TS転生秘密警察ちゃんの汚れしごと   作:ぼんびー

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“警告”
本話には必須タグ『残酷な描写』に該当する表現があります。
読み飛ばしても問題のない構成ですので、苦手な方は次話以降の本編より閲覧ください。

登場人物紹介
<カミーユ・フォレスティエ>
本作の主人公。スパイファミリーの世界にTS転生した元現代日本人。なんやかんやで秘密警察になったかわいそうな奴。現在16歳。じつは好きな子がいる。

<先生>
カミーユの学校の先生。10年ぐらい面倒を見てくれた恩師。お酒がだいすき。

<親友>
カミーユと同い年の女の子。10年ぐらい一緒にいた親友。じつは好きな子がいる。



<暗号名>なんてわたしはもっていない

カミーユ・フォレスティエはTS転生者である。

そして、東国<オスタニア>の秘密警察である。

 

かつて21世紀の日本でのほほんと暮らしていた男だったが、何の因果かSPYxFAMILYの世界に女として生れ落ちた。平和と惰眠をむさぼる2週目の人生をと思ったが、東国<オスタニア>と西国<ウェスタリス>の大冷戦時代に生まれたのが運の尽き。

 

いつのまにやら、暴行盗聴脅迫拷問etc…東国内にはびこるスパイや不穏分子を狩るためなら何でもありの超法規組織、国家保安局<SSS>もとい秘密警察に所属する羽目になってしまった。

 

そんなカミーユ・フォレスティエは優秀な女学生としての生活も持っている。

まだ16歳であるカミーユだが、成績優秀者として飛び級を繰り返しているため今年で上級基礎学校(ギムナジウム)を卒業する予定だ。入学以来つねにトップレベルの成績をとりつづけたカミーユはずば抜けた才女として周囲に認められており、容姿や人当たりの良さも相まり学友たちのあこがれの的だった。そのため卒業を惜しむ声はとても多かった。

 

優秀な人材はいくらいても困らないと、カミーユの進路には学内外問わず注目が集まっていた。内務省をはじめとし数多くの政府機関からスカウトの打診が来ているといううわさもあり、エリートコース間違いなしとまことしやかにささやかれている。だが人の成功が面白くないのは世の常であり、心ないものや嫉妬するものはいつもカミーユの不正を疑ってかかっていた。

 

しかしカミーユ・フォレスティエはいつだって完ぺきだった。

 

朝早くからクラスにやってきては教師たちと凛々しく明快に答弁をし、持ちうる知識を惜しむことなく学友たちに教え、少女らしくきれいな文字で書きあげられたテストは正解で埋め尽くされていた。教会での社会奉仕などもひんぱんに行っていて地域の住民からも愛されているとなれば、これにはやっかむ者たちも苦笑して脱帽するほかなかった。

 

努力をしていないと疑うことがばかばかしいほどに、カミーユはいつだって完ぺきで聡明な女学生であった。くりかえされた思考訓練によりずば抜けた記憶能力を持つカミーユにとって、高等学校教育の範疇で良い成績をとることなど造作もないことだったのだ。

 

無論、嘘である。造作もないことなわけがなかった。

 

その輝かしい栄光の裏には、カミーユの涙ぐましい努力と苦痛まみれのうめき声が埋もれている。表で学生代表になるほどの成績を取りつつも、裏では秘密警察として時間を拘束されたり神経をすり減らすなど正気の沙汰ではない。逃げようとする自分の身体を何時間も椅子に縛りつけたことすらあるし、気がふれてヒステリックにわめき散らした夜は数えきれないほどだ(それでも目立たぬよう小声でであったのは、もはや秘密警察としての習性といえた)。

 

そうまでしてでもカミーユ・フォレスティエには優秀な学歴が必要だった。秘密警察として政治中枢に潜入するためには、かの有名な貴族学校(イーデン校)に入学できるほどの家柄や財力を持たない限り、自身の有用性を担保する成績が不可欠である。当然のことながらそんな後ろ盾をもたないカミーユは、どれほど疲れ果てていたとしても知識をむさぼれと、自身に文字通り勉めて強いる(勉強をする)ほかに選択肢がなかった。

 

晴れて内務省への内定が決まったとき、どれだけカミーユが安堵したかなど言うまでもないだろう。人知れず涙を流しながらウサギのように飛び跳ねた姿だけが真実なのだ。

 

ゆえに、女学生としてもプロフェッショナルであるカミーユ・フォレスティエは、国家保安局にとって重要なカードの一枚足りうるのだ。

 

もっとも、つかみ取った栄光を本人が望んでいるかは別の話。

表の顔が別のステージに移行したところでカミーユの二重生活が楽になるわけでもなく。学生と仕事の二足のわらじが仕事と仕事の組みあわせに変わるだけだ。むしろ、かつての労苦の思い出を思い返して胃が痛くなってくる気すらした。

 

しかし、それこれとは別の話だ。この仕事に辟易しているなんて内心を漏らそうものなら、カミーユ・フォレスティエはすべてを失うことになるだろう。

 

 

そんな話はさておこう。

事態が発覚したのは、カミーユが表の顔(学生生活)で偶然につかんだ情報によるものだ。東西の平和運動に没頭する学生団体を隠れ蓑にして、西国側の諜報員たちが情報をやり取りしていると発覚した。西国の主義主張にかぶれすぎたその学生団体は、自分たちが東国を変えるのだと意気込みながら体制を非難し、嬉々としてスパイに情報を流出させていた。

 

たしかにいつの時代でも熱病のように社会運動に溺れるのは若者の特権だが、引き際というものが世の中にはあることを彼らは知らなかった。

 

以降、秘密警察によって学生団体は監視されることとなった。

しかしながら、すぐに学生団体を逮捕などはしない。不穏分子である学生たちを早めに黙らせたいのはやまやまだが、秘密警察が優先して始末したいのは他国の諜報員たちだ。学生たちは例えるなら甘い樹液であり、害虫たち(諜報員)が餌をすすって腹を肥やしているというのならば、そこに毒を混ぜ込んでやるまでのことだ。

 

そこで国家保安局はカミーユに任務を下した。

他の局員では警戒されてしまうため、一学生として水面下で情報を収集すること。そして彼らから情報を抜き取っている他国の諜報員たちを特定し、捕縛すること。すなわち、“密告者(カウンタースパイ)”としての任務である。

 

そうしてカミーユは責任重大な任務を引き受けることとなった。

裏のない女学生としてのふるまいを完ぺきにこなしながら、人心掌握や盗聴を用いて集会の場所や時間を特定。学生団体や諜報員たちに気取られないよう監視を行っては、明晰な頭脳をもちいて標的たちを特定していった。

 

カミーユのきれいな筆記体はするすると人の名前と人相を書き連ねつづけて―――

 

ある瞬間に動きを止めた。

かすかに文字がみだれ二重線を引こうとしたが、しかし、やがてまた動き出した。

 

そしてカミーユは学生団体の構成員と諜報員たちのリストをまとめ終えた。それから頭をかかえて一昼夜悩みぬき、カミーユは自らの手で諜報員と協力者を捕まえるために足をはこんでいる。

 

つまりカミーユ・フォレスティエは…わたしはいま、非情にならなくてはならないのだ。

 

(しっかりして、カミーユ。わたしはもうみてしまった。なんのいいわけもできないのよ)うそだ、うそだ、うそだ、うそだうそだ、うそだ。

 

見慣れた扉をコンコン、と軽快に叩く。

室内から聞こえる入室をうながす声は聞きなれてしまっていて、わたしは思わずこぶしを握る。

そしていつもと変わらない声音で一礼をして、通いなれた教授室へと入った。

 

そこにはちょうど二人の人間がいた。

ひとりは妙齢の男であり、わたしの恩師にあたる<先生>だった。

もうひとりは同い年の女の子であり、わたしのただひとりの<親友>だった。

 

最初、わたしは彼らのことを知らなかった。

しかし、時間をかけて知っていったと思っていた。

わたしは彼らのことをなにも知らなかった。

 

 

西国の情報機関WISEの<諜報員(スパイ)>と<情報提供者(スティンガー)>。

彼らはずっと昔からわたしの学校に<先生>と<生徒>として潜伏し、諜報活動を続けていた。わたしがかりそめの平穏のなかで長い時間を共に過ごした人たちは、とんでもない嘘つきだった。

 

だがなぜわたしがそれを非難できるというのだろうか。

嘘つきというのならわたしも同じで、むしろよほどたちが悪い。

こうして彼らを罠にはめようとしているのに、いつも通りにこやかな笑顔を浮かべて、もう待ちきれないというふうにはしゃぐのだから。

 

「急に呼び出してしまってごめんなさい。でも我慢できなくて! 実はわたし、内務省に内定がきまったの!! ほんとうはまだ内緒なんだけど、やっぱり二人には打ち明けておきたくて……」

 

自分でも驚いてしまうほど、自然に演技がふるまわれた。

何を言い出すのかと身構えていた彼らは顔をほころばせ、ハグをしながら口々にほめたたえてくれる。すっかりと騙されてしまって、本心からの親しみをわたしに寄せてくる。

 

何年も親身になって勉強を教えてくれた<先生>がわたしの頭をなでる。何年も一緒に助け合ってきた<親友>がわたしを抱きしめる。

 

かりそめの平穏をわたしたちみんなで演じている。

 

吐き気がした。

 

「おめでとう」と心から笑いかけてくる彼らの姿に吐き気がした。「ありがとう」と涙をながしながらよろこぶ自分のおぞましさに吐き気がした。これから行われるうす汚いことに吐き気がした。こんなことをさせる国家に吐き気がした。わたしに関わるすべての物事に吐き気がした。

 

崩壊したかりそめの平穏が奏でる不協和音が不快でしかたがなくて吐き気がした。

 

それでもわたしは表の顔をかぶり続けた。

彼らとお祝いがしたいと打ち明けた。わたしの家でパーティをする計画をたてた。はじめて人を招くと浮かれてみせた。料理は何を作ろうかなどと楽しそうに話し合った。家に飾りつけをしたいとはしゃいでみせた。

 

(ああ、わたしはなんて白々しく嘘をつけるのだろうか)

 

向かう先はわたしの家などではなく秘密警察の所有する隠れ家だ。

<親友>と作る料理はお祝いのためなどではなく別れのためだ。<先生>に感謝として贈るシャンパンは睡眠薬を盛るためだ。飾りつけは扉の先にある地下室を隠すためだ。彼らを秘密警察に引き渡すまで拘束するための部屋だ。

 

わたしは彼らを地獄に突きおとすために、最後のかりそめの平穏を作りだした。

 

そしてその日はやってきた。

二人は本当に楽しそうだった。<先生>はふるまわれたお酒を気持ちよさそうにのみほして、<親友>はおいしい料理にしたつづみを打った。わたしはふたりとじゃれあって、今までの思い出を振り返ってはそんなこともあったねと笑いあった。楽しい時間は夜が遅くなるまで続いて、<先生>は気がつけばすうすうと安らかな寝息をたてており、<親友>とわたしはそれを見てくすくすと笑った。

 

「今日はふたりとも泊まっていったほうがいいね」と<親友>に告げた。

 

「うん、そうする」と<親友>は眠そうに答えた。

 

わたしは<親友>を寝室に案内して寝付くまでふたりで話をした。やがて彼女はベッドで寝息を立てはじめた。わたしはそっと毛布をかけて寝室を出ると、<先生>を地下室へと運びいれる。力の入っていない大人の身体はひどく重かった。だがそれ以上に、後ろめたさがわたしの心に重くのしかかっていた。

 

あぁ、だがそれでももう終わりになるはずだ。

地下室の配管に手錠で<先生>をつなぎとめる。あとは朝になるのを待つだけでいい。朝になれば、台本どおりに秘密警察がこの家に押し入ってくる。わたしは演技として拘束されるが、何事もなかったかのように二重生活にもどることになる。しかし二人は違う。

 

地下室にいる<先生>は諜報員として国家保安局に連行され、激しい尋問をうけることになる。

もう二度と会うことはなくなるだろう。

 

寝室にいる<親友>は情報提供者として逮捕され、釈放された後も監視下に置かれることになる。

もう二度と会うことはなくなるだろう。

 

それでももう終わりになるはずだった。

登場人物たちは離ればなれになったとしても、苦痛にまみれた物語は幕を下ろしてくれる。

 

――――はずだった。

 

 

「カミーユ……なにしてるの……?」

 

 

瞬間、背後から聞きなれた声が響いた。

 

致命的な場面を見られてしまったというのに、わたしの心は不思議なほど静かなままだった。

ゆっくりと振りかえりわたしは彼女と視線をあわせる。言い訳も弁明ももはや意味がないとわかっていた。もう彼女は気がついている。わたしが密告者かそれに類する人種(国家保安局)にあたることに気がついている。わたしと地下室の入り口の間で視線を彷徨わせる彼女は、頭のなかで導きだされる最悪の結論にたどりついているのだろう。

 

かりそめの平穏はすでに崩れ去っているのだと、わたしと同じように気がついただろう!

 

(あぁ、ダメだ殺すしかない)

 

脳内に<親友>が逃げ出す姿がイメージされる。

 

彼女はわたしの正体に気が付いてしまった。<カミーユ・フォレスティエ>が秘密警察であると誰かに一言でも漏らされてしまえば、すべてが水の泡になる。歯を食いしばって作りあげた偽りの仮面ははぎとられ、わたしの正体は露見する。<カミーユ・フォレスティエ>はこの世から存在しなくなる。辛酸をなめた苦痛の日々は、たんなる徒労として幕を閉じるのだ。

 

“そしてわたしはふたたび地獄に連れ戻される”

 

恐怖が限界に達したわたしは、<親友>にむかって飛びかかった。

彼女は驚いて逃げようとしたが、すでに手遅れだった。わたしは彼女を捕まえた。

 

そして<カミーユ・フォレスティエ>は―――

 

 

 

 

 

「ご苦労だった、カミーユ・フォレスティエ。君が捕まえた諜報員は数十年と潜伏していた獲物だ。やつから得られる情報は東国に大きな国益をもたらすだろう」

 

上司からかけられるお褒めの言葉に、「恐縮です」とわたしは頭を深く下げて返す。もう命の危機は感じなかった。心が芯から冷えていた。それでも顔を見られたくなかった。ゆがんでしまう表情を見られるわけにはいかなかった。

 

あの後、わたしは親友だった女の子を殺した。

正体を知られた以上、万が一にも逃げられてはいけなかったので。泣き叫ばれてしまうわけにはいかなかったので。生かしておくメリットを殺さないデメリットが大きすぎるほど上回ってしまったので。いくらでも理由が見つかってしまいそうだったので。

 

わたしは背後から抱きしめるように腕をまわして口をふさぎながら首を絞めた。

 

躊躇などできなかった。

死を目前にしてじたばたと暴れる16歳の女の子の息の根をとめるためには、渾身の力を振り絞らなければならなかった。どれほどそうしていたかわからないくらい時間がたってから、わたしは彼女が死んでいると気がついた。

 

後日、秘密警察によって隠ぺい工作が行われた。

<先生>は失踪扱いとなり、<親友>は別のところで“事故死”したことにされた。

 

わたしは友人として親友の葬式に参列し、告別式でスピーチを読みあげなければいけなかった。

登壇したとき、何も考えずに淡々と原稿を読みあげようとしたのだが、わたしは最後まで読むことができなかった。彼女の両親が泣きはらした目でこちらを見ていると気がついたからだ。

 

自分がなにをしてしまったのか、突きつけられたからだ。

 

わたしは声の出しかたを忘れたように言葉につまった。身体の震えがとまらなくてとつぜんに涙があふれだした。意味をなさないかすれた叫び声のような嗚咽が口からもれた。みっともなく泣き崩れた顔をおさえながら、わたしは床にへたり込んでしまった。人によっては、表の顔を完ぺきに演じたというだろう。しかし、あの時わたしは演技などできていなかった。

 

<カミーユ・フォレスティエ>でいることに耐えられなかった。

 

棺のなかで眠る<親友>に花をたむけたとき、彼女の髪のにおいがした。胸の内で秘かに思いをよせていた彼女をほかならぬこの手で絞め殺したときのことを思い出した。彼女を最後に抱きしめたあの時のことを思い出した。

 

彼女の命を奪ったとき、嗅ぎなれた髪のにおいをすいこみながら、わたしは何分もそのままだった。彼女がもう動かなくなってからも、口から嗚咽がこぼれても、涙をながしながらそうしていた。

 

彼女の体温が失われていくのを感じながら、わたしは何分もそのままだった。

命が失われた事実に、身体も心も冷えていく。

 

 

それがわたしたちの最後の時間。

当時まだ16歳だったカミーユ・フォレスティエと、大切だった平穏な日常の離別。

 

すなわち―――

 

わたしの呪い(ジンクス)の幕開けだった。

 

 

 

「……もう漏らしたくないなぁ」

 

 

とりあえず、消えてしまいたかった。

 

 




秘密警察は尿も心も正体も漏らしてはいけない(戒め)。
天丼過去回想編がおわったので次話から原作編に続きます。

スパイ系小説や映画がめちゃくちゃ面白くて困ってます。ハーメルンととても相性がいいと思うのでみんな書いて(懇願)
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