カミーユ・フォレスティエ
本作の主人公。スパイファミリーの世界にTS転生した元現代日本人。なんやかんやで秘密警察になったかわいそうな奴。現在14歳。
<いばら姫>(ヨル・ブライア)
仕事終わりの一般暗殺者。早く家に帰って弟に会いたい。
カミーユ・フォレスティエはTS転生者である。
そして、東国<オスタニア>の秘密警察である。
かつて21世紀の日本でのほほんと暮らしていた男だったが、何の因果かSPYxFAMILYの世界に女として生れ落ちた。平和と惰眠をむさぼる2週目の人生をと思ったが、東国<オスタニア>と西国<ウェスタリス>の大冷戦時代に生まれたのが運の尽き。
いつのまにやら、暴行盗聴脅迫拷問etc…東国内にはびこるスパイや不穏分子を狩るためなら何でもありの超法規組織、国家保安局<SSS>もとい秘密警察に所属する羽目になってしまった。
国家保安局がどんな職場か一言でいうのならば、給金以外に取り柄のないブラックな職場だ。
仕事内容はどぶさらいよりも汚く後ろめたいことばかりだし、右を見ても左を見てもスパイやテロリスト予備軍にあたる
たしか今日は働き続けて5回目の土曜日だっただろうか?裏では秘密警察として昼も夜もなく神経をすりへらし、そのくせ表では優等生な女学生の顔を平然と保ち続けなければならず。摩耗したとしてもしかたがない環境だと、カミーユもわかっていた。
だが、それでもカミーユは国家保安局の一員だ。プロフェッショナルであり続けなければいけないのだ。もし仕事に辟易しているなんて内心を漏らそうものなら、カミーユ・フォレスティエはすべてを失うことになるだろう。
こんな話はさておきたい。
だが、どうしてもカミーユは自分がみじめに思えた。カレンダーが進むたびに、人としての何かを失っているような気がした。二重生活にふりまわされてへとへとになり、こうして真夜中にとぼとぼと歩いて帰る羽目になっている自分が、どうしようもなく情けなくて泣きたくなった。
これ以上深く考えてしまったらまずいことになると、カミーユは思考を無理やりに打ち消した。
足取りは気だるかったが、家に帰ってシャワーを浴びれば少しはマシになるはずだ。悩んだところで物事は変わらないのだと自分を叱りつけて、無理くり背筋を伸ばして前を見た。
そしてほんのわずかに体をこわばらせ、先ほどよりも幾分かぎこちなくなった歩き方で前に進む。視線を彷徨わせようとする眼球を必死になだめつけて、カミーユはただ無心で家路を歩くことだけを考えた。とにかく…とにかくだ。
つまりカミーユ・フォレスティエは――わたしはいま、きっとひどく疲れているのだ。
(そうよ。あなた疲れているのよ、カミーユ。わたしはなにもみえていない。だいじょうぶ。だいじょうぶ、だいじょうぶ。だいじょうぶよ。だいじょうぶ)
コツコツと、ペチャペチャと、暗い夜道に二人分の足音が響く。
ひとつは聞きなれたわたしの足音だ。
ストレス解消がてらに買ったお高い新品のローファーがタイルと踊り、コツコツと心地の良い円舞曲を奏でている。
もうひとつは向かい側から歩いてくる血塗れのドレスを着た女の足音だ。
乾ききっていないサイハットブーツの底に着いた血がタイルを濡らし、ペチャペチャとゾッとする協奏曲を奏でている。
(みるな、みるな、みるな、みるなみるな、みるな、みるな、みるな)
頭のなかで警鐘が鳴り響いている。緊張で血液が沸騰するように熱くなっては、冷や汗で氷のように冷たくなってを繰り返している。痙攣しそうになる身体を必死に抑えつけて、目の前の現実から目をそらす。
今はまだ私の知る姓名ではないだろうが――――
おそらく、いや確実に、今まさに
わたしは彼女のことを知っている。
ヨル・ブライア。
売国奴を始末する殺し屋組織、ガーデンの暗殺者。
比喩抜きに指一本でわたしを殺せる、正真正銘のバケモノだ。
死神が代わりに殺しをさせるために生み出したと言っても過言でない怪物が、こちらにむかって歩いてくる。わたしは決して目を合わせないよう俯いて、一歩一歩を祈るようにかぞえながら歩き続ける。
走りださずに、ゆっくりと前に向かって足を出す。
それだけの行為のはずなのに、わたしにはあまりにも耐えがたく感じた。
(死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない、死にたくない)
彼女との距離が縮まるたびに、国家保安局の資料室で見た写真が思い浮かぶ。<いばら姫>によってつくられた赤いバラの園。穴の開いた頭蓋骨から洩れだす赤いつぼみと、もう何も映さない濁った瞳。花の茎のようにいともたやすくへし折られた首の骨。網膜の裏に焼きついた凄惨な地獄絵図がよぎる。
とうとう、すれ違うほどの距離まで近づいた。
かちかちと奥歯が鳴りやまない。バッグを持つ手がぶるぶると震えて言うことを聞かない。わたしはもう立っているだけでやっとだった。地面がひっくり返っているんじゃないかと思うくらい、景色がゆがんで見えた。なぜ自分がかろうじてでも歩けているのかわからなかった。
なによりも長い一瞬を味わって、わたしは死神とすれちがった。
―――はずだった。
「あのう……」
(~~~~ッ!)
胸の内で心臓が飛び跳ねる。
背後から声がかけられた瞬間、反射的に口を押さえられなければ大声で叫びだしていただろう。
ああ、これが意味をなさない独り言であってくれたならよかったのに!だが、こんなあからさまな呼びかけを無視できる度胸など、あるはずもなかったのだ。
壊れたブリキのように体をまわし、わたしは<いばら姫>と相対する。
「な、ななな……なんでしょうか」
彼女は人の好さそうな笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。彼女が後ろ手から何かを取り出そうとして、金色の光がちらりと見えた。
―――<いばら姫>が
瞬間、時間が何万倍にも引き延ばされたようだった。
見逃されるはずがなかったのだ。考えてみれば当たり前の結論に、わたしはたどり着いた。
(あ、ダメだ殺される)
脳内で<いばら姫>に殺された死体たちがフラッシュバックする。
側頭部を短剣で一突きされて、頭蓋骨には簡単に真っ暗な穴が開く。そして苦痛の声も悲鳴も叫ぶ間もなく糸の切れた人形のように崩れ落ちる。写真でみた彼らと同じように、虚空だけを見つめるようになるのだろう。そうなるのには、あと一度のまばたきで十分だ。
太もものホルスターに隠した仕込み拳銃を引き抜いて彼女を撃とうかとも思ったが、どう考えても間に合うわけがない。よしんば間に合ったとしても無駄なことだ。なぜならば、相手は人知を超えた死の化身であり、
どうせならせめて安らかに逝きたい。
恐怖が限界に達したわたしは、すべてをあきらめて彼女の赤い瞳を眺めていた。
わたしはそっと目を閉じてその瞬間を待った。
そして<いばら姫>は――――
「これ、落としましたよ」
金色のブレスレットを差し出し、そっとわたしの手に握らせた。
訳も分からずに呆然としているわたしに月のように静かに笑いかけ、<いばら姫>はきれいな声で別れを告げた。
「もう暗い夜ですから、気をつけて帰ってくださいね」
そうしてまるで何事もなかったかのように、<いばら姫>は歩き去っていく。
わたしはただそれを眺めていた。
彼女の黒いドレスが闇夜に溶けて消えるまで、わたしはただそれを眺めていた。
命が助かった安堵で、体の一部が暖かくなる。
それがわたしたちの第一遭遇。当時まだ14歳だったカミーユ・フォレスティエと、まだ姓の変わっていないヨル・ブライアのはじめての邂逅。
すなわち―――
わたしの
「……漏れちゃったじゃん」
とりあえず、明日は休もうと思った。
感想、評価、誤字報告などしていただけると泣いて喜びます。
今年の10月には2期が放映されるらしいので今季アニメの供給もしながらSPYxFAMILYの小説だれか書いて(懇願)