ハリー・ポッター -Harry Must Die-   作:リョース

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2.オーラー

 

 ハリーは暖かいココアを飲んでいた。

 夏だというのにハリーの身体は冷え切っていて、あれだけ心は興奮していたというのに肉体は緊張していたらしい。漏れ鍋の主人であるトムが気を利かせて淹れてくれたのだ。

 砂糖とミルクを多めによく練ってあり、甘くて美味しい。

 ほう、と一息ついたハリーは、周りを見渡した。

 一言でいうと、物々しい。

 筋骨隆々の黒人男性が扉の傍に陣取り、その右手にごつごつした杖を持ったまま腕組みしている。

 ハリーの隣の椅子には、桃色の髪の女性がいる。彼女は鼻歌交じりに紅茶を飲んでいるようだ。

 その反対側の椅子には、銀髪の女性がいる。目を瞑って微動だにしない。……こやつ寝ておるわ。

 部屋の隅に置かれた椅子には、ひょろりと背の高い茶髪の男性。苛々としている様子だ。

 その両隣には、双子の男性。両方ともが巨漢で、むすっと黙ったまま動かない。

 

「……有り得ねぇ」

 

 茶髪の男性、ウィンバリーがぽつりと呟く。

 先ほどブラックを追跡した闇祓いの一人だ。

 無精ヒゲを生やした頬をガリガリ掻いて、吐き捨てるように言う。

 

「秘蔵の魔道具《ヒト獲り餅》で姿くらましは封じていた。奴にゃ杖もないからよォ、あの建物から出るには普通に窓やドアを使うしかねェ。だがよ、それも《封印呪文》で封じていたじゃねぇか」

「「ウス……」」

「なんでだ!? ブラックの野郎はどうやって逃げ果せた!?」

 

 ウィンバリーがテーブルを両の拳で叩く。

 テーブルに乗った食器がガチャンと音を立てるが、誰も気に留めなかった。

 叩かれる前に手に持って避難させておいたクッキー皿から一枚とってぼりぼり食べながら、トンクスと呼ばれた桃髪の女性が言う。

 

「こんな失態、マッドアイに知られたら殺される……」

「うっ」

 

 その言葉に反応して呻いたのが、銀髪の女性だ。

 無表情のまま苦々しげな呻き声を漏らし続ける彼女の肩に、トンクスが手を置いて慰めた。

 それを無視して、黒人の闇祓いキングズリーが言う。

 

「ともあれ、ハリー・ポッターに怪我はなかったんだ。そこだけは良かったのではないか」

「あんなに間近にまで接近されといて、それも変な話だけどよォ」

「「ウス」」

 

 闇祓いたちが何やら談笑しているが……。

 今のハリーにはそんなことどうでもよかった。

 早くトイレに行きたい。

 気持ち悪くて仕方がない。

 失禁したつもりはないが、何故か下着が冷たいのだ。

 最悪な気分だ……来週あたりで十三歳になるというのに、この失態である。

 もう限界だ、トイレに行かせてもらおう。そんでもってそこで着替えるとしよう。

 

「あの、ぼくちょっとトイレ……」

「ん? おい待てよハリエット・ポッター。てめェどっか怪我してねェか?」

 

 ウィンバリーが目ざとく気づき、ハリーを呼び止める。

 やめてくれと視線に乗せて訴えてみるも、どうやら勘違いされたようだ。

 慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「おい、隠してんじゃねェ! 血のニオイがすっから分かるんだよ! ブラックにやられたのか!? おい、どこだ、見せろ!」

「やっ、やめ! こら、違うからっ! ちょ、おま、やだぁーっ!」

 

 肩を掴んで揺さぶるウィンバリーと、嫌がるハリー。

 強面な彼が小柄なハリーにこんなことをしていれば、傍から見れば暴漢に襲われる図である。

 何時の間に現れたのか、今まで微動だにしなかった銀髪の女性がウィンバリーを蹴り飛ばした。ウゲー。と呻きながら吹っ飛んでいくウィンバリーを放置して、トンクスがハリーの肩に手を置いて、手洗い所まで連れ去る。

 庇ってくれたのだとハリーが気付いたときには、既にすべてが終わった後。

 そして、二人から頭を下げられた。

 

「ごめんね、あいつデリカシーなくって」

「タイミング悪い子ですよねぇ。ナプキンとかは持ってますかぁ?」

 

 女性二人が気遣ってくるが、ハリーは首を傾げた。

 

「い、いや、ちょっと。何の話なんですか?」

 

 ハリーの言葉に、闇祓い二人が顔を見合わせる。

 ここでハリーは自分の身体のことを初めて知ることになる。

 初潮、または初経。それは女性として大人になる第一歩である。

 女性は月に一度、月経という生理現象が起きるという特徴を持つ。これは将来子を成す為に必要なことである。普通は母親から教えてもらうような知識だが、ハリーには母がいなかった。ペチュニアもハリーを着せ替え人形と見做している節があるので、教えるどころか気づいてすらいなかったのだろう。

 恥ずかしいことではない。これは女性として誰もが一度は通る道であり、変に思うことはないのだと。特にハリーは十二歳で、数日後には十三歳になる思春期の少女である。

 このタイミングでトンクスとハワードという、大人の女性が二人もいたというのはハリーにとって幸運であった。

 まあ、要するに今夜はお赤飯である。

 トンクスが、大人の女性に向かって成長しているんだよ、と優しくハリーの頭を撫でる。

 ハリーを着替えさせ、下着を洗いながらそういったお話をしていたため、三人が戻ったときは男性陣が暇を持て余してているところだった。何してたんだとハリーに聞いてきたウィンバリーがぼこぼこにされた後で、キングズリーの話が始まった。

 

「うむ。では改めて自己紹介といこう。私はキングズリー・シャックルボルト。魔法犯罪者の中でも、特に闇の魔術を扱う者達に対抗する組織である《闇祓い局》に務めている。先ほども言ったが、よろしくな、ハリー・ポッター」

 

 ごつい顔をしている割には、笑顔になると愛嬌がある。

 ハリーはキングズリーと握手して、その手の皮の硬さに驚いた。

 次にキングズリーは、桃髪の女性を紹介した。

 

「彼女はニンファドーラ・トンクス。まだ若いが優秀な闇祓いで、隠密と潜入を得意とする。トンクスと呼んでやってくれ、名前では呼んでほしくないそうだ。ちなみに闇祓い局でも一人しかいない《七変化》だ」

「《七変化》?」

 

 聞きなれない単語に、ハリーが首を傾げる。

 名前からして変身術に関するものだとは思うが、何だろう。

 そう思っていると、横から肩を叩かれて振り返る。

 

「うわあ!?」

「んふふ。つまりこういうことよ、ハリー」

 

 目の前にいたのはハリーだった。

 いや、ハリーそっくりに変化したトンクスだ。

 本当に瓜二つで、違いが全く分からない。ひょっとしたら細胞レベルで同じなのではないだろうか。

 

「ちなみにこんなこともできます」

「うわーっ! ぼくの胸がーっ!?」

 

 トンクス扮するハリーの胸が、ミカンサイズからメロンサイズに膨張した。

 ハリーが線の細い体つきをしているため、あまりにもアンバランスで少し気持ち悪い。

 髪も長くなったり、色がレインボーに変化したり、どういうわけかキングズリーとハリーとトンクスを足してカボチャジュースで割ったような不思議生物に変化したりと、本当に変幻自在のようだった。

 

「す、すごいね……」

「やるもんでしょう。でも彼女も凄いんだから」

 

 そういってトンクスが指すのは、銀髪の女性。

 見た目はトンクスと同じくらいに見えるが、顔つきが少々幼さを残している気がする。

 とろんとした目つきが特徴的だ。……先ほどまで寝てたからかもしれないが。

 

「彼女はアンジェラ・ハワード。今年ホグワーツを卒業したばかりの新人だが、かなりやり手の女だ。彼女も同じく名前で呼んでほしくないそうなので、ハワードと呼んでやってくれ。彼女は遠距離魔法が得意なので狙撃を任されている。そして《動物まがい(フェイカー)》だ」

「《動物まがい(フェイカー)》?」

 

 また知らない単語だ。

 一時期ハリーが目指した《動物もどき(アニメーガス)》とは別の物なのだろうか。

 そう思ってハワードを見てみれば、彼女の臙脂色の瞳が、鮮やかな黄色に変化した。輪郭を覆う銀髪もざわざわと動き、まるで羽根のように見えてくる。

 これが《動物まがい》の力?

 

「わたしは特定の動物の()()()()を引っ張ってこれるんですよぅ。いま使ってるのは大鷲の目。遠くまでよーく見えますし、動体視力もとんでもないですよぅ。まあ、夜はぜーんぜん見えませんけどぉ」

 

 なるほど、とハリーは頷く。

 全身を変えることはできずとも、一部分だけ変えることの利点が得られるわけか。

 どうやらこれは《動物もどき》とは違って先天的な能力のようで、魔法族がかつて行っていた変身術の影響が遺伝子に現れたうんたらかんたらという非常に小難しい説があるらしい。ハリーが将来もしも魔法史に関する学者になったとしたら、一度は論戦に携わるであろうもっともポピュラーな話題だ。

 ハリーはハワードと握手すると、ハワードは嬉しそうにぶんぶんと手を振ってくれた。

 

「んで、野郎どもだ。さっきから騒がしかったのは、アーロン・ウィンバリー。こうみえて戦闘技術は優秀な闇祓いで、中でも一、二を争うほどの実力を持つ男だ。口は悪いし顔も悪人顔だし、いつも一言多いのが珠に瑕ではあるが、本当に、それら以外は本当に優秀な男なんだ」

「なんだキングズリー! 随分と俺に文句がありそうじゃねェか!」

「ブラック取り逃し」

「すんませんっしたァ黙ってまァす」

 

 不満げに食って掛かった茶髪の男性は、なるほど確かに闇祓いというよりは犯罪者の方が似合う顔をしている。はっきり言ってハリーのように華奢な少女がこんなのに横を歩かれたら、一般人から通報されるレベルだ。

 ひょろりと背が高く、ローブの襟元から見える肌はよく日焼けしており、痩せているというわけではない鍛えられた身体をしているのが見て取れる。彫りの深い目元と無精ひげがよく似合っていた。

 しかしそんなに強い男ならば、一度その実力を見てみたいものだ。何らかの参考になるかもしれない。

 

「そしてその巨漢双子が、ボーンズ兄弟だ。右が兄のジャンで、左が弟のジョンだ。……なに、違う? すまんポッター、左右は逆だ。そして見ての通り無口というか照れ屋なもんだから、あまり過度なスキンシップは取らないでやってくれ。真っ赤になっておろおろする巨漢を見たいというのなら別だがな」

「ウス」

「ウッス」

 

 低く唸るように返事をした巨漢たちは、ハリーを数人分そろえたとしてもまだ彼らの方が重そうな、ずっしりとした筋肉質な身体をしている。

 握手すればなるほど、ちょっと赤くなっている。可愛いというか、少々不気味だ。

 そっと差し出された手帳を見てみれば、二人とも妻子持ちだそうだ。

 家族の写真には、ジャンとそっくりな女性がジャンとそっくりな息子を抱きかかえて、同じ顔が三人とも恐ろしい笑顔で映っている。なんだこれは、ギャグか? ジョンの写真はというと、犯罪なんじゃないのと言いたくなるような幼い見た目の女性が、これまた女性にそっくりな愛らしい少女と手をつないで、二人の後ろで悪鬼のような笑顔を浮かべるジョンが立っている。これはなんだ? 捕食シーンか?

 二人に礼を言って手帳を返すと、うんうんと笑顔で頷いている。低く漏れる唸り声のような笑い声がなければ威嚇されているのではと思うほど、滅茶苦茶怖い。ハリーは引き攣った笑みを返しておいた。

 

「さて、君を護衛する主要メンバーはあらかた紹介したかな」

「護衛? ……ああ、ブラックからですか」

「そうだ。ファッジはどうやら君がブラックに狙われていることを怖がるだろうと思っていてね。隠してやりたがっているが、私はそうは思わん。君は強い女の子だ、むしろ知っておいた方がいいだろう」

「ありがとうございます」

 

 これは有り難い事だ。

 何の説明もなしに闇祓いたちに囲まれていたら、精神が変になりそうだった。

 キングズリーが背広の懐から懐中時計を取り出すと、時計の表面から魔法陣のようなものが浮かび上がる。何かの魔法具かと思いきや、「そろそろ時間か」と呟いているあたり、本当にただの時計のようだ。

 キングズリーが扉に歩み寄り、手をかけて開いた。

 すると向こうには、壮年の男性が古風なスーツに身を包んで立っていた。

 魔法省大臣、コーネリウス・ファッジだ。

 

「やあやあハリー。はじめまして……だったかな?」

「ええ、初めまして大臣」

「うんうんよろしくな。この度はおばさんを膨らませるなんてやんちゃをしたようだが……調査の結果、君に罪はない! いやまぁ、あっても困るんだがね。でもありゃ流石にアレだよ、君。うん。なかったことにするには苦労したもんだが……ああいや、なんでもないよ。君は気にしなくてもいい。忘却術士が数人休みを返上して私が恨みを買った程度さ、何の問題もない」

「す、すみませんでした」

 

 恐縮したハリーは謝った。

 身を守るため……いや、カッとなってしまったせいで、迷惑をかけてしまったようだ。

 ハリーがそう頭を下げると、ファッジはとんでもないという顔をする。

 

「いやいやいや! あれには自己防衛が適用されている! だから未成年の魔法使用に関しても、何ら問題は無かったろう? うん?」

「ありがとうございます」

「いやいや! できた娘だ! こんな子の護衛だなんて光栄だとは思わんかねウィンバリー、え?」

「俺としちゃ、これ以上成長しなけりゃ結構好みなスレンダーボディだし嬉しゲボォァ!?」

「アーロンちゃんは黙ってましょうねぇ」

 

 話を振られたウィンバリーが余計なことを言う前に、ハワードが彼を蹴り飛ばした。

 ごろごろと転がっていく彼を見ても何ら動揺しないあたり、ファッジも見慣れているらしい。

 ハワードが小さく口を尖らせているのを、ハリーは見逃さなかった。なるほど、乙女ですな。

 ファッジがさて、と話を区切ると、(倒れ伏したウィンバリー以外)全員の視線が彼に集まる。

 

「ハリーの護衛は彼らで行う。申し訳ないけれど、ハリーは今年度あのマグルの家には戻れないと思ってくれ」

「大歓迎ですやったね万歳イェーイ」

「そ、そうかね。まあ、夏休みの残りはこの漏れ鍋で過ごしてくれたまえ。宿泊費についてはもうトムに支払っているから心配しなくていいよ。筋骨隆々な男たちと見目麗しい女性たちに囲まれてしまうことになるが、うん、まぁ我慢してくれたまえ。安全のためだ」

 

 ファッジがうんうんと満足そうに頷いている。

 確かにこの人数ならば、ブラックもそうおいそれとは襲ってこないだろう。

 のちにうっかりしたウィンバリーから事情を聞けば、やはり彼はヴォルデモートの手下でハリーを狙っているとのことだった。命が危ないのは毎度のことなので、別段動揺はしない。ついに麻痺してしまったかもしれない。

 では。と打ち切ったファッジは、どうやら忙しいようでこの後も仕事があるそうだ。

 

「それじゃあハリー。一応漏れ鍋の裏に吸魂鬼(ディメンター)を配置しておくから、本当に万が一のときは彼らがなんとかしてくれるだろう」

「吸魂鬼?」

 

 何かいま、ファッジが何か変な単語を言った気がする。

 闇祓いたちがそれに驚いて、一斉にファッジを責め立てるような言葉を発した。それに驚いたファッジが焦ってしどろもどろに言い訳をしているが、ハリーはそれどころではなくなる。

 ファッジが闇祓いたちに説明をしようとした時、ハリーは頭を殴られたような衝撃を受ける。

 その衝撃を放ったのは誰かと、ハリーはあたりを見回した。

 ……いた。

 窓だ。窓に、窓の外に何かいる。

 闇で編んだようなフードを被った、悍ましい何かが。

 隙間から見える口元はぽっかりと深い空洞になっており、かさぶただらけの肌は見るに堪えない醜さだ。ぴったりと窓に張り付いて、目など見えないがしっかりハリーを見つめていることがわかる。

 ハリーはその視線に囚われたかのように、瞬きすらできない金縛りにあってしまう。

 なにか、もう一生幸せにはなれないような、そんな最悪の気分。

 誰かの絶叫が聞こえた。

 誰かの悲鳴が聞こえた。

 誰かの哄笑が聞こえた。

 ああ、ごめんなさいバーノンおじさん。違うんです、この眼鏡はぼくがやったんじゃないんです。

 ごめんなさいペチュニアおばさん。でも、服を汚してしまったのは、ぼくのせいじゃないんです。

 やめてダドリー、痛いよ、やめて。もう泣かないから、痛いよ。お願いだ、痛いよ。痛いよう。

 ぼろぼろと涙が出て、がたがたと震えはじめたハリーは自分を強く抱きしめる。様子がおかしいことに気付いたトンクスがハリーに声をかけるものの、彼女にはどうやら聞こえていないようだ。がちがちと歯の根が合わないハリーを抱きしめて落ち着かせようとするものの、何かへの謝罪の言葉を繰り返すのみで、反応がない。

 ハワードが何かに気付いたかのように叫び、ベルトから杖を引き抜いて、なにやら叫ぶ。杖先から純白の大鷲が飛び出したかと思えば、窓が割って飛び出してゆくのが見えた。何か、何かが吹き飛んでいくのが見える。

 ハリーの意識はそこでぶつりと途切れ、意識は闇に落ちていった。

 

 

 知らない天井だ。

 何故か言わなければならなかった台詞を呟いて、ハリーは身を起こす。

 いや、起こそうとした。もぞりと身体が動いただけで、シーツがはらりと落ちる。

 外を見てみれば、どうやらまだ暗い。そんなに長い時間気を失っていたわけではないようだ。

 

「いいや、違うよハリー。二日後の夜さ。君は四十二時間くらい眠っていたんだよ」

 

 傍にいたトンクスが、信じられないことを言う。

 ホーとヘドウィグの声が聞こえる。まるで嘘ではないと言っているようだ。

 頑張って起き上がれば、どうやら服が変わっている。着替えさせてもらっていたようだ。

 それに関して礼を言うと、下着は洗って干してあると言われた。……なんだかこの最近、シモが緩いんじゃないかと呟くと、女の子がそういうことは言わない方がいいと注意されてしまう。面倒くさい。

 しかし、そうか。

 あの時ハリーが感じたのは、間違いなく恐怖と絶望だった。

 下着を汚してしまうほどの恐怖は今までたくさん味わってきたが、それを一度に凝縮したかのような濃密さと悪辣さ。とてもではないが、耐えきれるようなものではなかった。

 

「あれはですねぇ、吸魂鬼(ディメンター)っていう化け物ですよぅ」

 

 お湯の入っているらしい木桶を持って部屋に入ってきたハワードが言う。

 

「人の幸福を吸い取って糧にする、いわば魂版の吸血鬼ですぅ。もっとも忌まわしき闇の生物なんて言われてますけどぉ、あれでも魔法省の子飼いの生き物なんですよぅ。反吐が出まぁす」

 

 間延びした可愛らしい声で毒を吐いてきた。

 しかしなるほど、魂を吸う鬼ね。それで幸福を吸い取られて、あんなおぞましい記憶ばかりを思い出してしまったというわけか。それこそ、精神の限界を超えて気を失うほどに。

 なぜそんな危険な生き物をと聞いたところ、アズカバンの看守を任せているようだ。なるほど、あんな気持ちにさせられたならば凶悪犯罪者も脱獄しようなどとは考えまい。

 そしてそれに耐えきって脱獄したのが、シリウス・ブラックなのだ。

 あんな見た目からは想像もつかない、強靭な心を持っているらしい。あの絶望を感じたハリーからしてみれば、そんな心は『まともじゃない』強さだ。何か目的がないと、そんな強さは得られない。

 それがハリーを狙うことなのだろうか。

 そんな強さを生み出すほどに、狂おしくハリーを狙っているのだろうか。

 

「しかし困ったな。吸魂鬼にかち合うたびにこんなことになってたら、ハリーが社会的に死んじゃうよ。女としても人としても」

「嫌なことを言わないでよ、トンクス」

 

 だがその通りだ。

 話によれば、今年はホグワーツに吸魂鬼を配置するらしい。

 この闇祓いたちも学校に滞在して、ハリーを含め生徒たちの護衛につくらしいが、それでも人手不足は否めないのだ。なにせブラックの逮捕にも人数を裂かねばならない。優秀な彼ら六人をホグワーツに置いておくだけでもかなりの損失なのだろう。

 もし学校で。トイレに入ったら隣の個室から吸魂鬼がじゃんじゃじゃーん。そうしたらハリーは間違いなく漏らす。そんな自信がある。廊下で会おうが、教室で会おうが、所構わずそんな事態に落ちったらハリーの女としての人生は終わりだ。というか人としてアウトだ。

 

「トンクスちゃん、彼女には《守護霊》を教えた方がいいんじゃないですかぁ?」

「えー? でもこの子にできるかなあ。私あれの習得には半年かかったんだけど」

「それでも十分異常だと思いまぁす。わたし在学中から勉強してついこの前使えるようになったばかりなんですけどぉ。喧嘩売ってやがりますかぁ」

 

 互いの頬を引っ張り始めたトンクスとハワードを余所に、ハリーは夢想する。

 《守護霊魔法》、通称パトローナス。それは異常なまでに習得難易度の高い魔法で、文字通り術者の魔力を消費して守護霊を作り出す魔法だ。威力だけを考えれば下手な儀式魔法よりも高く、単体での多大な戦力を期待できる。

 魔法使いの戦いにおいて、もっとも隙が大きいのはもちろん、魔法を放つ時だ。杖を振り上げ、呪文を詠唱するその瞬間。魔法使いとは、いわゆる後衛のようなものだ。だからこそスピード重視で無言呪文や短縮呪文が重宝されるその中で、一人で前衛と後衛を使いこなすことのできる守護霊とは重要なものになる。

 それを学べるかもしれないのだ。しかも本職の、闇祓いから。

 

「ぼく、その魔法を覚えたい!」

 

 ハリーが言うと、二人は驚いた顔をする。

 トンクスはキングズリーからの忠告を思い出していた。

 この少女は優秀な魔女ではあるが、若干力に魅せられていると。パトローナスを教えて悪用はしないと思うものの、しかしその習得に至るまでに無茶をするかもしれない。

 というかあそこでハワードが実際に使った姿を見たうえに吸魂鬼に対して有効な呪文であることを知ったのだから、おそらく一人でも練習してしまうだろう。トンクスがそうだったので、その気持ちはよくわかる。そしてその危険性もよく知っている。

 そうなればむしろ、教えないと危険だ。

 困ったことになった。

 

「……まぁ、キングズリーが許可したらね」

「え、いいんですかぁ?」

「いいんじゃない?」

 

 結論から言えば、キングズリーは許可した。

 万が一ということもあるので、自衛手段があれば心強いというのが彼の言い分だった。

 講師役としては主にトンクスとハワードの女性二人が受け持つようだが、面白がったウィンバリーやボーンズ兄弟が、時間があれば入ってくるとも言っていた。現役闇祓いに教えを乞うなど、なんて贅沢なのだろう。とハリーは感動する。

 しかし、トンクスとハワードは師の影響らしく教育はスパルタ気味であることをウィンバリーから耳打ちされ、ハリーは軽く青褪めたのは余談である。

 

 

「ロンったらエジプト旅行に行っちゃったんだ」

「なになに? エジプト?」

 

 風呂上りにバスローブというあられもない恰好のまま、ハリーら三人は部屋で駄弁っていた。

 ハリーが気を失っている間にフクロウ便が届き、ウィーズリー家がガリオンくじで一等賞を当ててエジプト旅行へ行っていることが書かれていた。日刊預言者新聞の切り抜きでは、家族全員が如何にもエジプトですよって感じの服を着て写真に写っている。当然ながら写真は動いており、ロンが嫌がるスキャバーズを抱えて笑顔で手を振っているのをみて、ハリーは心が温かくなった。

 その笑顔を見られてからかわれてしまったものの、ハワードについて指摘すると顔を真っ赤にしてしまったので、からかい対象が二転三転して、とても楽しかった。

 

「ハッフルパフ寮での夜を思い出すなぁ。ウワー、いいなぁハリー。これからあと四年も学校に行けるんだもの。あれ、今年を入れたら五年かな?」

「レイブンクローだって女子寮はこんな感じでしたよぉ。暖かい暖炉の前でよくうたた寝して、風邪ひきそうになっちゃったものですぅ」

「へえ、ハワードさんって鷲寮だったの?」

「あー、知らなかったぁ? まぁ鷲はどちらかというとスリザリンの方と仲良いですしねぇ。でも君のことはよーく知ってましたよぅ。スコーピウスちゃんが時折わたしに愚痴ってきましたからねぇ」

 

 多少地味な学生生活を送っていたハワードを慰めながら、その日は早めに就寝した。

 翌朝、眠りっぱなしで警護をサボったらしいハワードが寝間着のままキングズリーに怒られているのを尻目に、ハリーは朝食を食べていた。

 サラダとベーコンエッグ、そしてシナモンの利いたフレンチトースト。そして酸っぱくも爽やかなオレンジジュースだ。フレンチトーストが甘くて美味しくて、とても幸せな気分になる。

 その後はさっそく守護霊の練習……ではなく、魔法式や魔法理論のお勉強だった。

 ウィンバリーは闇祓いの中でも守護霊を苦手としているため、これにはさっぱりだと言って近寄りもしなかった。意外なのはボーンズ兄弟で、彼らは二人ともレイブンクロー出身。当時の主席と次席を取っていたそうだ。だが無口なまま授業をするので、なんというか、重苦しかった。悪鬼と悪魔のような微笑みを浮かべる二人に囲まれて行う勉強は、まさしく拷問である。

 

「要するに、魔力運用と同時に感情制御の式も混ぜないといけないのよ」

「でもぉ、重複させちゃだめですよぅ。無駄に循環しちゃって暴発しちゃいますからぁ。そうなると有体守護霊ではなく無形守護霊とよばれる、えーっとぉ、霧とかスプレーみたいな形になっちゃいますぅ」

「そうなると威力が半減する割に、消費魔力が倍くらいになるわけよ。ウィンバリーはこれね。あいつ下手くそなのよ」

「うォいトンクス! なんか言ったかゴルァ!」

 

 ハリーは自分が結構頭のいい部類であることを自覚していたというのに、何を言われているのかちんぷんかんぷんであった。

 教えもしないというのに、時々ウィンバリーが邪魔しに来て集中力が乱されたというのも理由の一つだろう。というか確実にそうだ。ちょっかいをかけに来るタイミングが悪すぎる。

 

「おう、ハリエット・ポッター。おめー身体強化呪文使えるんだってな。俺もあれ得意なんだよ。稽古つけてやんよ、ちょっくらやってみせろやァ」

「えっと、いまスカートなので着替えてきてもいいですか」

「だめに決まってんだろ! 俺は見たいぞその純白のゴボベギャボァア」

 

 セクハラを受けたハリーの回し蹴りを顎に喰らって吹き飛ぶウィンバリーに皆が見慣れた頃、グレンジャー家が漏れ鍋に到着した。

 ハリーとの連絡を受けて、予定を変更してこちらに来るようにしたとのことだ。

 久々に会って抱き合い喜びを示すものの、ハリーの成長に気付いたハーマイオニーとあわや戦争になるところだった。近くに貧しい女の敵であるハワードが居なければ、きっと勃発していた。いったい何食ったらああなるのだろう。

 その次の日。ハリーはウィンバリーと模擬戦を行っていた。ハーマイオニーは同じく座学に強いキングズリーやボーンズ兄弟から法律関係や魔法関係の手ほどきを受けているようだが、こちらはガチガチの実戦形式である。

 

「オラオラオラァ! 遅ェんだよォア!」

「どんだけきめ細やかな魔力運用なんだよ! 一瞬も途切れてないじゃないか!」

「ったりめェだゴルァ! 二十四時間身体強化できてこそ一人前ってんだよガキがァ!」

 

 いくらジョン・ボーンズが治癒魔法を得意としているとは言っても、ウィンバリーの攻撃は苛烈だった。女であるため手加減だとかそういう意思は一切なく、顔も胸も腹も容赦なく狙ってくる。

 実際に喰らうと困るものの、しかしハリーにとっては有り難かった。

 クィレル然り、リドル然り、闇の魔法使いたちが「女の子なので手加減しますね」などと言ってくれるような甘っちょろい存在でないことはよくわかっているつもりだ。

 なのでこの模擬戦は、実に実戦に近かった。

 窓からこれを見ていたらしいハーマイオニーが、風呂の中で「あれ魔法使いの戦い方じゃないでしょ」と言ってきたが、確かにそう思う。杖を使ったのは五回にも満たないほどであったし、しかもそのどれもが物理的に効果を及ぼす魔法だった。脳筋魔法使いにもほどがある。

 その次の日は、ウィンバリーとハワードがブラック捜索の方に回されたため、訓練はお休みにした。

 代わりにグレンジャー夫妻を伴ってダイアゴン横丁を巡り、今年の教科書をそろえる。その中で一番気になったのが、今年から受けることになる授業についてだ。

 三年生からは選択授業というものがあり、将来なりたい職業によって好きなものを受けることができる。ハーマイオニーはなんと驚くべきことに、全ての授業を受ける腹積もりのようだ。

 

「いやいや、それは時間的に無理でしょ?」

「ふふ。ハリー、じつはそうでもないのよね」

 

 そう言ってハーマイオニーが見せてくれたのは、魔法省認可の許可証だった。

 《逆転時計(タイムターナー)使用許可証》。なんだろう、その逆転時計というのは。

 

「要するに時間を戻す時計なのよ」

「ハァ!? なんだその大魔術!? 儀式もなしにどうやってそんな、えっ、なにその魔道具。いったい何億ガリオンするんだよそれ」

「値段なんてつけられないでしょうよ。ホグワーツではこうやって学習意欲のある生徒のために、こういう魔道具を貸し出す制度が昔あったみたいなの。ちなみにこの制度が適用できる生徒は五〇年ぶりだそうよ」

「なんというか、まあ。無理はしないようにね」

 

 このスケジュールだとちょっと無理はしないとならないから、心配させちゃいけないしロンには内緒ねと釘を刺されてしまった。彼はそんなに口が軽いだろうか。

 ハリーはそんな無茶なことをせず、普通に魔法生物飼育学と古代ルーン文字学の二つを学ぶことにした。ハーマイオニー曰く、魔法生物のことを知れば対処ができるようになるし、古代ルーン文字を学べばワンアクションで大魔術を行使することもできるようになるとのことでの選択だ。

 あなた戦うことに快感を覚えてきてない? と言うハーマイオニーの耳の痛い言葉をスルーして、ハリーは教科書指定されている本を指差した。

 

「ほ、ほらハーマイオニー。魔法生物飼育学の本はあれだってさ!」

 

 ハーマイオニーがハリーの指差した先を見てみれば、何といえばいいのだろう。地獄絵図があった。

 鋭い牙を生やした本同士が共食いをしている。そう言えばわかるかもしれないが、とにかくそういう光景が目の前に広がっていた。本屋だというのに頑丈な檻の中で、口をばくばくさせるように動く本が互いを襲いあっている。

 どういうことだろうかこれは。

 

「もう嫌だ! 《透明術の透明本》を仕入れたときが最悪だと思ったのに! なんだこいつら、なんで大人しくしないん――あいたっ! こいつ噛みやがった! もう嫌だ! もういやだァ――ッ!」

 

 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の店員が嘆いているのに構わず、本を二冊注文する。

 あれを捕まえるのかと絶望の表情をされたが、仕方ない。学用品なので仕方ない。

 実のところ、ハリーはあれをハグリッドから贈られていた。誕生日の前祝い、とのことでプレゼントされたのだ。だが開封して即襲い掛かってきたアレに驚いて悲鳴を上げたところ、部屋になだれ込んできたトンクスによって木端微塵に爆砕されてしまったのだ。

 キングズリーに説教されるトンクスを尻目に、ハワードから代金を貰って「申し訳ないけれどこれで代わりを買ってくださいねぇ」とのことだった。

 相当お冠だったキングズリーに睨まれるのも嫌だったので、こうしてさっさとダイアゴン横丁にでかけたというわけだ。

 《怪物的な怪物の本》。まさにその題字に偽りなしである。

 

「見てハリー。この子、クルックシャンクスって名前にしたのよ! 可愛いでしょう」

「やばいな。この壁に正面衝突したみたいな顔とか愛らしすぎる」

「でしょう? すごいわ、びっくりよ、もう」

「親馬鹿だなあ」

 

 ハリーの誕生日は漏れ鍋で祝うことになった。

 グレンジャー一家含め、その日別件でいなかったキングズリーとウィンバリーを除いた闇祓いの人たちも一緒だ。

 プレゼントとしてハーマイオニーは《箒磨きセット》を、ロンはフクロウ便で《隠れん防止器(スニースコープ)》なる防犯グッズをプレゼントしてくれた。

 箒磨きセットの方はクィディッチをやっていたトンクスやボーンズ兄弟の注目を集め、隠れん防止器についてはこれは便利な品ですよぅとハワードに絶賛された。マグルであるグレンジャー夫妻はどれもこれも珍しいようで、しかし好奇心が強いのかどの魔法の品に対しても面白がっていて見ていて微笑ましかった。

 誕生日ケーキはトムが奮発してくれたチョコレート・ケーキで、とても甘くて頬が落ちてしまいそうなものだった。トムに礼を言うと、照れたように引っ込んでしまったので皆で笑いあう。

 その日の晩、にぎやかな誕生日を過ごしたのは初めてだと感極まったハリーが嬉し泣きをしてしまったことを除いては、終始笑顔の、とても素晴らしい十三歳の誕生日である。

 

「ハリー、集中するの!」

「一番幸せな記憶を思い出しながら、それを魔法式に組み込むんですぅ。イメージを崩しちゃだめですよぉ!」

 

 《守護霊》魔法の練習だ。

 夏休みも残すところあと一日。

 城に行ったとしても闇祓いたちに会えなくなるわけではないが、頻度は格段に下がるだろう。そうなってしまう前に、なんとしても《守護霊》を会得する必要があった。そうしないと吸魂鬼に遭遇した場合には世間的に殺害されてしまう。

 ハリーは幸せだったことを思い浮かべながら、その風景を魔法式に組み込む。多幸感に胸が暖かくなり、ハリーはその時はじめて「できる」と確信した。

 

「『エクスペクト・パトローナム』、守護霊よ来たれ!」

 

 目を閉じたままのハリーがそう叫ぶと、杖がぶるりと震えた。

 そうして杖先からあふれ出したのは、銀色の霧。本当にスプレーのように放射状に広がっている。

 それを見たトンクスが歓声を上げ、ハワードが笑顔で頷く。ハーマイオニーは驚愕していた。

 

「よっしゃあ! できたぁ! やったぁ!」

「す、すごいよハリー! 有体守護霊じゃないとしても、たった一ヵ月かそこらでモノにしちゃうなんて! アラスターが知ったらなんて言うか!」

「とんでもない子ですねぇ。……わたしはそこに至るまで半年かかりましたよぅ。くそぉ」

「ハリーあなた、どんどん人間離れしていくわね……」

 

 トンクスと抱き合って喜んでいると、うるせーぞと隣の部屋のウィンバリーが壁越しに叫ぶ。

 ちょうどいいから驚かせてやろうということで、ウィンバリーたち男性陣の部屋に飛び込んで守護霊を見せつけようとしたが、杖を向けられたことで怒ったウィンバリーに放り投げられた。結局この夏休みの間、ハリーは無精ひげの悪党面からは一本もとることができなかった。上には上がいることを再確認して、慢心しないようにとキングズリーの話が身に染みる出来事であった。

 午後になるとウィーズリー家の面々が煙突ネットワークを通して現れた。

 まず最初に出てきたアーサーはキングズリーと抱き合い、仲がいいことを見せてくれる。どうやらキングズリーが闇祓いになる前、かつては同じ部署だったらしい。

 モリーはハリーとハーマイオニーを抱きしめてキスをし、トンクスとハワードと近況報告をしていた。何らかのグループに属しているような会話だったが、少し遠くに行ってしまったので何の話かまでは分からずじまいである。

 早くも制服に着替えているパーシーは、胸を反らして偉そうに歩いている。ハリーとハーマイオニーの前を通るときにわざわざ胸のバッジを見せつけてくることから、それについて驚いて質問して欲しいのがよくわかった。

 なので無視してフレッドとジョージの語るエジプトの魔法使いがどれほどぶっ飛んでいて奇抜な魔法を考え付くかという話に夢中になった。

 不貞腐れ始めたパーシーを適当に慰めながら、ハリーはロンを抱きしめて頬にキスをする。びっくりして目を白黒させるロンを笑いながら、久々に親友たちに会えたことを心から喜んだのだった。

 

 キングズ・クロス駅。

 今年こそはちゃんと構内に入れることができて、ハリーは大いに安堵した。

 トランクを荷物入れに押し込んでから、あいてるコンパートメントを探して歩き回る。パーシーは「いいかい、僕は主席! なんだ。いいね、もう一度言ってあげるよ。しゅ・せェ・きィィィッ! だから専用のコンパートメントに行かなくっちゃいけなやめるんだジョージ! こらフレッド! 主席バッジのHBを改変するなと言ってるんだ! これじゃ主 席(Head Boy)じゃなくて 石 頭 (Humungous Bighead)だろーが! やめっ、ちょ、おま」と言って別の車両へ移ってしまった。

 フレッドとジョージについてジニーも行ってしまい、残るはハリーら三人だけだ。

 出発前になって、アーサーがハリーに手招きしてくる。

 ホグワーツ特急が発つまでにあと十分もないというのに、何の用だろうか。

 

「ハリー。ハリーや、君には言っておかないといけないことがある」

 

 何だろう。

 なんだか深刻な顔をしているが、あまりいい予感はしない。

 陽気な彼がこんな顔をするのだ。いい話であるはずがない。

 

「もうファッジから聞いてはいると思うけれど」

「ああ、ブラックですか?」

「う、うん。その彼の話だ」

 

 名前を聞いて少々動揺したアーサーは、少し怯えているようにも見たがそれでもハリーを心配している様子が見て取れた。

 大人しく話の続きを待っているハリーに微笑んで、アーサーは言葉を続ける。

 

「私は、事件を起こす前の彼のことを知っている」

「ブラックの?」

「ああ。少々キツいところもあったが人当たりのいい好青年で、とてもじゃないが理由も無しに人を殺すような男ではなかった。だが、彼はヴォルデモートの配下だったとされている。彼を知る者、友人、その全てを欺いて」

 

 人を欺くということ。

 ハリーはあまりそういうことをした覚えはないつもりであるが、それでも大事なことを黙っているということはあった。一年生の、あの一年間である。

 呪いの事を黙って、ハーマイオニーとロンのことを信じ切れずに拒絶した。

 それがどんな気持だったか、ハリーは今でも時折、夢に見てしまう。

 一言で言えば、闇だ。

 真っ暗なコールタールのような箱の中に閉じ込められたような、あの感覚。

 手を伸ばそうにも粘着質な液体に絡めとられて、そのどす黒い汚れを押しつけたくなくて、手を引っ込めてしまうあの感覚。

 それに耐え切ったどころか、跳ねのけて裏切りを決行した。そうなるとブラックは、その名以上に、鋼のような漆黒の意思を持っていたということになる。

 ハリーにはその気持ちが信じられない。

 その強すぎる意思が、ハリーに魔手を伸ばそうとしている事が恐ろしい。

 

「いいね。何があろうと、何を知ろうと。彼を追おうなどとは思わないでくれ」

「……追うって、なぜ?」

 

 なぜ追う必要がある?

 自分を殺しに来る凶悪犯を、何故自ら……?

 

「お願いだ。いいね、誓ってくれ。何があっても、何を聞いても――」

「アーサー、急いで!」

 

 モリーの声が鋭く飛んでくる。

 見れば、ホグワーツ特急が白い煙を吐き出していた。

 出発してしまう。

 

「アーサーおじさん。でも、いったい何故……」

「頼むよ、ハリー!」

 

 ハリーが汽車に飛び乗る。

 煙を吐きだすやかましい音にまぎれて、アーサーの声がハリーの耳に届く。

 真剣で、とてもではないが忘れられない声だった。

 

「なにがあっても、シリウス・ブラックを探そうとはしないでくれ!」

 




【変更点】
・ハリーも大人の女性へ。
・キングズリー、トンクス含め闇祓いたちと面識を持つ。
・死を回避するために守護霊を習得(未熟)。
・ハリーの強化計画はまだまだ続く。

【オリジナルキャラ】
『アンジェラ・ハワード』
 本物語オリジナル。動物まがい(猛禽類)の女性闇祓い。
 銀髪の美人。間延びした敬語で話すのんびりした性格。ウィンバリーを意識している。

『アーロン・ウィンバリー』
 本物語オリジナル。身体強化魔法を得意とする闇祓い。
 高身長の茶髪無精ひげ。悪人面で女好きだが、余計なひと言でムードメーカーとなる。

『ジャン・ボーンズ&ジョン・ボーンズ』
 本物語オリジナル。兄のジャンは補助魔法、弟のジョンは治癒魔法を得意とする闇祓い。
 南米系の巨漢。二人とも無口で照れ屋だが、両方とも妻子持ち。ふざけんな。

今回はオリキャラ含め、闇祓いたちとハリーの交流でした。
この時点で拙作のハリーと闇祓いが出会ったら強化イベントが起きるのは必須。でもこのハリーはディメンターと出会ったら失神じゃ済まないので……仕方ないんです(言い訳)。
あと今回ハリーの服が大変なことになってますが、別にエロスじゃないんです。これは彼女の成長物語だから仕方ないんです。原作ハリーだってきっと舞台裏でチョウの夢でも見てますよきっと。だからエロくない。そうだ。
さてブラックがあんな身体能力を見せたせいで、パワーインフレが着々と進んでまいります。これがスーパーハリエット3だ!とかにならないよう頑張ります。まる。

※誤字訂正

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