「僕たち、リー・ジョーダンと三人で二階の女子トイレに用事があってハロウィーンパーティーを抜け出したんです。マクゴナガル先生そんな顔で見ないでください。あそこにはマートルがいるから誰も使いやしないんです。それで二階の廊下についたら、壁にデカデカと血文字が書かれてて、誰かが立ち去るところだった」
フレッドの言葉をジョージが続けた。
「僕たちすぐにそれがパーシーだってわかって、喜んだんです。ハロウィーンの悪戯をするユーモアがあるなんて知らなかったから。でもすぐに様子がおかしい事に気が付いた。だって血文字の下には女の子が倒れてて・・・」
「初めに言うておこう。幸いなことにマダム・ポンフリーがマンドレイク回復薬を所持しておってな。何でもヘーゼル・フルームが元気爆発薬をより強力に改良しようとした結果、作り出したと言っておったが。今頃女の子は目を覚ましておるはずじゃ。そして、君たちは倒れておった女の子、ペネロピー・クリアウォーターをリー・ジョーダンに任せ、兄のパーシー・ウィーズリーを追ったんじゃな?」
ダンブルドアの静かな声に双子が同時に頷いた。整然としたマクゴナガル先生の部屋でフレッド、ジョージ、それにパーシーが、ダンブルドアが魔法で増やしたふかふかした椅子に座らされていた。側には部屋の主であるマクゴナガルと、ウィーズリー家の長兄であるビルが硬い表情で立っている。
「パーシーは誰かに操られてた」
フレッドがきっぱりと言った。
「グリフィンドールの男子寮で俺たちが問い詰めた時も様子がおかしかった。杖をこっちに向けたと思えば、急に大人しくなったり、また暴れたり、誰かが自分の身体を動かすのを必死に止めてるみたいだった」
部屋中の視線がパーシーを見た。今や真っ白な紙のような顔色をして、パーシーは床の一点をじっと見つめていた。
「パーシー、一体何があったんだ?」
ビルがパーシーの肩にそっと手を置いた。パーシーは一瞬びくりと飛び上がると、弱々しい声でこの数ヶ月自分の身に起こっていたことを語り始めた。
パーシーがその怪し気な日記と出会ったのは昨年度の学期末、グリフィンドール対レイブンクローのクィディッチの最終戦が行われた日だ。
シーカーのハリーが何故か狂ったブラッジャーに狙い撃ちされ、試合はグリフィンドールの大敗だった。パーシーは試合の結果を賭けていたレイブンクローの監督生、ペネロピー・クリアウォーターとこっそり会うために急いでクィディッチ競技場を離れ、城内に入った。
(「まじかよ!」「パーシーに?ガールフレンド?」フレッドとジョージはまるで誕生日が一足早く来たような顔をしたが、マクゴナガル先生にじろりと睨まれて状況を思い出し大人しくなった)
学校中がクィディッチに出払って人気のない場内でパーシーはプラチナブロンドの長髪に冷たい灰色の目をした男、ルシウス・マルフォイと鉢合わせた。
「僕の赤毛とそばかすを見て、あの人鼻で笑ったんだ。それから二言三言、父さんや僕ら家族を馬鹿にするようなことを言われた」
パーシーたちの父、親マグル派のため「血を裏切る者」と呼ばれ、魔法省のマグル製品不正使用取締局で働くアーサー・ウィーズリーと、純血主義を唱え、不正なマグル製品はもちろん闇の魔術に関わる品もたんまり所持していると噂のルシウス・マルフォイは、正に因縁の間柄だった。
パーシーはウィーズリー家の中で最も慎重派だ。怒りはすれどもちろん挑発に乗るようなことはせず、その場をやり過ごした。しかしルシウスが立ち去った後、見つけたのだ。わざとらしくその場に忘れられた黒い日記帳を。
「どうしてそれをすぐに誰か大人に渡さなかった?マルフォイ家のことを父さんから聞いているだろう?」
ビルがほんの少し怒った口調で言うとパーシーは項垂れ、さらに下を向いた。ダンブルドアが軽く手を挙げてビルを制し、パーシーに先を促した。パーシーはまた振り絞るように話し始めた。
「僕はただ・・・父さんや母さんに褒めて欲しかったんだ」
ルシウス・マルフォイが置き忘れた日記帳が闇の魔術に関わる品だとわかれば、大手柄だ。パーシーは表彰され、父親は出世するかもしれない。そんな馬鹿げた考えに取り憑かれ、夏休みの間中、パーシーは部屋に籠り、ペネロピーに手紙を出す以外の全ての時間を日記を調べることに費やした。
わかったことは二つ、その地下鉄の地図がついた日記がトム・リドルという名の、恐らくマグル出身の魔法使いのものであったこと。そして日記が、書き込まれた言葉に対して返事をするということだった。
トム・リドルの名前を聞いてダンブルドアの眉がぴくりと動いた。マクゴナガル先生はいっそうきつく口を真一文字に結んだ。
「脳みそがどこにあるか見えないのに、一人で勝手に考えることができるものは信用してはいけないって、もちろん、僕、わかってはいたんだ。いよいよこれは父さんに見てもらわなきゃいけないって何度も思った。でも、いつの間にか日記の中のリドルと会話するのを辞めれなくなってた・・・」
日記を書き続けるうちにパーシーはひどく疲れるようになっていた。毎晩ひどくうなされ、そしてハロウィーンの日、ついにパーシーは記憶を失い、気がつくと石になったペネロピーが、パーシーがプレゼントした手鏡を握りしめて足元に転がっていた。
「そこからの記憶は飛び飛びで・・・次の瞬間壁に血文字が現れたかと思えば、その次気が付いた時には男子寮でフレッドとジョージと揉み合ってた。誰かに支配されたみたいに身体が思い通りにならなくて、僕、自分が弟たちを傷つけないように必死に・・・」
「君が日記の正体を暴きたい衝動に駆られたのも、日記を書くことを辞められなくなったのも、トム・リドルによる恐ろしく強力な闇の魔術の所為じゃ。君が気持ちを強く持ち、完全には彼に支配されなかったことは、正に賞賛に値する」
ダンブルドアが優しくきっぱりとした口調で言った。ビルがダンブルドアに尋ねた。
「ダンブルドア先生、先生はトム・リドルという人物をご存知なのですか?」
「よく知っておる。皆も知っておるはずじゃ。ただし、『例のあの人』・・・ヴォルデモート卿という名前での」
ダンブルドアの言葉を聞いて部屋にいる全員が息を呑んだ。パーシーだけが下を見たままだった微動だにしなかった。そして、突然人が変わったようにひどく冷たい声で話し始めた。
「彼を操るのはずいぶんと手間がかかったよ。もっと幼く愚かな下級生なら事を運ぶのは簡単だったろう。彼は賢く、そして慎重だ。彼自身はひどく心配していたが、このままいけば間違いなく彼の兄と同じ首席に選ばれるだろう。彼が教えてくれたここ数十年の魔法界の話は実に興味深かった」
パーシーが突然肩に置かれたビルの手を払い除け、真正面からダンブルドアの顔を見据えた。口元は笑みが浮かび、目は怪しくギラギラと危険な色を帯びている。
「しかし付け入る隙は充分にあった。優秀な兄たちと手のかかる弟たちに挟まれて、自己肯定感が低い。生真面目で、野心家で、おまけに権威に執着する傾向がある。監督生であることを必要以上に強調するのは、彼の自信の無さの現れさ。彼の話は実にくだらなかったよ。兄たちのようになりたい。主席になれなかったらどうしよう。弟たちは父さんや母さんに可愛がられてる。初めてのガールフレンドには何をプレゼントすればいい?」
パーシーがゾクっとするような冷笑を浮かべながら言った。
「おい、パーシー。どうしたんだよ?」
フレッドが狼狽えるとダンブルドアが首を振り落ち着いた声で言った。
「彼は今、パーシーではない」
ダンブルドアがブルーの瞳を少しも逸さずに言った。
「久しぶりじゃのう、トム」
途端、パーシーの顔がみるみる歪み、突然ダンブルドアに向かい杖を突き付けた。マクゴナガルとビルがすぐさま杖をパーシーに向けたが、ダンブルドアは落ち着いてただじっと見返すだけだった。
「ダンブルドア先生、質問しても?これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、不世出の偉大な魔法使いをどうやって破ったんだ?『闇の帝王』として恐れられたこの僕を」
憐れむような思慮深い目でパーシーを、その中のトム・リドルを見つめながらダンブルドアは静かに言った。
「君を倒したのは、トム、君が決して持つことが出来なかった力じゃよ」
恐ろしい憎悪の表情の後、突然にパーシーが自分自身の胸に杖を突きつけた。バーンという大きな音の後、パーシーの身体は椅子ごと吹き飛び、床に伸びて動かなくなった。
「心配はいらぬぞ。武装解除の呪文がちと重なってしもうたのじゃ」
ダンブルドアがパーシーに駆け寄った双子に向かって杖をしまいながら言った。マクゴナガルとビルはまだ杖を構えたままだった。
「マクゴナガル先生、パーシー・ウィーズリーを医務室へ。君たちも付き添うてあげると良い。直に目が覚めるじゃろう」
かがみ込んでパーシーの様子を確認すると、ダンブルドアがマクゴナガルとフレッド、ジョージに向かって言った。立ち上がる時にパーシーのローブのポケットから黒い日記帳を取った。
「儂は急いでこれを調べねばならぬ。ウィーズリー先生、君たちのご両親にフクロウを。パーシーはここ数ヶ月極めて危険な状態じゃった。知らせておかねば」
ビルは頷くと急いで部屋から出ていった。マクゴナガルが魔法で浮かせた担架に乗ったパーシーに続いて、フレッド、ジョージも医務室に向かった。
一人残ったダンブルドアが何も書かれていない日記のページをパラパラとめくった。半月眼鏡の奥の目は先程までとは打って変わり、鋭い光を放っていた。
「もう大丈夫だから、勘弁してくれよ」
医務室のベッドの上で熱い湯気の出るココアがたっぷり入った大きなマグカップで顔を隠すようにしながら、パーシーが言った。耳は真っ赤になっている。
「いいえ、辞めませんよ。ダンブルドアがおっしゃるには、おまえが闇の魔術に取り込まれたのは自分に自信がなかったからなの。それは私たち親の責任です」
母のモリーが目に涙を浮かべながらパーシーの頬に何度目かのキスをするので、パーシーはほとほと困った顔をして、父のアーサーを見た。
「まったく、おまえがそんな風に思っていたなんて。今日まで心配をかけられたことがなかったんで気付かなかったよ。我々がどれほど大切に思っているか、たっぷり伝えておかなくては。もちろん、成績なんかは関係ない」
フレッドとジョージがにやりとしたので、モリーはジロリと双子を睨んだが、今度はパーシーを抱きしめて(パーシーはココアを溢さないように気をつけなくてはならなかった)優しく言った。
「もちろんよ。たとえ主席になれなくったって、大切な息子なの。ああ、『例のあの人』に取り憑かれていたなんて・・・おまえを失っていたら私たちがどんなに後悔したか・・・わかってちょうだい」
「わかったよ母さん。でも、でも僕・・・監督生を辞めさせられるかな?」
ぽつりと呟いたパーシーにフレッドが呆れたような顔をして、それからゴホンと咳払いすると声真似をした。
「過酷な試練じゃったのう。処罰はなし。もっと年上の、もっと賢い魔法使いでさえ、ヴォルデモート卿にたぶらかされてきたのじゃ。もっとも君より賢い者はホグワーツにそうおらんがのう」
「ダンブルドアから伝言さ」
ジョージが続けた。
「ついでに言っておくけど、僕たちはずっと、君がパパやママから褒められてばかりで羨ましいと思ってたな、うん」
パーシーは目を丸くしてキョトンとした。それから弟たちがパーシーが日記に書いた内容を知っているのだと気付き、みるみる顔が赤くなった。
「僕は弟たちが可愛くて可愛くて、良いお手本になろうといつも躍起になってたな。特にパーシーは小さい頃とっても僕に憧れてたからね。チャーリーとロンとジニーにも一言ずつもらうかい?」
ビルがにやりと笑うとパーシーは今や髪の毛と同じくらい赤くなった顔を慌てて横に振った。
「頼むから、チャーリーはともかくロンとジニーには僕が日記に書いたこと言わないでよ」
「僕たちに何を知られちゃまずいんだい?」
医務室のドアからひょっこりとロンとジニーが顔を覗かせた。ジャムドーナツをたっぷり乗せた皿を持っている。
「お見舞いを持ってきたの。パーシー、大丈夫なの?」
ジニーが心配そうにベッドに近付いた。パーシーは妹を安心させるように微笑むと、ジャムドーナツをひとつつまみ、口に放り込んだ。マダム・ポンフリーが家族のみの面会を許したのに、こんなに多いなんて!という顔していたが気にならなかった。久しぶりの幸せな気持ちだった。
「ああ、もう大丈夫なんだ、不思議とね」
ジャムドーナツを食べながら、パーシーは家族を見回した。この経験からパーシー・ウィーズリーはいついかなる時も家族を大切にし、完璧主義は少し穏やかになり、兄弟たちに混じりほんの少しの冗談を言うようになったのだった。