ハリー・ポッター -Harry Must Die-   作:リョース

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2.九と四分の三番線

 

 

「ハグリッドェ」

 

 ハリーは一人つぶやいた。

 場所はロンドン、キングズ・クロス駅。

 学校への汽車が出るからそこへ行くように、との事だった。

 華奢な白い両手が握るのは、大量の荷物が積まれたカート。カゴに入った白フクロウ――教科書にあったイカした名前を拝借してヘドウィグと名付けた――まで乗っているのだ。目立つどころの話ではない。

 じろじろと突き刺さる視線を感じながら、ハリーは亡きフィッグ婆さんから貰った猫柄のハンカチで手の汗を拭う。

 なぜこうなったのか。

 思い返すのは七月三十一日、ハリエット・ポッター自身の誕生日のこと。

 ああ、本当に、どうしてこうなった――。

 

 

 孤島からの脱出後、小舟は滑るように海を走り、岸辺へ辿り着いた。

 マクゴナガルとは、そこでしばしの別れであった。

 どうやら彼女はホグワーツの副校長先生らしく、忙しい中あまりに心配だったのでやってきたのだという。確かにハグリッド一人では何か失敗してしまいそうだと失礼にもストレートにそう思ったハリーは、ありがたみを感じていた。

 封筒に入っていた、新一年生に必要なモノが記述された二枚目の手紙をよく読み、正しいものを買って、間違ったものを買わないようになさい。あとハグリッドが余計なことしたら報告してください。と言い残すと、マクゴナガルはハリーが瞬きをしたその途端、その姿が掻き消えていた。

 

「ふぃー」

「大丈夫、ハグリッド。マクゴナガル先生が苦手だったの?」

「いや、いや。先生様がいると、ちょいと緊張してな。うーむ、いかんいかん」

 

 ハグリッドは毛皮のコートから、ハリーが腰に巻くとスカートになるのではと思うほどのサイズをしたハンカチを取り出すと、玉のような汗を拭う。

 そうして二人がやってきたのは、英国首都ロンドン。

 魔法界への入口があるとのことでやってきたのだ。

 地下鉄でのハグリッドは、やれ狭いだの、やれ電車はすっとろいだの、あまりにうるさかったので、ハリーが小さく「報告」と呟いて黙らせた。

 そんなハグリッド曰く、ハリーがホグワーツへ通う七年の間に必要なお金は亡き両親が遺しておいてくれていたらしい。ハリーが一歳の時に亡くなったというのに、見通しの良さがとんでもないなと思ったが、当時は闇の魔法使いヴォルデモートとかいう奴に、いつ誰が殺されるかわからない物騒なご時世だったことを思い出した。

 荒れ果てた世の中であってなお両親は自分のことを考えていてくれたという事実に感謝し、彼らが決してろくでなしなどではないということをハリーは思い知った。

 

「じゃあ、そのポークビッツ銀行ってとこに行くんだね」

「グリンゴッツな。魔法使いの世界にただ一つある銀行だ。小鬼が経営しとる」

「小鬼て」

「おうともさ、小鬼だ。だからこそ、銀行強盗なんて狂気の沙汰じゃて。奴らドラゴンまで用意しちょる。あー欲しい。羨ましい」

「ドラゴンまで……ほんと御伽噺みたいだ。でも欲しいってなに、ペットみたいに?」

「おっと、ハリー。着いたぞ、漏れ鍋だ。有名なとこだぞ」

 

 ハリーの問いを遮るようにハグリッドは大きめの声でそう言った。ハグリッドが大きめの声を出すということはつまり、周囲の人間――恐らく全員マグル――が全て振り返るほどの声量だ。

 たくさんの人に怪訝な顔で見られてハリーは顔が熱くなるのを感じ、ハグリッドに対して早く行こうと鍋蓋のような手を突っついた。

 突っついても感じていなかったようなので、拳でぶっ叩いた。

 しかし、周囲の人間にあれだけ見られていながら、漏れ鍋と称されるパブに注意を向けるような人間がいない。

 これはいかなることかと訝しむも、魔法界の入口というだけあって、魔法でもかかってるんじゃないかとハリーは思った。そう思った途端、みすぼらしいパブはおどろおどろしい魔窟に見えてくるのだから、人は現金なものである。

 一体どのような悪鬼羅刹がいるものやらと少々怯えていたハリーは、ハグリッドに促され中に入ってみて勝手ながら落胆した。中に居たのは、朝っぱらからシェリー酒を飲む三人の老婆と、胡桃のように禿げたバーテンと話すシルクハットの小男。

 ハリーが入った時に天井にいた何かと一瞬目が合ったが、それはすぐに何処かへ行ってしまった。不気味なところだ。ハグリッドが窮屈そうに屈んで店に入ると、皆が笑って声をかけている。どうやら店内の全員が彼の事を知っているようで、一杯やるかい。だの、今日はカードで遊んでいかないのか。だの、実に友好的な声が多い。

 なんだ、ぼくが有名なんてことを言っておいて、自分の方がしっかり広い顔を持っているんじゃないか。とハリーは思った。今のいままで多少情けない大男という認識しかなかったハグリッドが、急に大きな人に見えてくる。

 

「いや確かにデカい人だけどさ」

「ん? 何か言ったか、ハリー」

「いいや、なんにも」

 

 ハグリッドの言葉に反応したバーテンが、おやという目でハリーに目をやる。

 そうして何やらはっとしたような顔になると、カウンターから出てきてハグリッドに向かって慌ただしく詰め寄った。

 この後ハリーは、数分前の自分の考えを後悔する事になる。何をハグリッドに対して卑屈になっていたんだ。なんだこれは、とんでもない。

 

「は、ハグリッド。もしや、もしやこの子……いや、この方が……」

「トム、そうだとも。ホグワーツの仕事でな」

 

 すると雷に打たれたような顔をしたのはバーテン――トムだけではなかった。

 店全体が静まり返ったところで、トムは感極まった声を絞り出した。

 

「やれ嬉しや! ハリー・ポッターか!」

 

 トムのその一言は、パブ漏れ鍋をハリー・ポッター握手会場に変える呪文だった。

 パブ中にいた全ての人間がハリーに握手を求め、ハリーが少女である事にたいそう驚いていた。『生き残った男の子』……。いったいどれほど広まっているのか、せめてハグリッドの友好範囲内であってほしい。とハリーは内心で汗を流して願っていたが、あしからず魔法使い全員がそう思っている事は知らぬが仏である。

 そうしてしばらく握手会を続けて、昔ダドリーと一緒になってテレビで見たアイドルになった気分だと変な感覚になっていたところで、ターバンを巻いた青白い顔の男が握手を求めに現れたことに気付いた。

 

「クィレル教授でねぇか! ハリー、この方はホグワーツで先生をやっとられるお方だ」

 

 ハグリッドの紹介を受けて、クィレルが神経質そうな声を漏らす。

 

「ミ、ミ、ミスター・ポッター。いや、いや、ミスだったんだね。お会いできて光栄です」

 

 クィレルの骨ばった手と握手を交わす。

 ――瞬間。

 どうにも抗いがたい頭痛にこめかみを撃ち抜かれて、ハリーの身体が硬直する。

 目の前が緑の光で激しくまたたいた。

 見覚えがあるような、ないような、そんな不思議で悪辣な閃光と、頭蓋を貫く激痛。

 だがその程度の痛みならダドリーの拳で何度も味わっているので、すぐに平静を取り戻す。

 数瞬で立ち直ったハリーはクィレルに、この数十分で獲得した営業用スマイルを向ける。

 それは、つい数時間前までハグリッドに男の子と言われていたとは思えないほど魅力的だった。

 

「こちらこそお会いできて光栄です、クィレル先生。なんの教科を担当しているのですか?」

「や、やみ、闇の魔術に対する、ぼ、防衛です。あ、ああ恐ろしい。き、きみの、おかげで、もはや無用の長物と、か、化していますがね。が、学用品を、かいっ、買いに来たんだね。いっ、いい成績をとってくれることを、い、祈っているよ」

 

 クィレル先生との握手を終え、最後にやってきた男性ともう一度握手を交わし、バーテンのトムがくれた濡れタオルを手に持ってハグリッドとともにハリーは裏庭へ出た。

 別に汚い手をした奴がいたから、などという理由ではない。単純に衛生的な問題である。

 ありがたくタオルで手を拭きながら、ハリーはハグリッドに問うてみる。

 

「ホグワーツの先生って割には、なんだか神経質な人だったね」

「以前はあんなんでもなかったんだがなあ。授業で使う教材をおれのもとに取りに来たりしてたんだ。……ああ、おれはホグワーツで森番をやらせてもらっているんだ。で、だ。どうもどっかで吸血鬼に出くわしたらしくて、それ以降はくっさいニンニクを身に纏ったり、誰に対してもビクついちまったり……人が変わってしもうたわい。恐ろしいことじゃて」

 

 ドラゴンだの吸血鬼だの……。

 なんだか魔法界って、想像以上に危ない所なのではないだろうか。

 

「そういうの……ホグワーツには来ないの? えっと、吸血鬼とか」

「ホグワーツは絶対に安全だ。世界のどこを見たって、あすこ以上に安全なところはないぞ」

「なんで?」

「校長先生さまが、世界最強の魔法使いだからだ」

 

 誇らしげに言うハグリッドの言葉に、本当だろうか? などとハリーが考えているうちに、ハグリッドは例のピンク傘を取り出して煉瓦の壁をカツカツと叩き始めた。

 叩き方から見てどうやら規則性があるらしいが、ハリーにはさっぱり分からない。

 そうすると煉瓦がひとりでに動き出し、ガラガラと擦れる音を立てながら巨大なアーチ型の入口に変化していったではないか。

 驚くハリーに対してにっこり笑ったハグリッドが、その大きな手を広げて言う。

 

「ここがダイアゴン横町だ。そして、ようこそ――魔法使いの世界へ」

 

 その様は圧巻の一言に尽きた。

 黒いローブを着て天よ貫けとばかりに高い三角帽を被った魔女。

 赤に青、緑に紫と色とりどりのローブを着ている子供は、綺麗な箒が飾られているショーウィンドウにへばりついて「ニンバスの新型だ!」「すっげぇ」と大興奮している。

 薬問屋の前では小太りの中年女性がドラゴンの肝が高い事に不平を漏らしている。

 大鍋が積み上げられた店では、中身を自動で掻き混ぜる金の大鍋の実演販売をしていた。

 呪文の本を売っている店がある。「憎いアイツを豚に変える魔法」「呪いのかけ方、解き方」「帝王・女帝への道~これで君もスリザリン主人公~」……なんだか物騒な題名が多いが、実に興味深いものばかりでどれも読んでみたくなる。

 あたりをきょろきょろ見渡していると、ハグリッドが指差してあれが銀行だと言う。

 高く伸びた白い建物。なんだか建築法ガン無視な不安定な曲がり方をしているが、きっと魔法でどうにかなっているのだろう。そうでなければ崩れてしまっている。

 長い指で金貨や銀貨をかちゃかちゃ天秤に乗せて計っているのが小鬼だろう。

 ハリー・ポッターの金庫を開けたい。とハグリッドが手隙の小鬼に黄金に光る鍵を渡すと、小鬼は承知しましたとしわがれた声で一言。次にハグリッドが懐から手紙を取り出し、

 

「ダンブルドア教授から。七一三番金庫のものを」

 

 と、誇らしげな声で重々しく言った。

 それについても小鬼は淡泊な声で承知の旨を告げる。

 そこからは、まさに魔法といった光景だった。

 グリップフックと名乗る小鬼に連れられて、一人でに走るトロッコに乗って洞窟のような通路を超速で走っていく。まるでジェットコースターだ。……ハリーは乗ったことがないが、ダドリーが誕生日に遊園地へ連れて行ってもらったことを自慢されたのを覚えている。

 そんな回想をしている内に目的地に辿り着いたようだ。ハグリッドが気持ち悪そうにしているので、あの超高速に酔ってしまったのだろう。意外と繊細な男だ。

 小さな扉の金庫をグリップフックが開けると、中には金貨や銀貨、銅貨がずらりと並んでいた。

 

「おまえさんの父さん母さんが遺しておいてくれたものだ。おまえさんが成人するまで……ああ、魔法界では十七歳で成人だ。だから、その年齢までの学費分は十分あるぞ。もっとも、無駄遣いはできんがね」

 

 グリップフックが差し出した袋に、金貨や銀貨をある程度詰め込んでいく。

 ポケットに入りそうなほど小さな袋なのに、明らかに質量保存の法則を無視した量が入っていく光景を見て、ハリーはコンピューターゲームのお金はきっとこうなっているのだろうと関係ないことを思った。

 ハリーの小柄な体ではなかなか時間がかかりそうだったので、ハグリッドが手伝った。

 

「金貨はガリオンで銀貨がシックル、銅貨はクヌートだ。十七シックルで一ガリオン。一シックルは二十九クヌートだな」

「ありがとう、覚えておくよ。ところでハグリッド。ぼく、内緒でやったベビーシッターのアルバイトで少しだけお金あるんだけれども、一ポンドで何ガリオンかな?」

「ハリー、ポンドって何だ? スパイか?」

「何も言ってないよハグリッド。忘れて」

 

 続いてトロッコで走っていったのは、七一三番金庫。

 先程ハグリッドが何やら小鬼に言っていたところだ。

 小鬼が金庫の扉に向かって長い指でするりと撫でると、扉が音もなく消え去った。

 中にあるのは、薄汚れた小さな包みただ一つのみ。

 他人の金庫の中身を覗くのは何だかはしたないな。と思ってハリーが目を逸らすと、偶然グリップフックと目が合った。そしてにやりと笑われる。

 

「グリンゴッツの小鬼以外の者がこれをやりますと、扉に吸い込まれてしまいます」

「……どうなるの、それ」

「閉じ込められますな。十年に一度の点検の日まで、ずっと」

 

 ハリーは身震いした。魔法界ヤバい。

 ハグリッドが包みを懐に入れ終えると、またトロッコに乗って地上を目指す。

 トロッコから解放されて陽の光を浴びる頃には、ハグリッドの顔色は空のごとく青かった。

 

「先に制服を買った方がいい。おれはちょっと、その、うっぷ。……これだ。漏れ鍋で元気薬をひっかけてくるから、ちょいと先に行っておいてくれ」

 

 言うが早いが、大男は人込みをかき分けて行ってしまった。

 「マダムマルキンの洋装店」という看板のかかった店に入って行く途中、いやな液体音と低いうなり声、複数人の悲鳴が聞こえてきたがハリーは何も聞かなかった事にした。

 ずんぐりした体型の魔女、マダム・マルキンはハリーが店に入るなり、

 

「坊っちゃんもホグワーツなのね?」

 

 と声をかけてきて、ハリーが「坊っちゃん」に抗議する前に巨大な姿見の前に放り込んだ。

 マダムが藤色のローブから巻尺を引っ張り出すと、巻尺は勝手にハリーの全身の寸法を測りはじめる。ふと視線に気づいて顔を向けると、隣では顎の尖った青白い肌の男の子が別の魔女に採寸を受けているところで、ハリーの事を見ていたところだった。

 

「やあ。君もホグワーツかい?」

「うん。じゃあ君もだね」

 

 男の子の呼びかけに、ハリーが先程覚えた笑顔でにっこりと返す。

 ダーズリーの家でもこの愛想のよさを覚えていれば、もう少し待遇も違ったのだろうか。

 笑いかけられた男の子の青白い頬に、少し桃色が差した――本人は気付いていないが、身だしなみを整えたハリーはかなり器量がよい――が、マダムがハリーにズボンを当ててサイズを計っている事にハッと気が付くとふるふると首を振って言葉を続けた。

 最初の挨拶もそうだったが、どうも気取った喋り方をする少年だ。

 プラチナブロンドの髪をオールバックにしているのもあって、まるで貴族のようだ。

 

「僕の父は隣で教科書を買っている。君は……見たところまだみたいだね。薬瓶はいいものをそろえた方がいい。ガラス製なんてダメだね、クリスタル製なら魔法薬が劣化しないよ」

「うん、覚えておくよ。ありがとう。じゃあ、君はもう学用品は……」

「当然そろえたさ。これから競技用の箒を見に行くんだ。一年生が持ちこんじゃいけないだなんて、意味が分からない。父をちょっと脅して、一本や二本くらい買わせてやるさ」

「脅すて」

「君はクィディッチをやるのかい? というか、自分用の箒はある?」

「クィディッチ? ……あー、いや。持ってないよ」

「なら是非持つべきだ。僕はいま、コメット二六〇を持っている。以前はツィガー九〇を買ってもらったんだが……アレはダメだね。いい箒じゃなかった。何を買ってもらおうかな……クリーンスイープはもう古めのものだし、やっぱりニンバス二〇〇〇がいいかな」

 

 言葉の上では上品だが、言ってる事はかなりアレだ。

 まるで気品のあるダドリーみたいだ。とハリーは思った。

 そんなハリーの失礼な感想などつゆ知らず、その後も男の子は喋り続ける。

 

「君の両親も魔法族なんだろう?」

「らしいね。死別しているから、会った事は覚えていないけれど」

「おや、悪かったね。でもあれだなあ、他の連中は入学させるべきじゃないと僕は思うね。なにせ奴らは、なんて言えばいいのかな、そう、信じられない奴らさ。入学するのは僕らのような純粋な魔法族に限るべきさ。君もそう思うだろう?」

 

 その後もハリーは採寸されながら、男の子がぺらぺらと喋るのを聞いていた。

 よく喋る男の子だ。とハリーが思って答えを返そうとした時、ハリーの後ろから今のいままで聞いていた自慢話の声とそっくりな声がかけられた。

 

「スコーピウス。採寸は終わったのかい?」

 

 ハリーが振り返ると、まさに隣で喋っていた男の子と瓜二つの男の子が目の前にいた。

 青白い肌、尖った顎、プラチナブロンドのオールバック。

 隣の男の子――スコーピウスと違うのは、声が多少落ちついているくらいか。

 双子か。とハリーが思った時、もう一人の男の子がハリーに声をかけてきた。

 

「すまないね。僕の弟は喋り好きなんだ」

「ドラコ。余計なこと言わないでくれ」

 

 採寸が終わったらしいスコーピウスは、ドラコと呼んだ兄の隣に並んだ。

 まるでコピーしたかのようにそっくりだ。

 もし二人が腕を組んでぐるぐる回ったら、ハリーにはとても見分けがつかなかっただろう。

 

「じゃあ、次はホグワーツで会おう。たぶんね」

「さようなら。同じ寮になれるといいね」

 

 気取った声のスコーピウスと、落ちついた声のドラコが去っていく。

 ハリーはそれを見送っていると、窓の外にハグリッドが立っているのが見えた。手には二つの巨大なアイスクリームが。バレーボールほどあるのではなかろうか。

 マダムが二〇分もあればできるから、後でおいでなさいな、と言ってくれたのでハリーは店から出てハグリッドの袖に掴まった。

 

「どうしたハリー」

「たいしたことないさ。ちょっと疲れただけ」

 

 ハグリッドが持って来てくれたアイスクリームを食べながら、ハリーは彼に対して何度目かわからない質問をしてみる。

 

「さっき店の中で会った男の子に聞いたんだ。クィディッチってなに?」

「ああ、そうだった。おまえさんクィディッチを知らんとは! そりゃ損だ」

 

 ハグリッドは手の中のアイスを一口で半分ほど食べると、箒専門店らしき店を指差した。

 先程の子供たちが未だにへばりついているショーウィンドウに、綺麗な箒が飾ってある。

 

「俺たちのスポーツだ。みんなが夢中のエキサイティングなもんで……えーっとだな、おう、マグルでいうサッカーっちゅうやつみたいなもんだな。ルール説明は面倒なんで今度だ」

「サッカーは知ってるんだね。……じゃあ、次。その子の双子のお兄さんが、学校で同じ寮になれるといいね、って言ってくれたんだけど、寮って複数あるものなの?」

「おうとも。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、んでスリザリン。その四種類だな。俺も、お前の両親も、グリフィンドールだったぞ」

「へえ、じゃあぼくもそこに入りたいな」

「おう、おう。そりゃ嬉しいことを言ってくれる。むしろお前さんがスリザリンに入ったらびっくりだな。悪の道に走った魔法使いや魔女はあすこ出身のもんが多い。『例のあの人』もそうだ」

「ボルシチ……じゃなかった、ヴォルデモートも?」

 

 ハリーがその名を出した途端、周囲十人ほどの魔法使いたちがビクッと肩を揺らした。

 中には犯罪者を見るような目でハリーを睨む人まで居る始末。

 ハグリッドが慌ててハリーの口をふさぎ、せかせかと急ぎ足でその場を去った。

 

「これ。これ、ハリー。その名をむやみに言っちゃいかん、まだ恐れとる魔法使いが多い」

「ご、ごめんなさい。……じゃあ、ヴォル……あの人もホグワーツ出身だったの?」

「むかーしな。昔々、のことさ……」

 

 数々の教科書に錫製の大鍋や天秤、望遠鏡に薬瓶――スコーピウスの忠告通りクリスタル製だ。少々高くついたが――の他には真鍮の物差しを買うと、お昼の時間が近くなってきた。

 くぅ。とハリーがお腹の虫を鳴らして顔を真っ赤にすると、ハグリッドは大笑いして頭を撫でる。

 

「おう、おう。あとは杖だけだ。そんでもって、誕生日プレゼントも必要だな」

「えっと、そんな、うー……」

 

 ハリーの髪の毛をくしゃくしゃにしたハグリッドが満面の笑みで言う。

 不器用で力強すぎる撫で方だったが、なんだか悪い気分ではない。

 誕生日プレゼントなど、恐らく生まれてこの方もらっていないハリーはなんだか恥ずかしくなって口をもごもごさせてしまったが、ハグリッドは遠慮するないと言ってハリーを杖の店に放り込んだ。楽しみにしておきな、と言い残して。

 放り込まれた杖の店の名は、オリバンダーの店。ハグリッドが言うには高級杖メーカーだそうで、世界一の杖職人がやっている店だから杖はここに限る、だそうだ。

 

「ごめんくださ――」

「はいよ」

 

 静かな店の中、シュガッ! と椅子をスライドさせて現れたのは老人だった。ハリーは空中に浮いた椅子にもそうだが、大きな音に驚いて短い悲鳴を漏らした。

 女の子みたいな悲鳴をあげてしまった……いやぼくは女の子だ……なにがわるい……。

 そんな意味のない思考をしているうちに、オリバンダーが微笑んている事に気づいた。

 

「待っていましたよ、ハリー・ポッターさん。お母上と同じ色の瞳にさらさらの髪……色が黒いのはお父上譲りじゃ。でも目付きだけは二人と違いますな、まるで獅子のように鋭い」

「二人を知っているの?」

「もちろんですとも。二人がこの店に来たのを、昨日のように覚えとる。お母上は二十六センチの柳の杖、お父上は二十八センチのマホガニーじゃったな。二人とも、優秀な魔法使いに育ってくれた」

 

 オリバンダーがハリーの隣まで歩いてきて、その髪を撫でる。

 ハリーは今までろくでなしだと思っていた両親を誰もが褒めているので、ちょっとばつが悪かったがそれでも悪い気はしなかった。

 老人の節くれだった白い指が、ハリーの額に触れた。

 そこにあるのは稲妻型の傷。闇の帝王がつけた忌まわしい傷。

 

「哀しいことじゃが、この傷をつけた杖もわしが売ったものですじゃ。イチイの木でできた三十四センチの杖……ああ、あの杖も恐ろしい者を選んでしもうた……」

 

 老人の憂いの声が、少し湿っぽくなったのを感じてハリーは気まずくなった。

 

「しかしルビウス。ルビウス・ハグリッドのやつめ。わしに会わんよう逃げおったな」

「えっ?」

「あやつ、実はホグワーツを退学になっておってな。そいでその時の処罰として、わしの作った杖を折られとるんじゃ。どーせまだ使っておるわい、あのバカもんめ」

 

 憂いの声は、突然ハグリッドのことを話しておどけた色に染まる。

 きっとハリーの気分を察してくれたのだ。

 ハリーは有難い気持ちになって、オリバンダーの事を信頼する気持ちが芽生えた。

 そして老人は話しながら、自動で長さを計る巻尺を取り出してハリーの腕を計りはじめた。

 

「このオリバンダーの作る杖は、強力な魔力を秘めた様々な物品を芯に使っとります。じゃから一つとして同じものは存在せず、つまりそれは他人の杖を使っても、自分の杖程の効果は出ないということになりますな。おまけに杖は持ち主を選ぶ。他人の杖を勝手に使っても杖が主人と認めてくれねば、本来の半分も効果は出んじゃろうな」

 

 巻尺が勝手に鼻の穴のサイズを計ろうとしたのに気付いて、それをつかみとって千切るぞと小声で脅すと、巻尺は大人しく腕回りを調べに戻った。

 それを見てオリバンダーは「威勢のいいお嬢さんだ」と言ってくれたのに対して、彼がまともに女性扱いしてくれた事でハリーは上機嫌になった。実はマダムマルキンの店で、結局ハリーが言うまでスカートでなくズボンを見立てられたことに腹を立てていたのだ。

 そして何本かの杖をハリーに持たせ、ひったくって別の杖を持たせ、またひったくるというよく分からない行動をしたのち、最終的に一本の杖をハリーに持たせた。

 

「柊と不死鳥の羽根。二十八センチ、良質でしなやか。……振ってみてくだされ」

 

 オリバンダーに言われるまま杖を振ると。

 美しい赤と緑の光が杖から飛び出し、金色のフリルがそれらを取り巻いてハリーを飾り立てた。それを見てオリバンダーは素晴らしい! と叫ぶ。

 

「いやはや、素晴らしい。ブラーヴォ。こんなこともあるのですな……いや不思議じゃ、まったくもって不思議じゃ」

「……不思議って、なにがです?」

「ポッターさん、その杖に使われておる不死鳥の羽根じゃが……じつはもう一本だけ。他の杖にも、その尾羽が使われておるのですじゃ。ああ、恐ろしい。兄弟杖がその傷を刻んだというのに……」

 

 ハリーはハッとした。

 つまりそれは、ヴォルデモート。

 名前を言ってはいけない例のあの人と呼ばれる彼も、ハリーと同じ芯の杖を持っている。

 ハリーはバーノンの影響で、運命などという『まともじゃない』ものは信じないことにしているが、この時に限ってはそういうものもあるのではないかと思っていた。

 オリバンダーは続けて言う。

 あの人もある意味では偉大な事をした。あなたもきっと偉大な事をなさるだろう。ですが道を踏み違えてはなりませんぞ――。

 杖の代金を払って店を出たハリーは、そこでハグリッドが白いフクロウの入った大きな籠を持って立っていることに気付く。「ハッピーバースデイ!」と彼が屈託のない笑顔で言うと、ハリーは先程の不吉な気分が溶けて流れ去っていくのを感じた。

 彼は、ちょっとばかり阿呆だ。だがそれを補うほどにいい人だ。素敵な人なのだ。

 ハリーはにこりと笑うと、ハグリッドの腕に勢いよく抱きついた。

 

 ロンドン地下鉄。

 プリベット通りへ戻るための電車に乗るためここまで一緒にやってくる道中、ハリーはハグリッドと色々な話をしていた。

 ホグワーツはどんなところなのか、何に気をつけるべきなのか、両親はどういった人だったのか。そして何より、自分の知らないところで自分が有名であることが不安だ、ということも彼に対して吐露した。

 自分の弱みを決して見せないように育ってきたハリーにとって、誰かに悩みを相談するというのは初めてのことであった。

 

「ハリー。心配することはない。たしかにお前さんは有名になっちまった。これはもう、仕方のないこった。んでも、それがなんだってんだ。おまえさんはおまえさんだ、ハリエット・ポッターだろう。まぁおれはてっきり男の子だと思っちょったがな。……そうむくれるな、今度からはレディとして扱っちゃるか? だがな、ああ。ホグワーツは、楽しいぞう?」

 

 彼と話している最中、ハリーは終始笑顔だった。

 それは実に魅力的なもので、実に年相応の女の子らしかった。

 十一年間の人生で初めての友達を手に入れたのだ。

 嬉しくないはずがない。

 ホグワーツでまた会おう。と約束をして、ハリーはハグリッドと別れて地下鉄に乗った。

 

 ダーズリーの家に辿り着いてまず行ったことは、ダドリーに対して頭を下げる事だ。

 今まで己をサンドバッグにしてきた相手だ、憎くなかったと言えば嘘になるし殺せるものなら殺してやりたかったが、あの醜態は流石にちょっと可哀想だった。

 だがダドリーはハリーに対して豚のような悲鳴をあげると、冗談みたいな速度で部屋に逃げ込んでしまった。開けゴマしようものならショック死したかもしれない。

 バーノンはバーノンで、ハリーを居ないモノとして扱ってきた。ハリーが何をしようともガン無視だ。ハリーが脱衣所にいる時に入ってこようとしたときは殺すつもりで石鹸を投げたところ、息子そっくりの悲鳴をあげた。

 ペチュニアはと言うと、何故かは知らないがハリーに服を与えるようになった。ゴマスリのつもりだろうかとハリーは訝しがったが、どうやら吹っ切れたというか自棄になっているようだった。実は娘も欲しかったのよねェーえ、オホホのホォア! と血走った眼と裏返った声で言われては、反論などできようはずもない。ハリーはホグワーツまでの一ヶ月間、大人しく着せ替え人形になった。

 もうダーズリーの連中が無理強いすることはなくなったが、なんだか落ち着かなかったので毎朝の掃除とジョギング、朝食の用意という日課は続けることにした。

 八月の第二日曜日。オレンジのラインが入った紺色のジャージ(ペチュニアが嬉々として買い与えてきたもので、ここまでくるとハリーも素直に感謝し始めていた。もっとも、ペチュニアのチョイスは若干少女趣味に過ぎるが)を着て毎朝のジョギングをしていたところ、ハリーが自身の肩に重みを感じて視線を向けると、なんと茶色いメンフクロウがとまっていた。

 すわ何事かとたまげたハリーだが、フクロウの首にホグワーツの校章が入ったスカーフが巻かれている事に気づいた。これはハグリッドの言っていた『フクロウ便』というものだろうとハリーは考え、案の定フクロウの肢に括りつけてあった手紙を受け取る。

 羽根をひと撫ですると、ホーと嬉しそうな声を残してフクロウは飛び去っていった。

 早朝で幸いだった。

 プリベット通りの住人に見られれば、噂好きの彼らの事だ、ペチュニアやバーノンの耳に入るのは間違いない。そんな『まともじゃない』ことをハリーがしていたとなれば、今更ではあるがいい顔はしないだろう。下手に刺激したくはない。

 

「なにこれ? 切符? ……と、手紙だ」

 

 歩道で突っ立って読むのもアレなので、ハリーは一度ダーズリー家に戻って読むことにした。

 丁度起きてきたダドリーがハリーを見て悲鳴をあげて逃げ出すのを無視しながら、ハリーは新たに二階へ宛がわれた自室に入っていった。ダドリーは隣の部屋なので、ハリーが扉を開けると自分の部屋に来たものと勘違いしたのか、絹を裂くような悲鳴をあげていた。最初は哀れに思ったものだが、最近では鬱陶しいだけだ。慣れって怖い。

 埃っぽくない、清潔なベッドに座るとハリーは手紙を開いた。

 

【親愛なる我が友、ミス・ポッター

 ようハリー。驚いたか? これがフクロウ便だ。魔法界ではこれが主な連絡手段になるから、よっく覚えておくがええ。んでもって、今回の要件なんだが、まずはすまなかったと謝らせてもらう。ホグワーツに行くには、同封した切符が必要だ。渡し忘れちょった。マクゴナガル先生様に言われてようやく思い出したわい。おれぁこれから先生のお説教を受けにゃならんから、用件だけ書いて送っておく。なに、全部切符に書いとる。心配めさるな、学校で会おう。

 P.S.ダーズリーに何かされたら俺にフクロウ便を送れ。とっちめちゃる。 ハグリッドより】

 

 手紙にはこんな事が書かれていた。

 遅い! というかこんな大事なことを忘れていたのかあのデカいのは!

 ハリーがそう叫ぶと、隣の部屋からブヒィと悲鳴があがった。

 我に返ってちょっと頬を染めたハリーは、手の中の切符を再確認して――

 

 

 ――今に至る。

 チェックシャツにデニムというボーイッシュな服装(ペチュニアイチオシ)をしたハリーは、途方に暮れていた。

 キングズ・クロス駅まではバーノンの車で送ってもらえた。

 別れる際ににやにやしていたのには、理由がある。

 ハリーのホグワーツ行き切符に書かれていたのは『九月一日、キングズ・クロス駅発。九と四分の三番線』というもの。

 九と四分の三? ……まともじゃない。

 バーノンの影響ですっかり口癖になった台詞を呟き、ハリーは切符から顔をあげた。

 九番線には列車が止まっている。人類の技術進化を感じさせる近代的なデザインだ。

 十番線には何もない。

 念のため駅員に聞いてみたところ、やはり知らないと言われたし、ホグワーツという名前すら通じなかった。悪戯と思われて嫌そうな顔をした駅員が行ってしまうのを見て、ハリーは泣きそうになった。というかちょっと涙が出た。

 ハグリッドめ。

 明らかな説明不足に、ハリーは歳の離れた友人を恨んだ。

 ハリーはハンカチで涙を拭ってから、魔法の杖を取り出すか迷った。

 確かハグリッドは、ダイアゴン横町に入るときに煉瓦をコツコツと傘で叩いていた。

 あのピンクの傘の中身には、オリバンダー曰く折れた杖が入っている。

 つまり九と四分の三番線……九番線と十番線の間にある三つの柱のうち、十番線に一番近い柱を杖で叩けばいいのではないだろうか。魔法使いは魔法界の存在をマグルに秘匿する義務があるそうじゃないか。つまり、魔法を使えない者にはわからないよう魔法がかけられているに違いない。きっとそうだ。具体的には、見えない通路とか、ワームホールとか。

 他にも魔法使いがいれば、きっと分かるはずだ。

 何せハリーは大量の荷物を持っている。カートに乗せねばならないほどに。

 つまりホグワーツへ行く生徒は、ある程度のデカい荷物を持っているはずだ。

 するとその荷物の中に、まともな人間なら持たないような品々を見つければいい。

 たとえば、呪文の本。たとえば、大鍋。たとえば、フクロウなどいったもの。

 自分がそのまともじゃない部類に入ることを自覚しているハリーはちょっと恥ずかしくなりながらも、必死で周囲を見渡した。

 しかしそれらしき姿は見当たらない。

 まずいぞ、あと十分しかない。

 

「ヤバい、泣きそう」

 

 ハリーは結局手当たり次第に試してみようと思い、先程予想した柱に向かって歩みよる。

 懐から杖を取り出して、煉瓦をぺちぺちと叩いてみる。

 杖から微量の火花が散るが、それ以上の効果はない。

 それどころか、こんな事をしていては非魔法族――マグルに見つかって何かしら言われるかもしれない。……魔法使いだとバレたらどうなるのだろう?

 あれ、ひょっとしてこの行動ヤバい?

 ハリーがそう思い立って懐に素早く杖をしまうのと、後ろから女性が話しかけてきたのはほぼ同時であった。

 

「坊や、もしかしてホグワーツへは初めて? 行き方はそうじゃないわよ」

 

 天よ!

 ハリーは心の中で叫んだ。

 坊や扱いなんぞ最早どうでもいい。

 このふっくらしたおばさんが、ハリーには聖母にも見えた。

 

「ああ、ええ、そうです。そうなんです。ぼく、行き方がわからなくって……」

「安心していいわ。凄いわね、場所は間違っていないのよ。ただ、杖で叩くんじゃなくってそのまままっすぐ突っ切るだけ。怖がってはいけないわ、そういうものなの」

 

 おばさんの声はとても優しかった。

 この優しさは、マクゴナガルやハグリッド以来のもの。

 ダーズリーの家に居ては決して得られないようなものであった。

 ハリーは彼女の言葉を信用する事にした。

 

「さ、ロンの前にどうぞ。ああ、ロンって私の息子のことね。この子が忘れ物しちゃって、いったん戻ってきたのだけれど。でも正解だったわ。だってあなたに会えたんだもの。さ、いってらっしゃい!」

「わかりました……」

 

 ロンと呼ばれた子の前に立つ。

 正直、彼には注意が向かず背の大きな子だなという印象以外は、すべて吹き飛んでいた。

 ハリーはカートを押したまま、一気に柱に向かって駆けだす。

 はたしてハリーは柱にぶつかることはなく、新たなプラットホームへと飛び出していた。

 目の前にあるのは、近代的とは程遠い紅色の蒸気機関車。

 横目で見ると、九と四分の三とかかれた看板も見える。そうか、ここが。

 ハリーは開いているコンパートメントを見つけて、荷物を中に詰め込もうとしたがあまりの重さに、トランクを自分の足の甲に落として悲鳴をあげてしまった。

 すると赤毛の双子がコンパートメントから躍り出るように降りてきて、「手伝うぜ」とトランクをあげるのを手伝ってくれた。「もっと喰った方がいいぜ」「デカくなれないぜ」と陽気な励ましを受けたハリーは、やっとの思いで客室にトランクは収めることができた。

 とても背の高い双子だった。小柄なハリーからすると見上げなければ顔が見えない。

 汗をかいた額をハンカチで拭いながら、ハリーは双子に礼を言う。

 双子は異口同音にどうしたしましてと言おうとして、「どう」の部分で固まった。

 片方がハリーの額の傷を指差して言う。

 

「驚いたな……それ、なんだい?」

「何が?」

 

 ハリーが聞く。

 もう片方が丸くした目のまま、言う。

 

「おいジョージ、彼だ。いや、彼女だった」

「そうだ、そうに違いない。きみ、ハリー・ポッターだろう?」

「ああ、うん。そのことか。そうだよ、ハリー・ポッターだ。本当はハリエットだけど」

 

 それからはもう、質問の嵐、嵐。

 魔法界一有名な気分はどうか、その傷は痛いのか、もう一回傷見せて、なんで男の子だって言われてたのか、例のあの人の顔見た? など、など。

 双子の質問攻めから解放されたのは、先程のおばさんが二人を呼んだからだった。

 どうやら親子らしい。

 客室でしばらく外の景色を眺めていると、何人かがハリーを指差してひそひそと囁き合うのが見えた。ハリーは恥ずかしくなって、窓から顔を引っ込めたほうがいいと判断した。

 だが汽笛が鳴ると皆が窓から顔を出したので、あまり意味はなかったかもしれない。

 赤毛の女の子が泣きべそをかきながら追いかけてくるのが見えて、ハリーはほほえましくなった。きっと兄弟に置いてかれて寂しいのだろう。

 ハリーの心は躍った。

 それと同時に、暗い感情が芽生えてきた。

 

「怯えるなよ、ハリエット。これからだ。ここから始まるんだ……」

 

 ぼくはこれから、学校で魔法を学ぶ。

 主に攻撃的な、戦うことに長けた魔法を重点的に学ぼう。

 それに何なんだ、『命数禍患の呪い』って。そんなものは、教科書には載っていなかった。

 だから多分、教科書には載らないようなレベルのものなのだろう、そうに違いない。

 最終目標は、ヴォルデモートに一発叩き込むこと。鼻をへし折ってやる。

 その為には強くならなくちゃいけない。

 幸いこれから向かう先は学び舎だ。

 強くなるにはもってこいだろう。

 いつか見てろよ、ヴォル野郎。

 お前の鼻っ柱を殴り飛ばして、鼻の骨をブチ折ってやる。

 ハリーはその明るい緑色の目を細め、一人獰猛に笑ったのだった。

 




【変更点】
・両親の遺産が原作よりも減少。金銭感覚狂ったら人間おしまいよ。
・やせいの マルフォイA マルフォイB が あらわれた!
 マルフォイEX。兄という生き物は、弟妹への見栄と意地で強くなるのだ。
・バイト経験あり。ポンドになら抱かれてもいい。
・ペチュニアの態度が軟化し、ハリーの心中でも好感度が変化してしまう。
・キングズクロス駅でウィーズリー家とすれ違い、九と四分の三番線を教えて貰えない。
・ハリーや、ヴォルさんに鼻はないよ。

【新キャラ】
『スコーピウス・トーマス・マルフォイ』
 本物語オリジナル。名前は原作フォイの息子と俳優から拝借。
 ドラコの双子の弟。多少泣き虫だが、陰湿さは原作フォイ以上。

ホグワーツまでは駆け足しないと、ダドリー坊やがストレスで死んでしまう。
彼女には明確な目標があるので、原作ハリーよりは成績が良くなることでしょう
ハグリッドはどの世界線でも素敵な人なのです。

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