「おい、ジョージ早く起きろよ」
朝の光に包まれたグリフィンドールの男子寮でまだ眠い目を無理矢理開くと、赤毛でそばかすだらけの自分と全く同じ顔が目を輝かせながら覗き込んでいた。
「フレッド、まだ朝食には余裕で間に合うだろ」
欠伸と共に大きな伸びをしてしぶしぶベッドから起き上がるも、双子の兄の耳には届かないようだ。
「ヘーゼルもう談話室に来てるぞ。グリフィンドール塔に学校一の可愛こちゃんがいるなんて最高だぜ」
階段を駆け上がり部屋に飛び込んできたのは双子の親友リー・ジョーダン。こちらも興奮を抑えきれない様子だ。ついこの間の学期末はアンジェリーナを学校一の美女だと褒めまくっていたのにまったく調子が良い。
口から生まれてきたようなリーと一緒になってはしゃいでいるフレッドも長兄のビルに似たのかなかなかのプレイボーイで、最近二人の女の子に対するノリには正直付いていけないところがあった。
ドラゴンばかり追いかけている二番目の兄チャーリーほど異性に興味がないわけではないが、二人のようには女の子の話題ではしゃいだり、ゲームのように口説いたりする気にはなれなかった。
姉だけがいない所為なのか年上の女性に憧れを抱く傾向にあることは、二人には絶対に秘密だ。
もちろんヘーゼルはとびきり可愛いしずっと入学を楽しみにしていたけれど、ジョージにとって最早彼女は妹の様な存在だった。きっと面白半分騒いでいるだけでフレッドとリーにとってもそうだろうと思うが。
久しぶりの騒々しい朝にホグワーツに戻ってきた実感が遅れてむくむくと湧いてきたジョージは大急ぎで着替えた。(もっとも双子の家である『隠れ穴』の朝もとても静かとは言えないのだが)
螺旋階段を三人で押し合い転がるように心地よい円形の談話室へ入ると、すでに多くの生徒が身支度を済ませてぺちゃくちゃと話していた。
所在なげな一年生の中に昨晩組み分けを無事すませグリフィンドールになった弟のロンとさっそく汽車で仲良くなったらしい生き残った男の子ハリー・ポッター、そして我が家の猫であるレグルスを撫でているヘーゼルを見つけ、フレッドがわざとらしく威張りながら声を掛けた。
「えへん。一年生諸君、昨日はよく眠れたかな?わからないことがあれば何でも聞いてくれ監督生の弟のこの私に。なんだよヘーゼル本当に寝不足な顔じゃないか。可愛い顔がもったいないぜ」
フレッドは兄のパーシーの真似をしながら近付くと急に素に戻りヘーゼルの顔をまじまじと見つめ、リーも心配そうな顔で覗き込んだ。ついでに一緒にいるロンもだいぶ寝不足のようだがフレッドとリーは気付かないようだ。
「何でもないわ。ちょっと緊張しちゃって」
フレッドとリーに近くで見つめられたからか、何かを思い出したのか、ヘーゼルは少し顔を赤らめロンの膝の上のレグルスに視線を落としまた撫で始めた。レグルスは相変わらず小さき王のような態度だが、撫でられるのも悪くないといった様子でじっとしている。
「ロンも緊張してるのか?ハリーは良く眠れたみたいだな」
ジョージが声をかけてもロンは気もそぞろにレグルスを撫でているヘーゼルをちらちらと見ながら耳を赤くさせている。我が弟ながら全くわかりやすい。
妹のジニー以外女の子とほとんど接点なく育ってきたロンにとって、いきなり美少女が自分の膝の上の猫を撫でているこの状況はだいぶ刺激が強いので、ロンがこうなるのも仕方ない。
「うん、ありがとう。よく眠れたよ。お腹がペコペコさ」
ハリーがにこにこと答える。早くも自分たちに親しみを抱いているらしいハリーは背の高いロンと並ぶと一年生の中でもいっそう小さく見え、ジニーと同級生と言われても驚かないだろう。
昨晩やたらハリーに食べ物をすすめていたパーシーの気持ちが何となくわかった。うちの母親がハリーを見たら、きっとハリーが食べ過ぎて倒れるまで料理を作り続けるだろう。小さいだけでとりわけ痩せすぎているわけでもないが、何というか庇護欲を掻き立てる見た目なのだ。
「なら早く朝食に行こうぜ。エスコートしますよ、我らが新しい姫君」
「おいフレッド。いきなり抜け駆けするなよ。ヘーゼルのファンクラブが黙っちゃいないぜ」
フレッドが恭しくヘーゼルに手を差し出すとすかさずリーが間に割って入り抗議の声をあげる。ヘーゼルは入学前から人気でなんとスリザリンの上級生の女子を中心にファンクラブができているという噂だった。
「ふん、何がファンクラブだ。ヘーゼルがグリフィンドールになった途端手のひら返してもおかしくないぜ」
フレッドが言うとリーももっともだという顔をした。ホグズミードに行く度に嬉しそうにハニーデュークスへ急ぐあの集団がヘーゼルに嫌がらせをするようには思えなかったが、ジョージは黙っていた。寮の確執は深い。特にスリザリンとグリフィンドールはお互いを目の敵にしていた。
ヘーゼルは気にした様子もなく自分で椅子から立ち上がると最後にもう一度レグルスを撫でた。レグルスは伸びをすると音もなくロンの膝から飛び降り、するりと階段の上へ姿を消した。
「私は姫君なんかじゃないって、三人はとっくに知ってるでしょう?」
「なんだって君たちそんなに仲が良いんだ?僕てっきり顔見知り程度かと思ってたけど」
やっと現実に戻ってきたロンが少し不貞腐れたように言うと、双子とリーとヘーゼルは四人でにやりと笑った。
双子とリーがヘーゼルに出会ったのは彼らがまだ(今よりは)汚れなき一年生だった頃。
フィルチの事務所で見つけた素晴らしい地図によって、双子は城から抜け出すことが出来るようになったところだった。
五階の鏡の裏の道を何度か試した後、ある日隻眼の魔女ばあさんのコブから続く道を試してみることにした。大きな兎の巣穴のようなトンネルを歩いていくと、古びた長い石段の下に辿り着き、登っていくと天井が観音開きの撥ね戸になっていた。
「気をつけろよ。誰かいるかもしれない」
後ろから双子の弟であるジョージが囁いた。
頷いて耳を澄ましゆっくり撥ね戸を開け、外を覗くとそこは倉庫の中だった。
お菓子の沢山詰まった木箱やケースがびっしり置いてある。ハニーデュークスの地下室だ。上の階から流れてきた甘い匂いが立ち込めていた。
「ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズ。あんたたちは本当に最高だぜ」
そう言いながら続いて登って来たジョージを笑顔で振り向いたフレッドは驚いてはっと息を呑んだ。地下室の端に人形のような女の子が榛色の目を見開いて静かにこっちを見ている。
「僕たち怪しい者じゃないんだ。お菓子を買いに来ただけのホグワーツ生さ」
同じく女の子に気が付いたジョージが慌てながらも優しい口調で女の子に話しかけた。女の子は今度は目をぱちくりさせて双子を上から下まで見比べている。驚いて騒ぎ立てたり泣き出したりする様子もないのでフレッドもほっとして女の子に話しかけた。
「僕たち悪い魔法を使ってるわけじゃないぜ。双子だからそっくりなのさ」
「双子なの?わたしも・・・ううん、わたし双子のお友達って初めてよ」
女の子はにっこり笑った。お人形のように整った顔は笑うとより一層可愛らしかった。弟のロンと同じ六、七歳といったところだろうか。
ハニーデュークスの娘だというヘーゼルに連れられ木の階段を登ってカウンターの裏からするりと抜け出し上級生たちでごった返した店内に紛れぐるりと見て回っていると、後ろから呆れたような声が聞こえてきた。
「また君たちか。まだ三年生になってないだろう?それにうちの娘といつの間に仲良くなったんだい」
ハニーデュークスの店主が「特殊効果」と書かれたお菓子の棚の前で腕を組みこちらを見ている。
ホグズミードの住人たちは明らかに上級生には見えない双子がうろうろしていても気にも留めないか面白がるばかりだったが、この店主の禿頭は少し固いようで見つかる度に注意されていた。それでも学校に突き出したりしないのはその側でヒキガエル型ペパーミント(「胃の中で本物そっくりに跳ぶぞ!」)を並べながら笑っている店主の奥さんのおかげだろう。
「まったく仕方ない子達。いつの時代にも貴方たちみたいな生徒っているものね。買い物をすませたらすぐに帰るのよ」
妻の言葉に渋い顔をしたものの、店主も何も言わず忙しく働き始めた。どうやら今日も見逃してくれるようだ。
「大丈夫よ。パパもママもとっても優しいから!」
「ええ、それに小さな悪戯っ子はうちにもいるものね。」
ヘーゼルと母親がくすくす笑い合うのを見てフレッドとジョージも顔を綻ばせた。
「ロンとジニーに何か買っていってやろうか」
ジョージが言った。フレッドと同じように弟妹を思い出したのであろう。
「あぁいいな。ジニーにはこの炭酸浮上キャンディなんてどうだ?喜びそうだ。ロニー坊やにはもう少し刺激の強いやつがいいな・・・」
フレッドがお菓子の棚をきょろきょろと見回した。
「じゃあきっとこれがいいわよ」
ヘーゼルが指差した先には明るい黄緑色をした小さなロリポップが並び、棒には金色のタグが付いていて「ペロペロ酸飴」と書かれている。
「初めて見たな。どういうお菓子なんだい?すごく酸っぱいの?」
「酸っぱいだけじゃないわ、こうなるのよ。ほら」
そう言ってヘーゼルがおもむろにキャンディーをひとつとりしばらく舐めてから舌を出すと、なんとぽっかりと丸い穴が空いていた。
「ひぇー、最高じゃん。ロニー坊やの奴泣いて喜ぶぞ」
フレッドが喜んでペロペロ酸飴を手に取ると、ヘーゼルも嬉しそうに笑った。
「君のパパ、すっごく真面目そうだけど作るお菓子ははっちゃけてるね」
ジョージが言うとヘーゼルは嬉しいような困ったような顔で首を振った。
「これはパパが作ったお菓子じゃないの」
「仕入れたやつなのかい?ハニーデュークスのオリジナルって書いてあるけど。それじゃ君のママが考えたとか?」
ジョージの言葉にただ首を振るヘーゼルに双子は同時にぴんときた。
「それじゃあ」
「多分こうさ」
「この最高なお菓子は君が考えた!」
最後の言葉を同時に言いながら双子に見つめられヘーゼルは赤くなり頷いた。
「ママにはやっかまれたりするからあんまり人に言うなって言われてるんだけど・・・」
「もったいないなぁ。君いくつだい?就学前の天才ちびっ子魔女が作ったお菓子とありゃ今よりもっと人気が出るぜ!しかもこんなに可愛いときた。日刊予言者新聞もほっとかないさ」
フレッドは興奮しながら言った。ジョージもまじまじとヘーゼルを見た。ヘーゼルは手をもじもじさせている。
「僕らもまだ一年生だから詳しいことはわからないけど、よっぽど魔法薬学か何かの知識が無いとこんなお菓子作れないよ。そうだろう?」
「わたし小さい頃からお菓子作りが大好きで作ってきたし、パパやママに教えてもらいながら本を読んだりするうちにいろいろ覚えちゃったの・・・あなたたちと本当にお友達になりたいって思ったから言ったのよ。」
おずおずと言うヘーゼルに双子は同時に答えた。
「もちろん大歓迎さ!」
その後双子に無理矢理ついて来たヘーゼルが(「連れていってくれないとわたしうっかりパパに店の倉庫がどこに続いてるか話しちゃうかもしれないわ」)突然部屋に駆け込んできたリー・ジョーダンに見つかってしまったところまでがヘーゼルと出会った日の思い出だった。
おかげで双子は秘密の抜け道も地図のことも洗いざらいリーに話すはめになったわけだが、その分リーとの仲が深まったのだから、それはそれで良かったのだろう。
「やっと待ちに待ったヘーゼルの入学だ。これから面白くなるぜ」
リーが声を潜めてフレッドとジョージ、それからヘーゼルにだけ聞こえるように言った。
「あぁ、リーのアイデアと俺たち双子の技術力にヘーゼルの魔法薬の知識が加われば怖いもんなし、さ!」
フレッドの言葉にジョージも頷き続ける。
「今こそ、二代目ホグワーツ『悪戯仕掛け人』結成の時だ」
「もちろん私がリーダーよね?」
ヘーゼルが間髪入れずにそう言うと、四人は一斉にふき出した。
きっと今日から人生の中で最高に輝く楽しい日々が始まる。
双子たちはそんな予感を胸に、赤褐色の美しい髪を揺らしながら朝食へ向かう一年生たちの元へ走り去って行く後ろ姿を見送った。