バーノン・ダーズリー氏は穴あけドリルを製造するグランニングズ社の社長であり、自他共に認める愛妻家の子煩悩パパだった。
「早くしないとハリーたちが帰ってくるぞ!」
キッチンで料理を作っている妻と二階にいる息子に大きな声でそう言うと、バーノンは部屋中に飾られたバルーンを等間隔に並べ直していた。きっちり正装を着込み、頭にはパーティー帽子を乗っけている。
「パパ、さっきから何度もそれ言ってるよ」
二階から降りて来たダドリーが呆れた声で言った。こちらはパーティー帽子の代わりにオレンジ色のカンカン帽を被り、真新しい制服に着替えていた。手にはてっぺんにこぶ状の握りのある杖を持っている。
「ああ!ダドリー!我が母校スメルティングズに息子が入学とは・・・。」
バーノンが声をつまらせた。
「まぁダドリーちゃん。こんなに大きくなって!こんなにハンサムな子が、私のちっちゃなダドリー坊やだなんて・・・。」
キッチンから顔を覗かせたペチュニアがそう言いながら瞳をうるうるさせるのでダドリーは耳を赤くした。
ダーズリー夫妻は間違いなく親バカだったが、実際に背も高くがっしりとしたダドリーは制服を着こなしていたし、はにかんだ笑顔は誰の目にもハンサムだった。
見るからに幸せいっぱいのダーズリー家だったがこれまでにいささか普通ではない事情を乗り越えてきていた。
まだ夫妻が恋人だった頃、妹のリリーが魔女であることをバーノンに打ち明けたペチュニアに、バーノンはそのことで君を悪く思ったりしない、と、きっぱり伝えた。
ペチュニアはうれしさのあまりバーノンに抱きつき、バーノンはその時手に持っていたソーセージを落としてしまった。(この惚気話はダドリーもハリーも何度も聞かされうんざりしていた。)
ペチュニアの妹であるリリーとその婚約者のジェームズ・ポッターとは一度だけ食事をしたが、魔法に関する話題が出るたびにペチュニアの顔がこわばっていくことが我慢ならず、バーノンがレストランを飛び出して強制的に食事会を終わらせてしまった。
ペチュニアと歩み寄りたがっていたリリーや、何故だかバーノンを面白がってもっと話したい様子だったジェームズを思い出すと後悔もしたが、帰りの車内でペチュニアがどこかほっとした様子なのを見て、これで良かったのだと思い直した。
バーノンとペチュニアの結婚式には2人を招待したが、もちろん周囲に魔法のことはバレないよう振る舞った。
魔法使いだらけであろうリリーとジェームズの結婚式には出席を辞退して、代わりに高級な花瓶とペチュニアが選んだ花の苗を沢山贈った。リリーたち家族にはたまに近況を報せるぐらいで深く関わらないのがお互いの幸せだろう、とバーノンは思っていた。
しかし、そうはいかなかった。
リリーとジェームズが突然死んでしまったのだ。魔法界の事情とやらで甥っ子であるハリーを手紙ひとつで託されることになった。
もちろん児童養護施設に預けることも視野に入れて考えたが、魔法を目にしたことがあるペチュニアは、手紙を読みハリーを手元から離して死なせてしまうことを非常に恐れていた。ハリーにもしものことがあれば、ペチュニアは自分自身を激しく責めてしまうはずだ。
仲違いをしたまま死んでしまった妹に対する後悔にうなされる妻を見て、バーノンは決心を固めた。
ハリーを自分たちの手でまともな人間に育て上げてみせよう。
そう決めたもののダーズリー夫妻の新たな生活は正に困難の連続だった。仕事一筋でやってきたバーノンは子育てどころか家事の一つもやったことがなかったのだ。
そんなダーズリー家を救ったのはポッター夫妻の娘、ハリーの双子の姉ヘーゼルを引き取って育てていると言うアンブロシウスとアイラ・フルーム夫妻だった。
ペチュニアとアイラは子育ての悩みを共有することで早くに打ち解けたが、バーノンがアンブロシウスに心を開き始めたきっかけは魔力の暴走でハリーが粉々にした年代物のブランデーを綺麗に元通りにしてくれたことだった。
食料品の卸業の会社の営業から独立してお菓子屋を開いたばかりというアンブロシウスの来歴もセールスマンから叩き上げで社長となったバーノンと通じるものがあり、仕事の話をするうちに二人はいつしかすっかり意気投合していた。
ダーズリー夫妻には知る由もないが、レイブンクロー寮の監督生と首席を務め、ホラス・スラグホーン教授が特に優秀な生徒を集めたスラグ・クラブのメンバーでもあったアンブロシウスは、実に聡明な人物だった。
「高価なアクセサリーよりも安心して楽しめる1人の時間をプレゼントした方が良いと思うな」
キッチンに立っている妻たちに聞こえないように小声でアンブロシウスが言った。膝にはヘーゼルを抱っこしている。
「でもちょっとでも子供たちが見えないとペチュニアは不安になるんだ」
バーノンもキッチンにちらっと目をやりながら小声で答えた。こちらは少しぐずついているダドリーを抱えながら、ハリーを乗せたゆりかごを足で揺らしていた。
「大切なのは安心感を与えることだ。普段から率先してオムツを替え、危険がないか常に注意を払い、食べものを用意出来るようになる。もちろん後片付けも忘れずに。これさえ出来れば奥さんは安心して息抜きできるんだ。それが一番の誕生日プレゼントになるだろうね」
アンブロシウスは仕事だけでなく家庭の面でも、すっかりバーノンの相談役だった。
アンブロシウスのアドバイスのおかげでグランニングズ社は新たな大口注文を獲得し、お手上げ状態だった育児にも参加できるようになり、朝食作りや皿洗いなどがケーキや花束よりも妻を喜ばせることに気付かされた。
「なるほど。ビジネスも家庭も安心感が大事というわけだ。なぁダドリー?」
そう言いながらバーノンがぐずり続けるダドリーにキスしようと顔を近づけるとダドリーは髭の感触が気に入ったようで声をあげて笑い出した。
「さっきからこそこそと何を話しているの?」
いつも朗らかなアイラがキッチンからデザートの皿を運びながらアンブロシウスとバーノンに聞いた。
「なんでもないさ。デザートが待ちきれないって言ってただけだよ」
アンブロシウスがバーノンに目配せしながら肩をすくめた。
「お待たせしてごめんなさいね。アイラが一緒だと久しぶりにデザートまで作れてとっても嬉しいの。・・・まぁ!バーノン、いったいどうやったの?ダドリーもハリーもこの時間はいつもご機嫌斜めでどうしようもないのよ」
驚くペチュニアにバーノンは髭を撫でてウインクした。
ダドリーがまた髭を触り大笑いすると、釣られて大人もみんな笑い、ヘーゼルはきょとんと目を丸め、ハリーはいつの間にかすやすやと眠っていた。
こうして初めは妻を助けたい一心で育児をしていたバーノンだったが、人間不思議なもので手をかけて育てるとその分より大切に愛おしく思えるらしい。いつしかバーノンはダドリーと同じだけハリーを溺愛するようになっていた。
「パパ!パパ!」
話し始めたばかりのハリーが可愛い声で呼ぶとバーノンはでれでれと締まりのない顔でハリーのところへ飛んで行った。
少なからずバーノンやダドリーに負い目を感じているペチュニアのために、率先してバーノンがハリーをあやした方が良いというアンブロシウスのアドバイスに従った結果、ハリーはすっかりパパっ子になっていた。
ペチュニアはダドリーに罪悪感を抱くことが減り、バーノンが実の息子のようにハリーを可愛がる姿に喜び、ハリーがすっかり懐いている姿を見て安心した。
アンブロシウスの素晴らしいアドバイスはそれだけではなかった。
ダドリーとハリーがおもちゃを取り合って喧嘩するようになり、もし魔力の暴走がダドリーに向いたらどうしようと不安になっていたダーズリー夫妻に、アンブロシウスはダドリーを兄扱いすることを勧めた。
それまで双子のように扱っていたのをやめ、ダドリーを兄、ハリーを弟扱いするようにすると、それが2人の性格にとても良く合っていたらしい。
小柄なハリーに比べ一回り大きなダドリーは兄として頼られるとどんどん優しく逞しくなり、ハリーは何でも出来るダドリーに憧れ、素直に甘えるようになった。プライマリースクールに入る頃にはハリーの魔力の暴走もすっかり落ち着き、ダドリーとハリーはご近所で有名な仲良し兄弟になっていた。
「パパ、ハリーたちが帰ってきたみたいだよ!」
すっかり遠い目をして昔を懐かしんでいたバーノンはダドリーの声で我にかえった。
ダドリーが玄関のドアを開けるとハリーとヘーゼルが一緒に大荷物を抱え、後ろには笑顔のアンブロシウスとアイラが立っている。
四人が一斉にダドリーの制服姿に歓声を上げたので、ダドリーはまた耳を真っ赤にさせ照れ隠しに居間を行進してみせ、ハリーとヘーゼルは大笑いした。
ペチュニアが張り切って作った豪華な料理でテーブルがいっぱいになり、それがみるみるみんなの胃袋に消えた。しばらくしてダドリーが温かな紅茶とともにピンクとグリーンの鮮やかなバースデーケーキを運んでくるとハリーが歓声をあげた。
「ハグリッドが持ってきてくれたケーキだね!」
バーノンは今朝方ハリーを迎えにやってきた声も身体も常識はずれに大きな男も、ケーキに書かれたスペルが間違っていることも気に入らない様子だったが、ヘーゼルが手伝って作ったというバースデーケーキがあまりに美味しかったので気を取り直した。
「そうだダドリー!ヘーゼルったら今日の買い物中にラブレターもらったんだって。」
突然思い出したようにハリーが言うのでダドリーは思わず紅茶を吹きそうになった。
「またかよヘーゼル。魔法使いはどうやってラブレターを渡すんだ?口から出してみせるのかい?」
「あら、私、ダドリーほどしょっちゅうもらってないわ。それに今日の手紙はとってもロマンチックな方法でもらったんだから!」
内心穏やかでない気持ちでからかうダドリーに、頬を赤らめたヘーゼルが言い返した。
「まったく。ホグワーツに行かせるのが嫌になるよ。」
アンブロシウスが深刻そのものの表情で口を挟んだ。バーノンは息子たちですらこんなに心配なのに娘を手放すのはどんなに辛いだろうと思い、アンブロシウスの肩を優しく叩いた。
「パパ、ホグワーツは家からすぐ近くじゃない!それに私お嫁に行くわけじゃないのよ。学校に勉強しに行くの」
ヘーゼルが言うとみんな笑った。パーティーを楽しんではいたがダーズリー夫妻もフルーム夫妻も愛する子供たちが寮に入るのはとても寂しい様子だった。ケーキを食べ終えてハリーとヘーゼルの誕生日パーティーはお開きとなり、気心知れた二つの家族は玄関前で手を振り別れた。
飾りつけられたままの部屋でひとりブランデーを注ぎながらバーノンが感傷に浸っていると、後ろからおずおずと呼びかける声がした。
「・・・パパ?少し話しても良い?」
小さい頃から変わらない台詞に思わず顔が綻ぶ。
「なんだいハリー。眠れないのか?」
パジャマ姿のハリーがバーノンの隣の席に座り、こくんと頷いた。その姿はバーノンには十一歳よりもっともっと幼く見えた。
「心配事か?学校のことか?」
バーノンは繊細で心優しく、いつもダドリーに守られていたハリーのことが心配で堪らなかった。本当のことを言えばダドリーと同じスメルティングズか家から通える公立校に通わせたいほどだ。
「うん・・・。僕遠い学校に行くでしょ?」
ハリーが不安そうな顔でじっとバーノンを見つめる。最近ますますジェームズ・ポッターに似てきた黒いくしゃくしゃ頭も憎らしい額の傷も、今では全てが大切で愛おしかった。
優しく頷きハリーの言葉の続きを促す。
「だから僕、心配なんだ・・・パパとママのことが。僕やダドリーがいなくて大丈夫なの?ふたりで元気にやっていける?」
思いがけないハリーの言葉にバーノンは一瞬ぽかんとして、それから笑い出した。あんまり笑ったので目には涙が浮かんでいた。
「パパ!僕本気で心配してるんだよ!」
「いやいや、すまないハリー。心配していたつもりが心配されてたのが嬉しくて、つい、な。」
指で涙を拭いながら膨れっ面のハリーに謝るとバーノンはまだくつくつと笑いを堪えていた。心配していた末の息子はどうやら自分が思っているよりずっと成長しているらしい。
「パパに今日のお土産があるんだ。」
気を取り直したハリーが後ろに隠していたらしいものを差し出した。オレンジを基調とした見たことのないパッケージのミックスナッツの缶詰だった。
缶には黒黒と大きなCの文字が二つと、風を切る砲丸が描かれてその下には『祈ろう、なにとぞうまくいきますように』と書いてある。なにかのスポーツチームとのコラボレーション商品といった雰囲気だ。
「今日食べたアイスクリームにのってたナッツが美味しくて、お店の人に聞いてこれを買ったんだ。魔法使いのお店だけど・・・もちろん食べても変なことが起きたりしないよ!僕ちゃんと試食させてもらったから」
ハリーは緊張気味にバーノンを見た。父親がどう思ったか気にしているような顔だ。
「ありがとうハリー。とても嬉しいよ」
バーノンはにっこりと微笑んだ。
自分の誕生日だというのに、ブランデーのあてにミックスナッツを好むバーノンのためにこれを買ってきたハリー。自分よりも相手の心配ばかりしているハリー。バーノンは心からそれが嬉しかった。
プリベット通り四番地の住人のバーノン・ダーズリー氏は「おかげさまで、どこからみてもまともな人間です」というのが自慢だった。そして心優しくまともに育った二人の息子が何よりの誇りだった。
ハリーがおやすみを言って2階にあがると、バーノンはふとミックスナッツの缶詰を裏返してみた。
賞味期限 ご購入から80年(それまでにリーグ優勝してみせます!)とある。
まったく連中の考えることときたら。バーノンは思わず顔を顰めたが、大人になったハリーやダドリーと一緒にブランデーを飲みながらこれを開けるのも悪くないな、と思い直して穏やかな笑顔になった。
『祈ろう、なにとぞうまくいきますように』
缶詰に書かれた言葉は今のバーノンの気持ちにぴったりに思えた。
息子たちの新しい生活がどうかうまくいきますように。
こうしてバーノンの大切なブランデーコレクションに加えられたチャドリー・キャノンズの限定ミックスナッツ缶に、これからハリーが出会う赤毛の親友が大興奮するのはあと十年ほど先の話である。