ハリー・ポッター -Harry Must Die-   作:リョース

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2.魔法省

 

 

 

 ハリーはさめざめと泣いていた。

 ハーマイオニーの胸の中でぐずぐずと、子供のように涙を流していた。

 闇祓いたちに連れられてやってきたのは、グリモールドプレイスという場所である。ムーディに付き添われながら箒で数時間空を飛び、明け方になってようやく到着した。箒で飛べばそう遠くはない場所ではあったが、死喰い人からの襲撃を警戒して二転三転した挙句行ったり来たりを繰り返したためにここまで遅くなったのだ。

 このグリモールドプレイス十二番地には、魔法がかけられている。『秘密の守り人』という魔法で普段は十一番地と十三番地の間には何もないのだが、十二番地の存在を知る魔法族の前ではその姿を現す。物理的に一体どうなっているのか疑問ではあるが、それを容易く覆すのが魔法の最たる利点である。無理を通して道理を粉砕するのが魔法なのだ。

 ともあれ、ハリーはこの隠れ家のような場所についたとき、モリーの抱擁を受けて涙が出てしまった。ソファに座っていたシリウスが嬉しそうに立ち上がり、ハリーにハグをして額にキスを落としてくれる。守護霊が飛び出しそうなくらい幸せであった。

 怒り心頭のトンクスとハワードが、事情を話すまでは。

 吸魂鬼(ディメンター)に襲われて魔法を使い撃退したことまではみな知っていたものの、そのあと死喰い人に襲撃を受けて交戦したことまでは知らなかった。それを、懇切丁寧に説明してくれたのだ。ハリーが命のやり取りに対してあまりに不注意であることも含めて。

 シリウスはジェイムズそっくりの勇敢さと、無謀な間抜けさを受け継いでしまったようだなと嬉しそうに呆れられてしまった。その後しっかりと相手が悪党であろうと、命のやり取りをしたことを軽んじるものではないと諭されてしまう。怒鳴られるよりよほどキツい。

 モリーからはまずビンタをもらった。その後絞め殺されるかと思うほど強く抱きしめられて、あなたが死んでしまったら私はどうすればいいのと泣かれてしまう。

 これには参った。

 どこか自分の命を軽んじていることは自覚していたつもりだが、それが引き起こす結果まではまったく考えてはいなかったのだ。モリーが泣き止むまで、ハリーは申し訳なさと後悔でいっぱいの気持ちになりながら、謝り続けるのだった。

 

「……ありがとうハーマイオニー。もういい」

「だいじょうぶ?」

「うん」

 

 散々怒られて涙をぼろぼろ零すハリーの頭をなでながらシリウスが教えてくれたことには、どうやらグリモールドプレイス十二番地はシリウスの生家であるらしく、つまりブラック家の由緒正しき家なのである。

 シリウスがダンブルドアに家を提供したことによっていまは別の集会に使われているらしいのだが、それが何なのかまでは教えてくれなかった。個人的には君も誘うつもりであったが、いまの君に教えるのは危険すぎる。とのことである。

 問題は、この家が長年放置されていたことにある。

 ブラック家は由緒正しい純血の一族であり、ガチガチの純血主義に染まっている。ジェームズやルーピンと仲の良かったシリウスは実家のそのような思想を嫌い、出奔。永久的な家出をしたことによってブラック家の家系図からは削除される……つまり勘当されてしまったらしい。

 純血主義を否定する息子など息子ではない、とする母親はシリウスの知らないうちに亡くなり、以降は亡き主人のために家を掃除する老いた屋敷しもべ妖精だけがこのブラック家に棲みついていたのだとか。

 

「ま、いい薬だったと思うよハリー。怒ってもらえるだけマシさ」

「ちょっとロン」

「いいやハーマイオニー。こればかりはトンクスやママたちに賛成だね。僕たちはハリーの親友なんだ。この子の身を案じなきゃ、そりゃウソってもんだぜ」

 

 案じてないわけではないわ、と唇をとがらせていうハーマイオニーもまた、今回のハリーの行動はあまり賢くなかったと考えている。

 そしてその理由も、二人は知っているのだ。

 ハリエット・ポッターは人ではない。生物学上は人間だろうが、その在り方は人と呼ぶことすら冒涜であると言える。

 両親の死体を捏ね上げて造られた肉体に、快楽殺人鬼の情報を練り込まれた精神、そして本来のハリー・ポッターから奪って突っ込まれた魂をもつ、肉人形。それがハリエット。

 遺伝子や健康面から見れば間違いなく人間だろう。しかし彼女は人間の女性から生まれてはいない。試験官ベイビーのように受精すらしていないのだ。幼児の状態で唐突にこの世界に出現した異物。それがハリエット。

 昨年復活したヴォルデモート卿との戦いの中で出会った、魂の残滓のような両親と兄。彼らはハリエットのことを家族と呼び、認めてくれた。それがあるからこそ、今のハリーは正気を保つことが出来ている。

 だが正気を保っていることと平静であることはイコールではない。

 自分が人間ではないと自覚してしまったハリーは、自分に価値を見いだせなくなっていた。ゆえに殺し合いをしたことを一瞬でも忘れてしまっていたのだろう。殺した男の弟と出会ったというのに、それすら忘れかけていた。そのこともまた、ハリーの心を蝕んでいる。

 どうしてキングズリーと出会ったときに言わなかったのか。いや、ふくろう便を出して言うこともできたはずだ。

 

「まぁ、ハリー。いまは再会できたことを喜びましょう」

「……うん」

 

 あまり元気のないハリーがいつもの快活さを取り戻すまでは、丸一日がかかった。

 トドメは見かねたシリウスがハリーを自分の膝の上に乗せてやったことである。その日以降、ハリーは無駄に落ち込むことがなくなっていたので彼の判断は正しかったのだろう。たぶん。

 元気を取り戻したハリーは、宿題をすることにした。

 自分の宿題はすでに終わっている。ロンのだ。ロンは驚くべきことに、この夏休みの宿題へまったく手を付けていなかったのだ。まだ夏休みは一ヶ月もあるんだぞという彼の意見を封殺して、ハリーとハーマイオニーはだらしのない親友のために一肌脱ぐことを決めたのだ。

 仕事を抜け出したウィンバリーとハワードがブラック家にやってきたのは、ロンが魔法史の宿題レポート羊皮紙四巻分を終えた頃だった。

 

「ハリエット、ちょっくらリビングまで来いや。話がある」

「お、おいウィンバリー。僕たちは? なんでダメなんだよ!」

「おっとロン、テメェの名前はハリエット・ポッターだったか? そう名乗りたいなら、まずは股間の粗末な杖を切り取ってから出直して来い」

 

 ハリーだけがリビングへと呼ばれ、不満そうなロンやフレッド・ジョージを尻目に彼女はウィンバリーについて階段をおりてゆく。

 話を聞くと、どうやらコーネリウス・ファッジ魔法大臣の頭がマーリンの髭してしまったらしい。彼は頑なにヴォルデモートの復活を認めようとせず、頑としてダンブルドアの意見を無視しているのだ。かつてはダンブルドアの方が魔法大臣にふさわしかったとぼやくような気の弱い役人だった彼も、権力の沼に溺れてしまったのだ。

 確かに恐怖の象徴たる『名前を言ってはいけない例のあの人』の復活を宣言してしまえば、彼の支持率は地に落ちることは間違いない。それが真であれ偽であれ、不安に駆られた国民とはそういうものだ。いまさらになって権力を失うことを恐れた彼は、ヴォルデモートなどいなかったという驚きの判断を下すことになる。

 愚かな選択をしたものだ。対抗手段を練り上げる準備する時間も覚悟も投げ捨て、ただ殺されるのを待つだけの豚と成り下がってしまったのだから。

 

「そこで我々は、ヴォルデモートが暗躍していた闇の時代のときに、反闇の陣営派の人間によって抵抗活動を……つまりレジスタンス活動をしていた」

 

 ウィーズリーおじさん、つまりアーサーが語るにはひとつの犯罪組織と戦っているにも関わらずレジスタンスと呼ばねばならないほどに、戦力差は絶望的だったのだという。何よりも厄介だったのは『服従の呪文』によって誰が信頼できる人間なのかが判別できなかったことであるらしい。

 何を急にそんな話をするのかと思えば、シリウスがその考えを見抜いたかのように口を開く。

 

「ここがそのレジスタンス活動の拠点、《不死鳥の騎士団》本部だ」

「おじさんの家が?」

「ああ、どうせだれも住んでいないボロ屋だから提供させてもらった。そしてここにいるのは全員が騎士団の団員で、その活動を支援しているのさ」

 

 なるほどとハリーは頷いた。

 狂おしいほどに知りたかった自分の現状と、魔法界の情勢。

 それがここで走ることが出来るのだ。逸る気持ちを抑えながら、ハリーは努めて冷静にシリウスへ問いかける。

 

「それで、ぼくは質問をしてもいいのかな」

「構わないさ。なんだって聞くと……」

「私は今でも反対ですけれどもね!」

 

 最悪、子供の君が知る必要はないなどと言われてしまうことも覚悟していただけにこれは拍子抜けであった。モリーは怒り心頭といった風に口を挟んできたが、何故だか得意げな顔をしたシリウスがそれに反応する。

 

「おや? どうしたねモリー。ダンブルドアは教えるべきだと言ったのだよ」

「それでもわざわざこの子を危険にさらす必要はないはずだわ!」

 

 にやにやと笑うシリウスにモリーが噛みつくも、アーサーがそれをなだめる。

 ちょっと目のやり場に困る光景ではあったが、ハリーはぷりぷり怒るモリーを沈めてくれたアーサーに感謝した。それを見て嵐は去ったと言わんばかりの顔をしたシリウスがハリーの肩に手を回す。

 されるがままに彼の胸へ抱き寄せられたハリーは、少し頬を染めながら問うた。

 

「いいの、ぼくに教えても」

「ああ。君の境遇について知っているのは一握りだが、ダンブルドアがごり押しした。あの子には何が何でも聞かせるべきじゃのうとかなんとか言ってモリーを説得してくれたのさ」

 

 シリウスが小声でささやく。

 自分が純粋なヒトでないことを知られている。

 それを聞いて一瞬だけ身を固くするも、シリウスの体温がそれを和らげてくれた。そういう反応をするだろうとわかっていて抱き寄せてくれているなら、彼は若いころ本当にすごいプレイボーイだったのかもしれない。

 彼の低い安心する声が耳元でささやかれたというのもあるだろう。その声ズルいです。

 

「えっと、じゃあ。聞かせてもらおうかな」

「うん、何でも聞いてくれ。……っと、その前に失礼」

 

 ハリーの上目使いにシリウスがだらしなく頬を緩めながらも、懐から杖を抜く。

 軽い調子で杖を振ったシリウスは、床に転がっている何かに向かって魔力反応光を放った。

 

「『インペディメンタ』、盗み聞きはよくないな」

 

 ぱちん、と軽い音と共に床を跳ねたのは、なんと耳だった。

 耳だけオキョーを書き忘れたせいで妖怪に耳を引き千切られたという、ミミナシ・ホーイチの話をユーコから聞いたことがある。もっとも、引き千切られた耳からはホースのような管は伸びていないはずだ。シリウスが『妨害呪文』をかけたのは、糸電話の紙コップが耳に変わったような何かの魔法具であった。

 床に転がった耳を不思議そうに眺めているハリーに、モリーが言葉をかける。

 

「あのおバカな双子の作ったおもちゃよ。盗み聞きをするためだけにこんな魔法を開発するだなんて……O.W.L.試験の結果はなんだったのかしら」

「でもモリー。繊細なピーピング・スペルを開発できただけでもすごいと思うよ」

「その凄さをもっと勉強に向けてほしかったわ」

 

 モリーへ気遣う言葉をかけた人物が、キッチンからホットミルクを持って出てくる。

 その人物の顔を見て、ハリーは嬉しそうに駆け寄りその貧弱な体を抱きしめた。

 

「ルーピン先生!」

「おっと、危ない危ない。久しぶりだね、ハリー」

 

 ミルクがこぼれないよう器用にバランスを取り、ルーピンはハリーの頭を撫でた。

 リーマス・ルーピン。三年生の時に闇の魔術に対する防衛術の教鞭をとり、ハリーたちにとってかけがえのない時間をくれた元教師である。スネイプとのいざこざが長じて狼人間であることが暴露されてしまったため、自ら学校を去ったのだ。

 恩師ともいえる彼と再会できた喜びから、ハリーは満面の笑みを贈る。彼も騎士団団員なのだ。見た目は不健康な痩せぎすの中年男性ではあるが、彼の魔法への知識と戦闘力はハリーもよく知っている。きっと頼りになることだろう。

 

「ほらムーニー、いつまでも小さなレディを抱えているものではない」

「嫉妬かねパッドフット。可愛い教え子とのスキンシップじゃないか」

 

 ハリーの頭上で父性を爆発させた二人の火花が飛び散る。

 このまま喧嘩になったりしては聞きたいことも聞けなくなりそうなので、ハリーはルーピンから離れることで原因を取り除いた。

 モリーもシリウスも、どこかぴりぴりしている。

 空気の流れを変えるためにも、ハリーは質問を投げかけることにした。

 

「じゃあ、改めて質問を」

「なんなりと、レディ」

「う、うん。このレジスタンスだけど、戦力的にはどのくらいなの? 見る限りウィンバリーとか闇祓いもいるみたいだけれど」

 

 レジスタンスというからには、やはり相応に苦しい状況にあるのだろう。ならばみなが刺々しくなるのもわかる気がする。しかし犯罪組織相手にレジスタンスと名乗らなくてはならないほどに戦力差があるというのは、なかなかに絶望的である。それもまた苛々の種になっているに違いない。

 それを証明するかのように、シリウスは片眉をあげて説明する。

 

「まずダンブルドアの旗のもと、彼を支持する魔法族およびマグルで構成されている」

「ダンブルドアなら大半の魔法族が味方に付くのはわかるけど、マグルも?」

「ごくごく一部のな。まったく、あの老人の顔の広さはレシフィールド顔負けだよ」

 

 聞けば、警察機関や国軍に所属する一部の人間がダンブルドアと懇意なのだという。表だって協力することはできないだろうが、マグル世界で何らかの問題を起こしても魔法省の手を借りずに隠蔽工作を行うことができるらしい。

 警察はまだしも、軍と来たか。できればお世話になりたくないものである。

 

「ところで、なんで魔法省の手を借りずに処理したいの? 魔法事故処理部とかの仕事だと思うんだけど」

「ん? ……あー、なるほど。すまないハリー、私たちの配慮が足りなかった」

 

 せっかく専門の機関があるのなら、それを利用した方がいいのではというハリーの問いかけにシリウスは苦い顔を浮かべた。

 どうやって説明したものかと逡巡している間に、ウィンバリーが新聞をハリーへと手渡す。シリウスは彼へ咎めるような顔をするも、仕方なしとあきらめたようだ。どうせすぐ目に入る。

 

「読んでみろや。英雄サマのお顔が映ってるぜェ」

「英雄様って……、うわぁなんだこれ」

 

 ハリーが新聞を広げると、一面を飾っているのはファッジとハリーの顔だった。

 紳士然とした格好のファッジと比べて、写真の中のハリーが着ているのは中世ヨーロッパ魔法界で好まれていた古臭いデザインの魔女服。つまり、嘘つきの証だ。あまりにもわかりやすい情報操作に、苦笑いが漏れ出てしまう。

 記事を読んでみれば、かの有名なハリー・ポッターは『名前を言ってはいけない例のあの人』が復活したと吹聴している頭がパーになった精神異常者で、自分が有名でなければ気が済まない病にかかってしまったため、ダンブルドアと共謀して魔法省大臣の座を狙っているのだと書かれていた。

 とうとうファッジはイカれてしまったのだろうか?

 

「やっこさん、根は小心者だったんだけどね。恐怖で心が歪んでしまい、正常な判断ができなくなった。ヴォルデモートが復活したと知る者を、それを信じる者を、扱き下ろすことで安心を得ようとしているんだよ」

「うわ、ダンブルドアのことを頭のおかしい耄碌ジジイとか書いてる。大丈夫なのこれ?」

 

 大丈夫ではない、とルーピンが首を横に振った。

 ダンブルドアは敵ではないというのに、ファッジには自分の平穏を乱すものはすべて頭のおかしい狂人だと決めつけてしまっている。ヴォルデモートは死喰い人たちと一致団結して欲望を満たそうとしているのに対して、魔法省とダンブルドアがいがみ合っていては勝てるものも勝てない。これでは自分の杖を折って差し出しながらどうぞ私どもを殺してくださいと言っているようなものである。

 要するに、自殺行為だ。

 

「さらに言えば、権力の味を占めたんだろうね。ヴォルデモートが復活してしまったことを喧伝すれば、自分が職を失うと思ったんだろう。自分の欲と他者の危険を天秤にかけた結果、自身をとったのさ」

「あー、たしか魔導心理の天秤でしたっけ」

「お、よく覚えていたね。グリフィンドールに一〇点」

 

 魔導心理の天秤とは、闇の魔術に対する防衛術で習う思考術の一種である。

 小難しい名前がついてはいるが、要するに自分にとって有益な手段を他者の事情も鑑みてなおその手段をとるべきかどうかという考え方だ。

 守護霊呪文の訓練の際にルーピンからこの思考術を問われたハリーは、迷うことなく「他者など関係なく自分のためならば使うべき」と即答したことがある。その後彼が付け足した「その行動によって他者が死に瀕することがあってもかい」という問いかけには、言葉が詰まった。

 素早くその場に適した魔法を選ぶ思考回路を鍛えるものであり、ハーマイオニーはこの考え方を絶賛していたことをおもいだす。なにも魔法に限らず、人生において魔導心理の天秤を使うことは多々ある。つまり、魔法使いとしての訓練のみならず人間として優秀になるための一助になる考え方だわ、とのことだ。

 つまるところ、単純に言ってファッジはその天秤を正しい方向へ傾けることができなかったのだ。英国魔法大臣という責任ある立場にして、影響力のある人間がやらかしてよい失敗ではない。

 

「……ていうかウィンバリーにハワード、君たちは大丈夫なの? ファッジがヴォルデモートを認めないっていうんなら、当然このレジスタンス活動も内緒でしょう? 闇祓いって言ったら魔法省でもだいぶ大臣に近いところだと思うけど」

「あぁ? 大丈夫なわけねェだろ。秘密だよ秘密。仕事の合間を縫ってここに来てんだよ。見回り業務の寄り道になるから、数十分いるのが限界だな」

「そうなんですよぅ。今日だってだいぶ苦しい言い訳でこっちに来てるんですからねぇ。違法魔法具販売業者のタレこみは今月に入って七件目でぇす」

 

 実に大変そうだ。

 今日は非番らしいトンクスが煽ってハワードに青筋を浮かばせている。実にやめてほしい。

 ハリーをグリモールド・プレイスへ送り届けてからまだ一時間も経っていないというのに、その足でもう魔法省へ戻らなければならないらしい。モリーが急いで作り上げたサンドイッチを持たせ、二人は『姿くらまし』で消えていった。

 

「以前ヴォルデモートは、我々の愛する人たちを滅ぼそうとした。それの復活など、彼は耐え切れないんだよ」

「彼は自分の軍勢を再構築しようとしている。これが我々に無関係な話だったならば、目を覆うか逸らしたくなるくらいの絶望的な状況だ。以前の時のように、魔法犯罪者のみならず闇の生物を集め始めているんだ」

 

 暗黒時代については、膨大な資料が残されている。

 魔法史の教科書を開けば、いやでも目に入る身の毛のよだつ生き物たちが、かつては英国魔法界を我が物顔でのさばっていたのだ。ヴォルデモートは人類に忌避される吸血鬼どもをはじめとして、巨人やら鬼婆といった人間社会には適応できない《ヒトたる存在》に権利を与えることで懐柔して戦力を獲得した。

 ハリーも知っているように、狼人間もそのひとつだ。一人いれば噛みつくだけでどんどん手ごまを増やせる狼人間は、おそらく今回のヴォルデモートも主力として据えることだろう。狼人間になれば、表側の人間社会で過ごしていくのは難しい。よって犯罪跋扈する裏社会へ引きずり込むための手段として、狼人間化させているのだ。

 さらに最悪の手駒が吸魂鬼(ディメンター)である。現在では魔法省が徹底的に管理下に置いているものの、かつては自由に幸福や魂のバイキングを開催してくれるヴォルデモートの元についていた。厳格な飼い主と自由をくれる悪党とでは、あの嫌悪すべき怪物どもがどちらにつくか考えるまでもない。

 

「それだけではない。奴は前回と違って、ある物を、武器のようなものを求めている」

「シリウス」

「……む」

 

 ムーディが咎めるように、シリウスの言葉に口を挟んだ。言うなということらしい。

 頭にこぶを作ったトンクスをしり目に、モリーはハリーにもサンドイッチを手渡してきた。それを一口頬張れば、ハリーは自分がとてつもなく疲れていることを自覚した。吸魂鬼を撃退して死喰い人たちと殺し合ったのが昨日、そして今日はお説教と長時間の箒移動。体力には自信のあるハリーだったが、しかしもはや限界であったのだ。

 うとうとしながらもサンドイッチをミルクで胃袋へ流し込むと、シリウスが優しく抱き上げてくれる。まるで小さな女の子への扱いだ。あと一週間足らずで十五歳になるのだけれど、しかしこのハンサムなおじさんには関係ないらしい。

 二階へと運んでくれるシリウスの胸の中で、ハリーは小さな寝息を立てるのだった。

 

 

「裁判の日程が決まったらしいね」

 

 アーサーの言葉に、ハリーはかじっていたトーストからベーコンエッグを滑らせた。

 裁判。そういえばそういうものもあった。すっかり忘れていた。思い出したくなかった。

 モリーが溜め息と共に杖を振ってハリーの胸に乗った元ベーコンエッグの現生ごみを綺麗さっぱり片づけてパジャマを清潔にすると、ハリーの思考能力はようやく再起動する。

 隣から送られてくるハーマイオニーの恨めし気な視線を務めて無視して、ハリーはアーサーへ疑問の視線を向ける。それを受け取ったアーサーは、彼宛てに届いたらしい手紙を取り出して読み上げる。

 

「なぜか昨日の真夜中に着払いで届いた手紙だ。気配に敏感なシリウスが起きてくれたから受け取ってもらうことができたが、何を考えているのやら。とりあえず未成年保護法違反の件だね。君が吸魂鬼や死喰い人と交戦した際に使った『守護霊の呪文』が、マグルの面前での使用であるための咎という……ことになっているはずだった」

「はずだった?」

 

 少なくともハリーはその時以外に魔法を使っていないはずだ。

 逆に言えば、その時は盛大に使ったのだが。

 

「この手紙によると、君が目立つためにパフォーマンスとして守護霊の呪文をひけらかした、ということになっている。いくらなんでもあんまりだ」

「あー……それは、うん。なんだそりゃ?」

「つまりそれだけいまの魔法省が狂っているってことさ。昨夜も言ったろう、ファッジも余裕がないんだ」

 

 アーサーとの会話に、寝間着姿のシリウスが階段を降りながら茶々を入れてきた。

 タンクトップにジーンズという、ずいぶんセクシーな姿である。ジニーとハーマイオニー、ついでにハリーもくすくす笑いが抑えきれなかった。年頃の女の子の前でなんて恰好です、着替えてきなさい! とカッカするモリーへぞんざいに手を振って、シリウスは隣の部屋へ消えてゆく。

 ソーセージとスクランブルエッグのおかずを頬張って、ハリーは問いかける。

 

「それで、ウィーズリーおじさん。裁判の日程と場所は?」

「ああ、場所は当然ながら魔法省だろう。地下にいくらでも裁判所がある……ま、子供の違反なんだし、せいぜい惨事部でお説教だろうがね」

 

 二枚目の手紙を便箋から引っ張り出すと、アーサーはそれを声に出して読む。

 

「ああ、やっぱり。場所は魔法省地下三階の魔法事故惨事部の事務室でやるそうだ。この様子だと、裁判とは名ばかりの口頭注意くらいだろうね。なにせハリー、君に非はないんだから」

「……だといいなぁ」

 

 捻くれているハリーは、それで済むだろうとは思っていなかった。

 それはシリウスも同意のようで、清潔なジーンズとワイシャツ姿に着替えた彼はアーサーに忠言する。

 

「そう、彼女の言うとおりだ。ファッジならば狡い手を使ってくるに違いない。それで、裁判はいつやるんだ?」

「まだ三枚目を読んではいないが……いくらなんでも魔法大臣がそんなことをするとは……」

「今日だ!? 今日が裁判の日だ!?」

 

 ハリーが三枚目に目を通し、日程を読んだ瞬間に悲鳴をあげた。ハリーの皿の上からはついにあらゆる食材が吹っ飛んでゆく。

 モリーがハリーに向けて杖を振るうとパジャマが光って消滅、パリッと糊のきいたブラウスとスカート姿に変わる。髪も丁寧に梳いてあり、いつのまにかポニーテールになっている。まるでジャパニメーションの変身シーンだなと現実逃避しながら、ハリーは手紙を折りたたんでポケットにしまう。

 大慌てで用意を進めるアーサーとモリー、おろおろして何もできていないシリウスを尻目に、ルーピンはハリーの肩を優しくたたく。

 

「いいね、ハリー。君は無実なんだ。特に何も心配することはない」

「それより英国魔法界の将来が心配です、先生」

「その意気だ」

 

 自らを鼓舞する意味も込めてジョークを飛ばせば、ルーピンはにへらと笑ってくれる。

 いくら自分に非はないと知っていても、裁判など十四歳の少女には大きすぎるイベントだ。これが終われば無罪祝いも兼ねて盛大に誕生日パーティをしよう、君のためにね。とシリウスが微笑んで言ってくれた。

 シリウスにハグをして頬にキスを落として礼を言い、そしてシリウスにああ言うよう助言してくれたであろうハーマイオニーとジニーにもハグとキスを贈った。アドバイスされたのがあっさりバレたことで赤面したシリウスをからかうロンにも一応くれてやることにする。あとでシリウスに睨まれるといい。

 甘えることで平常心を取り戻したハリーは、慌てて用意を整えたアーサーに手を引かれて暖炉の中へ飛び込む。「魔法省!」とアーサーが叫ぶと同時に、緑の炎が燃え上がった。へその裏側をぐいっと引っ張られるような感覚と共にハリーの目に見える景色が渦巻き、まばたきの間に厳格な風景へと変わった。

 移動キーと同じ感覚。あまりいい気分にはならない。

 

「おお、相変わらず便利」

「言ってないで急ぐよハリー」

 

 感心したような声を出すハリーを引っ張って、アーサーは人ごみをかき分けエレベーターへ乗り込んだ。中にはすでにぎゅうぎゅう詰め状態ではあったが、そこはアーサーの仁徳ゆえか彼がひどく焦っていることを知ると幾人かの魔法使いや魔女が順番を譲ってくれた。

 彼らに礼を言いながら、アーサーは噴き出す汗を杖で拭い去る。

 

「地下三階だ、地下三階。ハリー、いいね。落ち着いて、真実だけを述べるんだ」

「う、うん」

 

 アーサーの緊張が伝染し、ハリーの声がどもる。

 ひゅんひゅんと音を立てて飛来してくる紙飛行機を何事かと眺めていると、気を紛らわすためかアーサーが説明してくれた。いわゆるふくろうの代わりだそうだ。室内でふくろうを飛ばせばフンの始末や羽根やらの掃除が大変で、ひどく苦情が殺到してきたのだとか。

 それを解決したのが、当時イエスマン政治家であったファッジだ。今でこそ部下の為を想って労いの為に新魔法を開発したと言っているものの、真実は苦情を言われるのが怖くてダンブルドアに相談した結果、紙飛行機というアイディアをもらったのだ。ほんとにしょうもない男である。

 エレベーターが地下三階を指し、燃える紙箱を持った髭の魔法使いが出ていくのを見てハリーとアーサーも出なければと大急ぎでエレベーターから足を出す。

 

「戻れ。アーサー、戻れ」

 

 しかしその足は、エレベーターの中へ飛び込んできたキングズリーによって遮られる。

 再びエレベーターの住人となったハリーらは、キングズリーに胡乱な視線を向けた。冗談をやっているような余裕はないのに、キングズリーは何を考えているのか。

 彼がアーサーと耳打ちし合っている姿を見てイラつくハリーは、アーサーが滝のような汗を流しながら言った言葉に青ざめた。

 

「裁判の場所と時間が変わった」

「は?」

 

 ハリーは悲鳴をあげそうになった。

 それを素っ頓狂な声だけで済ませることができたのは、ひとえに死喰い人や魔法生物どもと死闘を繰り広げた経験と育まれた図太い精神力のおかげに違いない。

 

「場所は地下十一階のウィゼンガモット大法廷。普通こんなとこで裁判しないぞ何を考えているんだファッジめついにいかれてしまったか」

 

 ウィゼンガモット大法廷。

 名前は魔法史の授業で聞いたことがある。確か暗黒時代に積極的に使用された、大罪人を裁くための法廷だったような……。未成年の魔法使用はそこまで重大な犯罪だったろうか。

 ハリーは不安になって、アーサーのシャツをつまみながら彼の顔を見上げる。

 

「それで、おじさん。……いつから?」

「……一〇分前からだ」

 

 ハリーは今度こそ悲鳴をあげた。

 

 

 被告人席に座るハリーは、胃の中に鉛を流し込まれ捩じり曲がったような気分だった。

 まるで中世時代のような赤いローブをまとった中年から壮年の魔法使い魔女が、ずらりと並んでいる。裁判長らしき位置にある席に座るのは、豪奢な衣装を身にまとったファッジだ。

 さながら王の前に坐する罪人の気分である。しかしどうやら、英国魔法界は立法行政司法が一緒くたにされているらしい。そりゃあ腐敗もするわとハリーもあきれた。

 

「被告人、ハリー・ジェームズ・ポッターで相違ないな」

「いや、ハリエット・リリー・ポッターですけど」

「裁判官は私、コーネリウス・オズワルド・ファッジが務める。では裁判を始めよう。ハリー・ジェームズ・ポッター被告、貴殿は有罪とする。以上、裁判おわり」

 

 ハリーがふざけるなと叫んで立ち上がったところ、椅子の肘掛から古臭い鎖が飛び出してハリーの全身を縛り上げる。拘束されるいわれはないとしてハリーが杖に手を掛けようとしたところ、鎖の締め付けが強くなる。

 ファッジを睨みあげれば、ねっとりとした悪辣な笑顔を浮かべていた。

 こいつ、最初から裁判なんてする気がなかったのか。

 

「被告人はマグルの面前で目立ちたがり屋であるために『守護霊呪文』を見せびらかして、未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令を踏みにじった疑いである」

「だから、それは……」

「さらに! 殺人の余罪がある。現場であるリトル・ウィンジングには『死の呪文』使用痕が認められ、おびただしい血痕もある。しかし対象となる死体は消えていた。許されざる呪文使用の罪と隠蔽工作による捜査妨害、死体遺棄も追加だな」

 

 それは死喰い人の仕業だ。そう言おうとしたものの、鎖が伸びてハリーの口の中に突っ込まれる。結果として彼女の唇から零れ落ちたのは抗議の言葉ではなく苦悶の声であった。

 その姿を見て、ファッジの唇がめくれ上がる。

 散々無能だの愚物だの言われていたこの男にも、悪鬼のような一面が眠っていた。

 侮っていたつもりはないが、まるで不意打ちのようなこの仕打ち。以前までは割とハリーのことを厚遇していたため、彼女自身も彼の事を有能ではないだろうが人当たりのいい人物であると思っていただけに、多少なりともショックである。

 ハリーは射殺すような目でファッジを睨みあげた。

 

「ま、アズカバンは免れないだろう。英雄様もおしまいだ」

「きさま……」

「ハリー・ジェームズ・ポッターは投獄するまで拘束。これにて閉廷とする」

 

 ハリーが漏らす怨嗟の声を無視して、ファッジは木槌を叩きつける。

 それはかんと乾いた音を鳴り響かせるはずであるが、不思議と聞こえてくる音はない。

 何かと思って見上げれば、ファッジが苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。見れば木槌の先が、ふわふわのコットンキャンディーに変わっているではないか。

 さらに気づけば、ハリーの口の中に甘ったるい味が広がる。見れば、ハリーの口に突っ込まれていた鎖がフィフィフィズビーのフーセンガムになっている。ついでに言えばハリーの全身に巻き付く鎖も、かわいらしい蛇に変身させられていた。

 こんな無駄に高度で間抜けな魔法を扱える人物など、ハリーの知る限りでは一人しかいない。

 

「被告側弁護人、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア」

「先生!」

 

 朗々とした声が、法廷に響き渡った。

 特に魔法など使ってはいないようだが、普通に考えて御年三桁を超えてる老人の出せる声量ではない。魔法などを抜きにしても、この人物はやはり規格外であった。

 それはファッジにとっても当然そうであり、彼が現れたことによって目を白黒させている。

 

「……あー、ダンブルドア。時間と場所の変更をお聞きになったので?」

「おう、おう。わしもついにボケてきたかのう、三時間も早く着いてしまったよ」

 

 とぼけた台詞に、ファッジは人目もはばからず舌打ちした。

 おそらく、直前の変更通達をダンブルドアには送っていなかったのだろう。もしくは、変更直後に送ったために通知の手紙を持ったふくろうはまだ空の上なのかもしれない。

 なんにせよ、これで形勢は逆転した。

 老獪さと狡賢さでダンブルドアに勝てる魔法使いは、おそらく英国にはいないだろう。

 

「さてコーネリウスや。ハリーに罪などないぞ」

「なにをばかな。彼女には未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令違反と殺人罪、死体遺棄、および捜査妨害、さらには魔法省反逆罪が適用されているのだぞ」

 

 魔法省反逆罪ってなんだ。

 ハリーが困惑している中、それでもダンブルドアは落ち着いて微笑んでいた。

 ファッジが長々と罪状を述べている間、彼は杖を一振りしてふわふわのソファーを作り出してハリーの隣に座り込む。ついでとばかりにハリーの座る拷問椅子も、真っ白な毛におおわれたふわふわなそれに変じてしまった。

 

「いやはや、ハリーは未成年じゃ。ゆえに命の危険性がある場合には魔法の使用が許されておる。さらに殺人や死体遺棄じゃと? コーネリウスや、その年でボケるには早かろう」

「ばかなことを。死の呪文の使用痕や血痕といった確固たる証拠があるのだ! そこの子供がそれを使って人殺しをしたのは明白である!」

「それは濡れ衣であると主張しよう」

「ならば、証人を呼ぶとしよう」

 

 そう言って言葉を切ったダンブルドアが、杖を振るう。

 ハエを払うかのように何気ない仕草で振るわれた杖先から離れた魔法式を視て、ハリーは瞠目した。内容があまりにも複雑怪奇すぎる。しかしそれでいて単純明快でもある。

 ダンブルドアが使ったのは、ハリーも愛用する亜空間への扉を開く魔法だ。魔法使いにとっては上級者レベルの魔法ではあるが、その実あまり難しいものではない。大事なのは空間把握能力と、この魔法への適正だ。聞けば歴代ホグワーツ校長ほどの魔法使いでも、適性に乏しく使えなかった者がいるほどだ。魔法には、単純に知識だけではどうにもならない類のものが多々ある。これもまたそのひとつだ。

 だからこそ、ダンブルドアの用いた魔法式は単純明快なものであった。ハリーが使っているものと大して変りないのだから。しかしその難解さといったらなかった。まるで世界中の言語を用いてAというアルファベットを描くような、意味の分からなさである。

 そういったわけのわからない魔法を行使して亜空間から放り出されたのは、一人の魔女であった。ハリーはそれに見覚えがあった。

 

「あ、死喰い人(デスイーター)の女だ」

「そうじゃよハリー。君への襲撃犯の一人じゃ」

 

 ハリーが歯を砕いて蹴り飛ばした魔女だ。

 全身を雁字搦めに拘束され、いたるところに日本魔法界製らしきお札が貼り付けてある。魔眼を用いて視てみれば、彼女に一切の魔力が感じられなかった。お札か何かの効果で、マグルと同じかそれ以下の状態にされている。あれでは自力での脱出はまず不可能であろう。

 意識はあるようで、怯えた顔をしてファッジやダンブルドアを見上げていた。

 

「で、死喰い(デスイー)――」

「そう、死喰い人じゃ。彼女の右腕を見てみれば、その証拠がくっきりと浮かび上がっておるはずじゃが」

 

 そう言ってダンブルドアは、杖を振って拡大映像を法廷のど真ん中に映し出す。

 彼女の右腕に刻まれた闇の印が、髑髏から蛇を吐き出して蠢いていた。それを目の当たりにした法廷中の人間が息をのんだり短い悲鳴をあげたりする。

 ファッジは驚愕と恐怖がない交ぜになった表情を浮かべたまま、叫んだ。

 

「そんなもの、証拠になりはしない! 捏造かもしれないではないか!」

「彼女の杖を調べるがいい。死の呪文を撃った形跡が見られ、そしてその魔力紋はプリベット通りに残っていたそれと合致するはずじゃ。コーネリウス、敵対すべき相手を間違えるでない」

 

 静かに通告するダンブルドアの言葉に、ファッジは息が詰まったような声を出した。

 裁判員たちもざわめいており、事の真偽を図りかねているようにも思える。

 そのような中、一人の魔女がダンブルドアへ発言した。

 

「しかしミスター・ダンブルドア。彼女が『守護霊の魔法』を使ったことについては事実のはず。彼女の杖からも、プリベット通りの現場からもその痕跡が認められますが」

「そ、そうだ! よく言ったホップカーク!」

 

 厳格そうな魔女の声を聴いて、ハリーは思い当たる。ハリーへ退学通知の手紙を送ってきた魔女だ。眼鏡をくいっと上げる彼女は、五十代後半のデキる女といった風貌である。

 彼女の言葉にダンブルドアは微笑みを深くして、頷いた。

 

「そうじゃのう。ハリーは間違いなく守護霊の呪文を行使しておる」

「ほーら見ろ! ざまーみろ!」

吸魂鬼(ディメンター)に襲われた際に最も役立つ呪文じゃ。彼女はそれを実践してのけた。命の危険がある際には例外とする――未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令の項目に明記してあるのう」

 

 まるで子供のような癇癪を起すファッジを冷めた目で見ていると、ホップカーク女史が疑問の声を上げる。プリベット通りに吸魂鬼が出現するはずがない。彼らには海を渡るほどの長時間飛行は不可能であり、そして英国内に存在する吸魂鬼はすべて魔法省が管理していると。

 その言葉を待ってましたと言わんばかりのダンブルドアは、すかさず口をはさむ。

 

「そうじゃのう。不思議じゃ、実に不思議じゃ。なぜ、リトル・ウィンジングなぞに吸魂鬼が現れたのか。よくよく考えるべきじゃ」

 

 その言葉の意味に気付いた法廷の魔法使いたちがざわめく。その驚きを受けて言葉の意味をよくよく考えてみると、ハリーにも含まれた意味が理解できた。

 つまり、ダンブルドアは魔法省に対して疑念を投げかけているのだ。

 本当に君たちは一枚岩なのだろうか、と。

 死喰い人の嫌疑がかけられていた魔法貴族たちや吸魂鬼という暗黒時代の産物を未だ頼りにしているだけに、彼らには耳が痛かろう。

 

「ンッン~」

 

 頭の痛くなる声が響き渡った。

 わざとらしい咳払いを放ったのは、ホップカーク女史の前に座っているずんぐりした中年太りをした魔女だ。彼女が顔を上げた瞬間に、ハリーは悲鳴を上げなかった自分を内心で褒めちぎってもいいと確信した。

 人間大の人面ガマガエル。これに尽きる。

 ピンクのふわふわしたカーディガンを中に着込んで、くるっとカールした髪にはよく手入れが施されている。大きく裂けた唇は、なぜハエを捕まえるための舌が飛び出してこないのかが不思議なくらいだ。

 そして一番印象的なのは、台所の三角コーナーにひと月放置した果実のような腐臭が漂ってきそうな目つき。スリザリンの意地悪さなど路傍の土くれにすら劣るであろう、大鍋で煮詰めたかのようなどろりとしたいやらしい目をしていた。

 そのくせこの少女めいた声! 実際怖い。ハリーは小さなころダーズリー家に連れて行ってもらってデパートで見た大道芸の腹話術を思い出した。外見の醜悪さと声の甲高さがあまりにもちぐはぐで、なんだか馬鹿にされている気分にすらなってくる。

 要するにありゃ怪物である。

 

「ダンブルドアせーんせっ。あたくし、聞き違いをしたかもしれませんわん」

 

 怪物がしゃべった!

 

「それではまるで、魔法省がポッターちゅわんに吸魂鬼をけしかけたように聞こえましたわ? あたくしの、聞き違いで、勘違いでしたら、よいのですけどぉん?」

 

 ハリーは蛇語で呟き、鎖が変じた蛇君に耳をふさいでもらった。

 ガマガエルの発した甘ったるい鳴き声――もとい猫撫で声を聞いていると、耳が腐り落ちそうだったからだ。見れば、ファッジも少しげんなりしているように見えなくもない。

 しかし、いやはや。魔法生物が就職できるとは魔法省も懐が広いものである。

 

「もしそれが真実であれば、由々しき事態じゃ。早急に原因を究明せねばな」

 

 ダンブルドアが話を打ち切った。

 おそらく、不毛な話になると読んだのだろう。あのガマガエルの眼は、明らかに真実を追求しようとするものではない。かのアルバス・ダンブルドアを相手に子供をあやすような厭味ったらしい物言いをしているのもそのためだろう。あの女(?)は、相手を怒らせて話をこじれさせようとする天才だ。

 話が途切れたのを見て、ファッジがすかさず声を挟む。ハリーを相手にしていた時のような余裕がない。上ずった声で、ダンブルドアに食って掛かった。

 

「我が魔法省が、そんなことをする理由がない!」

「そうじゃろうな。あの悍ましい怪物どもが魔法省に組していれば、の話じゃ」

「何が言いたい! 吸魂鬼どもが我々魔法省以外の、誰に従うというのだ!」

 

 我が意を得たり。

 ダンブルドアのブルーの瞳が光ると、にっこりと笑みを浮かべて言い放った。

 

「そうさの。たとえば、復活したヴォルデモート卿とか」

「断じて――復活など――して――おらん!」

 

 怒りに声を震わせてファッジが怒鳴りつけたところで、暖簾に腕押し糠に釘、スクイブに杖である。涼しい顔のダンブルドアに業を煮やしたファッジが、続けて叫んだ。

 

「ポッターの有罪は変わらん! あなたがいくら優秀な魔法使いであろうと、殺人や死体遺棄などという罪を消し去ることはできないのだ!」

「その件については、そこに転がしておる死喰い人にでも尋問してみたらどうかの。きっと彼女の濡れ衣は拭い去られるはずじゃ」

 

 死喰い人の女性がびくりと肩を震わせた。

 まぁ、こんなところに放り込まれたらアズカバン行きは避けられないだろう。仕方のない反応だ。しかしファッジはそれでも納得できず、口角泡を飛ばし続ける。

 

「だ、だが吸魂鬼が居たなどという証拠はない! 目撃者もいないのだろう!? ならばすべてはポッターの狂言だ! そうに決まっている!」

「コーネリウスよ、それもリトル・ウィンジングの現場を調べればわかることじゃろう」

「……だとしても! マグルの面前で守護霊呪文を行使した罪は変わらん! そうだろう!?」

「そうじゃの。しかしコーネリウスよ、どうやら自分自身で口にした言葉をお忘れのようじゃ」

 

 ダンブルドアが杖を振ると、法廷の空中に映し出されていた死喰い人の腕の映像が消え去り、おそらく過去の映像であろうものが映し出される。

 風景から見るに、漏れ鍋の一室だろう。キングズリーやハワードに自分が映っていることから、ハリーはそれを三年前の光景だとあたりをつけた。

 こうしてみると自分もなかなか成長しているものだ。体型ももちろんながら、ハワードの肩くらいだった背も彼女の目線くらいにまでは伸びている。成長を実感できるのは嬉しいが、はて、この時なにか重要なことを言っていただろうか。

 

「コーネリウスや。このとき言っておったのう。ハリーが自分の叔母を風船ガムみたいに膨らませたときに、自己防衛が適用されているために未成年の魔法保護法にはなんら抵触していないと」

「……記憶にありませんな」

「目の前に証拠があるじゃろうが」

 

 マグルの政治家と似たようなことを言いながら、ファッジが目を逸らす。

 今回彼は小心者ゆえに非道へ走ったが、根はそこまで悪人ではないのだろう。素人目ではあるがハリーの見立てでは、彼は政治家であるにもかかわらず嘘をつくことに慣れていない。そしてそれは間違ってはいないはずだ。

 

「彼女の仕業でない以上、ハリーに罪はない。そうじゃな?」

「……法律は、変えられる!」

「そのようじゃな。未成年の起こしたささいな問題に、よもや闇の魔法使いたちを裁いてきた刑事事件の大法廷を用いるとは!」

 

 ダンブルドアの視線に、ファッジは顔色を悪くして居辛そうに座り直す。

 同じく赤いローブをまとった魔法使いたちも、恥ずかしそうに顔を伏せた。

 容赦をせず、髭の老人はたたみかける。

 

「今回も自己防衛が適用されるのは疑いようもないことじゃ。だがもし、万が一、わしがチョコレート嫌いであることと同じくらいの確率なのじゃが、今回の件が有罪だとしよう」

「ようやく罪を認めたな!? ハッハー! これでポッターは――」

「しかし、はて。未成年が魔法を使ってオイタをした場合、一回目は警告だけじゃったように思えるのじゃが……なんじゃったかのー? 最近わしゃー耳が遠くてのぉ。もいっちょ言っとくれんかの? んん?」

 

 ついにファッジは黙り込んでしまう。

 満足げに微笑んだダンブルドアは、続けて言葉を口にした。

 

「わしの知る限り、いまの英国魔法省における法律において未成年の魔法使用について、刑事事件として扱うような法律はない。どうじゃね、コーネリウス」

「…………これでポッターは無罪とする。閉廷、おわり」

 

 もふん、と間抜けな音を立てて元木槌の現ふわふわの何かを机に叩きつけて、ファッジは裁判の終了を告げる。ハリーが呆然としていると、同じく裁判員の幾人かも呆然としたままのようだった。全員が全員、ファッジと似たような魔法使いではないらしい。

 ああ、しかし。これで、無罪だ。

 投票のVの字も見当たらなかったが、それでも無罪を勝ち取った。

 知らずして緊張していたらしいハリーは、ほうと長い溜息を吐き出した。肩の荷が大量に降りて行ったような気分だ。

 

「コーネリウスや。今こそ団結すべき時。忘れるでないぞ」

「黙れ――私の地位を狙う――ハゲタカめ――」

 

 ダンブルドアの静かな忠告に、ファッジが絞り出すように声を出した。

 裁判員たちやファッジがせかせかと法廷を退出し、ハリーはその背中を見守る。すっきりとした清々しい、歌でもひとつ歌いたいようなイイ気分だ。

 しかし明らかに激怒しているファッジの背中に、ダンブルドアが悲しげな目を向けている姿を見れば、その気持ちも幾分か沈んでしまう。だが今は礼を言うべき時である。

 

「助かりました先生、ありがとうございます」

「……、…………」

 

 だが彼からの応答はない。

 ちらとハリーを一瞥すると、おちゃめにウィンクを飛ばしただけだ。

 その際に半月の眼鏡がきらりと光り、ブルーの瞳に何かが込められていたことにハリーは気付く。返事をしてくれないことには不満が残るが、しかしウィンクと彼の表情で何か意味があるのだと察する。

 無言で小さく頷くと、満足そうに微笑んでくれた。

 元拘束椅子のふわふわソファから立ち上がると、ハリーは法廷を後にする。もはやここに用はない。あるとしても将来ハリーが魔法省に就職したときくらいであろう。つまり限りなく可能性は低いという意味である。少なくともファッジ政権である間は、まず無理な話だ。

 

「ハリー、おめでとう!」

 

 法廷の出口ではアーサーが待っていた。

 満面の笑みを浮かべて、ハリーの無罪を喜んでくれている。彼にぎゅっと抱擁して、ハリーはその喜びを分かち合った。頭をくしゃくしゃと撫でるそれは、息子たちへやる仕草と同じなのだろう。髪形が乱れるくらいに強いそれは、ハリーにとってはとてもうれしいご褒美だ。

 ぼさぼさになった頭を手櫛で整えながら微笑むハリーに、アーサーは後ろ手に持っていた金貨袋をハリーに手渡した。非力なハリーでは両手で持つのがやっとなほどの重量である。百万ガリオンは余裕で超えているだろう。そのあまりにもあんまりな金額に、ハリーは眼を白黒させる。

 

「……こ、これは?」

「ルード・バグマンを脅しつけてやっともらうことが出来た」

 

 ただでさえ重い金貨袋を取り落しそうになった。

 それに気づいたおじさんが杖を振って亜空間へ金貨袋をしまう姿を見ながら、ハリーはおろおろとした声で問いかける。

 

「お、おじさん……ウィーズリー家は誇り高き清貧生活だって……」

「違うからね? 別に強請ったわけじゃないからね? あと好きで清貧してるわけじゃないからね? 将来きみも子供が出来ればわかるからね? ……んんっ。まあ、そのお金は正当に君のモノだよ」

 

 ハリーのボケを必死にスルーして、アーサーは言う。

 これは六大魔法学校対抗試合にて、ハリーが優勝となったために得た賞金一〇〇〇万ガリオン……の、一部だ。さすがに一〇〇〇万枚の金塊などという重みをハリーの細腕で持つことはできない。というか、専用の魔法でもなければ、トラックにでも積み込まなければならない。よって、いま袋に入っているのは一〇〇ガリオンぽっちとなる。

 つまるところ、残りの金額は現在グリンゴッツ銀行に存在するハリーの口座に振り込まれるのだという。両親の遺産はホグワーツ卒業までを無事に過ごすくらいには遺されてはいたが、余裕があるほどではない。これは大助かりだ。

 一〇〇ガリオンぽっちとは言ったものの、それでも大金に変わりはない。それだけのお金があれば、ダイアゴン横丁なら箒以外はほとんど揃えられるだろう。

 そこでハリーはアーサーに相談し、無罪祝いのための御馳走を買い揃えることに決めた。今日は豪勢にパーティである。自分が無罪になることは確信していたものの、知らず知らずのうちに緊張していたらしい。

 

「さ、帰ろうかハリー」

「はい、ウィーズリーおじさん」

 

 その日のパーティは、ハリーの誕生日祝いも兼ねての盛大なものとなった。

 裁判というバッドイベントによって自分の誕生日というビッグイベントをすっかり頭から溶け流していたハリーは、ブラック邸のリビングへ入った途端鳴らされたクラッカーに仰天した。そして魔法で輝く垂れ幕にハッピーバースデイの文字が躍っている様を見て、ようやく思い出したのだ。

 料理も、アーサーと買った材料より明らかに量が多い。サプライズとして祝いたかったのだろう、ハリーが少しお金を出してしまったこともこのどんちゃん騒ぎにおいては笑い話となった。

 

「はいよ、ハリー。お待ちかねのプレゼントタイムだ」

 

 ロンがそう言って手渡してきたのは、『マッドなマグル、マーチン・ミグズと賢者の石斧』という本だ。随分と泥臭い戦い方をするマグルのコミックスである。ひょっとしたらこういうの好きかなと思って、と笑うロンの目から、同じ趣味の仲間を増やす魂胆を読み取った。どうやらこのコミック、ウィーズリー家では不評らしい。

 ハーマイオニーからは恒例の本だった。『マグル学読本 魔法史との関連性』という、ハリーの顔程は厚みのある巨大な本だった。マグル学教授のチャリティ・バーベッジ女史が手がけた学術書で、魔法界特有の滅茶苦茶なマグル文化解釈ではなく、しっかりとした観点で魔法界との歴史や文化の関連を書き纏めた、マグル出身者からすると物凄く有用な本であった。アーサーが物欲しそうな顔をしていたが、読ませてあげるくらいはいいかもしれない。

 ジニーからはヘドウィグのような白い羽根を模した髪留め。最近髪を切っていなかったため、そこそこ髪の長くなったハリーは読書をするときに前髪が邪魔になったりするのだ。ジニーのセンスはハリーなど足元にも及ばないものであったため、ありがたく頂戴した。

 フレッド&ジョージからはなんと、悪戯グッズ詰め合わせである。二年生のときハリーの命を救った気配消失薬はもちろん、糞爆弾やBOMB‐BOMB(ブー・ブー)クッション。中でも驚いたのは、双子が手作りした『伸び耳』や『おもちゃ杖』である。よもや自分たちで作るほど悪戯が好きとは、いやはや。

 大人組はそれぞれ役に立つものをくれた。防犯グッズの『プロ仕様隠れん防止器(スニースコープ)』を贈ったムーディや、変装マスク『貴方も私も七変化(フー・アム・アイ)』をくれたトンクス、『実践的な闇の魔術に対する防衛術一〇〇選』を用意したキングズリーなど。ブラックすぎて苦笑いしたのは、不在ゆえふくろう便で郵送されたハワードとウィンバリー名義の『書きづらい羽ペン(ハワードから引き抜いた羽根使用)セット』である。彼が報復を受けていないことを祈る。

 プレゼントの山をどうやってしまったものかと緩んだ顔で眺めるハリーの頭に、厚く大きな手が優しく置かれた。ふわりと髪を乱さない慣れた様子で頭をなでるプレイボーイが誰なのか、ハリーはよく知っている。

 

「やぁ。ハリエット、ハッピーバースデイ」

「ありがとうシリウス」

「さて、お待ちかねの私からのプレゼントだ。君なら喜ぶと思って探し出してきた」

 

 そう言って彼が取り出したのは、どうやら鏡のようだった。

 さすがに女性らしく身だしなみを気にしろという意味ではないだろう。シリウスはそういったことは遠まわしではなく直接いうタイプだ。ではこれは一体何なのだろう。

 

「これは『両面鏡』という。いわゆるマグルの通神鬼(トランスシヴァ)みたいなことができる、二対で一つ魔法具だな」

通信機(トランシーバー)ね」

「そう、それ。私の持つ鏡と対になっていて、呼びかけることで顔を合わせて話をすることが出来る。ああ、そうだ。君の想像通り、罰則を受けて別々に閉じ込められたときにジェームズと連絡を取り合って脱獄するのに使ったものだ」

 

 思いがけず素敵なものをもらってしまった。

 しかしこれを渡すというのは、なんだか別の意味も感じられる。両親や兄との繋がりを求めるハリーにとって、彼らが使っていた学用品といったものをプレゼントされるのはとても嬉しい。嬉しいのだが、なんともはや。彼も素直な男である。

 

「……シリウス、やっぱり寂しい?」

 

 ハリーがそういうと、見抜かれたことに驚いた様子を見せる。

 もしもハリーがハリエットでなく、ハリー少年であれば気付かなかったか、気付いても気遣って無視していただろう。しかしハリーはハリーであり、ひとりの少女だ。愛する家族同然のシリウスが寂しがっているのに、男の意地とやらを守ってやるつもりはなかった。

 動揺している彼を抱き寄せて、その背をぽんぽんと叩いてやる。

 

「シリウス、ぼくはあなたを愛している」

「……私もだ、ハリエット」

 

 優しく抱擁を返す彼に、ハリーは耳元でささやく。

 

「ぼくの出自を知っているのは、たぶん騎士団でも一部だけでしょう?」

「そう、だな。私とリーマス、ムーディにダンブルドアくらいだろう。君が自分から言う気になるその日まで、待ってやってほしいとのことだ」

 

 ハリーはダンブルドアに感謝をささげた。

 ウィーズリー家のみんなや、闇祓いの連中を信じていないわけではない。現にロンとハーマイオニーの二人にはこっそりと打ち明けている。だけれども、少しだけ、もう少しだけ、勇気が欲しかったのだ。

 そういった面をくみ取ってくれるダンブルドアはやはり、偉大な教師である。

 

「だからそういった相談をできる相手がいるだけでも、ぼくにとってはすごく助かるんだ」

「……ああ、存分に話しかけてきてくれ。この家で引きこもってには、独りでは少し広すぎる」

 

 シリウスは残念ながら、いまでもお尋ね者状態である。よって、この家から出ることは危険を意味するのだ。さらにグリモールドプレイスにおけるブラック邸の『秘密の守り人』でもあることから、この家から彼が出ない限り情報が洩れることはほとんどないと言っていいだろう。

 やんちゃな彼にとって、家から出ることが出来ず誰とも会えないというのは拷問に等しいことだろう。ハリーはせめて定期的に連絡しようと、固く決めたのだった。

 

「家族愛を確かめるのは結構ですけれどもね。今はお食事中ですよ二人とも」

 

 せめて人前で抱き合うべきではなかった。

 モリーの注意を受け、ハリーは敬愛するおじからぱっと離れる。残念そうにしたシリウスの口元は少し笑っていた。周囲の視線に気づいていなかったのは彼女だけらしい。

 ハリーはからかってくる双子のウィーズリーを睨み付けながら、赤面したのだった。

 




【変更点】
・甘い声を出す起こりん坊ハリーはいない
・ダンブルドアは有言実行でハリーに隠し事はしないことに
・フィッグおばさん死亡のため、強引な裁判へ
・すでにハリーの中にお辞儀が在ることは話し合っているため、ダン無視ドアは無し
・賞金は獲ってきた
・両面鏡が日の目を見るかもしれない

ェヘン、ェヘン。登場できて光栄ですわ。読者の皆様方。ンフフッ。
さて、不死鳥の騎士団編では本作の主人公がハリー・ポッターではなくハリエットであるため、いろいろと些細なところが変わっていくでしょう。
原作でもこの巻からハードになっているといわれておりますが、ファッジやアンブリッジといった大人の汚い面を真っ正面から突きつけてくるようになったからではないでしょうか。
本作ではすでにロックハートが大人とは成長した子供であるとの事をハリー達に(身をもって)教えています。この結果がどうなることやら。
ということはつまりロックハートは偉大な教師だった可能性が微レ存……?

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