P3―希望ノ炎―   作:モチオ

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Spring
1-1 始まりの春


 どこか聞き馴染んだ喧騒に起こされると、オレは何もない路地の隅で突っ立っていた。さっきまで見ていた夢のことも相まって慌てて周りを確かめるのだが、そこにはイゴールやマーガレットはおろか、あの不思議な青色に染まった部屋も何もなかった。二度三度頭を振りながら夢にしてはリアル過ぎたと、一人ブツクサ言いながらほの暗い路地を抜けた。

 

「ここって」

 

見間違えるはずはない。かつては生活の一部だった場所だ。月光館学園生徒諸君のオアシスであり、また、物騒な武器を取り扱っている不良(?)警察官の勤める派出所のある場所。

 

ポロニアンモールだった。

 

 どーいうことなんですかね、と誰に対してでもない棒読み気味な突っ込みをした瞬間に、路地のお店のガラスに自分の姿が映り、身につけていた自分の服装に気が付いた。下から指定の革靴、黒のスーツ地のパンツ、淡い紺のシャツにブレザー。そして極めつけにかつて愛用していた、過去のトレードマークといっても差し障りのない紺の帽子。まさしく学生時代のオレこと伊織順平がそこにいた。

 

 ポケットから携帯電話を取りだし、電源ボタンをつけて日時を確認しようとしたが、なんてこったスマートフォンですらねえ! 確かにこの機種は学生時代に愛用していたものだが、すでにそれも遠い記憶。まさか今さらに二つ折りの携帯電話をパカパカする日が再び訪れようとはまるで思い付かなかった。まるで初めて買い与えてもらった携帯を開けるかのごとく慎重に開けると、そこに表示されていた日付は在学中のそれだった。

携帯を閉め、噴水前のベンチへフラフラと力なく歩く。途中、どこかで聞いたことのある声で、あれって無気力症候群の人じゃない、なんて言われてた気がするが気にする体力すら残っていない。ポスンと無事にベンチに座った時には、精神面が非常に宜しくないほどに憔悴していた。

 

 ほんのりと光りを放つ街灯をぼんやりと見つめてどれくらいの時間が経っただろうか。柔らかさをどこかに置き忘れたかのような鋭く冷たい風が吹いて、改めて過去へやってきたのだと認識した。ぶるっと身震いをして、いつの間にかかじかんだ手を温めようとさっき買った缶コーヒーで暖を取る。

 

 そういやオレがここに来る前は夏前だっけか。思えばタイムスリップなんて映画や漫画なんかじゃ溢れてるけど、実際に体験したのってオレだけじゃね。でもな、多分今のオレがタイムスリップしたって言っても信じるやつなんか学校にいるわけないし。お調子者が昨日見た映画にでも感化されたされたんだろうと失笑されるのがオチだろう。オレだって誰が言っても信じる気なんて起きはしないから、やっぱりそれが普通なんだろう。

 

ま、どうにかなるかと微温くなっていたコーヒーを飲み干したところでズボンのポケットに何かが入っていたのに気づいた。それはマーガレットから差し出されたハンカチだった。返しそびれたことに落ち込んでいると、折りたたんであったハンカチから何かが落ちた。それは綺麗な羊皮紙だった。初めて触る羊皮紙の質感に感動しながらも内容を見ると、達筆な字でおそらく彼女が書いたのだろう。全てが終わった時に返して頂ければ結構ですとだけ書かれてあった。いつ入れたのか気になるが、あの空間に住んでる人のことだとそこは気にしないことにした。

 

 全てが終わった時、ね。そこまで期待されて何もしないんじゃ男がすたる。まずはこれからを考えましょうかね。よーしと勢いよく立ち上がって気合を入れた。

 

 情報社会の今必要なのは、そう正確な情報! ってなわけで今の自分の詳しい状況を人つづつ確かめていくことにした。えーっと、只今の時刻は2009年の4月8日の20時27分。あ、今28分に変わった。この頃のオレといえば何してたっけか。たしかペルソナに目覚めたのもこの頃で、多分父親のことで荒れてたのもこの時期なんだけどなー。ペルソナ使いねー。なんだか懐かしさすら覚えるな。でもオレきっかけってなんだっけか。たしか家に帰りたくない一心でコンビニで立ち読みしてたんだよな。それでもってそこで影時間になって、シャドウに襲われてるとこを真田先輩に救ってもらったんだよな。あれが確か……あ、今日じゃん。ピンと閃いて驚いた。

 

 もう少し前準備する時間くらい猶予くださいよとイゴールに文句を胸中で言いながらも、確認を続けるためにポロニアんモールを離れた。少し歩くと、人目のないのような場所にたどり着いた。振興著しいこの街ではそんな手つかずの場所は珍しい。多分、ここは手付かずというよりは何かの建設予定地なのだろう。ただし、今はなんの看板もないただの空き地と化しているので今回はここを無断ではあるが少し貸してもらうことにする。

 

とりあえずこの先必要であろう体力を、コチラに来る前と記憶だよりではあるが比べて測ることにした。ランニング、ダッシュ、腕立て、腹筋、背筋といった基本的なトレーニングであるが、やはり幾分か筋力は低下しているようだった。特に戦闘に入った際に必要な普段使用しない箇所が手つかずのなのが致命的にマズイ。戦闘に関するカンは問題ないようだが、連動する体がついてこなければ意味がない。そこらへんを今後の課題にしようと考えながら、動いて汗だくになった体をクールダウンさせる。

 

 制服のまま地べたに座るのは少しだけ抵抗があったが、どちらにしろ今のオレは汗だくなのだ。多少の汚れくらいなら気にならずに、お尻で石を踏まないように気をつけながら座った。一息つくと、夢中で運動していたせいか、さっきまではひどく冷たかった風すらも涼しげに感じる。

 

 しっかし、よくオレもあのメンバーの中で戦えていたよな。今になってしみじみと思うけど、小さい頃からシャドウと戦ってきた先輩たちはもとより、事故の原因を調べるためにある程度の決意をしていたゆかりっちに、完璧超人の結城理。そして母親の敵をうつために幼い頃から研鑽してきた天田少年とわんちゃんのコロマル。風花だけかなホントの一般人ってのは。でも風花は前線に出ないしな。そう考えるとやっぱどこか特別課外活動部っておかしいわ。今ならなんでオレを誘ったってのってレベルだもん。どんだけ人材不足だったわけと、体が風に晒されて頭の中もクールダウンすると、懐かしさか何か分からないがどうでもいいことばかりが思い浮かんできて笑えてきた。

 

ひとしきり笑い終わると体が完全に冷えてしまぬうちに立ち上がる。ズボンについた土を払うと幸運なことにそれほど汚れは目立たないようだった。例の真田先輩に助けてもらったコンビニまでここからおよそ20分程だろうか。時計を確認すると、デジタルの画面は23時15分となっていた。2時間近くも動いていたことに軽い驚きもあったが、最終的に間に合うなら問題はないと歩き始めてそこで気づいた。

 

「あ、鞄、今思ったら路地に置きっぱなしじゃね」

 

 何か足りないと思ったら当時使用していた鞄がないことにようやく思い当たった。でも忘れていてもしかたないだろう。そりゃ、現役の高校生が忘れてたんなら問題だけど、こちとらブランク2年以上あるんじゃ! 当時はすでに置き勉していた記憶があるが、カバンの有無は関係ない。無手で登校するなんて、教育指導の先生に見つかったらと思うだけで背筋がぞっとする。それよりも、これから関わっていくだろう桐条先輩にこのことが耳に入れば処刑は免れないだろう。運動していた時とは違う種類の汗が体中に吹き出すのを感じながら、オレは進路を変え再びポロニアンモールへと走り続けるのだった。




※致命的な日時のズレがあった為、8/6再投稿
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