結果だけを言えば、ジャスト0時にコンビニ前まで滑り込んこむことができた。
思ったとおり鞄は路地の奥に置き去りになっていた。放置していたのが誰も足を踏み入れない場所なのが幸いした。空っぽのカバンを担いで、その足でコンビニへと向かった。
とりあえず間に合ったオレだが、如何せん喉の渇きは最高潮。最後の飲み物を飲んだ記憶はポロニアンモールでの缶コーヒーだけだった。ジュースでも買おうとコンビニの中に入ろうとした、まさにその瞬間に世界は止まった。いや、その表現は正しくない。影時間に入ったのだ。生あるものは全て棺桶へと変わり、魑魅魍魎のシャドウが闊歩する時間。適性あるもの以外は、人が生み出した機械さえも世界の中で隔離され、認識すらされない時間に入ったのだ。
もちろん開きかけの自動ドアも全て開く前に、その役目を忘れ、それゆえにオレは頭を思い切りぶつけた。オレは顔を痛みでしかめながら、ガラス越しに見える飲料水を物欲しそうに見るも、それを数秒で諦めた。周りは不気味な棺桶のみだったが、特に焦ることもなく、それとは反対に人の目がなくなったことが幸いとそのまま地面へと座り込む。ひんやりというには冷たすぎるアスファルトだったがその時のオレには気持ちよく感じた。
そのまま体感時間で5分程過ぎた頃だろうか。シャドウが時間適性者、つまり餌であるオレを見つけたのか音もなく這い寄ってきた。数は1体だった。
さーてお出でなさったな、こんちくしょう。前回は鼻水垂らして、言葉の通じないコイツラに命乞いらしきことまでした覚えがあるが、今回はあと時とは立場が違う。これでもコチとら二回ほど世界を救ったんだ。本当なら英雄だよ、英雄。飲み物の恨み晴らさでおくべきかと、八つ当たり根性丸出しでシャドウを睨みつける。
油断か、慢心か、思い上がりか。いずれにせよ握り拳一つでシャドウに飛びかかろうとするも、体が思い通りに動かずにずっこけた。こけたというか足がもつれた、というのが正解か。さっきの全速力も含めて合計3時間近くも強負荷の運動をしていたことをすっかりと失念していて、いざ動こうとしても体がいうことを聞いてくれなかったのだ。あご先から地面へダイブし、まるで車にひかれた蛙のような惨めな格好のオレ。顔を上げると、目の前には懐かしき青き仮面の臆病のマーヤがいた。
ちーっす、お久しぶりっすと、ちょっと先に落ちていた帽子を被り直しながら軽く挨拶するも、もちろん反応は無し。何の意思も感じないシャドウが両手を振り上げるのが見えて、いそいで体を転がして攻撃を避ける。
一矢報いたい一心でこんりゃろと、体勢を整えて渾身のパンチを一撃浴びせる。瞬間、分厚いタイヤを殴ったかのような衝撃が右手首から肩まで伝わってきた。やっぱり武器かなんかじゃないと倒れてくれませんよね。先の衝撃も問題ないと言わんばかりに、再び攻撃モーションへ入るシャドウを見え、咄嗟に敵の方へローリングすることで躱す。もう何発か浴びせればどうにかなりそうな気もするが、その前に自分の腕が壊れることは明白だった。ここはしょうがないと最初のプラン通りにひとまず撤退することにした。
「ひぃー、お助けー」
我ながらなんとも情けなかった。多分シャドウの中でも最も弱い部類に入るであろう臆病のマーヤに背を向けて逃走する様は、まさに三枚目のそれだった。
「ペルソナッ」
そしてそんな端役を颯爽と助けるのはやはり二枚目だと相場は決まっているらしい。銀髪を夜風になびかせ、不敵に笑う我らが真田サンがポリデュークスを携えて現れた。もうタイミングが良すぎて、機を伺っていたのだはないかと疑ってしまうほどに完璧な登場の仕方だった。
ただ、そこから先は見事の一言。真田サンの右と左によるワンツーコンビネーションでシャドウの体勢を崩したところでポリデュークスの雷による追撃。きっとこの頃には、彼は自分のスタイルを既に確立していたんだろう。見惚れるような連携だった。
「ちッ、こいつも俺を満足させてはくれんか」
真田先輩はシャドウの消滅を不謹慎にも惜しみながら確かめると、コチラに近づき手を差し伸べる。尻餅を再び付いていたオレの手を取ると、どうやらオレの服装に気がついたようで、どうしてこの時間に徘徊なんかしていんるんだと問いただし始める。しどろもどろになりながらも、なんとか前もって考えていた言葉を伝えると、真田先輩は耳元のイヤホンで指示を仰いぐ。
わかっていると妙にイラついた口調で返事する真田サン。今でこそ少し落ち着いてはいるが、そういえば最初の頃は本当のバトルジャンキーだったな。どうやら戦いよりも人命救助を優先しろと、イヤホン先の桐条先輩に言われたのだろう。不満げにこちらの方を向き、本部へと保護するからついて来いと駆け出した。
真田サンは朴念仁だが女性には優しい。そんな人はどうやら往々にして男には厳しいようだ。たまにチラと後ろを振り向いてコチラを確認こそすれど、その足は全く速度を緩めようとしない。ガタがきはじめている両足に力を目一杯入れて、どうにかついていくのだけで精一杯だった。
「結構本気で飛ばしたんだがな。見た目よりも根性あるなお前。どうだ、これからひと勝負してみないか」
寮に着く頃には、運動したからだろうか。さっきまでと比べると幾分スッキリとした顔の真田サンが笑った。しかも華麗なステップとシャドーまでする始末。比べてオレはもう疲労困憊。明日には特大級の筋肉痛が待ち受けていること間違いなしのである。
「……それ本気で言ってるならマジでドン引きっす」
息も絶え絶えのオレにはそう悪態をつくのが精一杯の反撃だった。
「そうだぞ明彦。お前はもう少し自重という言葉を知ったほうがいい」
凛とした声が響き、その声の主の方へ向けると、確かめなくてもやはり桐条先輩だった。呆れ顔で真田サンをたしなめて、濡れた冷たいタオルを二人へと手渡す。
今回はそのお陰で一人救えたからいいだろと言うが早いか、桐条先輩が睨みつけると渋々と寮の中へ入っていった。
「君もそのバカに付き合わされて大変だったろう。色々と訊きたいことはあるが、まずはそのタオルを使うといい」
玄関を開いて、中へ誘う桐条先輩に続いて寮内へと足を踏み入れる。記憶にあるよりも個人の荷物が少ないが、見慣れた風景が目の前に広がる。相も変わらずの洒落た調度品に、それに栄える木目の床と壁。下手な高級ホテルよりやっぱり立派だなと思いながら、導かれるままにソファへと腰を落とした。
そこからはオレの記憶の通りだった。色々と質問こそされたが、それをそつなく答え、最終的にはオレもS.E.E.Sに入れてくれと頼み込んだ。少し悩む素振りはされ、快諾とまではいかずともどうやら大丈夫らしい。前回と比べると驚くほどスムーズだ。きっと多少なりとも影時間の適正が以前よりも高く見積もられたことも一役買っているんだろう。念の為に今日はここで休むといい言われ、空き部屋に通された。
通された部屋は、まぎれもなく以前オレが使用していた部屋だったこともあり、勝手知ったる他人の家とばかりに寛ぐ。監視しているであろう先輩方から見たら肝っ玉が太いと思われても仕方ないと思うがそこは勘弁願いたい。風呂に入り、ストレッチをしながら今後の方針を考えようとするも、疲労からかまともに考えが頭に入ってこない。
安心と温かなベッドが睡眠のトリガーとなり、今日はもう休むことにした。というか考えようと目をつぶった瞬間に眠っていた。
※致命的な日時のズレがあった為、8/6再投稿