ハリー・ポッター -Harry Must Die-   作:リョース

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2.ワールドカップ

 

 ハリーは目を覚ました。

 飛び起きて身だしなみを整え、朝食のサンドイッチをバスケットに詰め終えたモリーとキッチン前で出会う。

 これを持っていてちょうだい、と言われたのでバスケットを持つ使命を授かった。

 ハリーの格好は、ホットパンツにハイサイソックス、パンクなデザインのノースリーブシャツ。キャスケット帽を被って踵の高くないサマーブーツを穿いた、ボーイッシュな格好である。

 スカートもいいが、やはり動きやすい方が好きなのだ。

 玄関前でロンに出会った。彼はジーンズに半袖シャツと、なにも飾り気がないが、すらりと背が高いので不思議と様になっている。

 彼にしては珍しく、ハリーの髪型をほめてくれた。実を言うと昨日、モリーに切ってもらったばかりなのだ。何故だか照れてしまい、耳が熱くなるのを感じる。

 ちょっと不機嫌そうなハーマイオニーと共に、三人で歩き出す。

 目的地は近くの丘の上。

 既にパーシー、フレッド、ジョージ、ジニーが集まっていた。

 モリーは後々ビルとチャーリーの『姿あらわし』についてくるらしい。なので長兄二人はもう少しお寝坊できるのだ。魔法って便利。

 ここに来る者で、残るはアーサーだけだ。

 

「あ、来たよ」

 

 ジニーの声で、ようやくウィーズリー家の大黒柱が到着した。

 何やらがっしりした体形の魔法使いと、肩を叩き合っている。

 その隣には背の高い、同じくがっしりした肉体の――

 

「あれ? やあ、セドリック」

「やぁハリー。……その服、似合ってるよ」

「ありがと。いやあ、紳士だねぇ」

「ははは」

 

 セドリック・ディゴリーだ。

 ハッフルパフ寮の監督生で、クィディッチ・チームのシーカーにしてキャプテン。

 甘いマスクのハンサムで、鍛えられた肉体と爽やかな性格はかなり魅力的だ。

 人間としても完璧に近い人格者である。ハッフルパフは優しい者が多いとされるが、監督生である彼はその筆頭であろう。他寮の人間にも分け隔てなく接するその姿に憧れる生徒たちは多い。ファンクラブまであるというのだから驚きである。

 そしてクィディッチ選手としても高い実力を持つ。ハリーとドラコの狂気とも呼べる熾烈な争いに、理性的なまま追随して来るという時点で窺い知れようというものだ。

 今年度からはウッドがいないため、試合前に彼を呪い殺そうとする者はいないだろう。

 

「セドリックだとぅ?」

「にゃんだってぇい?」

「やぁ、フレッドにジョージ。今日はよろしく」

「嫌だね」

「ノーだ」

「相変わらずだな君たちは」

 

 親しげに話しかけるセドリックを、ウィーズリーの双子は邪険に扱う。

 いつも学校で苦い思いをさせられていることを根に持っているのだろう。

 フレッドとジョージが放ったブラッジャーの直撃を受けていないホグワーツのシーカーは、セドリックのみだ。ハリーですら練習中に当てられているのだ。

 腹立たしいが選手としては尊敬できる。人間として非がないだけに難癖つけることもできやしない。相手が綺麗すぎて、そんなことを考えてしまう自分が汚く見える。

 それはそれはもう、嫌な相手だった。

 

「ハリー。今回の移動は《移動鍵(ポートキー)》を使うんだ」

「ポートキー?」

「うん。マグルに対する魔法秘匿の義務がある以上、いくらワールドカップとは言っても、大っぴらに開催するわけにはいかないからね。サッカー会場かと思ったマグルが会場に入って、箒で飛び回る選手たちを見たらコトだろう?」

「まぁ、そうだね」

「さらに言うと、かなり大きな会場が必要になるんだ。知っての通り、プロ用のクィディッチピッチには高さに制限があるからね」

 

 ホグワーツにはそれがない。

 それはプロが行うクィディッチは、たいていが屋内競技だからだ。

 ワールドカップともなれば、一ヵ月前には開催国の目立たない場所にわざわざ会場を新設してしまう。一回の試合で取り壊すのはあまりにも勿体ないので、十試合ほどは使われるがそれでもマグルから見ればかなりの大盤振る舞いだ。

 魔法で建造、取り壊しが容易にできるとはいえ、プロクィディッチで最も気を使うのは魔法の秘匿だ。

 歴史上、箒というものはもっとも流出の激しい魔法技術である。

 今でこそ飛行専門の箒が製造、流通しているものの、昔は家庭用の竹箒やデッキブラシなどに飛行用の魔法をかけたものが一般的だった。そしてマグル保護法という法律が曖昧だった時代。魔法使いたちは大っぴらに空を飛び回り、魔女たちはマグルの目も気にせず大鍋をかき回していた。

 自分たちとは違う異分子を恐れるのが人間というもの。それは純血主義者の魔法族たちを見ても分かるように、魔法族も非魔法族も人間である以上変わらない恐怖の根源。

 魔法を使えぬマグルたちにとって、そういった不可思議な未知の外法を使ってくる魔法族は恐怖の対象でしかない。

 そうして起こったのが、《魔女狩り》と呼ばれる狂乱である。

 疑心暗鬼という言葉がちょうどいい。誰もかれもが魔法使いや魔女に見えてしまい、とにかく怪しいものは魔女裁判にかける。

 重石をつけて水槽に沈めて、浮かび上がれば魔女と見做す。死刑である。溺れ死ねば人間。無罪だったけど死んじゃたからしょうがないよね。そんなトンデモ理論が平然と罷り通ってしまったのだ。

 当然、身を隠す術をいくらでも持っている本物の魔法族は、マグルの懸命の捜査にもかかわらず滅多に見つかりはしない。それはそうだ、物理法則に縛られたままでは見つけるどころか視認することすらできないのだ。

 しかし、ゼロではない。

 身を守る術を持たない子供の魔法族や、魔力炉欠乏症(スクイブ)の者などが餌食になってしまうことがごくたまにあった。それになにより、いくら魔法も使えぬ猿どもなどと蔑んでいるマグルといえど、自分たちが原因で大勢の人々が殺されているというのは、とんでもないことであった。

 そこまでしてやっと、マグルに対する魔法秘匿の法律が整備されたという過去がある。

 

「そこでこいつの出番というわけさ。ハリー、魔法族の長距離移動に用いる交通機関はわかるかい」

「えーっと、箒と、空飛ぶ絨毯、煙突飛行ネットワークもそうだし、あとは……『姿あらわし』かな」

「その通りだ。まぁ他にもあるけど、ポピュラーなのはそれだね。そして最後に、《移動鍵》が加わるんだ。実はこれ、マグルでも扱える魔法具なんだよ」

 

 ということは、魔力を込めて使うのではなく、既に魔力が込められている物品。

 未成熟な子供の魔法族でも使えるようにという配慮だろうか?

 

「だからこんなゴミみたいなものを使ってるわけか……」

「そう。マグルが興味本位で持ち帰ったりしないようなものをね。……ただ、最近これも問題があるらしいんだよ」

「問題?」

「そう! 由々しき問題です!」

「うわぁパーシー」

 

 セドリックとハリーの話に、眼鏡をくいくいとあげながらパーシーがやってくる。

 ちょっとだけセドリックが残念そうな顔をしたが、理由がわからないのでパーシーのトークを聞くことにした。

 

「最近のマグルは美化問題に取り組むようになったんだ」

「美化? あー、ってことは……」

「お分かり頂けたようで。ゴミをポートキー化させてしまうと、野山にポイ捨てなんて許せないという善良なマグルが被害に遭ってしまうんだ。このワールドカップ開催期間では既に十四件。そしてそのポートキーで移動できなかった被害者たちの苦情は既に三桁の大台にくるころだ。今頃魔法省では大わらわだろうなぁ……クラウチさん大丈夫かなぁ……」

「ん? クラウチって誰な――」

「おーっとハリー! そろそろ時間だ! 早いとこ位置に着くぞ!」

 

 パーシーがぽろりと零した知らない名前に反応したハリーは、誰なのか聞こうとしたが、その口をロンにふさがれて無理やり連れて行かれてしまう。

 恥ずかしいやら照れるやらでロンを引き剥がして、何をするのかと問うと苦笑いと共に答えが返ってきた。

 

「バーテミウス・クラウチ。パーシーの上司で、魔法省きっての仕事の鬼さ。つまり、パーシーがお熱をあげてるナイスガイってこと」

 

 合点がいった。

 大鍋の時以上の長話が繰り出されるところだったというわけか。

 ハリーはロンに礼を言いながら、ポートキーとなっている長靴のもとへ集まる。

 セドリックとロンに挟まれながら、ハリーは地面に寝そべった。なぜこんなことをせにゃならんのかと思わなくもないが、一足の長靴を十人以上で触れ続けていなければならないのだ。

 アーサーがカウントダウンを始める。 

 それがゼロになったとき、ハリーはおへその裏側を誰かに掴まれてひっくり返されるような、強烈な違和感を感じた。周囲の景色が、まるで粘土を捏ねている様を内側から見ているような風に変化していく。

 周りを見ていると酔ってしまいそうだ。

 数十秒はその感覚を味わっていると、次第にポートキーを中心にハリーたちの身体が回転し始めた。ぐるぐると高速メリーゴーラウンドを味わっていると、アーサーの叫び声が聞こえる。

 

「手を離すんだ!」

 

 それに従い、皆が長靴から手を放す。

 途端、濁流に飲み込まれるかのような感覚と共に、数時間ぶりのように感じる重力が体に纏わりつく。落下している! そう思った時には、ハリーの身体は地面にたたきつけられていた。

 意地でも無様に倒れるまいとして、左足を軸に回転することで衝撃を逃がす。なんだか妙にかっこいいポーズで着地に成功してしまった。

 ふふんと得意げに笑うと同時、倒れ込んできたロンに押し倒されて結局地に伏せた。

 人の尻を枕にするロンの頭を蹴り飛ばしてから、ハリーは土埃を払いながら起き上がる。

 

「ハリー、手を」

「ありがと、セドリック」

 

 紳士ここに極まれり。

 特に転倒もしなかったセドリックの手を借りて、ハリーは立ち上がる。

 他も似たり寄ったりのようだ。倒れていないのはアーサーとセドリック、そしていまハリーの前に来た魔法使いの三人のみだったようだ。

 

「ハリー・ポッター。会えて光栄だ。可愛らしいお嬢さんじゃないか」

「ありがとう、ミスター……あー、」

「エイモス。エイモス・ディゴリーだ。この私に似てハンサムなセドリックの父だよ」

 

 そういって快活に笑うエイモス氏は、ハリーと話を始めた。

 主に息子の自慢話で、本当に愛しているのですねと微笑ましい気持ちでハリーが言えば、当然だろうと胸を張って大笑いしていた。

 目の前で自分の武勇伝を語られてしまったからか、頬を赤く染めたセドリックが父親の袖を引く。どうやらウィーズリー家とディゴリー家の観客席は、違うブロックのようだ。

 それじゃあ、と別れの挨拶を告げてしばらく歩いていると。

 

「ふざけるなーっ!」

「はよカネ返さんかーい! 詐欺師ーっ!」

「どういうこっちゃ! どういうこっちゃ!」

 

 にわかに周囲が騒がしくなった。

 いったい何事かと、周囲で怒号をあげる人々が目に付く。

 どうやらアイルランドのサポーターたちが激怒しているようだ。

 ハリーたちが見に来たのは、アイルランドとブルガリアの試合。ワールドカップの決勝だ。だというのになぜ彼らは試合前に大騒ぎしているのだろうか。

 

「アーサー、アーサー!」

 

 先ほど別れたばかりのエイモス氏が、アーサーのもとへ駆け寄ってくる。

 二人はなにやら話し始めたが、声はこちらまで届いてこない。

 ちょうどセドリックも一緒だったので、未成年組は彼の方に話を聞くことにした。

 

「セドリック、何があったの?」

「あー、聞いて驚かないでくれよ」

「内容による」

「そうだろうね。……アイルランドが準決勝で敗退した」

 

 ロンが悲鳴をあげた。

 しかしそれはどういうことだろうか。

 アイルランド対ブルガリアの試合を見に来たはずなのに、アイルランドが負けた?

 まだ試合は始まっていないはずだ。何が起こったというのだろう。

 どういうことかとセドリックに聞いてみると、苦笑いしている。

 

「実はね、アイルランドが勝ち上がってくると予想してそのチケットを作ったみたいなんだよ」

「ええ? 試合結果も見てないのにチケットを作ったの? 魔法省バカじゃないの?」

「そう言ってやるなよ。魔法省の魔法ゲーム・スポーツ部は、いまごろクレームの嵐が降り注いでいて過労死する寸前だろうからね」

 

 つまり、こういうことだ。

 いまからハリーたちが向かう会場では、いま準決勝戦が終わったところ。

 そしてその対戦相手の国が負けると予想していたから、誰もがアイルランドとブルガリアの試合になると思って観戦チケットまで作っていたということだ。

 獲らぬドラゴンの皮算用にもほどがある。

 この場合はどうなるのだろうか? 最悪の場合、いまハリーたちが持っている観戦チケットは紙くずとなってしまうのだろうか。

 

「もう試合見れないの? 僕すっごく楽しみにしてたのに!」

「大丈夫だぞ、ウィーズリーの小倅くん。試合は見れるそうだよ。ただし、当然ながらブルガリアの相手はアイルランドではないがね」

 

 エイモスとアーサーが話し終えたようで、こちらに歩み寄ってくる。

 周囲のブーイングと怒号に負けないように多少大声を張り上げる必要があった。

 

「それで?」

 

 ジョージがアーサーに問うた。

 

「いったい何処の代表チームとの試合になっちゃったのさ、パパ」

 

 その問いに、アーサーはハリーに向けてにやりと笑いかけた。

 いったい何故ぼくに? という顔をしたハリーも、次の答えを聞けば笑いだす。

 アーサーは右拳で一本だけ立てられた人差し指を左手で握り、左手の人差し指もピンと天を指したニンジャのポーズで言った。

 

「対戦相手は、日本代表チームだ」

 

 

 試合会場の混乱がようやく収まりを見せた頃、ハリーは土産物屋が撤退していくのを眺めていた。

 アイルランドの土産物を売ってなどいられないのだろう。商売あがったりで暴動が起きかねないほど殺伐としていたものの、警備に闇祓いがついているとなれば鎮圧されるのは目に見えている。それに、暴れたところで試合結果は変わらないのだ。

 ウィーズリー家が張ったテントは空間拡大魔法がかかっており、見た目は小ぢんまりとしたテントだというのに、中に入れば二〇人以上がゆったり過ごすことのできるサイズの、古ぼけたホテルのような内装になっている。

 先程からウィーズリーの双子が大暴れしているが、そんな程度ではびくともしない。

 試合開始は昼の三時から。いまはちょうど昼食時だ。

 

「ハリー、終わったわ。行きましょ」

「うん」

 

 昼食後、ハーマイオニーが身支度を終えて外に出てきた。うつらうつらしていたので昼寝としゃれ込んでいたロンも一緒だ。あくびを噛み殺しているあたりまだ眠いのだろうが、それでもこれから行くところでは眠気も吹き飛ぶだろう。

 アイルランド関連の土産物屋がすごすごと消え去った後には、日本人らしき商売人たちがで店を構え始めた。なにやら訛りの激しい日本語で、ハリーには聞き取れない。ちゃうちゃうばかり言われてもわからない。

 そのエキゾチックさと物珍しさに、ハリーは早く見てみたくてしょうがなかったのだ。

 

「刀あるかな、刀。ジャパニーズ・サムライソード!」

「どうかしら。玩具ならありそうだけれど……」

 

 始まりはダドリーの嗜んでいたジャパニーズ・オタク文化であったが、ハリーは実のところかなり日本贔屓な趣味を持っている。ロンがチャドリー・キャノンズを好きなように、ハリーはトヨハシ・テングを応援しているのだ。

 日本の出店というのは、よくテレビで映るような神社やお寺で開催されるサマーフェスティバルの折に、心優しいヤクザ・マフィアが子供たちのために開く駄菓子屋のようなものだった。

 アップルキャンディに、クラウドキャンディ、チョコレートがけバナナや、デビルフィッシュをパンケーキで包んだような奇妙なボールまである。魚の形をした甘味まであるというのだから、日本人の魚好きは異常だ。ダドリーが買ってきたアメリカ土産のベーコンガムを思い出す。

 ダンゴブラザーズなる独特な甘味を食べながら、ハリーたちは出店を見て回る。

 怪しげなくじ引きでは、大外れを引いたと思ったら店頭に並んでいる魔法用品ではなく店の裏のダンボールに詰め込まれた雑多なガラクタを渡された。一クヌートだからよかったようなものの、もう少し高ければ訴訟モノである。

 シャテキなるものまであった。

 マグルの使う銃を模した玩具で、コルクを飛ばして商品を打ち落とし、それを手に入れるというものだ。ロンはまず銃の先から球が出るということを理解できず、失敗。ハーマイオニーはマグル出身であったため撃ち方はさまになっていたものの、狙いが定められず失敗。そしてハリーは、いつもは泥のように濁って生気を感じさせない瞳であるのにこの一時はキラキラに輝かせてハイテンションであったため、当たろうが外れようが全く気にしていなかった。

 日本魔法界で流通しているらしき《呪符》の子供向けダウングレード版が売っていたので、ハリーとハーマイオニーが興味を持ったので勉学関係の匂いを感じて嫌がるロンを引きずってでもお店の中に入る。

 ハリーたちヨーロッパの魔法族がやるように、物品に魔法式を刻み込んで、電池のように魔力を込めて魔法具を製作するのとはかなり違うようだ。

 失礼ながら勝手に内部式を視てみたところ、まず魔法式らしきものが見当たらない。さらに魔力も込められていないとなれば、ただのインチキ商品と断じることもできた。

 だが魔法族特有の感覚として、明らかに神秘が内包されていることがわかるのだ。

 降参したハリーは、お店の売り子をしていた小さな老婆に問いかけることにした。

 

「これどうやって作るんですか?」

「ほぁー?」

「おばぁーちゃーん! これ、どうやって、つくったのー?」

「あー、はいはい。あたしゃ今年で一五六歳ですよぉ」

「違うそうじゃな、うそでしょぉ!? 信じらんない!」

「ハリー、ダンブルドアも似たようなもんだぜ」

 

 売り子のおばあちゃんに英語が通じなかったというわけではないだろう。

 しっかりとした発音の英語で受け答えしてくれたのだから、ただボケているだけなのかそれとも企業秘密であるので教えられませんよということを、日本人特有の曖昧な表現でやんわり告げられたのだろうか。

 ジャパニーズほんと分かりづらい。もっとはっきりしてほしい。

 

「にしても、ブルガリア代表チームと日本代表チームかぁ」

「私たちが応援しに来た意味って何なのかしらね」

 

 ハリーが苦笑いで返す。

 確かにハリー達はアイルランド側の応援で来たはずなのだ。

 当のアイルランドがさっさと消え去ってしまったので、ひいきのチームと関係ない国の試合を見に来たということになる。

 なんたる間抜けか。

 

「オーッ! アーサーから話は聞いていたが、こんな可愛らしいお嬢さんだとは!」

「え?」

 

 唐突に現れた陽気な男が、ハリーの手を握ってくる。

 困惑気味な顔のハリーは、ロンがあげた声で彼を不審者認定しないで済んだ。

 

「バグマンさん!」

「おう! 君達のヒーロー、ルード・バグマンさんだ! しっかしウィーズリーの末っ子かァ、デカくなったな! あー、いや。妹さんがいたかな。いやはや、あそこのお夫婦はお熱い事で! それに君も中々やるじゃあないか、ロニー坊や!」

「ロニーはやめてくださいよ。それに、中々やるって?」

「ああ、モテ男くんは分かっていないらしい。美少女を二人も侍らすなんて、男の花道だろうに!」

 

 ロンの顔が真っ赤になった。

 ハリーとハーマイオニーも少なからず頬を染める。

 しかし、ルード・バグマンか。本名をルドビッチ・バグマンという元クィディッチ選手。

 確か十年ほど前のイングランド代表選手でポジションはビーターだったはずだ。

 そしてウイムボーン・ワスプスの名ビーターとして有名な男だったはず。

 アーサーは本当に顔の広い男だ。

 

「さてさてさて。初めましてだね、ハリー・ポッター。私は紳士! ハンサム! 名ビーター! の、ルード・バグマンだ。よろしく。そちらのふわふわな栗毛がキュートなお嬢さんも陽気なバグマンおじさんをよろしくね」

「きゅ、きゅーと……よ、よろしくおねがいします……」

「よ、よろしくバグマンさん。《危険な蜂野郎》と会えるなんて光栄です」

 

 ハリーがそう言うと、バグマンの顔が輝いた。

 

「オーッ! 嬉しいねえ、その名前を知ってる現代っ子がいるとは! 確か君はホグワーツ生だと思うが、君もクィディッチを?」

「ええ、グリフィンドールのシーカーです」

「シーカー! 華のあることじゃないか! 美人が飛んでりゃ更によし! ウン!」

 

 その後五分ほどバグマンと話していると、なにやら慌てたように時間がないと言って去っていった。その後をアイルランドサポーターと思わしき男たちが追いかけて行ったので、ハリー達は知らんぷりを決め込んだ。

 ロンがハリーに囁く。

 

「バグマンは魔法ゲーム・スポーツ部の部長なんだ。アイルランド対ブルガリアの試合チケットを組んだのが誰かはわからないけど、ゴーサインを出したのは間違いなく彼だよ」

「なるほど、だから追われていたのか。追いつかれたら殺されるんじゃないだろうか」

「ハリー。笑えないことを言うのはやめてちょうだい」

 

 バグマンと別れた三人だが、試合開始まで残り一時間ということでそろそろ準備をしようとテントへ戻ろうとハーマイオニーに提案される。

 ロンが多少渋ったものの、入場に混雑して面倒なことになるのは御免なので了承。

 さて、とテントへ向かって歩き始めたところで、声をかけられた。

 

「すみません」

 

 いきなり謝られてしまった。

 いったい何事かと思って振り返れば、そこにはハリーと同じくらいの背丈の少女がいた。

 スレンダーなスタイルを包むノースリーブの黒いタートルネックに、白くふわふわしたロングスカート。ベージュのキャスケット帽の下には切り揃えられた長い黒髪が伸びている。黒々とした瞳は、楽しげにニコニコと笑っている。

 その隣には、同じく長い黒髪を後ろでポニーテールのようにひとまとめにした、背の高い青年。こちらは黒いシャツに、暗色のジーンズ。黒縁眼鏡が全く似合っていない。サムライのように寡黙な雰囲気で、少女とは対照的にニコリもしていなかった。

 二人とも、肌の色と訛りから見て日本人だろう。

 そこでハリーは合点がいった。日本人はことあるごとに謝る一族だと聞いたことがある。なにかにつけて「スミマセン=トーリマス」とチョップしてくる戦闘民族だとも聞いたが、多分そっちはガセだろう。そんなことで人ごみを掻き分けられるはずがない。

 とりあえず相手が日本人なら、いきなり謝られても納得だ。不審げな表情を消し、ハリーは愛想よく日本語で答えた。

 

「どうしマシタ?」

「ワ、日本語だ。えっと、ハイ。道に迷ってしまっテ。……試合会場の入り口って、どこデショウ?」

「アー。それなら、ガード魔ンに聞いた方が早いデスネ。ほら、闇祓い(オーラー)。って言っても分からないか、あの黒いコートみたいなローブを着てる人達デス」

「ドーモアリガトウ」

 

 少女は青年を連れて、手を振りながら去って行った。

 ロンによく日本語なんて覚えていたなと感心されたが、ジャパニーズアニメを原語で見たくなったからなんてことは言えない。

 あれ、案外参考になるのだ。ファンタジーで異能バトルジャンルが多いものだから、意外と魔法戦闘のアイディアになる。マグルなのに、どうしてこんなことになっているのだろう。ひょっとして日本魔法族が作ってるんじゃあるまいな。

 やっぱり日本人は(あいつら)未来に生きてる(アタマおかしい)

 

「んー」

「どうしたのさハリー」

「いやぁ。今の二人組、どっかで見たような気がして……」

 

 ハーマイオニー曰くジャパンフリークなハリーは、とりあえず興味を持った雑多な日本情報誌を読み漁っていたので思い出せない。マグルのゲーノー界におけるお笑いゲイシャだったかもしれないし、日本魔法界関連だったかもしれない。その出所も、インターネットだったりバーノンの読み飽きたビジネス誌だったりするので、まったく当てにならない。

 とりあえず思い出せないなら別にいいだろうということで、ハリーたちはテントへと戻った。

 十分ほど、どこへいったか知れないフレッドとジョージをアーサーが探し回り、その間に『姿あらわし』でやってきたモリー、ビル、チャーリーと合流。

 試合開始十分前になって、ようやくハリーたちは試合会場に入ることができた。

 やはり大変混雑していて、誰もが我先にと入ろうとしていたが原因だろう。日本側の応援席入口は、三〇分前には既に入場を終えていたので実に羨ましかった。彼らの整列文化は異常だと思う。日本以外の国の人なら、だれもがそう思う。

 

「やぁウィーズリー! 雨が降ればまっさきに濡れる席に座る気分はどうだい?」

「スコーピウス、おまえ……!」

「行くぞ、ドラコ、スコーピウス。あの家に相手する価値はない。こちらの品位が下がってしまうぞ」

「ルシウス、きさま……!」

 

 ロンとアーサーが、偶然出会ったマルフォイ親子に噛みつく。

 しかし出会い頭に悪態を吐きあうとは、どれだけ仲が悪いのだろう。

 まるで親の仇でも見るような目ではないか。いや、違うか。炉端のゴミか。

 ドラコがひらひらと手を振って興味な下げに去ってゆくのを見ながら、ハリーはルシウスに声をかけられる。

 

「ハリエット・ポッター。今年は楽しい年になるだろう、せいぜい楽しみたまえ」

「?」

「まぁ、知らされておらんだろうな。知らなくて当然だ。ふふ……」

 

 意味深な含み笑いを残して、ルシウスはスコーピウスを連れて貴賓席へ去ってゆく。

 ハリーたちは会場一番上の、いちばん試合全体がよく見れる位置だ。

 人工的に造られたワールドカップ競技場は、小高い丘を垂直に掘って作られている。中心のクィディッチピッチを取り囲む壁のように、観客席がずらりと並んでいる。もちろん魔法的な保護シールドも張られているため、万が一ブラッジャーによって吹き飛ばされた選手が叩きつけられても、観客席に突っ込むようなことは無い。選手に対しても土に突っ込んだかのような衝撃が来るだけで、硬い鋼鉄に頭をぶつけてお陀仏なんてことにもならない。

 なにせ世界大会なのだ。万が一のことがあっては英国魔法界の信用にかかわる。

 

 さて。

 ハリーたちが試合を心待ちにしている間、先ほどセールス魔ンからハリーが買った《万眼鏡》で試合会場を見渡してみる。見た目は単なる真鍮製の双眼鏡だが、もちろん魔法具である。

 使用者の魔力をほんの少しだけ消費して、ズーム機能や録画機能、リアルタイムでスローモーションにして観たり、選手を見失わないようにする追尾機能、更には映像から読み取ってクィディッチ技の解説機能までついている優れもの。というか、クィディッチ観戦以外にはろくに使わないだろう代物だ。十ガリオンも出した甲斐はあった。

 そこでなんとなく観客席を眺めてみれば、様々な人がいるのが見える。

 反対側の応援席は日本サポーターの席なので、実に大人しい。黙って待ってる者や、何やら腕に装着した魔法具でカードゲームらしきことをして暇を潰している者。立派な着物を着た白髪白髭のお爺さんや、何らかのコスプレらしき恰好をした女性、などなど。

 なんだよ全く大人しくねえじゃん。

 

「おや? ハリーちゃんじゃないかい?」

「え?」

 

 唐突に声をかけられて、ハリーが振り向くとそこには日本人夫婦が居た。

 そしてハリーは驚きのあまり万眼鏡を取り落し、それを足でキャッチしたロンが悲鳴をあげる。しかしハリーにはそれすら耳に入らない。

 なにせ、目の前にいたのは知っている人物で、ここに居るはずのない者だったのだから。

 

「み、ミスター・タチバナ! ミセス・タチバナも!?」

 

 そう。かつてハリーが接待した夫婦だ。

 ダーズリー穴あけドリル会社と提携を結んでいる、日本の立花重工。

 つまり、マグル中のマグルが魔法界のど真ん中にいらっしゃったのだ。

 

「うふふ、やっぱり驚いた。ファッジさんからあなたの席を聞いておいて正解だったわ」

「ど、どうしてここに……」

「実は私、日本魔法界の首相……あー、英国風にいうと魔法省大臣なのよ。ちなみに主人は生粋のノーマルね。つまり、マグルよ」

「マ、マジですか」

「マジなの」

 

 驚きすぎて特に何も言えない。

 バーノンおじさんは、自分が取引していた相手が魔のつくなんちゃらにどっぷり浸かり込んでいたことを知ったらなんて言うだろうか? 少なくとも顔色が腐ったオートミール色になるのは間違いないだろう。

 同じくして提携を結んだメイソン夫妻は魔法関係者ではないようだが、いやしかし驚いた。ハリーの驚きようを堪能したのか、タチバナ夫妻は貴賓席の方へ戻っていった。

 しかも、どうやら息子が日本代表選手の一人らしい。

 マジかよ。

 

『みなさま!』

 

 夫妻が貴賓席に戻ってからしばらくして、会場内にファッジの声が響いた。

 クィディッチピッチ上空に映し出されているマジックスクリーンに、彼の顔が映った。どうやら魔法で声を大きくしているらしく、杖を自身の喉に当てているのが見える。

 ファッジは一言二言祝辞を述べ、そして興奮した様子でまくしたてる。

 

『我がアイルランドがいなくなったのにお前は何をしているんだとか、そんなことは言わないでください。私は魔法省大臣、責任者ですからね。ただし、今はただクィディッチに狂った一人のファンです』

 

 会場が湧いた。

 それに気を良くしたのか、ファッジは言葉を続ける。

 

『今宵、ここに世界王者が決まります。それは歴史的瞬間でしょう! 第四三二回、クィディッチワールドカップ決勝戦! 選手入場です!』

『解説は私、ルード・バグマンが務めさせていただきます。それではご紹介しましょう、まず最初のヒーローォオオ!』

 

 ファッジの宣言のあとに乗ったバグマンの声が、会場に響く。

 同時。どぱん、と景気のいい破裂音と共に、真っ赤な光が飛び散った。

 光の瀑布を突き抜けて現れたのは、同じく真っ赤なユニフォームを着た集団。

 荒々しくも精密な操作で箒を操り、ピッチ内を駆け巡る。

 三人組が編隊を組んで見事な飛行を披露している。箒の尾から色とりどりの煙を操って見事な幾何学模様を作り出す。

 一人一人が大きく手を振っており、一番左のすらりとした選手など両手を箒の柄から離して投げキッスまでしているではないか。

 

『ブルガリア代表の剛腕チェイサー三人組だァ! 真ん中は《ヴラトサ・ヴァルチャーズ》のヴァシリ・ディミトロフ! 今大会におけるブルガリアチームのキャプテンを務める、二〇年選手! いぶし銀のテクニックが渋く光るぜ! 彼から見て右は《ハスコヴォ・ハンターズ》のクララ・イワノバ! 同じく同チームから選出されましたアレクシ・レブスキーの黄金コンビ! 二人は昨年度のブルガリア・クィディッチ界で得点王を獲得しているぞォッ!』

 

 爆発するような声援に応えて、三人は煙で装飾華美な文字を描く。

 『We are the champion!(勝 つ の は 俺 た ち だ)』とは、これまた随分と強気だ。

 くるりと宙返りした三人の作った輪を、二人の選手が駆け抜ける。

 黒白黄の煙を四散させて現れたのは、クラブを振り回す巨漢が二人。二人は観客の歓声に合わせて、ウオーッと野太い声で吼えた。

 

『ピオトル・ボルチャコフとイヴァン・ボルコフ! 二人とも危険な野郎ダイ・ルウェリンの後継者とも噂されるデンジャラス・ガァァァイズ! 《スリヴェン・スカンクス》から堂々の出奔だァァァ――ッ! 今大会ではまだブラッジャーと間違えて相手選手を叩きのめしておりません! 国際問題ですからねっ! だめだぞぅ!』

 

 会場の笑い声に、問題児ビーター達がクラブを振り回して答える。

 その二人を諌めるように現れたのは、頬ヒゲが目立つマッチョマン。二メートルはある巨体を軽々と揺らして、箒の上に立ち上がって観客たちに向かって朗らかな笑顔と共に両手を振る。

 まるで人懐っこいクマのような巨漢だ。

 

『レフ・ゾグラフ! 《ヴラトサ・ヴァルチャーズ》の問題児レフ・ゾグラフだァァァ! 彼はキーパーでありながら、キャッチの際にクアッフルを粉砕するほどの握力の持ち主です! 今大会では既に一ダース以上ぶっ壊しております! もちろん魔法なんて使ってないぞ! 正真正銘のクリーチャー選手だァッ!』

 

 次に、ゾグラフとハイタッチをして現れた選手を見て、会場が爆発したかのような大歓声を上げた。素早いその動きは、ハリーをして追いつけるかどうか判断できなかった。

 ぱっ、とスクリーンに映し出されたのは、一人の偉丈夫。まだ若い。青年くらいか。

 スポーツマンらしく刈り上げた頭に、岩のような輪郭、そして力強い眉。

 雄叫びをあげて右手を振り上げ、ファンの歓声に応えるのは、いまクィディッチ界でもっとも注目されているヨーロッパ新人王。

 

『さぁぁぁお待たせしましたァ! こいつを知らない奴はモグリだね、ああ! 彼が生まれたおかげでヨーロッパクィディッチのレベルは一世紀以上更新されたと言われている! 北国が生んだクィディッチの化身! ピッチ上の芸術家! シーカー・オブ・シーカー! 《ヴラトサ・ヴァルチャーズ》からビクトォォォォオオ――ル・クラァァァ――――ムッッッ!』

 

 ハリーは自分の耳を押さえないと、鼓膜に被害を受けると思うほどの歓声が押し寄せてきた。

 声とは音の波であることは知っているが、それに触感があれば今まさにこのような状態になっているのだろう。全身がびりびりと震えるような感覚がする。

 

『続いて、日本代表選手の入場です。遠路はるばるイギリスへようこそ! 刃のように鋭く決勝まで突き進んできたサムライ・ダマーシィをご覧あれ!』

『さぁさぁさぁさぁ、エキゾチックジャパンなんて言われてるけどこいつらは十分ヤバい! まるでニンジャみたいな青と黒のユニフォームがカッチョイイ日本のサムライナイツが勢ぞろいだ!』

 

 まるで刃物同士をすり合わせたような鋭い音と共に、突風が巻き起こる。

 黒い風を撒き散らして現れたのは、七人の選手たち。

 真っ黒な闇を基調として青が差し込まれたようなユニフォームで、覆面を付ければ本当にニンジャのようだった。

 全員が滑らかに飛び、日本サポーターたちからの声援を受けると同時、パッと散開する。

 

『まずご紹介しましょう! 大会中彼からクアッフルをカットできた選手はいない! 《オーサカ・オンモラキ》からやってきました技巧派チェイサー、ヒデトシ・ホンダ! その隣を疾駆するは《キョート・ギョーブ》のサダハル・ホシ! んん、パワーこそ最強という主義を掲げております彼にはチェイサー以外ありえない! そしてその隣、彼の剛腕はピッチの端から端までクアッフルが届く、まさに大砲! 《トヨハシ・テング》からイチロー・キヨハラの登場だァァァ!』

 

 それぞれ投げキッスをしながら陽気に手を振る若い男、柔和な笑みを浮かべて優しく手を振るベテランの男性、両手をあげて咆哮する中年男性など、面子が濃い。

 隣でハーマイオニーが苦笑いする声を聴きながら、ハリーはすぐ隣で紹介された者の顔を見てあっと驚いた。

 

「ハーマイオニー、ロン! あれ見て!」

『続いてビーターのご紹介! 《ヒロシマ・ヒョットコ》の過酷な試合を勝ち抜いてきた、真のモノノフ! この男が打ったブラッジャーに当たった選手は、その一撃で試合続行不可能になります! 頼れる兄貴、コージ・タチバナァ!』

 

 タチバナ。つまり先程再開した立花夫妻の息子とは彼の事だろう。かなりゴツい。

 山奥に鎮座する岩を思わせるような青年は、豪快に笑いながら隣の青年と拳を合わせた。

 ハリーの万眼鏡が、いま拳を交わした人物の、風になびく黒いポニーテールを捉える。

 口を真一文字に結んで、目を細めて楽しそうに空を舞っている一人の青年。

 あの時の、道を尋ねてきた二人組の片割れだ。

 乗っている箒を見れば、日本製だろうか、《オオテンタ・ゼロシキ》と刻印されている。

 

『そしてもう一人、頼れるその相棒! サムライのようなクラブ捌きでブラッジャーを操り、今大会だけで十人以上の相手選手を撃ち落としてきたとんでもないビーター! 《トーキョー・キョーコツ》のエース! 日本の新人王、ソウジロー・フジワラ!』

 

 名を叫ばれたソウジロー・フジワラは、腰に差していたクラブを抜くとくるくるとガンアクションのように回してパフォーマンスをして見せた。

 万眼鏡を使っているから分かるのだが、まったく笑っていないしかめっ面だ。もう少し愛想がいいほうがプロ選手としてはいいのでは、と思ったが日本側応援席から黄色い声があがったので、まぁアレがいいという人もいるのだろう。というか、ポニテ王子という垂れ幕がいくつかあるがアレは何なんだ。

 日本ビーター二人組がクラブを回しているその間を、一人の選手が駆け抜ける。

 人に安心感を与えるような笑みを浮かべたスポーツ刈りの男だ。

 

『雪国の《サッポロ・サンモト》からはこの男! 日本クィディッチでは、今シーズンななななんと、無失点! つまりスニッチを取られる以外に彼に勝つ方法はないのです! 守護神と呼ばれるキーパー、マモル・カワシマ!』

 

 カワシマがビーター二人と頷きあい、目にもとまらぬ速さで墨のような光を撒き散らしながら、ピッチの中央に陣取る。チェイサー三人組がそれに突っ込み、あわやというところで見事に擦り抜ける。

 六人が向かい合い、円を作ると中心に向かってお辞儀した。

 そこから水に溶いた闇のような煙と共に、一人の少女が現れる。

 彼女こそ、ハリーに直接道を尋ねた者だ。

 黒く美しい髪を風になびかせて、墨のような瞳を笑みに歪ませた少女は、箒の上に立ったまま優雅に一礼した。

 

『《トーキョー・キョーコツ》から! 若干十五歳でありながら日本代表に選ばれた、正真正銘の天才ジョシコーセー! だが同時に今大会でウロンスキー・フェイントやトランシルバニア・タックルを何度もやらかすお転婆姫でもあるぞ! シーカーでありながら紅一点! 彼女の魅力に惑わされるなよ! ユーコ・ツチミカドォォォオオオ―――ッ!』

 

 日本応援席から野太い歓声が上がった。

 万眼鏡でヨーコ・ツチミカドの顔を見てみると、苦笑いしながらも手を振り返している。

 一部イギリス側でも騒いでいる紳士がいるあたり、変な方向に人気があるようだ。

 ハリーよりひとつ年上の少女だが、背丈はハリーと同じくらいかそれより下。しかも顔つきのせいで、より幼く見える。黒く長い髪もあってまるでお人形のよう。

 日本人は総じて童顔だと聞くが、本当にそのようだ。

 

『正々堂々とした、歴史に誇る試合を!』

 

 選手が全員揃い、ピッチ中央の上空に陣取って握手をする。

 どうやらブルガリア側のキャプテンはチェイサーのヴァシリ・ディミトロフ、日本側もチェイサーのサダハル・ホシが務めているようだ。

 審判は公平性を求めて、クィディッチ委員会から派遣されたドロテオ・イラディエルと、ジュード・カスバートソンが務めている。公正な審判として有名な二人だ。

 クアッフルを持ったイラディエルを挟んで、ディミトロフとホシが向かい合う。

 

『それでは、試合開始!』

 

 ファッジの宣言と共に、クアッフルが放たれた。

 瞬間、赤と黒の先攻がピッチを目まぐるしく駆け巡る。

 万眼鏡から目を離したらしいロンが、隣で全く目で追えないと驚嘆しているのが聞こえる。だがハリーにはそれどころではなかった。

 ツチミカドとクラムが、早くもスニッチを見つけたようなのだ。

 実況のバグマンもまだ気づいていない。

 最短距離を突き進むツチミカドと、曲芸のようにその周りを追随するクラム。

 操縦技術はクラムの方が上か。そして、当然体格差からくるパワーもだ。

 

『きゃう!』

『悪いな』

 

 万眼鏡が拾った、拡大された二人の声が届いてくる。

 クラムのタックルに、小柄なツチミカドが耐えきれなかったのだ。大きくコースから外れるツチミカドを、素早く回り込んだフジワラが受け止める。

 手を伸ばして地面に疾駆するクラムの先には、逃げ切れそうにないスニッチがあった。まるで若き怪物に恐怖しているかのような動きで、今にも捕まってしまいそうだ。

 だが試合開始数十秒で勝負が決まってしまうなど、クラムが許してもクィディッチの神はお気に召さなかったようだ。ハッと気付いたクラムが急停止したかと思うと、今まで動いていた勢いと腕の力だけで、曲芸のように箒の上に逆立ちした。

 そんなクラムの腰があったはずの場所を、剛速球のブラッジャーが駆け抜ける。直前に恐ろしい打撃音がしたため、ブラッジャーが飛んできた方向を見なくともビーターによって打ち出されたことがわかる。

 万眼鏡をツインビュー・モードに切り替え、ビーターを見てみるとタチバナが鼻息荒く吼えている姿が目に入った。その奥では抱きかかえたままのツチミカドに声をかけながらも、鋭い目でクラムを睨むフジワラの姿があった。

 

『おーっと、苛烈なシーカー合戦がいま中断を迎えた! ツチミカドはクラムに力及ばずも、仲間のサポートを得てスニッチ・キャッチを妨害に成功! ゲームはまた振出しに戻ったぞぅ!』

 

 バグマンの実況が響く中、日本代表チームの敵意が膨れ上がっていくのを肌で感じる。それもむべなるかな、チームのアイドルを攻撃されたのだ。男ならば怒るところだ。

 イワノバが紅色の尾を引いてクアッフルを運び、横に回転することでブラッジャーを避ける。そのままファイアボルトの柄から手を放し、脚の力のみでぶら下がってシュート。

 剛腕から繰り出されたクアッフルが、あわや金の輪を通るかと思われるも、日本キーパーのカワシマが難なくキャッチした。反対側のゴールに陣取っていたというのに、恐るべきスピードである。

 これには歴戦の選手であるイワノバも驚いた。

 だからなのか、キャッチした直後にカワシマが流れるようなパスでキヨハラにクアッフルを渡した時に、ようやく硬直が解けてその場から離脱した。間一髪でタチバナの放ったブラッジャーがイワノバの髪を掠める。

 クアッフルを持たない人間にブラッジャーを当てることは、本来ならば反則だ。

 しかし当たらなければ意味はない。それでも人間の心とは不思議なもので、次は本当に当ててくるかもしれないという思いが無意識のうちに出てしまうのだ。それにこの試合は決勝戦。もし悪質なプレーによって次の試合を欠場処分にされるペナルティを受けたとして、痛くもかゆくもないのだ。

 それをわかっていて放つのだから、タチバナもかなりイイ性格をしている。

 

「すごい」

「……うん、すごいわ」

 

 ロンの呟きと、ハーマイオニーの囁きが聞こえる。

 ハリーは黙って試合を見ていた。いや、言葉を失っていた。

 レベルが違いすぎる。実のところ、ハリーはうぬぼれていたのかもしれない。

 グリフィンドールの最年少シーカーとなって、何度も何度も試合で勝ち続けてきた。一切の慢心がなかったと言えば嘘になるだろう。自分に自信がなかったわけではない。

 だが目の前の光景を見れば、明らかなる差が見える。

 無茶なプレイングなど一切見せない。実力があるだけでなく、観客を魅了している。

 すべてが洗練されており、すべてが美しい。

 ハリーの瞳は、知らずしてきらきらと宝石のように輝いていた。

 

『カワシマまたも防いだ! 我々の心もハートキャッチ! パスを受け取ったのはキヨハラ! おーっと、ロングシュートだ! まさかトチ狂ったのか!? いやいやそんなこたぁありません。アイタッ! パスカットしようとしたレブスキーの篭手が砕けました! 本当に日本人かアンタ! そのままゾグラフの手をすり抜けてゴォォォ――――ル! 先取点は日本代表チームだァ!』

 

 歓声と悲鳴、怒号がピッチに巻き起こる。

 日本チームは、シーカーであるツチミカドと護衛役のフジワラを残してパフォーマンスを見せる。単純に編隊飛行するだけではなく、ディフェンスポジションに着くための動きにもつながっているようだ。

 プロ選手としてのエンターテイメント性と、試合に勝つための動きがぴたりと噛みあっている。これか、これがプロの世界なのか。

 

『ゾグラフの手からクアッフルが放たれます! キャッチしたのはキャプテン、ディミトロフ! イワノバとレブスキーを伴い、三人一緒にスクリュードライブを用いて高速パスでクアッフルを獲らせません! このままゴールに向かっ――アイタッ!?』

 

 バグマンが奇声をあげると同時に、会場から悲鳴が上がった。

 フジワラが打ちこんだブラッジャーが、レブスキーの後頭部に直撃したのだ。

 気絶したのか、全身の力が抜けたレブスキーがファイアボルトから滑り落ちる。それを受け止めたのは主審のカスバートソンだ。副審イラディエルと何やら言葉を交わして、首を振る。

 ホイッスルが鳴った。

 どうやらレブスキーの試合続行は不可能のようだ。

 場内がどよめく中、フジワラがまるで刀の血糊を払うようにクラブを振る。

 万眼鏡で覗き見たその眼は、黒々と冷たかった。

 

『レブスキー選手は脳震盪のため、医務室に運ばれました。命に別状はありません』

 

 クラムがフジワラを睨んでいるのが見える。

 その視線に気付いたのか、フジワラは無表情のまま指をくい、と動かす。かかってこい。またはその程度か、といった意味だろう。クラムの顔が怒りに染まるのがわかった。

 試合再開。

 イラディエル副審の手でクアッフルが投げられ、それをキャッチしたのはホシ。激しく縦回転したかと思うと、まるで投石器のようにクアッフルが投擲された。チェイサー技の《クレイジーバリスター》である。

 勢いが強すぎるため受け止められないと判断したのか、ゾグラフが箒の尾でクアッフルを弾く。しかし弾いた先には既にホンダが居り、掬うようにクアッフルをキャッチするとゾグラフとは反対方向のゴールへ投げ込んだ。

 ゾグラフ間に合わず、得点。

 雄叫びをあげるホンダをチームメイトがばしばし叩く。

 

『日本代表、二〇点目! さてはてどうなるのか! 試合時間も十五分を経過しました! 次はブルガリアボールでの再開です! クアッフルが……いま放たれた! イワノバが迫る、迫る、迫る! 相棒を打倒された怒りか、いま彼はとんでもないスピードで一直線にゴールへ向かっています! あーっと、しかしカットされたァ! キヨハラのタックルでバランスを崩したイワノバの手から零れ落ちたクアッフルを、ホンダが掠め取る! そしてそのまま蛇のようにブルガリアゴールへシュート! ゾグラフが防い――危ない! 今のはどっちだ? とにかく日本側の放ったブラッジャーに叩きのめされそうになったゾグラフが動きを止め、クアッフルはゴールの中へ! 日本代表、三〇点目!』

 

 会場が湧いた。 

 日本代表と言えば、去年までは参加国全三五ヶ国中、三四位になるような弱小チームだった。それが今年はどうだ。決勝戦常連として有名なブルガリアチームに、昨年からクラムという怪物ルーキーを迎えて最強の座を欲しいままにすると思われていたブルガリア代表チームが、ものの見事に押されている。

 観客というのはいつの世も、大逆転劇を望んでいる。

 王者がいつものように綽々と勝利の栄冠を掴む王道も大好きだが、それ以上にどんでん返しに興奮するのが観客という生き物だ。人は楽しいものに弱い。ゆえに、会場の流れは確実に日本の方へと向いていた。

 耳をつんざくような大歓声の中、ボルチャコフとボルコフのビーターコンビが同時にブラッジャーを捕え、二つの暴れ玉を打ち出した。《ダブルショット》。シンプルな技名を関するこの技術は、ハッキリ言ってヒールな一面を持つ。

 なにせひとつでも十分凶悪なブラッジャーを、二つも一人の選手に向けて撃ち込むのだ。しかも狙う先は、可憐な少女であるツチミカド。

 会場が息を呑んだそのとき、

 

『ウオオオオオオオオ――――ッ! うそだろう!? ジャパニーズサムライ! ニンジャだ! 奴はニンジャだったんだ!』

 

 バグマンの興奮する声と共に、会場が湧いた。

 護衛としてツチミカドにくっついていたビーターのフジワラが、一瞬でクラブを振り回してブラッジャーを叩き落としたのだ。明後日の方向に跳んでいくブラッジャーは二つ。二つ同時に襲われ、二つ同時に迎撃したその素早いクラブ捌きに、後ろの方でフレッドとジョージが興奮した絶叫をあげた。同じビーターとして感じるものがあるのだろう。

 まるで刀を構えるようにゆらりとポニーテールを揺らして佇むフジワラの後ろで、花が咲くような微笑みを浮かべたツチミカドが下品なハンドサインをボルチャコフとボルコフに向けていた。

 可憐って何だっけ。

 

『凄いものを見てしまった! そしてそのパフォーマンスに気を取られたかァ? 隙を狙ってホシがシュート! ゾグラフ間に合わない! ゴール! 四〇点目だ! ワーォ、マジかよ!』

 

 五〇点、六〇点と日本側が次々ゴールを入れる。

 ブルガリア側とて悪くはない。しかしフジワラによってレブスキーが撃墜された以上、残りのディミトロフとイワノバだけで日本代表とクアッフルを奪い合わねばならない。

 更にカワシマいう鉄壁のキーパーが居る。どの角度から打とうがどんな威力で放とうが、ものの見事に防がれてしまうのだ。危うい場面も何度かあったが、結局ゴールにまでは至っていない。

 一方日本代表チームは、次々とゴールを決めている。別にブルガリアのゾグラフが下手というわけではない。彼も十分以上に優秀なクィディッチ選手である。

 しかし日本代表のビーター。コージ・タチバナとソウジロー・フジワラがあまりにも巧みに妨害してくるものだから、本来の力を発揮できないのだ。

 

『うあーっとぉ! フジワラの放ったブラッジャーがボルチャコフを撃墜したァ! えっ、まさか、うそだろう! そのブラッジャーを拾おうとしたボルコフも、割って入ってきたタチバナによってどてっぱらにブラッジャーが命中! 審判! ……の、判定はァァァ……ああああーっと! 有効! まさかの有効です! 試合は続行!』

 

 会場に怒号と歓声が巻き起こる。

 ブルガリアの応援席からは悲鳴のような声まで聞こえ、日本側からは黄色い声まで聞こえてくる。アイルランドの応援席は各々、自分の好きなチームを応援しているようだ。

 

『これでブルガリアチームはチェイサーを一人とビーターを二人失った状態でゲームを続けなければなりません。それはつまり、ブラッジャーから身を守るすべがないということ! さぁてどうなる!』

 

 バグマンの台詞に被せるように、ツチミカドが動いた。

 ハリーがツチミカドの視線の先に目をやると、金色の閃光が地上すれすれ微かに見える。

 驚くべきことに、クラムも同時に弾かれるように飛び出している。まさか、獲るつもりか? 点数は既に一〇対一八〇で、一五〇点以上の差がついている。スニッチを獲得したとしても、それはつまり自分のチームの首にギロチンを振り下ろすような行為だ。

 自暴自棄になったのかとも思ったが、万眼鏡の先に見えるクラムの瞳にぎらぎらと揺らめく激情は、決してそのようなマイナスの感情を湛えた器ではなかった。

 貪欲に勝利を求める、獣のような瞳。

 見れば、クラムの先を奔るツチミカドすら同様の表情を浮かべている。

 風になびく紅のローブと長い黒髪。

 バグマンの絶叫が聞こえた。

 

『そんな。まさか。クラムは獲る気だ! スニッチを捕る気だ! ツチミカドに迫る迫る迫る! おいマジかよ冗談だろう!?』

 

 タチバナとフジワラがブラッジャーを操ってクラムを打ち落とそうとするも、常に射線上にツチミカドを置いて、思い切り打つことができないようなコースの位置取りまでしている。

 クラムはこれを、全て狙ってやっているとでもいうのだろうか。

 エースの意図を察したらしいディミトロフとイワノバが、二人同時にタチバナへタックルを仕掛けてきた。屈強な男二人分の体重には勝てなかったタチバナの身体が大きく吹き飛ばされるも、咄嗟にその手に持っていたクラブをフジワラに向けて投擲する。

 まっすぐ飛んできたそれを箒の柄から手を放して難なくキャッチしたフジワラは、まるで二刀流剣士のような風体でクラムに迫った。

 万眼鏡の感知機能が、まさかという信じられない情報をハリーに伝える。

 ゾグラフが現れた。

 ブルガリアのゴールを守っているはずのゾグラフが、ツチミカドの妨害に現れたのだ。彼女が直進すると横合いから衝突するコースを飛翔してきている。

 それに気づいたのか、ツチミカドの身体が一瞬震えた。

 天才シーカーが、クラムがその隙を見逃すはずもない。

 彼女のブレた隙に滑り込むように、瞬時に並んだ。

 

『クラムが並んだ! クラムが並んだ! マジかよ信じられないあいつは本物だ!』

 

 バグマンの叫びが風に流れ、消え去ってゆく。

 フジワラが二本のクラブで放った高速のブラッジャーが、ゾグラフを箒から叩き落とす。

 ツチミカドとクラムが同時に手を伸ばした。

 スニッチの羽根が二人の指を叩く音がここまで聞こえてくるようだ。

 会場が黙り込む。騒がしい歓声をあげているはずだが、何も聞こえなくなる。

 一部のクィディッチ選手たちだけが一瞬だけ入れる、灰色の世界。

 ハリーもかつて一瞬だけ入門したことのあるあの世界に、いまピッチ上の三人が突入していることが何となくうかがい知れた。

 かちり。そんな音が、すぐ隣のロンの腕時計から聞こえてくる。

 

 ――ずどん、と。

 同時にスタジアムに鳴り響いた鈍い音は、ブラッジャーが人体に突き刺さった音である。

 やられたのは、クラムだ。

 フジワラが、二本のクラブを振り抜いた奇妙な体制で浮かんでいる。

 ファイアボルトから滑り落ちたクラムが、ピッチの地面に向かって重力に引っ張られる。

 瞬間。

 この試合中まったく表情を変えなかったフジワラが、その顔を歪めて呟いた。

 

「――見事だ」

 

 万眼鏡の機能を使わずとも、その声がスタジアム全体に響くほど会場が静かだ。

 落下しながらも、クラムはその右手を高らかにあげる。

 そこには、銀の羽根が折れ曲がった黄金の光。

 スニッチがあった。

 

『試合……ッッッ、終了ォォォオオオオオオオオオオオオオ! 最後の熾烈な奪い合いを制したのはクラム! 北国が生んだ怪物、ビクトォォォ――ル・クラァァァム! 試合結果は一六〇対一八〇で日本代表チームの勝利! 誰が予想できたかこんなことぉ! うっそだろマジでか! このルード・バグマン! 現役時代でもこんなぶっ飛んだプレーは見たことがない! あっはっはっは、ゥワーオ! 信じらんないぜ!』

 

 爆発するような歓声が、スタジアムを包み込んだ。

 こんな終わり方、誰が予想できようか。

 勝利したはずの日本代表チームが、苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。

 その逆に、敗北したはずのブルガリア代表チームがお祭り騒ぎだ。

 ハリーは少し心配になって、万眼鏡でツチミカドを見た。

 フジワラの袖を掴んで、上を向いたまま震えている。

 悔し涙がこぼれぬように我慢しているのだろう。

 新聞記者らしき魔法使いたちが群がり、次々とフジワラへマイクのような器具を向けている。どうやら今回のヒーローインタビューは彼のようだ。しかしクラムにはそれ以上の数の記者が群がっているので、試合に勝ったのは日本代表でもどちらが勝者かは明白だった。

 一言二言、記者の問いに拙い英語でフジワラが答え、時にはキャプテンのホシが通訳する。

 そして最後に、日刊預言者新聞の化粧の厚い魔女が問うた。

 

『ミスター・フジワラ? 英雄クラムに何か言うことはあるザンスか?』

 

 それを聞いて、無表情だったフジワラの顔がぴくりと動いた。

 魔女から放送器具をひったくると、クラムの方に向かって歩きだす。

 モーセのように記者たちが道を開け、十メートルほど離れたクラムとフジワラが向かい合う。そしてフジワラは、おもむろに日本語で言った。

 

『見事だ、ビクトール・クラム。俺達の負けダ。だが、次は俺が勝つ。いつか空で相見えたその時は、貴様にスニッチを見る機会があると思わんコトダ』

 

 日本人席が湧いた。

 隣にいた翻訳魔女にぼそぼそと耳打ちされたクラムは、獰猛な笑みを浮かべる。

 ガタイのいい坊主頭の男がそんな顔をすると、まるで肉食獣のようだ。

 クラムの周囲を取り囲んでいた新聞記者たちが、ぱっと離れる。

 逃げ遅れた魔女から放送器具を奪い取ったクラムは言う。

 

『今回は試合に負けたが、次は試合も勝つ。ヴぉくは逃げも隠れもしない、かかってこいサムライボーイ』

 

 こちらは拙い英語で、フジワラにも伝わるように宣言した。

 試合に負けたというのに、クラムは実に堂々としている。

 あまりにクールな二人の姿を、ハリーはきっと一生忘れないだろうと強く思った。

 

 

 テントの中は大騒ぎだった。

 ロンやハリー、ジニーが大興奮して試合のことについていつまでも話しており、パーシーやチャーリーでさえ小躍りしながらふざけている。

 フレッドとジョージは狂喜していた。

 どうやらバグマンと全財産を用いた賭けをしていたらしく、『日本が勝つけどクラムがスニッチを捕る』という予想がドンピシャリ大当たりしたのだ。

 お金を使った悪い遊びをしていたということで先ほどまで居たアーサーに叱られていたものの、それでもモリーに内緒にしてあげようと言うあたり彼も浮かれているようだ。そんなアーサーは魔法省役人の友人に呼ばれて、一杯やりに行ったようである。

 ビルはモリーとおしゃべりしており、杖を振るって夕飯の準備をしている。

 

「すごいよ、まさにクィディッチに愛されてる。天才選手だよ。いや、クラムって芸術家なんじゃないかな……」

「ふふ。ロン、クラムに恋してるみたい」

「うるさいなぁ」

 

 ジニーがからかってくるも、ロンは鬱陶しそうに笑顔で返す。

 ハリーはハリーで日本代表たちのサムライスピリッツに惚れ込んでしまったらしく、あのとき正体を知っていればサインをもらったのになぁと残念がっているのをハーマイオニーに苦笑いされていた。

 次第に引退したチャーリーも含めたグリフィンドール・クィディッチチームの四人が、今回の大会で用いられた技の数々について議論を始めた。

 あの技はハリーにも使える、ならばこの技はフレッドとジョージが力を合わせれば、などなど。ドラコもセドリックもあの試合を見ていたし、おそらくレイブンクローの誰かも見ていることだろう。

 きっと今年度、学校で行われるクィディッチで応用してくる者が出てくるに違いない。

 楽しい試合ができるぞと、まだ二週間近くはあるというのにハリーは今から学校が楽しみだった。

 しかし。

 

「随分と外が騒がしいな」

「日本人が騒いでるんじゃないのか? ホラ、ケチはついたけど世界大会の優勝だぜ」

「おいおい、日本人が騒ぐってそりゃなんのジョークだ」

 

 しかし、楽しい時は長く続かない。

 息せき切ってテント内に飛び込んできたアーサーを見て、ハリーは猛烈に嫌な予感がした。

 

「みんな! 居るな? 全員居るな?」

「あなた? アーサー、どうしたの」

 

 モリーがアーサーのもとに行くと、アーサーはモリーを抱きしめて額にキスをした。

 そしてモリーの目の色が変わり、ジニーに料理を片付けるよう指示を出す。

 

「どうしたのさパパ、酔っ払っちゃったの?」

「バカを言うな。この騒ぎはサポーターたちじゃない。今すぐ避難するんだ! 荷物は持つな! 持っていていいのは杖だけだ、そのまま行け!」

 

 ただならぬアーサーの様子に、テント内の全員は急いで杖を持って固まった。

 夫妻の指示で、アーサーは事の解決に当たるため単独行動。ビルとパーシーはジニーと共に。チャーリーはフレッド、ジョージを連れて三人で。モリーはロン、ハリー、ハーマイオニーを連れて避難場所へ行くという算段をつけた。

 決して離れないようにと厳命を受けて、全員がテントから飛び出した。

 外では逃げ惑う人々でパニックになっており、もはや秩序などあったものではない。 

 あちらこちらで火の手が上がり、魔力反応光らしきものが飛び交っている。

 緊急事態だと判断して、未成年である子供たちにも魔法の使用が許可された。万が一の場合は空に信号弾を打ち上げてから、絶対に戦ったりせず逃げるようにとのこと。

 そして散開。

 

「ハリー、ハーマイオニー! 離れないで、ママについていって!」

「ロン、きみは!?」

「僕がしんがりを務める。男の子なんだ、いい格好させろよ!」

 

 四人は一塊になって移動した。

 これだけ固まっていれば、我先にと駆ける人々に押されてはぐれるということもない。

 しばらく走り続けたのち、なにやら怪しげな集団が見える開けた広場へと来てしまう。

 どうやら彼らが暴れている者達らしい。

 近づいてはいけないとして、モリーは別のルートを指定して走る。

 ハーマイオニーとロンもそれに従って走ろうとしたが、はたと立ち止まったハリーに気を取られた。

 子供たちがついてこないことに気付いたモリーが振替えるも、既に人ごみに流された後。歯噛みして、モリーは子供たちの名前を叫んで探し始める。

 一方、ハリーが立ち止ったせいで広場に取り残された二人は、慌てていた。その中でもハリーだけは一所を睨みつけているのみで、慌てているかどうかもわからない。

 

「ハリー、はやくして!」

「……先に行ってて」

 

 杖を抜いたままのハリーが見据える先には、黒いローブを着込みフードまで被った怪しい集団。だが顔を隠している髑髏の仮面だけでそれらが何者なのかがわかる。

 ハリーの歯がぎり、と音を立てて感情を噛み殺す。

 先ほどまで素晴らしいクィディッチを見たことで星のように輝いていた瞳が、急速に冷める。汚泥のように濁り、光を失った代わりに全面に出てきたのは負の感情。

 怒りと、殺意だ。

 

「だっ、だめよハリー!?」

 

 急に駆け出したハリーを、ハーマイオニーが叫んで制止させようとする。

 ぎらついた紅い瞳が見据えるのは、仮面の集団。

 駆け寄ってくる少女を見て驚いたようで、その全員がハリーを見た。

 特徴的な白銀の髑髏仮面。

 黒い闇のようなローブ。

 

「《(デス)……ッ、喰い人(イーター)》ァァァアアア――――――ッ!」

 

 ハリーが己に課した、倒すべき敵たちだった。

 




【変更点】
・セドリックも思春期。
・決勝戦がブルガリアVS日本に。
・日本贔屓なハリー。勘違いした外人の典型例。
・立花夫妻の再登場。
・デスイーターを見つけると飛びかかる女の子。

【オリジナルキャラ】
『ユーコ・ツチミカド』
本物語オリジナル。日本代表のシーカー。トーキョー・キョーコツ出身。
日本名は土御門優子。ハリーと同程度の身長の黒ロングロリ。

『ソウジロー・フジワラ』
本物語オリジナル。日本代表のビーター。トーキョー・キョーコツ出身。
日本名は藤原宗次郎。ツチミカドとは婚約者同士という裏設定。

『コージ・タチバナ』
本物語オリジナル。日本代表のビーター。ヒロシマ・ヒョットコ出身。
日本名は立花広治。タチバナ夫妻の一人息子。上記二人とは幼馴染。

『マモル・カワシマ』『ヒデトシ・ホンダ』『サダハル・ホシ』『イチロー・キヨハラ』
日本代表のキーパー、及びチェイサーたち。それぞれサッポロ・サンモト、オーサカ・オンモラキ、キョート・ギョーブ、トヨハシ・テング出身。
日本名は川島衛、本田英寿、星貞治、清原一郎。面倒見のいい兄貴分なオッサン達。

日本登場。ハリポタ二次ではよくあること。
今後も英語以外の言語が出ますが、その表現は「~ダヨ」みたいな感じになります。英語圏の人にはカタコトみたいに聞こえるのだ、という表現。
そしてタチバナ夫妻の伏線回収。ダーズリー家でハリーを構ったのはこういう理由。だって世界的な有名人が目の前に居るんですもの、ミーハーな日本人のおばちゃんなら仕方ないんです。
日本人選手と日本のプロチーム名を考えるのが楽しかったです。んん。そしてやはりクィディッチは楽しい。アクションは最高です。
次回は戦闘回。ようやくホグワーツへ……行けるかなぁ?

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