビロードがかかった長テーブルからしゃれた銀の盆におかれたエピキュアーチーズをつまみあげながら愚痴た。しかし顔はゴーストたちで混み合ったダンス・フロアの方を見てニヤニヤしている。
「私もういいのよ。ヘーゼルが充分怒ってくれたし、それにロンも『ナメクジくらえ』でこらしめてくれたもの」
「おかげでトロフィー・ルーム中の盾を銀磨きするはめになったけどね。おまけにマグル式のやり方で、さ」
ハーマイオニーに向かっておどけるようにロンが肩をすくめた。照れて少し耳が赤くなっている。
ハリーは長テーブルの上の珍しい食べ物たちを物色して、クラッカーの上に薄茶色の小さな豆がのっているものをひとつとり、頬張った。何だかネバネバしているが、味は悪くない。皿の脇に添えられた黒い縁取りの説明書きには「納豆クラッカー」と書かれている。
ヘーゼルいわく、ゴーストたちの料理は「とても生きている人間向きではない」らしく、ハリーがニックに絶命日パーティーに招待されたと知るや否や、ヘーゼルが厨房へ忍び込み今日の料理を監修したのだ。
ゴーストたちはというと、口を開けて通り抜けながら風味を味わうだけなので、風味が強ければそれで満足らしい。生前グルメだったらしいハッフルパフの寮付きゴーストの太った修道士に、ヘーゼル監修の料理は大好評だった。
「いやぁ、ニックの人望には驚かされましたよ。絶命日パーティーに生きたゲストが五人も!それもハロウィーンのご馳走を蹴ってまで」
「うーん、正直ハロウィーンのご馳走も捨てがたかったけど、こっちも悪くないよ。珍しい食べ物がいっぱいだし」
太った修道士が人の良さそうな笑顔でニコニコ言うとロンが強烈な匂いを放つニシンの塩漬けを食べながらもごもご答えた。ニックは得意気な顔を隠せていない。
「スリザリン生まで招待しているとは」
一際おどろおどろしい見た目で遠巻きにされているスリザリンの寮付きゴースト、血みどろ男爵がダンス・フロアに目をやりながら唸るように言った。
千本の黒い蝋燭で群青色に染められたダンス・フロアでは、鋸の奏でる恐ろしい音楽に合わせて女の子のゴーストとドラコが、沢山の他のゴーストに混じりワルツを踊っていた。
踊りに合わせ女の子のゴーストの丈の長いドレスローブがふわふわと揺れ、おまけに身体までもがふわふわと楽し気に浮き上がっていたが、それでもドラコは優雅に、そして完璧にダンスをリードしていた。ダンスパーティーの経験がないハリーにもドラコが踊り慣れていることはわかった。
「それで、ドラコがあの子と踊ったらいいかげん仲直りするんだね?毎日毎日ヘーゼルとの仲を取り持ってくれってドラコに泣きつかれるのはもううんざりだよ」
ハリーが念を押すように言うとヘーゼルがふんと鼻を鳴らした。
「だ・か・ら!きちんと謝るまでは絶対に許さないわ。ただ少しは口をきいてあげるってだけよ。ドラコと踊ってるあの子ね、二階の女子トイレに取り憑いてるマートルっていうのよ。こっそり作りたい魔法薬なんかがある時に場所を借りたりちょっとお世話になってるの」
ハリーが聞き捨てならない、という顔をしたがヘーゼルは気付かないふりをして続けた。
「でもここのところ気分の落ち込みが激しくって。何か楽しいことでもあれば落ち着くかなって思ったの」
「それでドラコがマートルの相手役に適任だって思い付いたのね?正解だったみたい。だってあの子とっても嬉しそうよ」
ハーマイオニーの言葉にヘーゼルがにっこりと笑った。
「良かったわ!それにね、ドラコってゴーストがとっても苦手らしいの」
何百というゴーストに囲まれながら踊っているドラコを憐れむような目で見ながらロンが言った。
「僕、絶対にヘーゼルを敵に回したくないな・・・」
ハリーも神妙に頷いた。ハリーはプライマリースクールに通っていた頃、ダドリーがハリーばかりかまうのにヤキモチを妬いたピアーズ・ポルキスがハリーに意地悪した時のことを思い出した。
意地悪と言ってもブーブークッションを椅子の上に置かれただけでハリーとダドリーは面白がったのだが、ヘーゼルは次の日お返しにピアーズのロッカーに本物そっくりの蛇のおもちゃをギュウギュウに詰めて驚かせたのだ。
おかげでピアーズは蛇が大の苦手になり、ダドリーの誕生日に一緒に動物園へ行った時はピアーズが泣いて嫌がるのでダドリーとハリーは爬虫類館をパスするはめになった。
「とーっても楽しかったわ!彼って素敵よ」
ニックの物悲しくも少し誇らし気な挨拶が終わり、首無し狩クラブの余興がはじまると、マートルがすーっと滑るように近づいてきて、興奮しながらヘーゼルに話しかけた。
古めかしい格好のゴーストが多いなか、シンプルなドレスローブに身を包み綺麗に編み込んだ二つ結びの髪を揺らして顔を輝かせているその姿は、半透明なことを除けば、今のホグワーツにもいそうな女の子だった。
後からこちらにやってくるドラコが出来るだけ血みどろ男爵に近寄らないようにしているのを見てヘーゼルとロンがにやりと笑った。ヘーゼルがマートルと一緒にドラコに話しかけたので、ドラコは心底ほっとしたような顔をした。
世界中の珍味でお腹がいっぱいになり、最後にドリアン風味のバイン・ピアというデザートをたいらげると(中には緑豆の餡にほんのりと塩気のきいたアヒルの卵黄が入っていた)、ハリーたちはニックに挨拶し、凍えるような地下牢を後にした。
名残惜しそうなドラコと別れグリフィンドールの寮を目指し歩いていると、ハリーたちは学校中が随分と騒がしいことに気が付いた。肖像画の中の人物たちも忙しそうにあちこち走り回っている。
「いったい何の騒ぎかしら?」
ハーマイオニーが眉を顰めて言った。
「ジニー!何があったんだい?」
肖像画の入り口近くで立っている小さな赤毛の姿が見え、ロンが声をかけた。ジニーはひどく怯えた顔をしていたが、ハリーたちの姿を見つけると脱兎の如く駆けてきてのっぽのロンの首にぶら下がるように抱きついた。
「ああ、良かった!二階の廊下で生徒の誰かが石に変えられたって大騒ぎなの。なのに、私の兄弟はビル以外誰も大広間にいないし、それにハリーもヘーゼルもハーマイオニーも。私、とても心配したわ」
「石に変えられたっていったい・・・」
ロンはそれ以上質問を続けることが出来なかった。
激しく争う声と共に入り口の肖像画がパッと開いたのだ。まず出てきたのはフレッドだった。ひどく顔面蒼白で、誰かを無理矢理引っ張っている。
「現行犯逮捕だ。仕方ないんだ。」
掠れた声でフレッドが言った。不自然にロンとジニーの方を一切見なかった。
フレッドに引っ張られジョージに押しやられ、肖像画の穴から引き摺られるように出てきたのは、赤い血でべったりと汚れたローブを着たパーシー・ウィーズリー、その人だった。