ハリー・ポッター -Harry Must Die-   作:リョース

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4.フラッフィー・パニック

 

 

 

 ネビルが、ぐしゃりと潰れた。

 飛行訓練の授業中に起きたことだった。

 グリフィンドールとスリザリンの合同授業。

 鷹のような目をした担当教師、マダム・フーチが慌ててネビルへ駆け寄ってゆく。

 口の端からどろどろと血を垂らして呻くだけのネビルを抱えたマダムが鋭く言う。

 

「そのままで待機! いいですね! ちょっとでも箒に乗ってごらんなさい、クィディッチのクの字すら言えないようにしますからね。つまり、退学です」

 

 ネビルはちょっと焦ってしまっただけだった。

 箒に乗ってまずは数センチ浮こう。という初歩の初歩の練習のはずだった。

 しかし勢い余ったネビルは、ひゅぽんとコーラの栓が吹っ飛んでいくような勢いで空に舞い上がったかと思えば、ホグワーツの城壁に衝突してそのまま真っ逆さまに落ちたのだ。

 ハーマイオニー他、女子生徒は盛大な悲鳴をあげた。

 度胸ある女であるハリーはネビルが落ちた瞬間に目を閉じずに凝視してしまったので、彼の口や鼻から赤い液体が噴き出すのを見てしまった。しばらくミートパイは食べられない。

 結構な量の血だけが残されて、さすがに誰も笑わなかった。

 ただ一人、スコーピウス・マルフォイを除いて。

 

「見たかい、あの大マヌケの顔を! なさけないったら!」

 

 追従してクライルが笑うと、肝の据わったスリザリン生が何人か笑った。

 スコーピウスが地面に落ちている透明な玉を掠めるように拾い上げて掲げた。

 『思い出し玉』というマジックアイテムで、それを握っているときに何かを忘れていると、中に封じ込められた煙が赤く染まるという、ネビルの祖母が彼に送って寄越したものだ。

 彼が握っている今の状態は、赤。

 それの意味をスコーピウス含めてスリザリン生の誰も知らないのだからお笑いだ。

 

「それを返せよ、マルフォイ!」

 

 喰ってかかるはロン・ウィーズリー。

 スリザリン嫌いとして知られる彼が、友人のネビルを笑いの種にされれば激昂するのも当然というものだった。掴みかからないのは単純に、クライルが立ちはだかっているからだろう。

 喧々諤々と突っかかるロンをせせら笑うようにあしらうスコーピウスに痺れをきらしたのか、ついにロンがとびかかろうと姿勢を低くした、その時だった。

 

「なぁ、ポッター? ハリエット・ポッター」

 

 スリザリン一年生の中で、ボスのように振舞っている少年が歩み寄ってきた。

 ドラコ・マルフォイ。

 スコーピウスの双子の兄であり、彼を弟に持つことで落ち着いた雰囲気のスリザリン生だ。

 そして、純血主義。自らの血筋を誇りに思う、まさに貴族といった風の少年だ。

 その彼が、争いを遠巻きに見ていたハリーを指名する。

 

「ポッターがその玉を取れたなら、返してやろう。ウィーズリー」

「そんなことしなくっても、それはネビルのなんだぞ! 返せよ!」

「いいから」

 

 ドラコは指を鳴らすとクライルを呼び、彼を連れてハリーの前までやって来た。

 クライルはロンがドラコに飛びかかれないようにしっかりガードしている。

 

「せっかく手元にあることだし、箒だ。これを使おう。僕が投げるから、あの玉を先に掴んだ方の勝ち。……どうだい、クィディッチみたいだろう」

「……ドラコ。それは、ぼくと勝負がしたいってことなの?」

 

 ハリーが問う。

 ドラコはそれに対して、ニヤリと笑っただけで答えなかった。

 

「来いよ、ポッター!」

 

 スコーピウスに思い出し玉を投げさせると、ドラコは箒に飛び乗って空中でキャッチし、空高く舞い上がっていった。

 これはドラコと話をしてみるチャンスかもしれない。

 そう思ったハリーは箒に跨り、ふと自分が箒について何も知らないことを思い出した。

 ハリーがマグル世界で育ったことを知るハーマイオニーが叫んだ。

 

「ダメよハリー! 退学になりたいの? それに、箒の乗り方なんてしらないくせに!」

 

 いや、とハリーは否定した。

 全身の血液がやけに熱い。本能の赴くままに地面を蹴ると、既にハリーは空に居た。

 なんら問題はない。飛ぶってなんてすばらしい! ああ! 滾る、昂ぶる!

 一気にドラコのいる高度まで飛び上がると、ハーマイオニーがまるで芥子粒のようだ。

 グリフィンドール生――特にロンの歓声がひと際大きい――の歓声が聞こえる。

 風を切り裂く感覚が心地よい。箒の上でバランスを取るだけで心が躍る。

 ハリーは自分の唇が吊りあがっていくのを感じた。

 

「来たかポッター。いい度胸だ、女にしておくのは惜しい」

「女で悪かったね。だけどドラコ、いまそれは関係ないぞ」

 

 挑発だ。

 スコーピウスや他のスリザリン生と違って、ドラコは分かっている。

 これがただの、獅子と蛇のよくある寮同士のいざこざでないことくらい。

 だけどハリーは心が昂ぶっていくのを、とてもじゃないが抑えられなかった。

 ああ、はやく、ドラコ、はやくしてくれ。

 

「いくぞポッター。ロングボトムの大事な玉だ」

 

 ハリーの気持ちにこたえるかのように、ドラコは笑った。

 獰猛な笑みだ。これと同じものを、ハリーはどこかで見たことがある。

 ドラコが陽の光に輝く思い出し玉を掲げて、

 

「取れるものなら、取るがいい! ほら!」

 

 無造作に天へ向かって放り投げた。

 玉が天高く飛び上がっていき、

 ドラコとハリーの視線の先で放物線の頂点へ達し、

 それがだんだん、スローモーションでゆるりと落下し始めた、

 ――その瞬間。

 二人の箒が弾かれたように高速で飛び出した。

 互いが互いのルートを邪魔しないよう、螺旋を描いて直進する。

 そして二人が並んだそのとき、ハリーとドラコは同時に箒の先を地面に向けた。

 がくんと垂直に折れ曲がり、二人は地面に向かって一直線に落ち始める。

 向かう先は、風を切って落ちゆく思い出し玉。

 二人のスピードは玉が落ちるよりも、断然早い。

 全身で風を切り裂き、地上で皆が上げる悲鳴を置き去りにして、

 ハリーとドラコは二人同時、全く同じタイミングで手を伸ばした。

 スパァン! という小気味よい音とともに思い出し玉を手中に納めたのは、ハリーだ。

 視界の隅で、隣のドラコが悔しそうに顔を歪めるのが目に入る。

 今度は地面に正面衝突しないようにしなければ、という思考をコンマ一秒にも満たない速度で脳裏に閃かせた二人は同じ姿勢で同じ動きをして、地面すれすれで水平に立て直した。

 そうして二人して草の上に転がって勢いを殺し、仰向けになったまま倒れこむ。

 

「ッはァ! ぼくッ、ぼくの、勝ちだ! ドラコ! ぼくの勝ちだ!」

「はぁ、はぁっ、ポッター、くそっ! こいつ! なんてやつだっ!」

 

 心配して駆け寄ってきた赤と緑の寮生たちが心配そうに覗きこむ中、ふたりはガバッと起き上がって互いが獰猛な笑みを浮かべているのを見てまた笑う。

 ハリーは確信した。

 思想が違う、といってあの時ハリーの手を跳ねのけたことは確かに跳ねのけた。

 あの時あの瞬間、ハリーとドラコの道は分かたれたのだ。

 それはある意味では正しく、ある意味では別の意味を持っていた。

 彼がハリーを仲間として受け入れることは、おそらくもうないだろう。

 これがスコーピウスなら、きっと犬猿の仲になり対等の立場に立つことなど無理な話。

 だがドラコは違う。

 スコーピウスという少々困った気性の弟を御せる程度には成熟しており、クライルという自分より力のある者を別のチカラで従えることができる。

 そして何よりも、あの獰猛な笑み。

 ドラコ・マルフォイ。彼もハリーと同じく、何か大きな目的を抱えている男だ。

 二人は互いの瞳の中に、そんな思いを感じていた。

 新たに誕生した「宿敵」は、フフフと不気味な笑い声を漏らしたまま向かい合って微動だにせず周囲を不気味がらせていたが、鋭い声によってその黒い笑顔は真っ青に萎んでいった。

 

「ハリー・ポッター!?」

「ドラコ・マルフォイ!」

 

 つかつかとかなりの速度で歩み寄ってくるのは、ミネルバ・マクゴナガル教授とセブルス・スネイプ教授の二人である。

 その二人の姿を見て、ハリーはしまったと思った。

 今の高揚した気分が、今しがたのダイビング並みのスピードで消え去ってゆく。

 『退学』。

 その二文字が頭に思い浮かんで、ハリーは震えが止まらなくなった。

 ヤバいなんてものではない。ドラコに至っては脂汗まで流している始末だ。

 

「よくも――こんな大それた――首の骨が折れていたかも――」

「ミスター・マルフォイ。我輩と来たまえ。いま、すぐ、だ!」

 

 言葉が詰まったかのようなマクゴナガルと、土気色の顔をしたスネイプ。

 スネイプに腕を引っ張られて、涙目になったドラコが助けを求めるようにハリーを見た。

 だいじょうぶ、ぼくもヤバい。

 同じく涙目になったハリーがドラコを見送ると、今度はハリーが引っ張られる番だ。

 つい先ほどまで熾烈な競争をしたライバル同士は、逆方向へと連れられて校舎へ戻っていった。

 ロンの焦った顔、ハーマイオニーの引きつった顔、スコーピウスの泣き顔。

 それぞれの顔が各々心配する先の方へと向けられていた。

 

 やってしまった。

 マジか。マジでか。

 ヴォルデモートをぶん殴ってやると高らかに宣言しておいて、このざまか。

 退学になればまた、ダーズリーの元へ戻ることになるだろう。

 そうすればあの日々がやってくる。

 ここまで高くあげてから落とされれば、ハリーの心は死んでしまうだろう。

 もはや蒼白な顔色になって、廊下を素早く歩くという曲芸をこなすマクゴナガルにハリーはとぼとぼと付いていった。

 あのプリベット通りに戻るのだけは嫌だ……。

 

 だが、話はそうはいかなかった。

 聞けば、今年度グリフィンドールにはシーカーがいなかったのだという。

 クィディッチの試合ではいつもスリザリンに負けて、寮監のスネイプと話すたびに悔しい思いをしたのだとか。

 ことここに至ってハリーはようやく、クィディッチという魔法族のスポーツ、その選手になってくれという話になっていることに気づいた。

 クィディッチとはハグリッド曰く、最高にエキサイティングで、スピーディで、そして『危険極まりない』スポーツなのだそうだ。

 そうアツく語るのはグリフィンドールのクィディッチ・キャプテンを名乗る、上級生のオリバー・ウッド。がっしりした体格のスポーツ馬鹿といった印象の青年で、ハリーの失礼千万なその第一印象は、後になって事実であったことが判明した。してしまった。

 ハリーは緑の瞳を爛々と輝かせて了承の旨を告げた。

 

「まったく! 一歩間違えたら死んでしまうところだったのよ!」

「すみませんでした」

 

 大広間でヨークシャープティングにぱくついていたところにハーマイオニーからお叱りの言葉を浴びせられ、ハリーはない胸が痛んだ。

 確かにドラコとの勝負は心が踊った。

 だが確かに、あれは他人から見れば二人仲良く地面に向かって突進しているだけだっただろう。

 そう思って一言謝ったその時、やってきたのはロン・ウィーズリー。

 彼は実に男の子らしく、ハリーがファインプレーを見せたことで上機嫌になり、気まずい仲だったことを忘れてしまったようだった。

 男の子はどうも、いつまでも禍根を残すような生き物ではないらしい。

 

「そうぷりぷりするなよ! ハリーは寮の代表選手になったんだぜ!? 百年ぶりの最年少シーカーなんだよ!」

「私が怒ってるのは、そういうことじゃないのよ!」

「へぇー? じゃあなんだい。規則破りをしたことがご立腹なのか、ハーマイオニー」

 

 ハリーはこの状況になってみてようやく、二人の関係に気づいた。

 この二人、徹底的に気が合わないようだ。

 勉強好きで、規則第一。自分にも他人にも厳しすぎるきらいのある性格のハーマイオニー。

 勉強嫌いで、反骨精神・イズ・クール。良くも悪くも男の子で、好奇心旺盛な性格のロン。

 ロンや他の男の子の行き過ぎた悪ふざけを正そうと叱りつけるハーマイオニーはなるほど、いわゆる学級委員長タイプの女の子だ。だが、それはお調子者が多いグリフィンドールの男子たちには反感を買ってしまう行為だ。

 勇猛果敢な騎士道精神を持つ者の集うグリフィンドールと人は言うが、ここの寮生が子供のころから皆が勇者であるということは、決してない。

 スリザリンはそもそも純血のお坊ちゃんが多いので、仲間と馬鹿やって笑うといった子は少ない。ハッフルパフは大人しい子が多く、騒ぎ立てること自体に忌避を感じる子がほとんどだ。レイブンクローに至っては馬鹿騒ぎなどまさにバカのする事だと思っている節がある。

 つまり学級委員長気質のハーマイオニーと典型的なグリフィンドール男子のロンでは、ハリーが間で緩衝材になっているだけで基本的に相容れない系統の存在だったのだ。

 

「そうじゃないわ、なんでわからないのよ!」

「大きなお世話だよ放っておいてくれ。――それよりハリー、今日の真夜中にマルフォイ弟から決闘の申し込みを受けてるんだ。介添人として来ないか? 君にスリザリンがどういう連中なのか、教えてあげたくってね」

 

 憤慨するハーマイオニーにぞんざいな返答をし、あろうことかその目の前で規則破りのお誘いをするという挑発的な事をするロン。

 夜に寮の外をうろつくというのは、教師に見つかれば減点対象にもなりうる。

 ついさっきスネイプに二点も差っ引かれたハリーとしては勘弁願いたいところだが、ロンと仲直りするいい機会かもしれない。それに、スコーピウスが来るというのなら彼とも話をする機会があるやも。

 だが減点は怖いし……などとハリーが迷っていると、あっという間に夜になってしまった。

 寮の談話室でロンを待っていると、十一時半というギリギリになってからロンは男子寮から降りてきた。ダドリーもそうだったが、男の子ってみんな時間にルーズなのだろうか?

 意気揚々とマルフォイをやっつけてやる! と息巻くロンに対してハリーは言う。

 

「ねぇ、やっぱりやめない? バレたら退学かもよ?」

 

 それに対してロンは、一瞬迷った顔を見せるが頭を振って否定する。

 

「男にはね、ハリー。やらなくっちゃいけないときってのがあるんだよ」

 

 ここは男の僕が先導しなければならない。女にはわからないことなのだ。

 と考えているのがよく分かる。

 因みに後で知ったことだが、今の台詞はロンお気に入りのマンガの主人公の台詞だった。

 彼はこの騎士的な行為に酔っているのだ。

 瞳を輝かせるロンを半目になって見ているハリーの後ろから、委員長が現れた。

 

「やっぱりね。ハリー、あなたじゃ止めきれないと思ってたわ」

「まーた君か! なんなんだよもう!」

「本当はパーシーに言おうと思ったのだけれどね。監督生だし、あなたのお兄さんだから。言うことを聞いてくれるかと思ったのだけれど……最近の様子を見るに、あなたきっとそれじゃ止まらないでしょう」

 

 憤慨した様子のロンは、ハリーの腕を引っ張って談話室から外に飛び出した。

 ハリーは何故ぼくが? と思ったが、そういえばスリザリンがどういうものかという事を教えるとか言っていたのを思い出す。

 ハーマイオニーがアヒルのように怒鳴り続けるも、ロンは聞く耳を持たず歩き続ける。

 ロンが腕を強く握りすぎて、ハリーが「痛いよロン」と言ってようやく手を離した。

 

「あー、ごめんハリー。気が急いて、つい」

「ロン。やっぱりぼくは気が進まない。ハーマイオニーの言うことが正しいよ」

「そんな!」

「君と仲直りできるかもと期待してはいたけど、仲直りの代償に退学になっちゃうよ」

 

 ハリーがぶっちゃけたことを言うと、ロンはショックを受けたようだった。

 でもこれは君のためになることなんだよ。としどろもどろに言うロンを放っておくことに決めて、ハリーは談話室へ戻ることにした。

 今朝がたマクゴナガルがハリーのベッドを用意してくれたので、寝心地を確かめたい。

 初めてできた女の子の友達と夢の世界に旅立つまで、下らない噂話をするのもいいだろう。

 だが談話室前の「太った婦人の肖像画」の前で茫然としているハーマイオニーを見て、ハリーは気付いた。婦人がいない。ホグワーツでは絵の中の人物が何処かへ行ってしまったりするのは既に知っていたが、談話室の肖像画もそうだったのか。というかこの場合ぼくたちはグリフィンドール寮へ戻れるのか? 答えは決まっている。否だ。

 

「これは行くしかないね。そうだろ?」

 

 ロンが意気揚々と言い、ハリーは仕方ないので従う事にした。

 ハーマイオニーまでついてきたのをロンは咎めたが、「フィルチに捕まったらあなたを証拠として突き出すつもりよ。私とハリーの保険のためにね」と言うのを聞いて、憤慨した。

 喧々諤々と言い争いを始めた二人に、ハリーが静かにしてくれと言う。

 ここまで騒いでいては、管理人フィルチかその飼い猫ミセス・ノリスに見つかってしまう。

 彼らに見つかったが最後、ねちっこく責めたてられて減点の憂き目にあうだろう。

 そんな事になったらロンに悪霊の呪いをかけてやろうかと思いながら、ハリーたちはついにスコーピウスが待っているというトロフィー室前についた。

 マルフォイめ、やっつけてやる!

 などと息巻くロンに呆れながら中に入ろうとして扉を開けようとドアノブを捻ると、

 

「ほぅら来たぞ、悪い生徒たちだ……退学にしてやる!」

 

 というフィルチの声が響き渡った。

 トロフィー室の中で、フィルチが待ち構えていた!

 ――やっぱり罠じゃないか、この赤毛のっぽ野郎!

 そう気付いたハリーは、悲鳴をあげそうになったロンの口をふさいで、ハーマイオニーに扉を開かないようにしてくれとアイコンタクトを送る。

 ハーマイオニーが扉を勢いよく閉め、フィルチが駆け寄ってくる音に慌てながらも「『インパートゥーバブル』、邪魔よけ!」と唱えて扉に触れられないようにした。

 トロフィー室でフィルチが扉に触れようとして弾き飛ばされてトロフィーの上に倒れ込んだのかは知らないが、耳障りな金属音が大音響で響くのを尻目に、ハリーとハーマイオニーはあらぬ方向へ駆けだした。ロンは半泣きで後からついてきた。

 見つかればどうなる? 知れたことだ。

 立ち止まればどうなる? フィルチもバカではない、すぐ追いついてくる。

 

「なんで!? なんでフィルチが何で!?」

「スコーピウスに嵌められたのよ馬鹿じゃないの何度も言ったわよ馬鹿じゃないの!?」

 

 あえぐロンに、半ギレのハーマイオニーが叫ぶ。

 いま一体どこを走っているのだろうか。

 正直よくわからない状態だったが、どうやらこの中で一番足が早いのはハリーのようだ。本来ならばロンであろうが、彼はいまパニックになっていて使いものにならない。ゆえに自然、彼女が先導する形になるのだが、いかんせん道が分からないので適当に走るしかない。

 すると、後ろからばたばたと不格好に走る音だけが聞こえてきた。

 もう追いついてきたのか!

 ハリーが涙目になっている自分の顔を袖で拭いながら、近場にあった扉に飛びついた。

 だめだ、鍵がかかっている。

 

「お、おしまいだ! もうダメだ!」

 

 悲痛な声をあげるロンに苛立ちながら、ハーマイオニーが鋭い声で叫ぶ。

 その手には素早く抜き出した杖が握られていた。

 

「邪魔よ、どいて! 『アロホモラ』ッ!」

 

 小さな魔力の渦が鍵穴に入り込み、軽快な音を立てて扉が開いた。

 考えている暇などない。

 素早く身体を滑り込ませ、素早く、だが音を立てないように扉を閉めた。

 恐らくフィルチであろう、どたばた足音はこの部屋を通りすぎてどこかへ行ってしまう。

 それもそうだ、この部屋には鍵がかかっていたのだから居るとは思うまい。

 ハリーとハーマイオニーが抱き合う形で安堵のため息をつく。

 胸がどきどきして心臓がはじけそうだ。

 毎日ジョギングしていたハリーでさえそうなのだから、ハーマイオニーは玉のような汗を流してせき込み、あえいでいる。彼女の背中を撫でながら、怒りを込めてロンを睨みつけた。

 しかし、その怒りも彼が怯えているのを見て霧散する。

 ひぃひぃ情けない悲鳴をあげる彼の視線の先を見て、ハリーは冗談じゃないと心中叫んだ。

 ここは部屋ではない。廊下だった。

 しかもダンブルドアが言っていた、禁じられた廊下。

 入ったら死ぬ……確かそんなことを言っていたような。

 それも納得だ。

 ハーマイオニーもハリーの様子に気づき、目の前にいるそれに気がついたようだ。

 デカい犬。第一印象はそれだ。

 あと、頭が三つ。ぐるるると低い唸り声もあげている。

 どうやら彼にしてみれば夜食が飛び込んできたように思えるらしい。

 いや、問題はそこだけではない。

 それが、あと二匹。

 ――つまり、三頭犬が三匹もいるのだ。

 目玉は合計十八個。穴があきそうだった。ついでにハリーの胃にも穴があきそうだった。

 どうする!? どうしたらいい!?

 ハリーの脳裏には、クィレルにした質問が思い浮かんだ。

 

Q.もし何らかの危険な存在に襲われた場合、どういった呪文で乗り切ればいいのですか?

A.そんな恐ろしい状況……私には耐えられない! ヒィーッ!

 

「だめだ! 逃げろぉぉおおお―――ッ!」

 

 ハリーが大声で叫ぶと同時、金縛りにあっていた二人も弾かれたように扉へ逆戻りした。

 フィルチに見つかるか? 知ったことではない。死ぬより幾分かましだ。

 これまたどこをどう走ったものか、ハリーらは数分でグリフィンドール寮へと辿り着いた。

 そのころには太った婦人も絵画に戻っていて、何故かネビルと話をしていた。

 こんな時間になにやってんだあいつとかそういう感想は頭からすぐに流れ出てゆく。

 二人は走ってきた三人を見て、心底たまげていた。

 寝間着で涙目の少女二人と、半泣きの少年一人。しかもこんな夜中にだ。

 

「ど、どうしたのさ三人とも? ぼくみたいに合言葉忘れちゃった?」

 

 惚けた質問をしてくるネビルを押しのけて、ハリーは息も絶え絶えに言った。

 

「あなたたち、こんな時間になにをしていたの?」

「だまれ。『豚の鼻』」

「まあ!」

 

 暴言を吐いたハリーが婦人の肖像画を開け寮の中へ入りこむと、ハーマイオニーが我先にと談話室のソファに倒れ込んだ。

 ロンももう一つのソファに倒れ込もうとしたが、それはハリーが蹴飛ばして自分が座り込んだ。

 床に転がったロンは不満げだったが、文句を言う体力は残っていないようで目で訴えるのみ。

 便乗して談話室に戻れたネビルが心配そうにしていたので、ハリーは図々しくも水をお願いした。

 下男のように甲斐甲斐しく水差しを持ってきたネビルに視線で礼を言い、伝わっていないようだったが構わず中の水をマナーも減ったくれもなくそのまま飲んでゆく。

 栗毛と赤毛の二人からそれを欲する視線を感じたが、ハリーは英国紳士(少女だが)としてレディファーストを行い、彼女が水差しから口を離したころには、中身は空っぽだった。

 ロンの顔が絶望に染まったがハリーは無視した。

 男女の喧嘩は陰湿である。

 

「なんなんだ――あれ! あんなもんを学校に置いておくなんて正気か!?」

「し、死ぬかと思った。ダドリーよりよっぽど怖かった。何のためにあんな……」

 

 悲痛な叫びを漏らすロンとハリーに、ハーマイオニーはうつ伏せになったまま言う。

 

「三匹もいるからちらっとしか見えなかったけど……仕掛け扉の上に立っていたのよ、アレ。きっと何かを守っているのよ……」

 

 確かにハリーも見た気がする。

 しかしそうすると、本当にあそこには何かがあるようだ。

 

 ハグリッドの言葉が思い出される。

 ホグワーツは絶対に安全。世界のどこを見てもここ以上に安全なところはない。

 なるほど、ハグリッドが金庫から引きだしたあの包みはあそこにあるのか。

 だが、包みがなんなのかはわからない。

 重要なモノではあるだろうが、ぼくには関係なさそうだ。

 そして、その考えがすっかり溶けだすころには、ハリーは眠くて仕方がなかった。

 そう思ったハリーは目を閉じて、夢の世界へ旅立った。

 その考えが大いなる間違いであったことに気付くのは、もう少し後の事になる。

 




【変更点】
・ネビルは投げ捨てるもの。
・ドラコ「一応原作でも実力はあるフォイ!」
・ハリーのロンへの扱いが雑。まだ『友人』ではないため。
・弱体化ばかりではないの。むしろ生き残るため自らを魔改造せねば死ぬぞハリー。
・三頭犬が一匹だけじゃ物足りないだろう、吾輩からの贈り物だポッター! 難易度三倍だ! 

【オリジナルスペル】
「インパートゥーバブル、邪魔よけ」(初出・原作5巻)
・扉などへの接触を防ぐ呪文。無理矢理接触を試みると、勢いよく弾き飛ばされる。
 元々魔法界にある呪文。モリーが不死鳥の騎士団会議の盗聴を防ぐために扉に掛けた。

クィディッチシーンは大好きです。
いつかクィディッチワールドカップを…一心不乱のワールドカップを……
次回はちゃんと杖を使ってのバトルシーンを書きたいですね。ビューン、フォイよ!

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