夜蘭は優秀である。
様々な偽名を持ち、強さも言わずもがな頭脳も優れている。
彼女が持つ情報網は敵のほんの少しの動きも見逃さない。
そんな彼女がシュウという男に聞き込みをしていて感じたのは不気味さであり恐怖であった。
彼女の頭に入っている知識は膨大であった。
その知識量は天権で凝光にも引けを取らないほどであった。
そしてその記憶の中には璃月の一人ひとりのおおまかな情報が記録されていた。
夜蘭は自分の任務に支障が出ない程度に調べられる範囲で個人の情報をまとめているのだ。
シュウ
年齢は見た目から推定20代前半
好きなことは昼寝と武器の物色
友人は往生堂の堂主やモンドの天才錬金術師、稲妻のお偉いさんにスメールの踊り子までと幅広い
普段は冒険者協会の依頼で食を繋いでいる
確かにその友好関係の広さはかなりのレベルではある。しかしそれらは冒険者をやる上で繋がりを得たものであって、それ以外はいたって普通の冒険者である。そんな報告が部下からあった。
確かに顔の広さはともかくそれ以外は報告どおり平凡な冒険者。怪しさで言うのなら『別にどうということはないが一応調査をするべき』といったところか。
もっとも顔の広さに関しては前例がある。偶然というべきかここ最近テイワットには例の旅人が居る。その旅人に比べたら『確かに顔が広いがそれほどでもない』と感じてしまうだろう。
最も前例に惑わされるほど夜蘭は無能ではない。
夜蘭は自ら行動してシュウという少年の調査に乗り出した。
調査をしていく中で夜蘭が思ったことは
『確かに平凡な何処にでも居る冒険者ではある』
といったものであった。
少し軽めのふざけたような態度をよく取るような性格。
言葉遣いはあまり良くはないが口が悪い訳では無い。
特別金を多く持っているわけでも、ファデュイや宝盗団と繋がっているわけでもない。
そんな何処にでも居そうな冒険者。
“その圧倒的な戦闘能力を考慮しないでの評価だが”
ある時、彼に対して張り込みをしていた夜蘭は冒険者協会よりヒルチャール討伐の依頼を受けた彼を追いかけてヒルチャールと戦闘になった一部始終を初めて見た。
『何かしらの情報が得られるかもしれない』
夜蘭は見た。
しかしそこには夜蘭の想像を絶する存在が居た。
いや、あったと言ったほうが正しいだろうか。
一分の隙、無駄、油断も躊躇も恥も慈悲もない
ただ効率的に敵を駆逐、蹂躙していく男の姿
そんな姿を夜蘭は見た。
そして、遠くから見ていたにも関わらずその男のあまりにも強大かつ濃縮されてかつ研ぎ澄まされていた敵意を、殺気を感じ取ってしまった。
夜蘭は戦慄した。
それから数日経って
張り込みを終えた夜蘭が出した結論は一つ
『この男は只者ではない。
そして絶対に油断してはならない』
そして今。
そんな彼に偽の情報と本物の情報を巧みに使い分け鍾離という男についての情報を聞き出そうとしている夜蘭。
捕まえようと思えば一瞬で捕まえられるであろう隙だらけの姿勢
質問するたびに普通に返ってくる答え
敵意のない視線
それが普通だろう。むしろそういう反応があたりまえなのだ。
冒険者としては少し油断がすぎるくらいだろう。
しかし夜蘭は知ってしまっている。
あの、“人が出したと言うにはデタラメがすぎる殺気”を。
眼の前にいる男がかつて放っていた殺気を。
しかし眼の前の男からは殺気や敵意はおろか面倒であるだとかいう感情すらも感じなかった。
感じた感情や視線は人に向けるものだった。あまりに普通なものであった。
見たところ髪が少し跳ねていた。おそらく寝起きであり、来客に対して急いで対応しなければ失礼であると考えた。
顔を洗い、着替えて、髪を整え、そしてその先に来客がいるであろうドアを開けた。
少し丁寧であるとも感じる。
しかしそれでも夜蘭の脳裏にはあの光景がチラついて仕方が無いのだ。
『あれ程の男がこんなに普通に生活を送ることが出来るものなのか』
そんなことを考えながらとりあえずの聞き込みを終えて次のアテへと向かう夜蘭。
その足取りは心なしか怪物より逃げるように速かったかもしれない。
もっとも聞き込みから数日後。彼女の耳にその情報が入ってしまった際には流石に自分の耳を疑い、かつ絶句せざるを得なかったであろうが。
『シュウという男は
人間でもましてや仙人でもない
この世界にはまだ存在が確認されてないかもしれない何かである』