P3―希望ノ炎―   作:モチオ

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1-5 理と俺

 巖戸分台寮に戻ったのは18時頃だった。まだ少し明るさの残っていた陽の光も、帰る頃にはすっかり落ちていていつのまにか夜の顔を見せていた。不自由なく暮らせるくらいの最低限の部屋の整理をし、飯でも喰おうかと下に降りると理がいたので、折角だからと一緒に近くの定食屋へと足を運んだ。定食屋はほんの歩いて数分にあり、安い割には量が多い。また、住宅街が多く、やけに肩肘貼ったお店が多いここら辺りでは、学生にも優しい珍しいお店らしいと聞いていた。

 

「なあ、お前ってさ、なんでコッチに越してきたわけ」

 

 ウェイターのおばちゃんにふたり分の注文を伝え、代わりに持ってきたお冷えに口をつけた。お店は繁盛しているようでガヤガヤとうるさく、自然と大きい声になる。

 

「一身上の都合で」

 

「んだよそりゃ。転職中のサラリーマンの失業理由かよ。ほら、あるじゃん」

 

「なにが」

 

「ほら、ドラマチックな展開ってやつよ。生き別れた兄に会うためとか、遠い日の幼馴染の約束を果たすためとかさ」

 

「そんなものはない。順平はドラマや映画の見過ぎじゃないか」

 

「かーっ、つまんねえな。もうちょい刺激的な日常が欲しくはないのかねチミぃ」

 

「どうでもいい」

 

 はい、お初の「どうでもいい」いただきました。もうこの単語言うたびにカウントしてやろうか、この野郎。でもどうよ。この会話の薄さと言ったら、化学の実験で使用する食塩水の方がよっぽど濃い気がする。

 

「ま、実はオレっちも、平和な日常の方がいいんだけどよ」

 

カウンター越しに見えるおっちゃんの姿を見るにまだ頼んだ品物がくるのは時間がかかりそうだ。そう考えながらまたお冷を手に取ると、意外そうな顔をした理が見えた。

 

「なんだよ。まだ頼んだ料理はこねえみたいだぜ」

 

「いや、料理じゃない。順平がそんなこと言うとは思わなくって、素直に驚いただけだ」

 

「もー、オレのことどう思ってるわけよ。一緒に居ればわかると思うけど、真田サンみたく誰かと争うことって苦手なのよね」

 

「そうか。まだ日が経ってないせいか、あまり順平のことを知らないからな」

 

「へえー、オレもお前がそんなこと言うとは驚きだ。言っちゃ悪いが、理ってあんま人に興味なさそうに見えるからな」

 

「それこそ違うさ。これでも意外と人と関わるのは好きな方なんだ」

 

「そうだな、今からまた互いのことなんて知ればいいさ。なんたって今日から一緒の釜の飯を食う仲になんだから」

 

「はーい。熱い男の友情は見てて気持ちいいけど、ちょっと邪魔だから今は離そうか。コッチも見て気持いほどのご飯の盛りが見られるよ」

 

ハイハイ、邪魔邪魔とおばちゃんはドカンと注文した料理を机の上に置く。オレが麻婆豆腐で、理が焼肉定食で注文の品自体は間違っていない。間違っていないが、そのサイズが問題なのだ。

 

「あれ、おばちゃん量多くない。オレたち普通盛りでしか頼んでないんだけど」

 

 通常の2倍ほどのサイズのお皿に、これでもかと盛られた料理はまさにマウンテン。焼肉はまるで山のようで、そして赤い麻婆豆腐は湖のようだ。そしてご飯も例に漏れず、昔話盛りとでもいうやつだろうか、明らかに椀に対して溢れ出すご飯の量がおかしい。ちょんと横からつつけば大惨事になりかねない量だった。

 

「サービスよ。サービス。二人共学生でしょ。青春を謳歌するためには体力は必須。そんな細いからだじゃ志半ばに倒れちゃうよ」

 

とでっぷりとした体のおばちゃんは、得意げに丸太のように太い腕をエッへんと見せるが、アンタと比べたら並みのポッチャリ野郎だって痩せて見えるでしょうよ。避難じみた視線をおっちゃんに向けるが、オレに話を振られても無理だというテレパスを受信してしまった。

 

見るとオレら以外の面子は恰幅のいい人ばかりで、後から噂で聞いた話じゃ、このお店の女将さんは、線の細い人が入店するたびに特盛サイズの料理を出して同じ決め台詞を吐いているらしい。客の中にはその啖呵に惚れ込んで通いつめている人も少なくないとのことで、その時感じたほかの客からの暖かい視線もそう考えると納得できた。

 

「ほら、ブツブツ文句垂れないで食ってご覧。向かいの大人しそうな子はもう随分たべてるよ」

 

「順平、美味しいぞ。冷える前に食べたほうがいい」

 

「ああ、はいはい。いただきますよ」

 

 麻婆豆腐を掬って口に入れると、確かに美味かった。濃厚な肉の旨味が口の中に広がりながらも、淡白な豆腐が油っぽさを緩和する。たまに舌に感じる唐辛子のアクセントがいつまで食べても飽きのこない味に仕立てていた。口に旨みの余韻が残っているうちに、真っ白なご飯をかきこむ。やはり日本人にはお米に対する特別なDNAでも刻まれているのだろう。そう思わせる程に口の中に入れた瞬間の変化は劇的だった。どんな至高の料理であってもそれだけでは完成ではなく、この白いご飯が隣にあって初めてその頂きへと上ることができるのだ。例えるならば、そう、名ストライカーの影には必ずいつも名パッサーや名アシストがいて、二人が揃って初めて意味を成すのに似ていた。

 

「ありがとね。またお腹がすいたらよっといで」

 

 気づけば汗だくのオレらはいつの間にか会計を済ませて店外へと出ていた。

 

「……美味かったな。よくもまあ、あれだけの量が胃の中に収まったもんだ」

 

ぼんやりと月を眺めるオレには満足感だけが残っていた。

 

 ああ、と返す理も同じ気分のようだ。

 

「そういやお前、おかわりまでしてなかったか」

 

「した」

 

「けっこうな健啖家なのな、お前」

 

「みんなから意外って驚かれるけど」

 

「うん、見えねーもん。なんかお椀半分のご飯でも満足しそう」

 

「人に見せたのは久しぶりだったかもしれない」

 

「あの味なら仕方ないよな」

 

「そうだな。でも」

 

「ん?」

 

「あの女将太かったな」

 

「あの女将なら気にしないと思うけど。それ、間違っても本人の前じゃ言うなよ」

 

「ああ」

 

「あ、そういえば」

 

「ん?」

 

「さっきはできなかったからな。ほら、握手だよ。これからよろしくな」

 

「ああ、こちらこそ」

 

 そう言って二人でした握手は、そのどちらもが汗ばんでいて、どちらからが言うでもなくサッと離したのだった。

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