ハリー・ポッター -Harry Must Die-   作:リョース

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3.リーマス・ルーピン

 ハリーは頬づえをついて、ハーマイオニーとロンとの三人で会話を楽しんでいた。

 ロンが夏休み中にハリーが行ったことを聞いて、口笛を鳴らす。

 

「じゃあハリー、きみ《守護霊》を作り出したってこと? おったまげー! それってきみ、えーっと、えーっと、ヤモリ試験レベルだよ!」

N.E.W.T.( イ モ リ )よ、ロン。イ、モ、リ! 両生類と爬虫類で全然別物じゃないの」

「似たようなもんだろ。でもすっげーなぁ。僕もなにか簡単なの教えてもらおうかなぁ」

「実際にその魔法を食らって覚えさせられるスパルタ教育を受けたいならお好きにどうぞ、ロン?」

「やめておく」

 

 ハリーが大げさに言っているのだろうとロンは思っているが、ハーマイオニーはそれが真実であることを知っている。ウィンバリーやトンクスの手によって人形のように吹っ飛んでいくハリーを見るのは、実に心臓に悪かった。

 田園地帯を抜けて、ホグワーツ特急は大きな橋にさしかかる。

 日が暮れはじめたので時間としてはあと一時間ほどでホグワーツかというところで、汽車が変な振動をした。まるで止まる時のような揺れ方だなと思いきや、外を見れば本当に速度が落ちている。

 いったい何事かとコンパートメントのドアから出てみれば、廊下を覗き見る生徒たちの頭がたくさんあった。車内アナウンスが『一時停車します、出発時刻は十五分後です』と言ってくれなければ、故障か何かだと思われただろう。

 よりにもよってこんなところで停車しなくてもと思うが、いまさら魔法界の非常識さを議論したところで始まらない。

 しかしその時、ロンが声を上げたことではっきり異常事態であることがわかった。

 

「……誰か乗ってくる! えっ、ウソだろう? 誰を乗せるって言うんだ?」

 

 窓に手を置いて、頬がくっつくほどに窓に顔を寄せて外を覗くロン。

 誰かが入ってくるだって? それは、それは……なんだ? どういう状況だ?

 ハーマイオニーと顔を見合わせても、頭を横に振られる。彼女も分からないとなると、本当になんなのかわからない。

 

「……あっ、ロン! 窓から離れて!」

 

 はっとした表情になったハーマイオニーが、ロンに向かって叫ぶ。

 ほぁ? とマヌケな声を出したロンを無理矢理引き剥がす為か、ハーマイオニーは杖を振ってロンを窓から弾き飛ばした。その勢いでハリーがロンの長身に押し倒されて下敷きになってしまったが、些細なことだ。

 腹の上のロンの頭を押しのけてハリーが見上げてみれば、窓がものすごい勢いで真っ白になり、ぴきぴきと細かい音を立てているところだった。あのままロンがくっついていれば、そのまま離れることはできなかっただろう。無論のこと、皮膚ごと剥がせば別である。

 ようやくハリーの上から退いたロンが、廊下から聞こえてくる声を不審がってコンパートメントから顔を出す。

 そしてすぐに引っ込めて、真っ青になった顔でこちらにやってくる。

 

「うわ、何だよ?」

「きゃっ。ろ、ロン?」

 

 ロンは青褪めたまま、ハリーとハーマイオニーの肩を乱暴に掴んで、コンパートメントの奥に押しやった。そしてロン自身は、腰が抜けた様子だが廊下に向かって両手を広げている。

 そこで二人は気づいた。ロンは、ハリーとハーマイオニーを背中に隠しているのだ。

 ほどなくして三人は、うなじから背骨にかけて氷柱を差し込まれたような感覚に陥った。

 ……廊下の窓から、何者かがこちらを見ている。

 黒いローブ。虚空のような口。闇そのものが現出したかのような禍々しさ。

 吸魂鬼(ディメンター)だ。

 早くも意識が朦朧とし始めたハリーは、二人を精一杯抱きしめる。

 二人とも冷たくかじかんでいるものの、それでもハリーより体温が高い。暖かい。

 その暖かさを得られたことの幸せを噛み締めながら、その気持ちを魔法式の根底に組み込む。

 安定式を編み込み、出力式を区切り、変換式を定着させ、発動式を起動する。

 ぼくの幸せを、持っていかせてたまるものか――!

 

「『エクッ、ス……ペクト・パトローナム』! しゅ、守護霊よ来たれぇっ!」

 

 懐から杖を抜き放ちながら呪文を唱えると、杖先から白銀の弾丸のようなものが勢いよく飛び出した。それは窓ガラスを叩き割ると、吸魂鬼の胸に突き刺さった。

 分厚いガラスをナイフで引き裂くような悲鳴を上げた吸魂鬼は、胸を押さえて去ってゆく。

 杖を向けたまま、ハリーはぼろぼろと涙をこぼしながら肩で息をする。

 できた。

 実際に吸魂鬼と相対したのは二度目なのに、撃退できたのだ。

 無形守護霊にも満たない、できそこないの欠片みたいな守護霊だけど、それでも二人を守れた。

 ハリーが抱きしめる二人の身体はまだ暖かい。それは吸魂鬼に幸福を吸われていないことの証左に違いない。ハリーは二人を、二人の心を守ることができたのだ。

 

「ハリー、ハリー! 大丈夫? ねぇ大丈夫なの!?」

「そんな泣いてちゃわからないよ、どこか痛むかい?」

 

 ひっくひっくと嗚咽を漏らし始めたハリーを心配して、二人が声をかけてくる。

 ハリーはそんな二人に対して一言、

 

「抱きしめて」

 

 という言葉だけを絞り出した。

 困惑しながらも、団子になって二人はハリーの小柄な体を抱きしめる。

 しばらくの間、コンパートメントの中に響いているのはハリーが鼻をすする音だけ。

 がらり、とコンパートメントの扉が開いたのはそんな時だ。

 

「この個室の子たちは大丈夫か――いや、大丈夫そうじゃないね」

「あんたは?」

 

 突然やってきたのは、みすぼらしいなりをした男性だった。

 ロンが警戒を隠しもしない声を出す。

 顔を見るに三〇代ほどであるだろうが、ずいぶんと老け込んでいる。白髪の目立つ鳶色の髪はしおれたように垂れ下がっており、ファッションではなく剃り忘れたのであろう無精ひげがより貧相さを増す。

 だが、その眼だけは。目だけは強く光を宿して、ハリーを真っ直ぐに見据えていた。

 

「私はリーマス・ルーピン。今年度から闇の魔術に対する防衛術の教授を受け持つ……まあ、要するに新しい先生だよ」

 

 ルーピンがそう名乗っても、ロンは信じてくれなかったようだ。

 警戒心を露わにされて、ルーピンは苦々しげに微笑む。ハーマイオニーが証拠の提示を要求したところ、ダンブルドアから教職に就く依頼の為の手紙を、ボロボロの鞄から取り出して見せてきた。

 ……なるほど確かにダンブルドアの字で、ダンブルドアの印が押してある。

 彼の印を奪ったり盗んだりできるような者がいるとは思えない以上、これは本物だろう。

 つまり彼は本物の教授である。

 

「しっつれいしましたァん!」

「いや、慣れてるからね。気にしないでいいよ」

 

 ジャパニーズドゲーザを繰り出すロンに、ルーピンは優しく微笑んだ。

 そして彼はコートのポケットから何やらチョコレートを取り出すと、パキンと折って三人に手渡す。どうやら、吸魂鬼によって幸福を吸われた際の応急処置になるらしい。

 ただのお菓子がどうしてそんなことに、と思いながらハーマイオニーが口にすると、まろやかにとろける甘みが全身に広がって、軽くではあるが重くなった心が救われたような気持ちで満たされた。

 未だにハーマイオニーの胸の中で震えるハリーの口にチョコレートを放り込むと、涙も引っ込んでようやく震えも収まったようだ。青白い顔ながらも、ルーピンに対して頭を下げて礼を示した。

 ルーピンは頷くと、他のコンパートメントの子たちにも渡してくるからと言い残してその場を去る。

 ハーマイオニーとロンは、ハリーを宥めて落ち着かせて、ようやく座ることができた。

 いまだに少し顔色が悪いものの、ようやく普通に話すことのできるようになったハリーと会話を進める。話題は主に、先ほどのことだ。

 

「吸魂鬼。アズカバンの看守ね。鬼と名がついてるけれど、吸血鬼や日本の鬼とは全くの別物よ。人間の魂や幸福感を吸い取って生きながらえる絶望の象徴。というか人の心という器から溢れた闇が、凝り固まってできるモノとされているわ。つまり便宜上は鬼扱いしてはいるけれど、ヒト種としてはおろか魔法生物としてすら認められていないの。ヒトの悪感情から生まれるから、『あの人』によって暗黒時代を経験して間もないイギリスが全世界で最も生息数が多いわ」

「それってやっぱり、『例のあの人』が吸魂鬼を増やしてたってことなのかな」

「直接的ではないにしろ、結果的にはそういうことになるわね。なにせ世間一般では力を失って逃げた、または死んだと言われているのになお名前を呼ぶことすら恐怖しているンだ物、いまもイギリス国内のどこかで新たな吸魂鬼が()()()()()()はずよ」

 

 ハワードは吸血鬼の魂版みたいなもの、と言っていたが、恐らく気遣っていたのだろう。

 ここまでおぞましいモノだとは思わなかった。銀髪の美女に感謝の思いを馳せながら、ハリーは続きを促す。反応がイイことに気分を良くしたハーマイオニーは、解説を続けた。

 

「さっき言った通り、吸魂鬼はアズカバンの看守を任されているわ。理由は簡単、囚人たちの幸福感を吸い取らせて、脱獄を防止するとともに絶望感に苛まれるという刑罰も兼ねて、危険すぎる吸魂鬼をアズカバンという一つの場所に留めるためよ。幸せな光景が想像できなくなる……違うわね、想像する傍から吸い取られていくのだから、脱獄した先でうまくいくか、そもそも脱獄自体がうまくいかないと思ってしまうのよ。だから今まで脱獄できた人は皆無だったの」

「……ハーマイオニー、つまりアズカバンが英国魔法界において最高最悪の監獄ってこと?」

「そうなるわね。ヌルメンガードは特殊すぎるからまた別物だけど……英国国内だと、アズカバンが一番だわよ。他の国の魔法界には、もっと恐ろしい監獄があるって話だけど、聞きたい?」

「や、やめとく」

 

 引き攣った顔のロンが話を打ち切ると、ハーマイオニーが少し不機嫌そうな顔をする。

 しかし監獄の話で盛り上がる十三歳の男女というのもとんでもない図だ。やめた方が賢明だろう。

 ホグワーツ特急は間もなく走り始め、城へ向かって進んでゆく。

 途中、ロンのスキャバーズに向かってハーマイオニーのクルックシャンクスが飛び掛かるという事件が起きたものの、それ以外は特に何もなく平和であった。

 汽車から降りる最中にも口喧嘩をする二人を悲しそうな目で見つめるハリーに気付いたハーマイオニーとロンは、とりあえず停戦協定を結ぶことにした。あんな捨て犬のような目で見られたら、怒りも霧散しようというものだ。

 

「え? うわあ!? な、なんだアレ!?」

 

 しかしハリーを気遣っていた二人は、その当人の素っ頓狂な声によって意識を裂かれる。

 ハリーが小柄な体をさらに縮こまらせて、馬車の方を見ているのだ。

 

「ああ、アレ? さすがホグワーツだよなあ。()()()()()()()なんて」

「馬がいない? いるじゃないか、あんな物凄い見た目の馬が! いや馬かアレ? とにかくいるだろう、あんな目立つのが見えないのか、ロン?」

「ハリー? あなた何を言っているの? 馬車には何も繋がれていないわよ?」

 

 ハリーは青褪めた。

 吸魂鬼のせいで若干心が弱っているこのタイミングで、他の人には見えないモノを見るだって?

 不吉だ。不吉すぎる。

 これ以上不審がられても損するだけだと割り切ったハリーは、ぼくにしか見えない何かがいるんだろうということで自分を納得させた。

 馬車に乗るとき、またハーマイオニーとロンの腕をそれぞれ抱きしめてしまったのは仕方ないだろう。

 

「また、一年がやってくる!」

 

 大広間でダンブルドアが朗々とした声で話す。

 ご馳走を今か今かと待ち構えている生徒たちを前にしたあの老人は、長話など置いといて先に腹を満たせと言うことのできる変人の部類である。

 だが今年は違うようだ。

 片手を高く上げ、生徒たちに静かにするよう指図する。

 しん、と静まり返った大広間で「よろしい」と呟くと、ダンブルドアは話を続けた。

 

「ご馳走や友との語らいで暖まった身体と心を冷やしてしまわぬように、暖まる前の諸君らにまず言っておくことがある。夏休みの間、アズカバンからシリウス・ブラックが脱獄したという話はご存じじゃろう」

 

 ブラックの名に動揺するざわめきが、一瞬だけ湧く。

 ダンブルドアの話の続きがみな気になるのだ。

 

「魔法省は今年度、ホグワーツにアズカバンの看守である吸魂鬼を設置することに決めた。これは諸君らの安全を考えたことであり、我が校の同意の上でのことじゃ」

 

 ハリーは内心、「そんな!」と叫びたかった。

 廊下であんなものにすれ違ったとしても挨拶できるはずがない。

 即座に杖を向けて追い払わなければ、ハリーは安心して眠ることができないだろう。

 

「ただし、奴らには君たちに接触する権利を与えておらん。ゆえに奴らと接触しさえしなければ、諸君らの心の安全は保たれていると言ってよい。そう、こちらから接触しなければ、じゃ。よいな。あれらに、君たちを害する理由を与えるでない。吸魂鬼には生半可な呪文は効かぬ。奴らの目を欺くことも出来ぬ。たとえ透明術や透明マントを使っていても同じ事じゃ。奴らは心の動きで物事を見る存在じゃからして、不審なことはしないように。繰り返そう、奴らに君たちを害する理由を、決して与えるでない。わかってくれるかの?」

 

 生徒たちが一人ひとり、神妙に頷くのを確認したのか、ダンブルドアはにっこりと微笑んだ。  

 そして両手をパンと叩く。

 ここからは楽しいお話じゃとでも言うようなその笑顔に、空気が緩んだのがわかった。

 

「さて、さて。嫌なお話ばかりではない。……いやあ、そうじゃな。やっぱりやーめたっと。わしも腹減ったからの! 先に宴じゃ! ほれ、食え!」

 

 緩み過ぎだ、とハリーは思う。

 目の前のテーブルに大量のご馳走が湧いて出たのを前に、ハリーはため息を吐いた。

 隣で苦笑いしているハーマイオニーと頷き合うと、まぁお腹を満たそうということで料理を取り皿に取り分けるのであった。

 

 しゃきしゃきの玉ねぎと共にローストビーフを口に含んだハリーが、その紙に気付いたのは年度初めの宴も中盤になってからだった。

 まず誰からだろうとサインを見てみると、なんと屋敷しもべのヨーコからだ。

 へー、と思いながら内容を読んでみて、ハリーは後悔した。

 

――申し上げます、ミス・ポッター。お食事中に無礼とは思いますがどうぞ、お許し()()()()くださいまし。貴方様が昨年仰っていたブッ飛んだ屋敷しもべのことなのですが、恐らく今年度からホグワーツで働くドビーという者ではないでしょうか。もしそうならば精神衛生上お気を付け下さいと、僭越ながらもご忠告いたします。

 P.S.御口直しというわけではありませんが、依然ご所望なさっていた品をお召し上がりください。

 

 あれが居るのか、この城に。

 溜め息をつきたい気持ちと共に、ハリーはヨーコに若干の恨みと感謝をささげた。

 唐突に会ったら悲鳴を上げていたかもしれない。あれにはどうしても苦手意識が芽生えてしまった。

 御口直しとはなんだろうと思ったハリーが皿を見てみれば、沸いてきたのはイギリスではお目にかかれない料理であった。

 ハーマイオニーが「うわぁ」という顔をしているものの、ハリーにとっては気にならない。

 確かに見た目は酷い。なんでこんな色をチョイスしたのか。

 

「……カレーライス、ねぇ」

 

 炊き上げた白米の上に、ルーと呼ばれるスパイスソースをかけた日本の食べ物。

 もとはインドから伝わったとされているそうだが、パチル姉妹曰く「あんなもの知らない」だそうだ。

 ハリーはスプーンでご飯を掬い、その上にルーを絡めて口に放り込んでみた。

 ……うん、……うん。

 なんと言えばいいのだろう。辛いというか、何というか。

 いや、まずくはない。むしろうまい。ハリーにとってかなり好きな部類で、お気に入りの一つになりそうだ。だが、なのだが、なんというか、周囲の視線が物凄い。そんなにヘンだろうか、これ。お前ら変なこと考えてるんじゃないだろうな……。

 妙に気疲れする夕食を食べ終えた頃、マクゴナガルが鈴を鳴らすような音を杖先から響かせた。

 思い思いに談笑していた生徒たちも、声を潜めて話を聞く姿勢に入る。

 髭についたカレールーを躍起になって取り除いていたダンブルドアが、立ち上がって咳払いした。

 

「さて。げぷ。おっと失礼。さてと、んでは話の続きを始めようかの。先ほどは嫌な話ばかりしたが、何も悪い事ばかりとは限らん。今年度から新しく、闇の魔術に対する防衛術を担当する先生をお招きできたことは幸いじゃ。紹介しよう、リーマス・ルーピン先生じゃ」

 

 教師テーブルの左端から、一人の男性が立ち上がった。

 よれよれのコートを着たみすぼらしい男性。ホグワーツ特急でチョコレートをくれた人だ。

 鳴る拍手もまばらであるあたり、確かに見た目ではあまり期待できそうにない。

 なんだか押せば倒れてそのまま死んでしまいそうな気がするからだ。

 

「そして次に、魔法生物飼育学のシルバヌス・ケトルバーン教授がお辞めになられた。手足が一本でも残ってるうちに、余生を楽しみたいそうじゃて。彼に用事のある生徒は、職員室までおいで。そしてその後任なのじゃが、皆もよく知っておる者が教職についてくれる。魔法生物飼育学の新教授、ルビウス・ハグリッド先生じゃ」

 

 一瞬大広間が静まり、スリザリン以外のテーブルから爆発的な歓声が上がった。

 特にグリフィンドールの者はハグリッドに良くしてもらった者が多いので、彼の幸福を祝福する歓声が多い。

 緊張して立ち上がったハグリッドは、隣にいたフリットウィック先生をひっくり返してしまうが、照れた様子で笑顔だった。

 ハリーは常々、彼がこの授業をやってみたいと言っていたのを思い出して微笑む。

 よかったねハグリッド。その視線はハグリッドがばっちり受け止めてくれたようで、ハリーに対して笑顔で返してくれた。

 

「次に、学校の敷地内だけではなく校内を守ってくれる、頼れる者達を紹介しよう。闇祓いのグリフィン隊諸君じゃ。君たちを警護してくれるヒーローじゃて」

 

 さっと立ち上がったのは、ハリーがよく見知った連中だ。

 キングズリー、ウィンバリーがきっちりしたスーツに身を包んでローブを羽織っている。胸の紋章を見るに、恐らく闇祓いの制服なのだろう。二人の後ろにはトンクス、ハワード、ボーンズ兄弟が控えている。

 ハリーが小さく手を振って微笑むと、トンクスとハワードが笑い返してくれた。

 しかし真面目な顔と恰好をしてもウィンバリーには似合わないなと内心評価していると、当人から鋭い眼光が飛んできた。まさか開心術か? とも思ったが、目も合っていないのにできるはずがなかった。単なる野性的な勘のようだ。野蛮な男である。うわ、また飛んできた。

 

「彼らには校内の、吸魂鬼には手を回させないところを警備してもらう。そう、教室や寮内にもたまに訪れるからの。だらしないところを見せたら寮の恥じゃ。気を引き締めるようにの」

 

 闇祓い達の紹介を終えると、いつも通りの注意事項をダンブルドアが述べる。

 そして、解散だ。

 ふわふわのベッドが待っている。ハリーは久々に出会ったパーバティやラベンダーとの会話もそこそこに、ぐっすりと眠ってしまった。その無垢な子供のような寝顔に、二人が苦笑する。ハーマイオニーが微笑みながらハリーに毛布をかけると、彼女の意識は今度こそ闇に落ちて行った。

 

 

 グリフィンドールが二〇点減点された。

 何が起きたかというと、まあいつも通りのことである。

 魔法薬学の授業にて、三年目の挨拶が行われた。

 

「では授業を始める。ポッターこっちを見るなグリフィンドール二点減点。では教科書の三十六ページを開いてグリフィンドール二点減点。そこに書いてある内容を朗読せよポッター。遅い、グリフィンドール二点減点。よし読んだなグリフィンドール二点減点。諸君、今の通りに調合を始めたまえグリフィンドール二点減点。制限時間はポッターが間違えた授業終わりの鐘が鳴るまで。減点! じゃなかった、はじめ!」

 

 つまりどういうことかと言うと、そういうことである。

 スネイプの機嫌は今までになく最悪で、ハリーがついに瞳を潤ませ始めた頃になってようやく減点爆撃をやめた。いつもならハリーが不快に思う直前でやめるという絶妙なイジメ・テクニックを披露していたというのに、限度がおかしい(ロンに言わせれば頭がおかしい)のだ。

 生徒たちの間でその理由は適切に推理されている。

 一つは、長年狙っていた闇の魔術に対する防衛術の教鞭をぽっと出のみすぼらしい男に掻っ攫われた事。一つは、そのみすぼらしい男とスネイプがひどく仲が悪い事。そして最後の一つは、スネイプだから仕方ないとのことだった。

 その日の放課後に「あなたを信じていたのに!」「何の話だ!」とまるで痴話喧嘩のような会話をハリーとスネイプが職員室前で繰り広げたせいで、十三歳女子相手になにかやらかしたのではと噂されて魔法薬学の教授が肩身の狭い夕食を取っているその時。

 ハワードとトンクスがハリーのもとへやってきた。

 ポトフの玉ねぎを丸ごと頬張りながら、ハワードが言う。

 

「聞きましたよぉハリー。ホグワーツ特急の中で守護霊を使って吸魂鬼を追い払ったんですってねぇ。やるじゃないですかぁ、教えた甲斐がありましたよぉ」

「うんうん、有体じゃないとはいえ咄嗟の状況で使えるのは何より心強いよ。私たちの師匠なら間違いなく言ってるね、『実戦で役に立ったならあとはなんでもいい! 油断大敵!』なーんてね」

「こ、声まで同じにしなくってもいいじゃないですかぁ。まじビビりですよぅ」

 

 そうやって三人で談笑していると、ハリーの後ろから鋭い声が投げかけられてきた。

 何事かと振り向けば、目を吊り上らせたスコーピウスとその隣でドラコが弟を眺めてにやにやしていた。スコーピウスは相変わらずオールバックが似合っているが、ドラコはどうやら髪を下したようだ。それも結構似合っている。

 どうやらスコーピウスは怒っているようで、ハリーに食って掛かってきた。

 

「どうしてお前がアンジェラと一緒にいるんだ? お前は危ない奴だから僕の親しい人たちに近づかないでくれって言ったよな!」

「ドラコに近づくなとは聞いたけど、そこまで広範囲じゃなかったかなぁ」

「だったらいま言った!」

「なら応えよう。お友達は自分で選ぶよ、お世話様」

「~~~~~ッ!」

 

 ハリーの適当にあしらう態度に腹が立ったのか、スコーピウスが杖を抜こうとして失敗する。

 理由としてはハワードがスコーピウスを睨みつけたからだ。

 ウッ、と息を詰まらせた金髪の彼に向かって、ハワードは鋭く言う。

 

「スコーピウスちゃぁん、わたしいつも言ってますよねぇ。アンジェラと呼ぶなって何度言ったらわかるんですかぁ」

「でも、でもハワード家の人がいたらみんな振り返るし。アンジェラは一人しかいないじゃないか」

「呼ぶなと言ったはずよスコーピウス」

 

 ハワードに怒られて若干涙目のスコーピウスを唖然とした顔で見ていると、ドラコがハリーに話しかけてきた。

 これは、弟の醜態を見て楽しんでいる顔だ。

 

「やあポッター。楽しんでるかい」

「楽しむって、……何あれ?」

「うん? ああ、我が弟は年の離れた従姉にお熱というわけさ。微笑ましいねえ」

 

 なるほど。

 しかし親戚だったのか。聞けばハワード家は純血の名家であり、代々レイブンクローの家系であるものの血縁上マルフォイ家とも親しくしている家なのだと。

 それ故に親交があり、かつ大人の魅力があるハワードに惹かれてしまったかわいい男の子が彼、スコーピウスというわけだ。

 ハワードからしたら手のかかる親戚の男の子で、彼の恋愛感情に気付いている節は一切ない。

 しかもハリーは、ハワードがウィンバリーに惚れていることを知っているので、何とも報われないお話である。そしてドラコ曰く、ハワードは在学中かなりモテていたらしいのでライバルは多いのだとか。

 うーん、これは……。

 

「おもしろいね」

「分かるかポッター」

 

 にやにやと薄気味悪い笑顔を浮かべながらスコーピウスとハワードのやり取りを眺める二人、を見ていたトンクスが、溜め息を吐いた。いつの世も難しい問題である。

 あわやハワードを本気で怒らせるところであったスコーピウスが謝って退散するという形で騒動は終わり、ドラコも弟を追ってスリザリンテーブルへと戻っていく。

 なかなか面白いものを見た。

 夕食を食べ終えて寮に戻る最中、ロンがハリーを呼んだので、ハーマイオニーと共に行ってみる。そこにはウィンバリーとウィーズリーの双子があくどい笑みを浮かべて待ち構えていた。

 回れ右しようとしてもフレッド(またはジョージ)に掴まってしまい、あえなくその場にお座りさせられる。そしてニヤケ面というよりも恫喝しているような笑顔のウィンバリーが、ハリーと肩を組んでくる。

 

「よォう、ハリエット・ポッター。トンクスとハワードが名前で呼ばれるのを嫌がる理由を教えてやろうか」

「いや別にいい。この面子ってことでもうオチは見えてる」

「オチってなんだオチって」

 

 ウィンバリーが痛い目に遭って終わるというオチだよ。

 

「さぁみなさんご一緒にィ!」

「かわいいかわいい水の妖精、ニンファドーラ! 親はこれを本気で名づけました」

「我が娘は神の使い天使のアンジェラ! 親が綴りを間違えて戸籍を提出しました」

 

 ハリーは吹き出さないのを堪えるのに、顔面に回せる最大範囲で全魔力を費やした。

 あまりにもあんまりな理由だ。これは確かに自分の名前を嫌がっても仕方ないかもしれない。

 だが笑わない。

 私の名前はハリエットです。と名乗ってもだいたいハリーって呼ばれてるよね。という自分のことを思い出して、他人のことを笑えないことに気付いたのだ。

 さらに言えば、いま目の前でフレッドとジョージ、ウィンバリーが悶絶して倒れたことも理由の一つか。口の中に何かを投げ入れられたらしく、しきりに何味が口の中に広がっているかを叫んでいる。

 ハワードは狙撃が得意だというから、きっと何かとんでもないものをぶち込まれたのだろう。

 彼らがいったい何を味わっているのかは、彼らの名誉のために伏せることにする。ついでにその日の夜に「目が笑っていた」として女性闇祓いの二人から受けた仕打ちについても、ハリーは墓まで持っていくつもりである。

 

 闇の魔術に対する防衛術。

 グリフィンドールとスリザリンの三年生は今年度、初めてこの授業を受ける。

 ゆえに新任の先生がどんな授業をするのか、いまから不安なのだ。そこに関しては、犬猿の仲である獅子寮と蛇寮もまったくの同意見である。

 現三年生が一年生の頃から、この科目はこう呼ばれるようになった。『呪われし科目』と。

 必須教科のくせに随分大それたあだ名がついてしまったものだが、それも仕方ないというもの。

 一年生の時はどもりでビビりな先生が面白みのない授業を続けて、挙句の果てに窃盗でクビ。しかも当時十一歳の女の子に阻まれて未遂で終わる。

 二年生のときはまともな授業はせず、特定の生徒の演技力が向上しただけという悲惨という言葉がこれほどぴったりな年は他にあるだろうかという酷さ。

 三年生の今年はいったいどうなるのだろうか。

 予想された未来で一番悲惨なのが、先生の病欠により自習に始まり自習に終わること。一番滑稽なのがコートを脱ぐと筋肉ムキムキのスーパーマンで、元闇祓いのタフガイであったというオチ。そして一番多かったのが一年持たずに病死という予想が成されている時点で、全く期待されていないことがよく分かった。わかりすぎるほどにわかった。 

 そうなると舐められるのは必然である。

 だが彼は、リーマス・ルーピンという男はそれで終わるような人間ではなかった。

 

「さて、みんな教科書をしまってくれ」

 

 授業開始の開口一番がこれだった。

 皆がロックハートのことを思い出しながら何をする気だと訝しがる中、ルーピンは鼻歌交じりに巨大なクローゼットを引っ張り出してきた。それは中身に何か得体のしれないモノが入っているのか、時折がたごと大きな音を立てて揺れる。

 ロンがジョージの言を思い出す。「最高にクールな先生だぜ」という言葉を。

 

「『モビリタブラ』、机たちよ、そこらへんに退いてくれ。さてさてさて、と。みんな、初めまして。君たちの目の前にいる貧相な男の名前はリーマス・ルーピン。今年度から闇の魔術に対する防衛術を担当させてもらう奴のことだ」

 

 シェーマスがにやりと笑った。

 いかにも彼の好きそうな、ふざけた自己紹介だ。

 

「うん、グリフィンドールとスリザリン三年生の諸君。最初の授業ではあるが、まず君たちの力を見せてもらおう」

 

 ここでざわめきが起こる。

 この新任の先生は、初日に何も教えずいきなり実戦をやらせようとでも言うのだろうか。

 つまりあのクローゼットの中には魔法生物か何かが入っているのか。

 幾人かが怯えた目を向け、黒髪の小柄な女が輝いた顔を向け、大多数が不安げな顔をする。

 ルーピンはそれに微笑んで、説明を始めた。

 

「この中にいるのは、《まね妖怪ボガート》だ。誰か、この魔法生物の特徴を言える人は?」

 

 風を切って、天高く突く少女の腕。

 その素早さたるや、隣にいたハリーですら視認が難しかったほど。

 要するにハーマイオニーが高らかに手を挙げたのだ。二年生時も学年一位を掻っ攫った彼女の活躍の場である。

 

「はい、ミス・グレンジャー」

「《まね妖怪ボガート》は不定形魔法生物の一種で、相対した者などごく間近な周辺生物の脳内情報をスキャンしてその中で最も恐怖度が高い存在へとその姿を変じて相手を怖がらせる、情食性魔法生物です。そのためボガートの本当の姿を確認された例はなく、八〇年代にマグルの技術である監視カメラを通じて観察しても、カメラの向こうにいる者または設置した者の情報を読み取って変化したという事例も報告されています」

「よ、よくできました。グリフィンドールに五点あげよう」

 

 物知りですね。

 ハリーは若干引きながらも彼女の知識に舌を巻いた。

 彼女もボガートについては知っているものの、非魔法族の観点から調べたことまでは知らなかった。

 流石は昨年度、全ての教科で一〇〇点満点中一五〇点以上を叩きだした女である。次席だというのに一〇〇点以上の差を付けられ唖然として悔しがっていたことを思い出したのか、視界の隅の方でドラコが苦々しげな顔をしているのが見えた。

 ハーマイオニーの詳しすぎる説明によってボガートについてよく知ることができた。次はいよいよボガートと実際に対峙して、やっつけてしまおうというステップに入る。

 ルーピンはにへら、と見る者が安心するような笑みを浮かべて言う。

 

「いいね、『リディクラス』、ばかばかしいだ。皆で言ってみよう、せーの」

「「「『リディクラス』、ばかばかしい!」」」

「そーう、そのくらいの元気がある方がなおよろしい。んでは始めよう。みんな! 一列に並んでくれ!」

 

 わいわいと騒がしく、三年生たちが一列に並んでゆく。

 一番最初はネビル・ロングボトムのようだ。

 

「やあネビル。君の一番怖いものはなんだい?」

 

 ルーピンがネビルにやさしく声をかける。

 若干怯え気味であったネビルが、それに少し安心した表情を見せて微笑んだ。

 

「おばあちゃんも怖いけど……僕、スネイプ先生が一番恐ろしいです」

 

 教室が笑いの渦に包まれた。

 確かにネビルなら、それも仕方ないかもしれない。

 ネビルはいわゆる要領の悪い子で、別段おつむの出来は悪くないし勉強不足というわけではないのだが、緊張してしまうと途端に手先が非常に不器用になる。座学は悪くない。むしろロンより良い。だが実技となると緊張してしまって、壊滅的な結果を引き起こすのだ。

 スネイプから一番厳しく接されているのがハリーだとすると、一番つらく当たられているのは彼、ネビルだ。あんまりな仕打ちを受けて泣きべそをかいている彼を、似た立場の者としてハリーは何度も慰めたことがある。

 殺しかけた者であるという負い目はあるものの、それ以上に彼の持つ優しさが面倒を見たくなってしまう一番の原因なのだ。なんというか、彼の仕草は心の奥底にある慈愛みたいなものをくすぐってくる。パーバティやラベンダーもそれに同意するあたり、将来のネビルは女性にモテて対処に困るに違いない。と夜に同部屋の四人で笑いあったものだ。

 さて。

 そんな彼、ネビル・ロングボトムが先陣を切る。

 ルーピンは何かをごにょごにょとネビルに耳打ちすると、とても輝かしい笑顔で親指を立ててネビルをクローゼットの前まで送り出した。

 何もしていないというのにクローゼットがばたん、と開かれる。

 生徒たちが押し黙り、ネビルが肩を揺らした。

 

「ミスター・ロングボトム……? 我輩は申し上げたはずですぞ、これ以上の失敗を繰り返すようならば留年措置も辞さないと……」

 

 低くねっとりとした、耳に残る声。

 まさにセブルス・スネイプその人だ。

 知らず、生徒たちが緊張する。ルーピンはこの後の展開を楽しみにしているのか、ニコニコと笑顔が絶えることは無い。

 

「君の脳みそは萎びているのかね我輩の魔法薬を理解できるとは思っていないがよもやここまで愚鈍だとは貴殿の思考回路は一度解剖してみるのが是非とみてよろしいですかなミスター・ロングボ――」

「りっ、りり『リディクラス』! ばかばかしい!」

 

 スネイプ・ボガートの台詞に被せ気味で、ネビルが上ずった声で呪文を叫ぶ。

 するとねちねち嫌味を言っていたスネイプ・ボガートの唇が真っ赤に色づいて、つけまつげとアイシャドーで目元がパッチリ。肌がさらに白く頬がピンク色に染まり、髪の毛がつやつやのさらさらに変化する。

 服装もいつもの漆黒のローブとブランド物の詰襟ではなく、レースをふんだんにあしらったふんわりとした女性用寝間着のネグリジェに変わった。驚くべきことに透け透けである。そのため、女性下着を着用しているのがよく見える。もちろん上下で、ピンクに黒レースという可愛らしいものだった。下半身の方は……ちょっと筆舌に尽くしがたいのであまり見たくない。

 更にお洒落なハイヒールを履いて、爪も綺麗に赤いマニキュアが塗られている。輝くような爪はよく手入れされており、女性陣がほほうと息を呑むほどの美しさを誇っている。

 どこからともなく不自然な風が吹き、まるでシャンプーのコマーシャルのような光景になった。

 そしてスネイプ・ボガートがぽつりとつぶやく。

 

「我輩。チョーカワイイじゃん?」

 

 途端、教室中が爆笑の渦に叩き落された。

 ハリーはあまりの腹の痛さに死を覚悟した。ハリーのすぐ前にいるロンなど、床に四つん這いになってひきつけでも起こしたかのように笑い続けている。ディーンとシェーマスに至っては涙を流して呼吸困難に陥ったのか、互いに魔法をかけあって治療していたほどだ。

 スリザリンの生徒たちでさえ笑いすぎて腹を抱えており、ドラコに至ってはクライルの肩を借りて立つのがやっとだった。

 

「ひー、ひー。よ、よーしネビル。よくできた! っぷ、はは。いやぁ、よくやった! いいもん見れた! よしよし次だ、次! この調子でみんな面白おかしく、ブフッ、おっと失礼、くふふ、ボガートをやっつけてしまおう!」

 

 泣き妖怪バンシーが、唐突に現れたロックハートのスマイルで萎びてしまう。

 棍棒を振り上げたトロールが、こんにゃくに変わった自らの得物を絶望の目で見る。

 大変お怒りのマクゴナガルが現れ落第を宣言するも、突然微笑んで獅子寮に十万点を与えた。

 シリウス・ブラックが許しを請うも、先の姿をしたスネイプによってディープなキスを受ける。

 スタンダードなゾンビが大量に湧いて出るも、筋肉ムキムキの変態が現れ薙ぎ倒していく。

 銀の血でべっとりなフードをかぶった怪人が、唐突に現れたハグリッドによって吹き飛ばされる。

 鋏を鳴らす巨大な蜘蛛が弾けると、大量のふわふわなうさぎになって散り散りに逃げ惑う。

 

「はっはっは! よーしよし、次の生徒、おいで、さぁやっつけ――」

 

 ルーピンが続きを促して、次に現れた生徒を見て言葉が詰まった。

 教室中は笑いすぎた生徒がヒーヒー苦しんで騒がしく、そのことは誰も気にしなかった。

 嗜虐的な笑みを浮かべたハリーが、意気揚々と前に出て懐から杖を抜く。

 ハリーを下げようとルーピンが声をかけようとするものの、遅かった。

 うさぎたちがぴくりと反応し、次々と集まって練り固められ、肌色の塊になる。それが色づき、髪と服が生えると一人の太ったマグルになった。バーノン・ダーズリーである。ハリーは一瞬笑みが引き攣ってたじろぐ。

 バーノン・ボガートが口を開いた。

 

「うちにはハリー・ポッターなどという得体のしれない『まともじゃない』者はおらん! さぁ出ていけ! これ以上お前を家に置いておくわけにはいかん! でていけぇぇえええ!」

 

 ハリーの家の事情を知っているハーマイオニーとロンが、慌ててハリーを見る。

 トラウマの象徴のような存在が目の前で暴言を振るっているのだ。

 泣き出したり、怯えたりするのでは――

 

「『フリペンド・ランケア』、刺し穿てェ!」

「たまたまなっしーいちげきひっさつぅ!?」

 

 二人が見たのは、天使(あくま)のような笑顔を浮かべたハリーだった。

 大輪の薔薇を背負うような微笑みを見せたまま、ちゃくちゃくと杖を振ってバーノン・ボガートの男として致命的なところを抉ってゆく。

 女性陣からは純粋な笑いと苦笑いが響き、男性陣からは恐怖に慄く声が漏れる。

 ルーピンが慌ててハリーに指示を出すと、我に返ったハリーが恥ずかしそうに「『リディクラス』」と呟く。するとバーノンはデフォルメされたミニ吸魂鬼に魂を吸われて抜け殻になってしまった。

 やるじゃないの。だの、怖い女だな。など、からかいの言葉と褒められているのかわからない褒め言葉をかけられて、ハリーは真っ赤になって小走りでハーマイオニーのもとへ去ってゆく。

 その後ろ姿を、ルーピンが黙って見つめていることには、終ぞ誰も気づくことはなかった。

 

 グリフィンドールの談話室で、ロンが興奮して話をする。

 スネイプのくだりを聞いたフレッドとジョージは、その場に居なかったことを本気で後悔しながらも涙を流して爆笑し続けていた。今日はグリフィンドール談話室を警護するらしいウィンバリーもそれを聞いて、大声で笑い続けている。

 そんな事態を引き起こしたネビルは英雄扱いされており、何かとヒーローネビルと呼ばれるのを恥ずかしがって部屋へ引っ込んでしまった。

 

「いやァ、しかしセブルスのそんな恰好なぁ。俺ァ見たかったぜ。というか本人に見せたいぜ」

「やめなよウィンバリーさん。スネイプ先生がブチ切れてネビルを殺しちゃうよ」

「スネイプ先生ならやりかねないわね……。ところでウィンバリーさん、なんだかスネイプ先生と親しそうな言い方ですね?」

 

 ハーマイオニーが疑問に思ったことを聞いてみると、確かにとハリーも同意する。

 乱暴にソファへ座ったウィンバリーが、机に脚を投げ出しながら言う。

 

「んああ、俺ぁレイブンクロー出身だしよ、更に混血だもんでそんなに親密じゃあなかったが、セブルスはよく勉強を教えてくれる先輩だったんだよ。いつしか道は違えたが、頼りになるイイ奴だった。……だのにどうしてあんな性癖を持っちまっ、ぶふぉぁあああ! ぶひゃひゃひゃひゃ! だーめだ、真面目な話ができねぇ! 最高だぜヒーローネビル! あひゃはははははァ!」

 

 あっけらかんと言う姿に、ウィーズリー兄弟が驚いた。

 ブラック逮捕に燃えるこの男がスネイプと先輩後輩関係だったこともそうだが、学生時代に彼がいじめられるイメージなど皆無だったからだ。いまハリーが想像しているように今の悪人顔のまま身体だけ子供になっているというならばイジメなどないのだが、当時かわいらしい男の子であったウィンバリーの言うことは事実だった。

 彼が学生であった時代は、まさにヴォルデモートが大々的な犯罪を犯す直前であった。ゆえに、カリスマ的な魅力と指導力、そして圧倒的なパワーを持っていた彼に多くの魔法使いが惹かれたのだ。今よりも純血主義者が多く、そしてヴォルデモートの掲げる『マグル追放』という主義は、当時の世論にばっちりマッチしたのだろう。

 資料は残されていないが、日刊預言者新聞は当時、腐敗した魔法省を変える期待の新星政治家としてヴォルデモートを取り扱ったことがある。尤もヴォルデモート卿は、その記事の五年後には英国魔法界を恐怖のどん底に叩き落す大犯罪者となってしまうのだ。

 笑い疲れたウィンバリーが酒を飲みに行くと言って寮から出ていったあと、ハリーは幼いスネイプを想像する。

 いったいどんな子供だったのだろう。

 いつか課外授業や廊下で彼に会った時は聞いてみよう。

 などと思いながら、ハリーはその日ぐっすりと眠ることができた。

 

 翌日。

 ハリーは成程と思いながら、ベルトでぐるぐる巻きにした《怪物的な怪物の本》を持っていた。

 ハグリッドが教科書指定したこの本は、やはりというかなんというか、彼の趣味で選ばれたものらしい。背表紙を指で撫でれば大人しくなるらしいこの本を開いてみると、なんだか涎で糸を引いていた。はっきり言ってこの本を作った愚か者は何らかの罰を受けた方がいい。

 スコーピウスが「なるほどねぇ! 撫ぜりゃーよかったんだぁ!」とハグリッドをからかって、彼がしょんぼりするということはあったものの、授業はおおむね問題なく進んでゆく。

 ヒッポグリフという魔法生物について、特徴をよく説明している。

 野外の森の中に大きな広場があり、そこで巨大な黒板を木から吊るして行う授業はとても新鮮だった。

 どうやら授業計画にはハーマイオニーが関わっているらしい。それで授業が始まる前にあんなににこにこと笑顔だったいたわけか。

 ハグリッド曰く、最初の授業はインパクトが大事だから実際に美しい魔法生物を見せちゃろう、と言いだしたのをハーマイオニーが慌てて止めたのだ。

 不思議そうにしていたハグリッドだったが、ハーマイオニーが言うならと渋々諦める。

 ハーマイオニーは、最初の授業でもし万が一にでも問題が起きたならば、その一度だけでクビになる可能性すらあると考えたのだ。なにせハグリッドは、こと危険な魔法生物に関しては要領がいいとはいえない。ノーバート然り、フラッフィーズ然り、アラゴグ然り。……しかしそう考えると、ハリーらはハグリッドにかなり迷惑を被っている気がする。そろそろ怒ってもいいかもしれない。

 

「さーて、今日はビッグイベントがあるぞう。たたらたったらーん!」

 

 授業の終わり、ハグリッドが奇妙な掛け声とともに片手をあげる。

 ハーマイオニーが天を仰いだ。どうやら忠告の意味を分かってくれていなかったようだ。

 

「これが実物のヒッポグリフだ。名前はバックビーク。どうだ、美しかろう?」

 

 出てきたのは、馬と猛禽類のあいのこといった印象の魔法生物だ。

 なめらかな毛並みに、射抜くような眼光。背から生えた翼は見るからに力強い。

 すらりとした体形は、確かに野性的な美にあふれていた。

 

「よしよし、いい子だバックビーク。さて、特徴はあらかた説明したはずだな。ん? よーし、一応O.W.L.(フクロウ)試験にヒッポグリフは出るはずじゃから、予習っちゅーことになるな。誰か、こいつを撫でてやりてぇやつはいるか!」

 

 ざぁ、と波が引くように生徒が遠ざかる。

 まさかそんな反応をするとは思わなかったハリーは、その一糸乱れぬ連携から一人取り残された。

 ハグリッドが振り向いた時、傍目にはハリーが一人集団から歩いて前に出たように見えたに違いない。相好を崩して、「偉いぞハリー」と言うと彼女を手招きした。

 参ったのはハリーだ。

 あんなでっかい爪でじゃれつかれようものなら、ハリーのように線の細い子は確実にお陀仏である。

 ハーマイオニーがハリーの手を引いて集団の中に入れようとしたものの、それよりも早くスコーピウスがハリーの背中を突き飛ばしてしまった。よろけて前に出たハリーを受け止めたハグリッドの笑顔を見てしまうと、ハリーも何も言えなくなる。

 こいつはまずいぞとロンは不安になった。

 

「さて、言ったようにヒッポグリフという連中は礼儀にうるさい奴らだ。まずコミュニケーションをとる前に、礼をする必要がある。要するに、お辞儀だな」

 

 何故か今の言葉に強く反応してしまったが、ハリーが今見るべきは現実である。

 ヒッポグリフのバックビークの前に出て、ハリーは恐々とお辞儀をする。

 もしお辞儀を返してくれなかった場合は即座にその場から離脱しないといけない。ヒッポグリフの機嫌が悪いか、なわばりを侵す敵とみなされているかのどちらかなのだそうだ。

 ヒッポグリフから目を離さないようにお辞儀したため、ハリーはお尻を突き出したような形で大変不細工な格好をしているのだが、こればかりは仕方ない。

 体感時間では数十分も、しかし実際には五秒ほど頭を下げ続けたものの、ヒッポグリフが頭を下げる様子はない。

 

「ハリー。ゆっくりと下がれ、ええか、ゆっくりとだ。刺激しねえようにな……」

 

 厳かな口調のハグリッドに従い、一歩後ろに下がったとき。

 ヒッポグリフがきゅう、と鳴いて頭を下げた。……ように見えた。

 これに「ブラボーッ」と叫んだハグリッドの反応で、向こうがお辞儀を返したことがわかる。

 グリフィンドール生たちから歓声が上がった。

 

「よーしよしよくやったハリー。偉いぞう。……ありがとうな、おまえさんが嫌がっちょるのはわかっとったが、やる人が居らんで困ってたんだ」

 

 最後に耳打ちで囁かれ、とんでもないことを聞かされる。

 苦笑いで返したハリーの頭をハグリッドが撫でてから、生徒たちにヒッポグリフの特徴をハグリッドが解説し始めた。そこからは怖がりながらも何人かの生徒が前に出てきて、バックビークとの交流を試みたり、怯えてやっぱりやめた、という者が居たりと順調に終了まで授業は運ばれていった。

 授業終わりの鐘が城から聞こえ、ハグリッドがこれにて解散。次は来週じゃぞ。と言ったことで、生徒たちは思い思いに城へ帰っていく。

 ハリーたち三人はそんな中、ハグリッドの初授業をほめたたえていた。

 

「やるじゃん、ハグリッド!」

「おう。ありがとうよロン。俺ぁバックビークを棲家へ戻しに行くから、先に帰っちょってくれ」

 

 ハグリッドがそう言って、ヒッポグリフの方へ振り向いたその時。

 髭もじゃであまり肌面積の見えない彼の顔が、はっきりと青褪めたのが見えた。

 ヒッポグリフに不用意に近づく者の姿があったからだ。

 プラチナブロンドの髪をオールバックに固めた、高慢な少年。

 スコーピウス・マルフォイだ。

 

「危ないわよスコーピウス……」

「はッ! ポッター如きができて僕ができない理由がない! そうだ、マルフォイの次男である僕ができないはずがない! なんだ、あの醜いデカブツの野獣くらい僕にだって跪かせられる! 見てろよパンジー、僕だって、僕だって!」

 

 青白い頬を赤く染めて、スコーピウスがバックビークへと歩を進める。

 ――礼をしていない。更には侮蔑までしている。

 慌てたハグリッドが、大声で制止を呼びかけるも聞こえているのかいないのか、止まる様子はない。悪態をついてハグリッドがスコーピウスとバックビークのもとへ走り出す。

 同じく慌てて走り出したドラコが見える。

 二人はカッとなったスコーピウスを止めようとしたが、

 

「グルァアアウ!」

「ぎ、ぶぁ――」

 

 全てはすでに遅かった。

 ヒッポグリフの、大樹すら削る鋭い爪の一撃を受けたスコーピウスが吹き飛んで、クライルを巻き込んで木にぶつかる。

 真っ赤な液体があたりにばしゃりと撒き散らされた。

 パンジーが金切り声をあげる。

 ロンは足元に転がってきたスコーピウスの左腕に、ウワーッと叫んで尻餅をついた。

 クライルが唸るように、スコーピウスの名を何度も呼んでいる。

 ハグリッドが城中に響くような大声でバックビークを叱りつけ、手早く縄でその場にあった木の幹に繋いだ。

 数は少ないが残っていた女子生徒の悲鳴と、男子生徒の動揺した声が広場に響く。

 血を流して倒れたままのスコーピウスのもとへ、蒼白になったハグリッドが走り寄って、唸って威嚇するクライルをどけてからスコーピウスの様子を診る。ハーマイオニーもそれに同行し、スコーピウスのけがの具合を見たが酷いものだった。首から脇腹にかけてが鋭い剣で切り裂かれたかのようになっていて、左腕はロンの足元に転がっている。

 マダム・ポンフリーに急いで治療の用意をさせるための連絡を念話で飛ばしながら、ハーマイオニーはスコーピウスの止血を試みる。ロンは壊れ物を扱うようにスコーピウスの腕を持って、その周りを右往左往していた。

 そして。

 そしてドラコ・マルフォイは。

 

「――――――――――」 

 

 その白い肌を赤く染めて、杖を手に射抜くような目でヒッポグリフへと歩を進めていた。

 それに驚いたハリーがドラコに声をかけて止めようとして、はたと気づく。

 怒っている。

 ドラコという少年と知りあって以来、ここまで激怒している彼を見るのは初めてだった。

 このままではまずいと判断したハリーが、ドラコの前に立ちふさがる。

 

「だめだ、ドラコ。落ち着くんだ」

「退けポッター。邪魔だ。二度は言わん」

「それは嫌だ。だめだ。だって君はいま、その杖でなにをしようと――」

 

 明らかに杖を使うつもりのドラコを前に、ハリーは引かない。

 しかし。

 

「――忠告はしたぞ」

 

 氷河のように冷たい声色で、溶岩のように煮え滾った言葉を吐いたドラコは、ハリーの横を素通りしていく。

 ハリーは止めきれなかったのか。否、止められる状態になかった。

 いったい何をされたのか。

 いつのまに杖を向けられたのか。

 いや、違う。ドラコは無言呪文を使ったのだ。杖を握ったままの状態で。

 ハリーの身体が全く動かない。《全身金縛りの呪文》だ。

 おかしい、いや身体が動かないのは分かる。

 だが、眼球しか動かせないのはおかしい。

 無言呪文である以上、威力減衰するのが道理だというのに、効果が全く変わっていない。

 棒立ちになったハリーのすぐ後ろで、ドラコが杖を突き刺すような動作をした。

 あれは。あの杖の振り方は。

 

「きゃあああ―――ッ!?」

 

 ハーマイオニーの悲鳴が聞こえた。

 同時にハリーは、ドラコの放った魔法の余波で棒を倒すように直立したまま地面に倒れる。

 ドラコが無言呪文で放った《射撃魔法》は、ヒッポグリフの胴体を確かに穿った。血を流し、暴れるバックビーク相手に、ハリーは視界の隅で能面のように無表情のドラコが《射撃》し続けるのを見た。

 ハリーの意識は、そこで一度途切れる。

 憎悪と憤怒に染まったドラコの顔が、忘れられなかった。

 

 

 ハリーはぱちりと目を覚ました。

 この匂い、布団の感触。間違いない。医務室だ。

 またこの天井か、とハリーが呟くと同時、突如カーテンがびりびりびりと引き裂かれた。

 何事かと思い飛び起きれば、そこにいるのは野獣であった。

 女の子そのものである甲高い悲鳴を上げるも、飛び込んできたハグリッドは大泣きしたままハリーを絞め殺しにかかってきた。もとい、抱きしめてきた。

 

「ウオオオオーン! ハリー、ハリー! バックビークが死んでしまう!」

「もぎゃあーっ! けひ、くかか。くぴ。息ががが、ウゲー、クルシーッ」

「ハグリッド!? ハグリーッド! その前にハリーが死んでしまうわ!」

 

 慌ててハグリッドを止めたハーマイオニーが居なければ、ハリーは首の骨がへし折れていたかもしれない。ベッドの中に戻され、脚だけを出してハグリッドの腹を蹴りながら、ハリーは話を聞く。

 スコーピウスは一命を取り留めたそうだ。

 ただし三日は入院。そして腕の骨が固定されるまでに一週間は腕を使ってはならないそうだ。そして幸いにして体についた切り傷についても、痕を残さず綺麗に治癒することができた。

 よかった、まだいいニュースである。

 もし生徒の一人が死んでしまえば、ハグリッドは今度こそ学校にはいられない。

 

「そうでもないわ、ハリー」

「え?」

「ルシウス・マルフォイよ。この学校の元理事の」

 

 マルフォイ氏は、昨年唐突に理事職を辞した。

 何があったのかハリーは知らないことだが、とにかくいまは理事ではない。

 しかし仮にも幾年も理事を務めた男なのだ。多大な財産を活かして様々な施設に寄付を行っているため、その発言力や影響力は計り知れない。たとえ理事ではなくなったとしても、彼の意見は強いのだ。

 息子を殺されかけた父親の心境としては、いくら息子自身のバカが原因で負った怪我だとしても、怪我は怪我。恐らく大激怒して学校に乗り込んでくるだろうことは想像に難くない。

 そう思っていたのだが、その予想は早くも的中することになる。

 慌てた様子のスプラウト先生が医務室に飛び込んできて、ハグリッドを連れて行ってしまったからだ。

 ハーマイオニーとロンが一緒についていき、ハリーも一緒に行こうとするもマダム・ポンフリーにベッドの上へ放り投げられてしまう。

 

「友達の危機なんですっ!」

「あなたは健康の危機です!」

 

 どうしても行きたいのならば、その格好で行きなさいとハリーは患者衣をはぎ取られて下着のみのあられもない姿にされてしまう。ならば制服を着ていこうとしても、マダムは先手を打って洗濯してしまったようだ。

 確かにスコーピウスの血がついていたけど、それってありなのか。と思いながらハリーは、半裸のまま寒い一夜を過ごした。

 

 翌日、特に後遺症も見られないので退院してよしとマダム・ポンフリーから許可をもらったハリーは、一目散にグリフィンドールの談話室を目指した。

 途中パーシーに見つかって怒鳴られたものの、一言ごめんと言い残して風のように去る。

 太った婦人へ合言葉を告げて(「開けろ、『皮下脂肪』!」「罵倒されてる気がするし合言葉変えるべきかしら」)、談話室へ飛び込んだハリーは、自分が入った部屋は葬式会場だったかと勘違いしてしまう。

 誰もが俯いており、誰も何も話さない。

 時折ネビルがしゃくりあげる声が響くのみで、ハリーはひどい居心地の悪さを感じた。

 

「やあ、ハリー」

 

 ロンの囁きが大きく聞こえる。

 

「昨日ですべてが終わったよ」

「すべて? 全てだって?」

 

 聞き間違いかと思えば、そうではないという。

 この空気。終わったという言葉。涙を流すネビル。

 どうあっても何が起きたのかを理解させるには、十分すぎる空気。

 ハリーの嫌な予感は的中した。

 

「バックビークは死んでしまった。――もう、処刑されたんだよ」

 




【変更点】
・ルーピンと別の個室だったため、自力で吸魂鬼を撃退。
・要するに事実上ディメンターの残機は無限。
・この時点でセストラルが見えるハリー。
・ハリーの恐怖は『かつての生活に戻ること』。故にバーノン。
・お辞儀するのだポッター。でないとああなるぞ。
・この時点でバックビーク死亡。

【オリジナルスペル】
「モビリタブラ、机よ動け」(初出・28話)
・移動呪文。テーブルを動かすためだけの魔法。
 元々魔法界にある呪文。映画アズカバンの漏れ鍋でモブが使っている。

ルーピンの授業はいままでろくな授業をしてこなかった先生方のせいで、非情に好評。
それに反してハグリッドは非常に不評。原作フォイより見栄と意地を張ったせいで、より前に出ていたのが原因。遠因はハリーへの対抗心。お辞儀するのだ!
この時点でバックビークが死亡してしまったことにより、後々地味に役立つ乗り物キャラが消滅。難易度がハネあがります。
我輩。チョーカワイイじゃん? 知られたらネビルは確実にクルーシオとアバダのフルコース。

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