P3―希望ノ炎―   作:モチオ

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1-7 病室

 一番最初に認識したのは点滴だった。

 

 ボーッと覚醒半ばとポタポタと落ちるのを眺めていると、徐々に意識がハッキリとしてくる。あれ、なんで点滴があるんだ。というかここはどこだろう。どうしてオレはここで眠っているんだろうか。

 

 ぐっと体を起こすと軽い筋肉痛とダルさを感じる。いつも以上に精神を使いながら、自分のものじゃないベッドに腰を落とす。白い清潔感のある部屋だった。生活感のない部屋。机の上には誰が刺したか分からないが小さな花瓶があり、赤い花が一輪だけさされていた。どうもここは病院で、オレは知らない内に入院していたみたいだ。机の上に花瓶と一緒に置かれていた時計に辰巳記念病院と書かれたこともあり、それは間違いないだろう。

 

 ベットの横に備え付けられていたナースコールを押すと、数分も立たずに看護師と一緒に医師がやってきた。医師がオレの体を簡単に調べながら、その最中に看護師が簡単な質問をしてきた。「ふむ、問題ないようだね」という医師の言葉に、看護師「意識もはっきりしているようです」と答え、無意識にこわばっていたらしい体の緊張が解けた。

 

「ありがとうございました」と診察の終わった医師に礼をする。もう動いても大丈夫とのことだったので、尿意を感じたこともあり、備え付きのスリッパを履いて病室を出た。

 

 病院は苦手だ。消毒液の匂いもそうだし、一切の汚れを許さない厳格なポリシーを感じる白を基調とした建物が苦手だ。命を繋げる場所のくせに、葬儀屋よりも多くの死を感じることが苦手だ。明るい表情を浮かべる人間が少ないことが苦手だ。夕日が白い壁に照らされて赤く見えるのが苦手だ。大声で笑えないのが苦手だ。……何よりもアイツとの思い出を深く刺激される事が大嫌いだ。

 

「おっ、もう体の方は大丈夫なのか?」

 

 事を済ませ、若干沈んだ気持ちで病室に戻ろうとすると、廊下の途中で真田先輩と出会った。手に持ったコンビニの袋を見るに、誰かの見舞いの途中らしい。

 

「あっ、お疲様ッス。もう起きて大丈夫らしいって言われました。でも、どうしんすか真田サン。どなたかのお見舞いっすか」

 

「おいおい、何言ってんだよ。お前らの見舞いだよ」

 

「へ?」

 

 話を聞くと、どうやらあの満月の日に前回と同じく怪我をした真田サンは診察のために病院に来ていて、そのついでに入院している後輩のお見舞いも同時にこなそうと思ったらしい。しかし、お見舞いのためだけでなく、自分の診察のついでというのがこの人らしい。

 

「でも、その手土産げは、オレがもし起きてなかったらどうするつもりだったんすか。起きてる確証なんてないと思うんすけど」

 

「その時はその時だ。まあ、その時は自分で食うがな」

 

 自信満々に、さらに笑いながらそう言う真田サンは本当になんというか。凄いなあ、と思うしかなかった。

 

「はあ」

 

「なんにせよ起きたのなら話したいことがある。もう医師の診察を受けたんなら、きっと美鶴にも話がいっている頃だろう。俺の手土産でも食いながら待つとしよう」

 

「はあ」

 

 意気揚々と部屋へと向かう真田サンの後を、オレは片手に点滴スタンドを、もう片方に何故か既に手渡されたお見舞いの品を持ちながらついていくことにした。

 

 それから桐条先輩がやってくるまで延々と筋トレ談義を真田サンと語り合った。最初は興味がなく、ただ一方的に話しかけられるだけだったが、これからの課題の一つに筋トレもあったのでなんとなく質問すると、なかなかどうしてわかりやすい回答が返ってきたので、いつの間にか話が弾んでいた。桐条先輩が扉をノックする頃には、何故かオレの退院後に、真田サン部活で実技指導までしてくれるまでに発展していた。

 

「何を馬鹿なことを言ってるんだお前たちは。ドアの向こうにまで声が聞こえていたぞ。場所をわきまえろ、場所を」

 

「はい」

 

「とはいえ伊織、体になんの異常もないことについては素直に良かった」

 

それに比べてと美鶴先輩は真田サンを睨みつける。赤い髪がまるでその温度を上げたように揺らめく。

 

「どこかの馬鹿はどうやらこの大事な時期に怪我をしたらしいからな」

 

「う、うるさい。俺だってしたくてしたわけじゃない」

 

「当たり前だ。この馬鹿者が」

 

「まあまあ、桐条先輩もそこらへんで。ほら、ここ病院ですし、ね」

 

 ヒートアップしそうな桐条先輩に、暗にほかの人の迷惑になりますよと伝える。公平や礼節を重んじる彼女に対してはこういう言い方が一番効果があるだろう。事実、言い足りない顔こそしていたが、仕方ないといって言葉の刃を収めてくれた。

 

「でも、大事な時期ってどういうことです」

 

「いや、活動部のメンバーも増えてきたことだし、これから本格的にある場所の調査を行おうと思っていたところだ」

 

「その場所って」

 

「それはだな……」

 

少し考える素振りをして、真田サンに目配りをし、彼もそれを頷きで返した。

 

「いや、そうだな、それについてはやはり君たちが退院してまとめて話すことにしよう」

 

「わかりました」と素直にその場は頷くが、内容は大方タルタロスについてだろう。別に無理にいそいで聞く話でもないので簡単に納得することにした。それからまだ面会可能時間だったで、桐条先輩は満月の話を始めた。

 

「すまなかった。君や結城に危険に合わせてしまって、これじゃ先輩失格だな」

 

話を始める前に、急に先輩たちは頭を下げる。別に先輩にお礼をしてもらって欲しかった訳ではないし、なんなら先輩を当てにしていたフシもある。オレが今、病室にいるのも先輩たちが倒れていたのを助けてくれたおかげだろうし、感謝を伝えることはあっても、非礼を詫びられる必要は全くない。とりあえず居心地も悪いので頭を上げてもらった。

 

「そうか。そう言ってもらえるとこちらも幾らか気が和らぐ」

 

美鶴先輩はすぐに凛とした表情に戻り、あの日の、オレが倒れた満月の日の顛末を教えてくれた。

 

 何よりもその説明を聞いて驚いたのが、あの日から既に二日経っていたことだ。通りで寝起きの体が怠かったわけだと、グッパと手のひらを確かめるように握っては開けてみる。もうすっかり体の調子は戻ってはいるものの、まだ完全に本調子ではないようだった。

 

美鶴先輩はオレのその行動に気付いて、黙って見守っていた。オレのことは気にせずと話を促す。本来ならもう少しじっくり聞いておきたいところだったが、窓のブラインドからのぞく太陽はもう明るくはない。この病院での面会終了までの猶予はまだあるだろうが、先輩たちにはすでに御足労してもらっているのだ、それほど長い時間拘束するのは忍びない。最悪、退院してから聞いても良かったのだが、それを理由に返すほど人間が出来ていないつもりではいる。細かく確認したいことはそのままにして、話の筋のみを咀嚼し、頭の中に吸収することにした。

 

 桐条先輩の話をまとめるとこうだ。

 

 魔術師のペルソナを理が撃破してからすぐに桐条先輩と真田サンが屋上に駆けつけた。そこには、血を流して倒れているオレと、顔面蒼白で傷だらけの理、そしてそんな二人を見ながらあたふたとするゆかりッチがいた。幸運なことに、それがちょうど影時間が終わる寸前だったので、復活した一般の通信機器でかかりつけの医師に連絡し、オレたちを病院に運んだとのこと。

 

 なるほど、これがオレが今ここにいる理由ね、と内心納得する。それでもって、誰もオレが理よりも先に目覚めるとは思わなかったも言っていた。なかばぼろ雑巾のようだったオレは、まあ随分と酷かったらしい。上着はボロボロ。素人目にも多く感じられる流血。その時身につけていたズボンを見せてもらったが、踏みつけられた左足の箇所は特に酷く、履きつぶしたダメージジーンズの方が幾分か綺麗に見えるほどだった。

 

「うへぇ、こりゃ酷いっすね」

 

「だろう。だが、どういう訳か運び込まれた君の外傷はそれほどなくてな、私たちも驚いているんだよ。一番ダメージ受けていた左足も打ち身程度で済んでいるし」

 

 間違いなく見た目より怪我の具合が悪くなかったのは回復能力のお陰だ。これがなかったら理よりも目が覚めるのが遅かったどころじゃなく、数ヶ月は戦線離脱を余儀なくされていただろう。それどころか踏み抜かれた箇所は最悪動かなくなっていたかもしれない。今さらながらに自分のこの力に礼を言う。だが、この場でこの事がバレるのは非常にまずい。能力云々じゃなく、その力を得た経緯が説明する事ができないのだ。

 

「うーん、そっすね。普段の行いが良かったからじゃないっすか。ま、でも、そんな深く考えなくても無事だったんだし、オールオッケーってことで」

 

 そうかなと顎に手を当てて考える美鶴先輩に、内心焦りながらもおどけたように笑う。まだ信頼を得ていない時に無駄な不信感はもたれたくない。今後も綱渡りな生活が続いていく上で、不安要素は一つでも取り除いておきたいのが本心だった。

 

「むう、伊織がそう言うならもう言及はしないが、なにか体に異変があったらすぐ報告するように。明彦もそれでいいか」

 

不信感こそ拭えないようだったが、本当に渋々といった風に美鶴先輩はその場は納得してくれた。隣にずっと座る真田サンもなにか言いたげだったが頷いた。

 

「それじゃあ、俺たちは帰る。邪魔したな。それと明日までは念の為に入院しておけ」

 

 真田サンは立ち上がり「土産はゼリーだから食っておけ」と告げると、美鶴先輩と共に病室から出て行った。ガラッと閉じる扉を確認すると、机にあった見慣れた帽子を深めにかぶった。

 

「あーあ、やっぱ病院って苦手だわ」

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