ハリー・ポッター -Harry Must Die- 作:リョース
ハリーはきらっきら輝く笑顔を浮かべていた。
そしてその笑顔を真正面から浴びているロンは引きつった顔をして、直後、その顔のまま意識を失ってその場に崩れ落ちる。ハリーの放った『失神呪文』が命中したのだ。
「見ての通り、『
「先月習ったよ。相手が気絶するほど大量の情報を送るからだもンね」
「ありがとうルーナ、その通りだ。さて、今日はこれを完璧に使えるようにしよう。一応威力が弱くても気絶させるという結果は得られるけど、込める魔力量によってはこんなこともできる」
四年生のコリン・クリービーが喜んで的になるというので、ハリーは遠慮なく多目に魔力を注いだ『失神呪文』を撃ちこんだ。
コリンの腹に魔力反応光が直撃すると、彼は大きく吹き飛ばされて床を転がされる。ぴくりとも動かないのは別に死んでいるからではない。失神しているのだ。そのはずである。
弟のデニス・クリービーがどこか幸せそうに白目をむいているであろう兄を回収しに走る姿を放置して、ハリーは解説する。
「この通り、対象を物理的に吹っ飛ばすこともできる。これは余剰魔力で物理的に押されてるからだね。攻撃的な魔法の多くは、こうして魔力を込めることで相手を吹っ飛ばすこともできるものが多い。相手と距離を取りたい時、攻撃力を高めたい時とかはこうしてみるといい」
「今日は見ての通り、『必要の部屋』中にクッションが敷いてあるわ。遠慮せず失神したり吹っ飛ばしたりしてちょうだい。『エネルベート』、活きよ。これは失神呪文に対する反対呪文ね。この呪文をかけることで無理やり起こすことができるわ」
失神から目覚めたロンが首を振って、ハリーを恨めし気に見つめる。
そんなハリーは現在、伊達メガネをくいっと上げてカッコつけているところだった。形から入るタイプらしい。ハーマイオニーが必死で止めた鬼教官スタイルの軍人コスプレよりはよほどマシだったので、大目に見ようとロンは決意した。
「ほら、ペアになって呪文をかけあって! ネビル、今日は違う人と組んでくれ。今回はぼくが見て回るからさ」
寂しそうにしているネビルをジニーが誘ったのを見てから、ハリーは部屋の周囲を歩きはじめる。杖の振り方が雑なために失敗していたディーンに正しい振り方を教えたり、チョウが友人のマリエッタ・エッジコムに失敗した変な呪文をかけてしまったのを解呪したり、ふざけてザカリアスを失神させては覚醒させてを繰り返していたウィーズリーズを同じ目に合わせて注意したり、訓練そっちのけで写真を撮っていたクリービー兄弟に防衛術がどれほど大事かを懇々と説明(物理)したり、思っていた以上にやることはたくさんあった。
手早くマスターしたハーマイオニーに手伝ってもらわないと、全然終わらない。
失神呪文で一番手間取ったのはネビルとチョウだ。チョウは意外と呪文を行使するのが苦手らしく、今まで人間ほど大きな生き物を失神させることができた経験はなかったという。ネビルはやはり今までと同じくアガってしまったのが大きい。落ち着かせて集中させれば、見事にジニーを失神させることができた。
前回練習した『盾の呪文』においてはハーマイオニーに次いで二番目に習得したほどであることからも、きっとこの面子でも上位に入れる実力は持っているはずなのだ。あとはもう少しリラックスする術を覚えた方がいいかもしれない。
喜ぶネビルを労って、ハリーは一同へ顔を向ける。
負けて部屋を走っていた連中も全員が集まってきたので、ハリーは口を開いた。
「うん、みんなだいたい『失神の呪文』は使えるようになったと思う。『武装解除』と『失神の呪文』、あとこの前覚えた『盾の呪文』は魔法戦闘で必須になるものだから、みんな個人でも練習しておいてね」
「個々人で練習する場合でもアンブリッジに見つからないようにしてね。読書……のフリをして、防衛術の本を読むのがベストよ。たとえばこう、読みたい本と《防衛術の理論》を重ねて、表紙を
このホグワーツではあまり見られないが、日本の魔法学校ではよく見られるやり口らしい。
ユーコと手紙でやり取りしている際に彼女が、不知火魔法学校でもよくやったものだと言っていたのを思い出す。日本人がニンジャ・アンミツを得意としているのは、こうした学生時代からのシュギョームジョーのタマモノなのだろうなとハリーは思っている。
彼女にも何かいい案はないかと普段文通している中で話題に出してはいるが、最近返事が遅い。日本クィディチは現在シーズンオフであるため、手紙を書く余裕はあるはずだ。若干の心配を感じるも、彼女は学生生活およびソウジローのハートを射止める作業に精を出しているはずなのだから、籠絡に忙しいのだろう。たぶん。
それはさておき、次に皆に教える呪文を決めあぐねているのが現状だ。
「ねえハリー、『身体強化』は教えられないの?」
ハリーの様子を見て察したのか、ジニーが次に身体教科呪文を教えてほしいと言う。
それを聞いて賛成したのはこのDAメンバーのほとんどだ。ロンでさえ教えてほしそうにこちらを見ているが、ハーマイオニーやチョウなど一部のレイブンクロー生は何も言わない。
「悪いけど、『身体強化』は適性がないと習得しても無駄になる。適性があれば箒に乗ったみたいに動けるけど、適性に乏しい魔法使いがあれを使うとフロバーワームをファイアボルトに乗せて飛ばすようなもんだ。良くて死ぬ」
「良くて?」
「悪けりゃ自分のスピードで背骨を折って一生寝たきり」
『身体強化』はそれほどまでに繊細な魔法である。なにせ自分の肉体を弄繰り回すような代物なのだから、適正のない人間にやらせるわけにはいかない。
実をいうとハリーは自分の適性を調べずにこの呪文を習得した。もし適性がなければ、今頃は聖マンゴ病院の住人と化していたことだろう。無学であるゆえの罪であり、愚かしさだった。
ファンタジーゲームにも頻繁に登場する『治癒呪文』だって現実であるこの魔法界では適性を要する。ハーマイオニーはこれが得意で散々世話になったが、ハリーが全力で治癒呪文を行使しても治癒度合いは彼女の半分にも及ばない。
ではどうするかと思ったとき、ネビルが手を挙げた。
「はい、ミスター・ロングボトム」
「う、うん。……ハリー。僕、『守護霊の呪文』を覚えたい」
ネビルの言葉に、ハリーはなるほどと考える。
あれは便利だ。吸魂鬼に対する唯一といってもいい防衛手段になるし、ハリーにもまだ難しいことだが上達した術者ならば守護霊に伝言を持たせることすら可能になる。
よしとつぶやいて、ハリーはネビルに微笑みかけてから言った。
「そうだな。なら、次は『守護霊術』を学ぶとしよう」
「「そうこなくっちゃ!」」
ウィーズリーズが歓声を上げると同時、DAメンバーが沸き立つ。
自分の守護霊がどんな形をしているのか。それはこの魔法の存在を知った魔法族の少年少女が、誰しも一度は空想する事柄だ。無論、ハリーとて例外ではない。
必要の部屋のすぐそばにもパイプが通っていると思われるため、ここで蛇語を用いればきっと彼女はやってくるだろう。今度お喋りするのもいいかもしれない。
「呪文も教えるついでに、実際にやってみせたほうがいいわね」
「オッケー、ハーマイオニー。『エクスペクトパトローナム』、守護霊よ来たれ!」
ハリーはシリウスと一緒にご飯を食べて、転寝して、翌朝起きてくる寝坊助なおじさんへおはようと声をかけるといった幸せな日常を思い浮かべながら、杖に魔力を流し込んだ。
すると杖先から白銀の靄が吹き出し、それは一瞬で収束して一頭の雌鹿に変化する。雌鹿でありながら牡鹿の立派な角を有し、尾の代わりに大蛇が蠢く
美しい守護霊の出現に、DAメンバーは歓声を上げた。早く自分たちも守護霊を出したくて仕方ないように杖を取り出す者がほとんどだ。
O.W.L.レベルの魔法であるからして、習得難易度は相当に高い。ハリーには運よく高い適性があったため半年も経たずに習得することが出来た。この中のいったい何人が、このDA開催期間中に習得できるのか。
ハリーはマクゴナガルたち教師の楽しみを、少しだけわかった気がした。
「じゃあやってみようか。自分が幸福だと思える記憶を魔法式に乗せるんだ。理屈じゃなくて感覚で、極限まで集中して。あとは、出来るという確信に疑問を持たないこと。HBの鉛筆をべきっとへし折るように、できて当然だと思うこと。さあ、はじめ!」
各々が杖を振って、呪文を叫ぶ。
一度目で出来た者は、当然ながらいなかった。
若干落ち込んだ空気になってしまい、慌ててハーマイオニーがフォローする。曰く、過去より連綿と語り継がれる偉大な魔法使いだって最初は失敗ばかりの時もあった。貴方たちはその第一歩を歩んでいるときである、というもの。
その言葉にハリーは感心した。
確かに強力な魔法使いでも、所詮は人間なのだ。現代最強とされるダンブルドアとて、ヴォルデモートの作り出した人形であるハリーへある種の恐怖を抱いてあまり接触しないようにしていた。他にも闇祓いのウィンバリーが守護霊呪文を苦手としているし、トンクスは生活向きの呪文が壊滅的だ。身近な例ではシリウスがいる。魔法戦士としては優秀だろうが、ひとりの男性としては若干だらしなさすぎる。
みんな、素晴らしい一面もあればダメダメな一面だってあるのだ。
ちなみにハリーにも苦手なものはある。戦闘魔法においては出自からして才能の塊であるが、トンクスと同じく生活用呪文は苦手だし、三年生から学んでいる古代ルーン文字学におけるルーン魔術の習得だって未だにできていない。
「ハリーだって守護霊の創造に一ヶ月は要したわ。それも無形。じゃあ私たちは彼女を超えるつもりで、さっさと成功させちゃいましょう!」
ハーマイオニーの言葉に、スーザン・ボーンズやアーニーが腰を抜かしそうな声を出した。闇祓いの若手最優秀と言われるトンクスでさえ習得に半年は要した魔法を、ひと月。それ以上の速度で習得してしまおうというのだ。
数年かけて守護霊を会得したらしいハワードが聞いたら泣きそうな気がする。
その後も時間ぎりぎりになるまで練習し、驚くべきことにハーマイオニーが杖先から蛇口から漏れる水滴のような微々たる量ではあるが、無形守護霊を成功させた。ハリーは泣きそうだった。
よもや練習し始めて一日目でその才能の片鱗を見せるなどとは思わず、ハーマイオニーの嬉しそうな悲鳴に驚いたメンバーは心から彼女の偉業を祝福し、そして同時に嫉妬と対抗心を燃やしてより練習に励むことになる。
練習を終えて体をクールダウンする時間になってもハリーにコツを聞きにくる者が多かったので、ハリーは早くシリウスから防衛術に役立つ本が欲しかった。もちろん原本は自分が使うが、『双子の呪文』で増やしてDAメンバーにも読んでもらうつもりだったのだ。
解散間際になって、ハーマイオニーが持ってきた麻袋からガリオン金貨を取り出す。
何をする気なのかと思って見ていると、なんとそれをメンバー全員に配り始めたではないか。随分と気前のいいことだ。もしくは賄賂のつもりなのだろうか。大喜びする男子勢と訝しげにハーマイオニーを見つめる女子勢を前に、彼女は口を開いた。
「その金貨は偽物よ。お店で使えば金銭偽造の騒ぎでとっつかまるわ」
「ハーマイオニー……規則破りが楽しいからって、ついにそこまで手を」
「ンンッ! いまは真面目なお話なの。黙っていてくださるかしら、ミスター?」
「あ、はい」
ハーマイオニーにキツく睨み付けられてロンが委縮する。
引っ込んだ彼を見て満足そうに頷いたハーマイオニーは、一枚の金貨を麻袋から取り出す。見れば、それ一枚だけ模様が随分と違った。というか硬化に刻まれているのはダンブルドアの横顔だ。
杖で指し示し、ハーマイオニーは言う。
「みんな、各々手に持った偽金貨の製造年月日を見てちょうだい」
「あら? これ今日の日付になってるわ」
パーバティの言葉を聞いて、ハリーも確かめてみる。確かに一九九五年の一〇月五日になっているではないか。ハーマイオニーが杖でダンブルドア金貨を叩くと、自動的にハリーたちの金貨も日付が変更される。今度は一週間後の十二日だ。
これが何という魔法か、ハリーは知らない。しかし魔法式を視てみれば恐ろしく複雑で、見ているだけで頭の痛くなりそうなこんがらがったプログラミングがされていた。おそらくこの中でもハーマイオニーしか扱えないだろう。
別にこの中でハリーが最優秀の魔女というわけではない。知識量ならハーマイオニーがはるかに上だし、戦略眼ではロンが断トツだ。発想力ではフレッドジョージリーの三人組であるし、洞察力で言えばジニーが一番であり、この中で飛びぬけて優しいのはネビルだ。
たまたまハリーが一番戦闘経験が豊富で、咄嗟の機転が利く女だったというだけ。そして製造時点で、ジェームズやヴォルデモートの才能が遺伝(ただしくは遺伝とは言えないけれども)して、戦闘に最適な素質があっただけ。
だからハリーは彼女が恐るべき上級魔法を操ることに驚きはすれど不思議には思わず、そして親友の素晴らしさを皆が知ることを心の底から喜べるのだ。
「すっごいですねこの魔法……O.W.L.あなた将来、魔法省に入る気ありません?」
「
「……アー、そうでしたね」
スーザンとハーマイオニーが談笑している中、DAメンバーたちがざわざわと騒ぎだした。
特にザカリアスなんかはお約束のように文句をこぼし、ハリーよりハーマイオニーを講師にしたほうがいいのではと言う始末だ。それを聞きとがめたフレッドがザカリアスに絡み、ここにいるハッフルパフ生の全員が一斉にハリーへ襲いかかったとして指一本触れることさえできないだろうなどと言い出す。
それに怒って反論したザカリアスはハッフルパフの五年生たちへ声をかけるも、アーニーもジャスティンもハンナもスーザンも、誰もが反応しなかった。仲間が一人もいないことに焦ったザカリアスがハリーの方をバッと振り返れば、その視線に気づいたハリーがにっこりと微笑んだ。
顔を青くして身を縮こまらせるザカリアスを見て、フレッドはハリーへ賞賛のウィンクを送る。合図が送られてきたからといって、悪乗りしすぎたかもしれない。あとでザカリアスには何かしておいてやろう。
本日は解散。
DAメンバーも皆、この勉強会を楽しんでくれているようでハリーとしては嬉しかった。
なんとなくではあるが、自分が必要とされているような気がして肩の荷が軽くなり、気持ちがとても楽になる。アンブリッジなんかに負けないぞという強い気持ちが、心まで晴れやかにしてくれるようだった。
「クィディッチ! ハリー、クィディッチだ! クィディッチだぞ!」
真紅のクィディッチローブを着込んだアンジェリーナが息巻いて言う。
なんだかんだで忘れかけていたが、今年からオリバー・ウッドがいないのだ。彼は一昨年を最後にホグワーツを卒業してしまった。去年もいたような気がするが、たぶん気のせいだろう。それほど彼のキャラは強かった。
問題は彼が去ったことによるキーパーの不足だ。最初の試合は経験者である四年生のビガースタッフに助っ人として出てもらって騙し騙しやりすごしたものの、ハリーがさっさとスニッチを捕まえていなかったら大差で負けていただろうほどにはザル防御であった。やはりウッドとビガースタッフでは、同じ
三週間後の第二試合までには、早急に新キーパーが必要だった。
「というわけでクィディッチ選手の選抜試験をやることになった! クィディッチ希望者は今日の放課後までにクィディッチで私のところへ来な! クィディッチ!」
アンジェリーナが朝早くの獅子寮談話室でそう叫び、足音高く去ったのはグリフィンドール寮のみならず他寮の生徒ですら知っていることだ。まるでウッドの生霊が憑りついたかのような勢いに、ハリーはうんざりした。
興奮しすぎたウッドによって命と貞操の危機を感じたことは一度ではない。本物は今頃プロチームでクィディッチクィディッチ叫んでいるはずなので、あそこでクィディッチクィディッチ叫んでいる女性はアンジェリーナで間違いない。
キーパーの希望者は全部で四人。
前回の試合で九〇失点というお見事な活躍をしてチームから白い目で見られたビガースタッフ。僕にキーパーをやらせれば上下左右に出る者はいないと豪語するチョ・イヤーク。既に自分が選ばれたものと思っているのか苦笑いするハリーへキーパーの講釈を垂れているマクラーゲン。
そして最後に、覆面を被って顔を隠したひょろっとした背の高い赤毛の男子生徒。
「というかロンだろう。きみ何やってんだ」
「アイタッ! ハリーなんで脛蹴った!?」
髪の毛ごと覆面を掴んで顔を寄せる。
びくびくする彼はなんというか、いつもと違って妙に貧相に見えてしまう。緊張のあまり手の平の汗が尋常じゃないことになっており、頻繁にローブで汗をぬぐっている。
ぼく本当にこんな男の子が好きだったんだっけとハリーが思ってしまうほど、情けない顔をしているロンがそこにいた。
「もし君が照れくさいから顔を隠しているんだったら、やめたほうがいい」
「やめてくれハリー!」
「正体がバレバレでむしろ恥ずかしいことこの上ないし、それにビーター二人組が気付かないふりをしてブラッジャーを君へブチ当てる相談をしている」
「ありがとうハリー!」
覆面をはぎ取ったロンの姿を見て、アンジェリーナも納得したらしい。
箒はどうしたのかと思って聞いてみれば、なんと監督生となったご褒美にモリーが奮発してくれたらしい。若干お安めではあるが、コメットシリーズはイイ箒だ。決して悪い選択ではないし、キーパーをするなら小回りの利くコメットはむしろナイスな判断だったと言えるだろう。
ハリーはこのクィディッチチームが一度解散して、そしてアンジェリーナの奮闘によって再結成したその一部始終には関わっていない。実は解散していたという事実を知らされて驚いたほどなのだ。
アンブリッジが生徒によるあらゆる組織を禁じて彼女の認めた集団以外は許可しないという教育令を発令したのは、記憶に新しい。その中にはDAはもちろん、クィディッチチームまで含まれていたのである。
それをアンジェリーナがクィディッチクィディッチ叫び続けたおかげで、意地悪する快感とまとわりつかれる鬱陶しさを天秤にかけたアンブリッジから許可をもぎ取ったのだ。あの女の上を行く鬱陶しさとはいったい如何様なものだったのか。いったいどれほどウザかったのか、ハリーの興味は尽きない。
閑話休題。ともあれクィディッチができるようになったハリーたちは、キーパーの選別が急務であった。そのテストをすることになったのだが、これがまた曲者揃い。
自分の方がふさわしいと互いの自慢争いを始めたイヤークとマクラーゲンに、別映画の収録があるからと意味不明な言い訳をして去って行ったビガースタッフ。おろおろするばかりで何もできないロン。ハッキリ言って今日中にキーパーの選抜をするのは無理な話である。
本日は練習をするのみで、キーパー候補生たちはその見学ということになる。マクラーゲンがここはこうすべきだと野次を飛ばして集中できなかったこともあって散々な練習になった。
チェイサー三人娘と一緒に練習終わりのシャワー室で汗を流しながら話し合う。あの中で期待できる男はいるのかどうか、だ。
満場一致でウッドを呼び戻す方が早いのではないだろうかという結論に至った。親友としての贔屓目でロンを推してやりたいところだが、如何せん彼の意外なアガリ症が判明してしまったことで選手としてはどうかという考えになってしまったのだ。無論、人格面ではあの中では一番マシである。しかし、スポーツとは人柄だけで勝てるほど優しくも甘くもない世界なのだ。
杖先から熱風を吐き出してアリシアに頭を乾かしてもらいながら、ハリーは嘆息する。
何事もうまくいくとは限らないものだ。
「ハリー、いいものを見つけたの」
「いいもの?」
「防衛術についての手記よ。ハリー、今からDAを始めるわ」
練習を終えて談話室へ戻れば、興奮した様子のハーマイオニーが話しかけてくる。
ハーマイオニーがダンブルドア金貨を杖で叩くと、刻印された日付がかちゃりと変わった。同時にハリーの持つ偽金貨が、じんわりと解る程度に熱を持つ。これで次回のDA開催日時が決められたことを知らせるのだろう。
相変わらず物凄い魔女だとハリーは親友を感心半分、呆れ半分で見つめた。
必要の部屋へ集まったDAメンバーは、ハーマイオニーを前に全員がそろっている。必要だと思われた黒板が天井からロープでぶらぶらとつりさげられる。ハーマイオニーが杖を振れば、チョークが勝手に動き出して文字を綴る。
書き記されたのは『光の魔術』の文字だった。
「……光の魔術?」
「そうよ。私さっきまで禁書の棚でDAに使えそうな本がないか見繕ってたんだけど」
「いまさらりと校則違反がバラされたな」
「流石だぜ、我らが才媛ハーマイオニー」
「うるさいわよフレッド、ジョージ。この手記は禁書の棚に紛れ込んでいた一冊なの。ホグワーツの貸し出し図書の全てにかけられてる保護魔法がかかっていない以上、これは二〇年くらい前の生徒が書いて勝手に棚へ突っ込んだものに違いないわ」
光の魔術カッコいいポーズ! と叫びながら空中へ跳び上がって奇天烈な決めポーズするフレッドとジョージを放っておいて、ハーマイオニーはチョークを動かす。
どうやら手記に書かれている呪文を書き連ねているようだ。その中にはハリーの知っている呪文もいくつかそろっている。『武装解除術』に『治癒魔法』、『盾の呪文』や『守護霊魔法』、ハリーお得意の『身体強化呪文』まで書かれている。
一番最後に『固有魔法』と書いて、ハーマイオニーはチョークを休ませた。
およそ十の呪文が書かれており、DAでも教えたことのある呪文がその大半を占めている。
「この手記の著者である《純血王》によると、」
「なんだそのエラソーでアホそーな名前は」
「うるさいわねロン。筆者の純血王とやらが言うには、闇の魔術の対になるモノとして挙げられる魔法が、これら光の魔術になるそうよ。もちろん鵜呑みにせずに私自身でも調べてみたわ」
ハーマイオニーが杖を一振りすると、純血王の手記が浮かび上がってばらばらとページが開かれた。目当てのページが開かれると、必要の部屋の機能が働いたのかそのページが大きくズームされたかのように巨大化して見える。
書かれているのは複数の魔法式だ。ハリーにも見覚えのある代物が書かれているが、おそらくこの場の誰もが知らないであろう呪文の魔法式。なぜこんなものが書かれているのか。
「えーっと、ハーマイオニー? それは何の魔法式ですか?」
「『死の呪文』だ」
アーニーからの問いに答えたのはハリーだ。
その唇からこぼれた言葉に、DAメンバーがぎょっとして振り返る。『死の呪文』とは言わずもがな、許されざる呪文のひとつだ。闇の魔術の筆頭としてよく知られており、暗黒時代にはこの呪文によって数多くの魔法族たちが苦しめられた。
一体なぜそのような唾棄すべき魔法の魔法式を書いているのかという不審そうな顔が向けられるも、ハーマイオニーはそれを気にせずその下へさらに魔法式を書く。今度は『武装解除術』である。
「ほら見て、エーテルから魔力を吸い上げる機構が同じなの」
「本当だ。式に同じ部分がある」
魔法式とは、魔法を使う際の詳細を示した設計図のようなものだ。
誰もが知っての通り、魔力は体内を流れる血液の中に潜んでいる。魔力の詰まった血液、つまりエーテルだ。魔法を使う際には、そのエーテルから魔力のみを抜き出して体内を巡らせる必要がある。そして術者の集中力や想像力といったイメージの力で練りあげ、形のないエネルギーに方向性を持たせる。そして杖を通して魔法式で固定した魔力を放出し、その魔力が空気に触れて魔法反応を示しすと発光、魔力反応光として目に映ることとなる。その反応光が着弾した対象へ使用者の魔力が浸透し、そして目当ての魔法効果を及ぼす。
魔法とは当然ながら理論や理屈を駆使して人が扱う
「ちょ、ちょっと待って。じゃあなんで光の魔術なんだ? 『武装解除術』と『死の呪文』の魔法式の一部が同じなら、それは闇の魔術ってことじゃないのか?」
「決してそういうわけじゃないわ、ロン。同じ根を張る生き物ってカテゴリーでは植物全般が同じ扱いをされるけど、でもかぼちゃとマンドレイクじゃ根本的に別物でしょ。そういうイメージで捉えてくれればいいわ。源流を同じくしても、呪文に至るまでの過程が全くの別物なのよ」
そして何より、とハーマイオニーは杖を振るう。
両者の魔法式において同じ部分に赤い丸が描かれる。そこはイメージの力で練り上げる、魔力鍛造部分の式だった。他の部分は似ていても、似ても似つかない。
ヴォルデモートの扱った『死の呪文』は彼独自の術式が組み込まれており、アルファベットのみならずヒラガナやらカンジといった他国の言語が入り乱れた意味不明極まる代物であったが、本来の『死の呪文』は大分簡素極まるものだ。
しかしこのDAメンバーにおいて『死の呪文』を撃てる者は、おそらくハリーのみ。『守護霊呪文』や『身体強化呪文』も高い水準での術者の適性を要するが、『死の呪文』が要求してくる素質はそれ以上。他者を苦しめ、死に至らしめたいと心底から願うクズのような悪党のみが、この魔の技に愛されるといってもいいだろう。
そこで両者の最たる違いは、魔法へ込める感情。魔法は理論的な技術でありながら、しかし術者のイメージや感情といったものでだいぶ左右される。『死の呪文』は相手の死と苦悩を願う漆黒の意志が必要だが、武装解除にはそれらは必要ない。込める感情によって、効果も多少変動する。
相手を傷つけずにただ武装を解きたいという気持ちを込めて放てば、杖だけが吹き飛ばされる。相手をねじ伏せやっつけてやりたいと願えば、余剰魔力で体ごと吹き飛ぶ。もし純粋な慈愛の心を籠めて放てば、ひょっとすると敵愾心や対抗心といった心を静めておだやかにするだけで済んでしまうかもしれない。
これら『光の魔術』は、そういった込める心によってさまざまな顔を見せる無色の魔法ばかりである。ハーマイオニーはそう言った。
「話を戻すわ。この光の呪文たちは、闇の魔術に対する防衛術の名を関するにふさわしい魔法の数々なの。悪を憎み、平和を願い、愛を謳うような魔法使いが扱う『光の魔術』こそ、闇の魔法使いに対する最大の対抗策になると思うの」
「要するに、奴らに対する有効な武器になるってことでいいんだね、ハーマイオニー」
「……身も蓋もないけど、まぁそういうことよ」
ハリーの締めくくった物騒な言葉によって、ハーマイオニーは不満そうな顔になるも肯定した。こうなると他の魔法を覚えるより先に、この光の魔法を会得した方が速いかもしれない。
彼女たちにとって助かるのは、この『光の魔術』には基本的なモノが多いことだ。
『治癒魔法』と『身体強化魔法』は素質が必要だから会得できる人だけ学べばいい。そうなるとやはり『守護霊魔法』を重点的に教えた方がいいかもしれない。ある程度の素質は要すれど、才能がないと習得できない類の魔法ではないからだ。
そう思ってメモ用紙にその旨を書いている途中で、ハリーはふと疑問に思ってハーマイオニーへ問いを投げた。
「ところでハーマイオニー。最後の『固有魔法』ってのは何?」
「ああ、それ? 手記には『術者の持つ個々の魂が放つ魔法』って書いてあるのよ。魔法式も途中までしか書いてないけど、これは使う魔法使いによって効果が変わるタイプの魔法ね。正直、会得する意義は薄いと思うわ」
聞けば聞くほど胡散臭い。
しかし純血王とやら『光の魔法』として羅列した以上は、闇の輩に対する有効な手段であることは間違いない。目配せすると、やれやれといった様子ながらハーマイオニーは頷いてくれた。彼女の知識ならば詳細まで調べることも不可能ではあるまい。
ハリーもシリウスや闇祓い達に聞いて調べてみよう。
そう決めれば、あとはDAの続きだ。今日は何人が成功の兆しを見せることやら。
「さて、今日は守護霊の続きだ。驚くべきことにフレッドとジョージが『まね妖怪』をトロフィー室のクローゼットごと拉致して連れてきた。変身したボガートを敵に見立ててやってみようか」
「えっ」
「不満かいアーニー。実戦に勝る効率のいい経験値の積み方はないと思うね、ぼくの実体験からして。さぁみんな並んで! ちゃっちゃと習得して、強くなってしまおう!」
*
全身が蕩けてしまいそうに甘い夢だ。
自分が自分でないような気さえする。
熱い吐息を漏らしてぐったりと眠る。
体の力が抜けるほどに甘い夢だった。
*
「罰則ですミス・ポッター」
「……今度は何が理由ですか? アンブリッジ先生」
「質問は手を挙げてから、ミス・ポッター。ンフッ」
ハリーが素早く手を挙げるも、アンブリッジは目にゴミが入ったようで何も見ていなかった。聞こえよがしに舌打ちしてやりたくなるものの、首を振るハーマイオニーの姿を見て我慢する。
いまならヴォルデモートも賞賛するような『磔の呪文』を使える自信がある。ぼく不機嫌ですと言外に物語る雰囲気を漂わせながら、ハリーはフロバーワームの糞にも劣る闇の魔術の防衛術をやり過ごすのだった。
『なに? また罰則か。今度の理由は何だ? 空が青いからか?』
「カエルの考えることはわからん」
『その意気だ、我が娘よ。罰則はいつだ?』
「今週末の金曜の夜」
『なら、この前あげた私の贈り物を身に着けているといい。きっと君は喜ぶだろう。私からの愛する家族へのプレゼントだと思ってくれ』
「ありがとう、シリウス。大事にするよ」
『両面鏡』を使ってベッドの中でシリウスとの会話を楽しむ。
笑顔の彼は、とてもハンサムで魅力的だ。若い頃の彼もいいが、いまのひげを蓄えた彼もハリーの好みである。まるで恋する乙女のようだと自分の考えに苦笑いしながら、ハリーは家族との会話に夢中になった。
声が大きかったのだろう、隣のベッドからハーマイオニーが小声で注意してくるまでお喋りに夢中になってしまう。反省するべきだ。最近、彼女に注意されることが多い気がする。
*
舌が溶けてしまいそうに甘い夢だ。
嬉しそうな声を漏らしてハリーは唇を舐めた。
はしたないとはわかっているが、この衝動を抑えることはできない。
お腹の奥底が熱くなって、狂おしく求めているのが自分でも分かる。
こんな気分になるのは生まれて初めてだろうと思う程に気持ちいい。
自分の手が熱く燃え上がるような場所に触れ、大きな声が跳ね上がった。
思わず羞恥に頬を染めるも、――――はハリーの頬を優しく撫でる。
その手は氷の如く冷えており、目を細めるほどたまらなく心地よい。
冷たい手は次第にハリーの肉体を伝い、優しくも乱暴に求めてくる。
高揚した気分が肌を赤く染め、吐息を漏らす。
脳がほぐれてしまうほど甘い夢だ。
*
アンブリッジが嬉々としてハリーに羽根ペンを持たせてくる。
哀しいことに、金曜日はグリフィンドールチームのキーパーを決める大事な試験があった。あれから参加人数はまた三人増えて、ロンの合格はだいぶ怪しくなっているらしい。
緊張のあまり吐き出しそうなロン坊やの背中を撫でさすり、景気付けに頬へキスをくれてやる。悪ノリしたフレッドとジョージからも熱いベーゼをちょうだいしたロンは、緊張などどこ吹く風のようにぷりぷり怒ってクィディッチピッチへと去って行った。
あれならきっと大丈夫だろうと苦笑いしながら後をついて行ったハーマイオニーに任せて、ハリーは憂鬱な罰則を受けることになる。
羽根ペンでカリカリと書けば、自分の胸に文字が刻まれる。これセクハラじゃないのか?
「もっと深く、しっかりと覚えるほどに書きなさいね。ミス・ポッター。ぐげげっ」
ブラウスにじわりと血がにじむ。
痛みに顔をしかめて胸元を抑えると、こつりと指に固いものが当たった。
そういえば胸ポケットには大事にしている『両面鏡』が入れてあったはず。そこでハリーは、シリウスからもらった魔法具の存在を思い出した。確か右ポケットに入れておいたはずだ。
アンブリッジが紅茶をすすって(不思議なことに舌は伸びていなかった)いる隙を見計らって、ローブの右ポケットに入れておいたはずのそれを手に取ってみる。出てきたのは犬の肉球を模ったシールだった。パッドフットの洒落だろう、思わずハリーの頬が緩む。
ちらっと刻まれた魔法式を視てみれば、どうやら自分の肌に貼り付けて使うものらしい。カエルの眼を盗んで、ハリーはそのシールをスカートの内側で隠れるよう太腿に貼り付けた。
途端、頭の中でわふんとシリウスの鳴き声が聞こえてきたのは間違いなくジョークだろう。ハリーは笑いをこらえるのに必死で、アンブリッジに見つからないように肩を震わせる。
「どうしました、ミス・ポッター。どこか痛むの? ん? んんん?」
「……いえ、なんでもありません。アンブリッジ先生」
「よろしいですわぁん。ふほっ、ノォホホホ」
自らの髪をかきあげ、優雅なつもりでただ下品なだけの醜態をさらすアンブリッジの声のおかげでハリーは冷静さを取り戻した。楽しい気分を一瞬で萎ませる才能は吸魂鬼にも劣らないだろう。
忸怩たる思いを隠しつつ、ハリーは再び羊皮紙に『私は嘘をついてはいけない』と書いた。するとハリーの胸を、羽ペンでくすぐるような感触が走る。
何かと思いブラウスを引っ張って見てみれば、その膨らみには何の傷もついていなかった。
たまにはこういうこともあるのだろうと思ってもう一度書いてみると、またもふわふわした羽根のような触感を胸に感じる。
「ゲコォ」
「……は?」
不意に踏みつぶしたカエルのような声が聞こえてきたものだから驚いて顔を上げれば、アンブリッジが自分の顔を覆っているところだった。ようやく自分の醜さに気付いたかと内心で嘲笑して、ふとそれが違うことに気付いた。
どうやらアンブリッジは苦しんでいるらしい。何かの持病かもしれない。ハリーはそれが不治の病でなおかつ三日以内で死に至る類のものであることに期待を寄せた。気にするだけ精神力の無駄遣いであると断じたハリーは再度カリカリと羽根ペンを走らせたところ、ついにカエルが絶叫の悲鳴をあげる。
さすがに仰天したハリーが顔をあげれば、そこには血だらけの顔を抑えたアンブリッジがこちらを困惑と恐怖に歪んだ目で凝視している。その顔には横一文字に、『
先ほどハリーの胸に刻まれた文字と、一寸違わず同じ。より正確に言えば、いまハリーが羊皮紙に書いた文章と同じ筆跡であった。ハリーがつい「t」の字を長く書くいつもの癖もしっかり再現されている。
よもやこれがシリウスの贈ってきたプレゼントの効果なのだろうか。
ばっちりアンブリッジと目が合い、ハリーは首を傾げる。ガマガエルの目が困惑に揺れた。
「わたしは――嘘を――ついては――いけない」
ハリーが一言一言区切りながら、つい力を入れて反省文を書き連ねる。
それに連動して、より深く、じっくりと、アンブリッジの顔面が素敵に執刀されていく。
たぶん先ほどよりはよっぽど人間らしくなったのではなかろうか。
アンブリッジはまたも奇声を発して顔を抑え、自分の真っ赤に染まった手を見て再度悲鳴を上げる。杖を振って亜空間から手鏡を取り出すと、自分の醜い顔に驚いたのかはわからないがまたも悲鳴を上げた。
「い、痛い……? な、な、な、……これは、いったい……痛い……?」
「私は嘘をついてはいけない」
「あぎゃあ! い、痛い!? なぜわたくしにこの傷が刻ま」
「私は嘘をついてはいけない、あーマジ私は嘘をついてはいけない」
「れているのォーッ!? な、なにが起きているんですの!? こ、これはァーッ!?」
だくだくと血を流すアンブリッジを見て、ハリーはシリウスの魔法具がどのような効果を持つかを理解した。ごくごく簡単に言ってしまえば単純に呪い返しの魔法がかかっているのだ。
特筆すべきはその効力がひどく強力であるということか。
日本魔法における概念として、悪意を以ってかけた呪いを破られると呪詛を放った術者に返ってくるというものがある。ハリー達が扱う西洋魔術とだいぶ異なる思想を基礎とする魔法ではあるが、この魔法式はおそらくそれを西洋式にアレンジした上で踏襲しているのだろう。
手を止めてと言われたハリーは、アンブリッジを見上げる。さも「ぼく何が起きているのかさっぱりわからないよぅ」と言わんばかりに可愛い子ぶって首を傾げておいた。
「きょ、今日はもういいでしょう。帰ってよろしい。はよ帰れ」
「……あ、窓の外にヴォルデモートが」
「いあ?」
「しまった、嘘をついてはいけないんだった。ヴォルたんマジ復活。おっと、もう一回」
「アギャーッ! み、ミス・ポッ痛ァい! 何が起きているの!? あぁああ――ッ!」
ハリーはシリウスに感謝を捧げた。
どうやら体調をおかしくしたらしいアンブリッジが保健室へ行くとのことで、罰則は終わりだ。まったくもって心配である。ハリーはお大事に、と言うことにした。
あの嫌味な魔法生物に一矢報いたことで上機嫌になって寮へ戻るハリーは、はたと気付く。
こんなことをして大丈夫なんだろうか……。
何が起きているかわからない様子だったことを思い返し、あのガマガエルがハリーの仕業であることに気づかないようにと何処かにおわす神へ祈りをささげたのだった。
*
狂おしいほどに甘い夢を見ている。
口の中いっぱいに広がる、苦くも濃厚な味がたまらない。
ひとたび吸い付けば、芳醇で生臭い匂いが喉へと落ちる。
【ああ……。もう、もうだめ。だめだよ……】
いまほど自分の欲望を自覚したことはない。こんな感覚は初めてだ。
自分のお腹が火傷しそうなほどの熱をもって、全身が火照ってしまう。
甘い吐息をこぼし、鼻にかかった声が漏れる。とろんとした目が彼を映す。
幻影の彼ではなく、本物が欲しくて欲しくてたまらない。はしたなくも甘美な想い。
全ての体裁や貞淑を振り払ってでも、彼の胸の中へ飛び込んでキスしたい。
ああ、お腹が減った。お腹にいっぱい欲しい。これでは耐え切れない。
熱くもどかしい感情を止める術なんて知らない。止める気さえない。
【もう、もう我慢なんてできないよぉ……っ】
この快楽を忘れることなど、まず自分では不可能だろう。
自分が自分でないような、甲高い声が喉の奥から漏れた。
気がふれそうな甘い夢を見ていた。
*
ハリーは上機嫌で廊下を歩いていた。
これでDAも何度目だろうか。アンブリッジを出し抜いてこうして継続できているというのは、実に幸運なことだ。とてもスカッとする。
ニコニコ笑顔で必要の部屋の前を通り過ぎ、他の生徒の姿がないことを確認してから杖を振って微弱な魔力をソナー目的で放つ。跳ね返ってきた魔力波に、他魔力の反応はない。少なくとも魔法族、または魔法のかかった代物が近くにないことを確認した。
そうして用心に用心を重ねて必要の部屋へ入ったハリーは、そこでとんでもないモノを視た。
「うわっ!? なんだこれ!?」
「あ、ハリー。来てくれたのね」
素っ頓狂な声を聴いて振り向いたのはチョウだった。
ハリーの眼の先にあるのは、全身が墨で塗りつぶされたかのように黒く染まったナニカ。人型をして癖のある長い髪がゆらゆらと揺れているあたり、人間の女子生徒だろうことはわかる。
だが分かるのはそこまでだ。両目にあたる部分が真っ赤に光り輝いている以外は、何ものかもわからない。魔眼を用いて視てみれば、その全身がひとつの魔法式でぐるぐる巻きにされているように視えた。ダドリーがプレイしていたテレビゲームを思い出す。まるで魔法式で構成したポリゴンのようだ。
困惑しつつも、あれが魔法生物ではなく人間であることを確信する。
周囲に害を及ぼす闇の代物ではなさそうだが……まるで意味が分からない。
『あらハリー』
「うおっ、喋った」
『私よ、ハリー。ハーマイオニーよ』
酷くエコーのかかった声で語りかけてきたそれは、自身をハーマイオニーだと言う。
ハッキリ言ってまったく信じられない。しかし周囲の人間は特に反応を示さない上に、この真っ黒な何かが嘘をつく必要もない。目を凝らしてしっかり視てみれば、確かにハーマイオニーっぽいといえばハーマイオニーっぽい。しかしなまじ魔眼なんかを持っているため、うっかりするとダークマイオニーが英数字だらけに視えてしまうのだ。だいぶ眼によろしくない。
水滴を振り払う犬のように首を振ると、ふわふわの栗毛が色を取り戻す。すると墨色一色だった彼女の身体から、溶け落ちるように黒が引いて色が戻った。これでようやくハーマイオニーの姿が見えてきた。
たぶん、変身術ではないはずだ。そういった魔法式ではなかったはず。しかし変身以外で身体全体が変質する魔法など、少なくともハリーは知らない。
「ハリー、これは『固有魔法』よ」
「……これが?」
「そう。あなたを待つついでに、暇つぶしのつもりでやってみたんだけれど。でもやって正解ね、これは思ったより面白い魔法かもしれないわ」
全身が真っ黒になる魔法の何が面白いのか、ハリーには理解できなかった。
視てとった魔法式からも、これがどういった魔法なのかを読み取ることはできなかった。ハーマイオニーが説明してくれるのを待っているが、しかし彼女は杖を持って言う。
「これはきっと、文字通りに固有の魔法を得る魔法なのよ。だから使う術者によって効果が様変わりする。攻撃的な魔法かもしれないし、役に立たない魔法かもしれない」
「……えっと、なるほど? それでハーマイオニーの場合は何だったんだ?」
「たぶん、話すより実際に試した方が早いわ」
そう言ったハーマイオニーは、ハリーに杖を構えるよう促す。模擬戦の形で教えてくれるらしい。どうやら彼女の固有魔法は戦闘向きであったようで、ハリーは少しうれしくなった。
普通に考えれば、彼女の魔法を見るのがこの模擬戦の目的であるため、まずは彼女が動くまで待つしかないだろう。だが知ったことではない。それは発動する前にやられる方が悪いのだ。
杖を顔の前で構えて、お辞儀。互いに数メートル離れてから向かい合った。
ハリーは左手を前に掲げて狙いを定め、頭上に掲げた杖腕でスナップが利くよう優しく杖を持つ構えを取る。一方ハーマイオニーはフェンシング選手のように杖を握った杖腕を突き出して、左腕はバランスを取る舵のように肩のあたりまで上げる構えだ。
両者ともに互いに杖を向け、合図などなくとも同時に声を張り上げた。
「『エクスペリアームス』、武器よ去れ!」
「『カレス・エイス・ケルサス』、神秘よ!」
呪文の発動や射出は、当然のようにハリーが先だった。
しかしハーマイオニーが呪文を唱え終えた直後、彼女を構成する全身の色が一瞬で黒く染まる。全身の色がまるで卵の殻のように弾け飛んだハーマイオニーは、もはや赤い双眸を輝かせる怪物にしか見えない。
彼女の杖から魔力反応光は出ていない。ハリーの放った魔力反応光は限界まで軽量化してあるため、一度ハーマイオニーの体勢を崩してから二度目の本命を放つつもりなのだ。
着弾。次弾に用いる魔力はすでに練り終えている。これで仕留めてやろう。
そう思って杖を振るおうとしたハリーは、しかし目の前に迫る赤い閃光を目視してぎょっとする。その場へ無様に転がって回避することを選択。おそらく正体は武装解除術だ。
自分の直感を信じて手のひらを床へ押し付け、勢いと筋力を以ってしてその場から飛び跳ねる。嫌な予感通りに、直前までハリーがいた地点へ反応光が着弾した。
無言で網目状に編んだ『盾の呪文』を唱え、その盾には『停止呪文』の魔方式を組み込む。ロックハート大先生の独自な盾の呪文を参考にした代物である。形状を円形に整えて高速回転させることで、接触面積を増やして射出系の魔法に対する絶対的な防御壁を形成。
これで射出系の魔法を散らし、いったん体勢を整える必要がある。
「え?」
しかしハリーは本日最大の驚愕を味わう。
まるで指揮者のように杖を振るうハーマイオニーの全身から、大量の魔力反応光が飛び出してきたからだ。紅い閃光の『武装解除術』である。その数は両手の指では足りない、ざっと見て二〇数本ほどだろうか。杖先からではなく、その黒い肉体から射出されているのが視えた。
即座に高速回転する網目状の停止盾をドーナツ状に変形させ、一方向だけでなく三六〇度に対応させる。ぎゅるぎゅると空気を切り裂いて自身の周囲を回転する停止盾は、ハーマイオニーの放った無数の魔力反応光のすべてを引き裂く。
「ちょっ、……え、ぇえ?」
数々の死闘を経て鍛えられた動体視力を以ってしてハリーが視たのは、散らされた魔力反応光が床に飛び散った際、魔法式が再構成されて別の呪文へと変化した瞬間だった。
ハリーが散らした魔力が着弾した床からは、闇色をしたハーマイオニーの細い杖腕が生えていた。その数は先の『武装解除術』の約半数。恐らく『双子の呪文』と『寄生呪文』を混ぜてひとつにしたような代物だろう。先の固有呪文も杖先以外から魔法を放っていたことから、お手々たちが杖を持っておらずとも関係あるまい。
確かに構成式は似通っているが……。よもやそんな離れ業を、模擬戦とはいえ実際の戦いの中でやってのけるとは。驚いたどころではなく、ハリーは戦闘中であるにも関わらず呆けるほどに驚愕していた。
そんな隙をハーマイオニーが逃すわけもない。
床から生えたハーマイオニーズのうち三本ほどが鎖に変じた『拘束呪文』を唱え、ハリーの周囲で回転し続ける格子状停止盾の回転を力尽くで鈍らせる。その動きが止まった盾に腕の一本が停止呪文を叩き込み、ハリーの防御を剥がす。それに気づいた時には、すでにチェックメイトが打たれていた。
自分の肉体を影に『変身』させて高速で床を這ってきたハーマイオニーが、ハリーの股を抜けて背後で実体化し、いつでも射出できるほどに練り切った魔力をまとわせた杖先を、うなじに向けて押し付けていたのだ。
引き攣った笑みを浮かべたままのハリーは、降参の意味を込めて手に持った杖を床におろしたのだった。
「なんだ今の」
「さっぱりわからん」
フレッドとジョージが囁いた声は、この必要の部屋においてハーマイオニー以外の全員が思っていることだろう。実際に対峙したハリーでさえ、よくわかっていない。
固有呪文を終えて色を取り戻したハーマイオニーは、すっかりあがってしまった息を整えながら、シャワーを浴びた直後にすら見える滝のような汗を袖で拭きながら言った。
「これが、私の……固有魔法よ、ハリー」
「……アー……、うん。まさかとは思うけど、もしかして君の固有性は……」
あきれたような感心したような声を出すハリーに、ハーマイオニーは頷く。
自分の考えが正しかったことを本人から証明されたハリーは、天を仰いだ。自分の数年の死闘と訓練の結果を、ハーマイオニーはあっさりとひっくり返してしまった。
おそらくDA中最高峰だと思われていたハリーがあっさり敗北したことに、ほかのDAメンバーたちがざわめく。
そりゃまぁ、あんなの見たら騒ぐわな。
「ね、ねえハリー」
「ああ、君は今のを見てわからなかったんだね。説明するよロン」
「ありがとうハリー。なんかすごい馬鹿にされた気がするよ」
ロンの不満そうな顔を放っておいて、ハリーは杖を振るう。
分かりやすくイラストを使って、今さっきのやり取りを黒板に書いてゆく。
妙に可愛らしい絵であることにパーバティやチョウがくすくす笑いの発作を起こしたが、そんな病人どもにハリーは構わない。可愛いと思うんだけど。不満を呑み込んで、ハリーは説明を開始した。
「まぁまず最初にハーマイオニーがとった構えだね」
「杖の構え方なんて関係あるのか?」
ハリーが黒板を杖で叩くと、イラストマイオニーが杖を構えた。それに対して不満そうな態度を隠しもしない
ここ最近になって気付いたが、ザカリアスがいちいち噛みついてくれると授業が進めやすい。皆が疑問に思っても口に出さないようなことをわざわざ言ってくれるのだ。
ひょっとすると憎まれ役を買って出ている? いや、単に目立ちたいだけか?
ともあれありがたいのは確かなので、その疑問に答えることにする。
「大違いだザカリアス。神代はともかく、古代や中世初期の魔法族は大きな杖を使っていたことは魔法史で習ってるね?」
「それ二年生で習うことだろ。ばかにするなよ。近代から現代の魔法族が使う杖は、驚くほど小型化している。かつて身の丈ほど大きな杖を使ってた魔法族は、魔法式を全部唱えることで魔法を発動していたんだ。いまは杖を振る動きでそれらを表現して省略する技術が完成しているから、そんな古臭い魔法を使ってる人は見たことがないね」
「そうだ、ザカリアス。ハッフルパフに五点あげたい」
「……ねえ本当にばかにしてない?」
馬鹿になどしていない。
ただでさえぞんざいに扱われる魔法史の中でも、最も興味を持たれない部分だ。魔法界の人々からすると既に使われていないやり方だからだろうが、マグル世界で育ったハリーとしては実に興味深い内容である。
それに神代や古代の魔法使いは、魔法式を唱えているくせに現代人よりも詠唱が速かった大魔導士や賢者と呼ばれる怪物たちがいる。知っているだけで損ではないのだ。
ついでに言うと、マッド‐アイ・ムーディの杖サイズは彼の身長と同程度。だというのに最高峰の闇祓いとされている……。これが何を指し示すか。それは弟子たるトンクスやハワードに加え、ハリーも身を以って知っていることだった。
「次にハーマイオニーが使ったのは、魔力反応光がないタイプの魔法だ」
「そんな魔法があるの?」
「あるとも。初日にぼくが使った『身体強化魔法』もそれさ」
デニス・クリービーの質問に答えてやる。
二年生ではまだ知らなくても仕方ないかもしれないが、これは闇の魔術に対する防衛術においてO.W.L.範囲の頻出問題だ。そこで首を傾げているロンやディーンはヤバいのではなかろうか。
魔力反応光が出ない魔法は、ほとんどの場合が自分自身へ効果を及ぼす魔法である。
その魔法が作用しているか否かを見分ける場合は、だいたいは魔法が作用している生物の眼球に表れるのでそこを見れば一目瞭然だ。先のまっくろくろいおにーも、目だけが爛々と光り輝いていた。
例外はハリーもあまり知らず、知っていてもブレオが使った幻惑魔法くらいだ。
魔法をかける対象が離れた場所にいる相手ではなくゼロ距離にいる自分では、早撃ち対決で勝のは当然のことである。
「そしてハーマイオニーが発動した魔法が、」
「『固有魔法』よ」
ハリーの言葉を引き継いで、今度はハーマイオニーが説明する。
ひゅんと軽く杖を振れば黒板に魔法式が羅列した。ハリーも含め、DAメンバーがそろってメモを取っていく。異様に短い。最低限の内容にプラス一文しただけのように見える。
その一文にしても、特別な意味は入っていない。『
だがその力は侮れない。身を以って知るハリーは、ハーマイオニーが続ける話へ耳を傾けた。
「この『固有魔法』は、なんていうかすごい変な魔法なの。術者の魂魄情報を読み取って、そこからひとつの魔法を編み出すみたいなのよ」
「なんだそりゃ。イメージの参照じゃなくて、魂の方を閲覧するの? そんなんだったら融通が利かないんじゃないの? あーっと、ほら。頑健な岩石のガガーリンっていたじゃん。そのナントカ理論」
「そこまで覚えてたのはご立派ですけど、頑固な学者のガーフィールドよ、ロン。それにナントカ理論じゃなくて、
小さなトゲを刺されたロンが呻く姿を無視して、ハーマイオニーは解説を続ける。
要するに魂を参照するとその魂魄情報が魔法式の空白部分に代入されるのだ。そうして完成した式は、なるほど独自の魔法になるだろう。同じ魂魄を持つ人間が生まれることなど、自然にはありえないのだから。
「でもロンの言うとおり。さっきの模擬戦を見ての通り、私の魂魄情報を参照しただけあって凄く私にぴったりな魔法だったわ。でも、それだけ融通が利かないのよ。変身術の物質変質理論を思い出してもらえればわかるかしら。あれと似たようなものよ」
「……もっと具体的な例を出してほしかったかな」
「んー、あれよ。ロンドンまで行くのに車で行くか飛行機で行くかの問題……じゃあ分からないわよね。ここから漏れ鍋まで行くのに、『姿現し』を使えば一瞬で到着するけど、箒で飛べばちょっと遅いけど寄り道もできるでしょ? 固有魔法は前者で他の魔法は後者。そういうことよ」
求める結果のみを出すため、自由度が皆無といってもいいのだろう。シンプルすぎる式であるため、手を加える余地が全くないのだ。魂魄情報をいじることができれば話は別だが、廃人になりたくなければお勧めはしない。
ハーマイオニーのもたらした情報に、ハリーは自らが廃人化する未来を回避することに決めた。魂魄情報っていじっちゃいけないものだったのか。
「ところでハーマイオニー、その魂魄情報っていじったらどうなるんだ?」
「自分を構成している設計図を書き換えるようなものね。いじったあと人間でいられる方が珍しいんじゃないかしら」
いたずらの発想にならないかと興味を持って質問したジョージを、ハーマイオニーは冷たくあしらう。ジョージのにやにや笑顔が引きつった。ハリーの顔も同様である。
そんなに重要なものをそうそう簡単にいじりまわせるものなのか、というハンナ・アボットからの質問にはノーが返された。自分の魂など普通の未成年魔法使いには認識することすら難しい領域だが、こと『固有呪文』に限っては別らしい。なにせ魔法式として扱うのだから、知らないまま使うことは不可能なのだ。
「話がそれたわね。私が使った『固有魔法』は、私の精神を分割する効果が出るの」
「は?」
「間抜けな声出さないでロン。魔法的人格を精製して、思考領域を分け与える……要するに二重人格みたいな状態を疑似的につくるのね。さっきハリーと対峙した時は二十五重人格ほどだったかしら」
頭がおかしくなりそうな感覚の話である。
彼女曰く、魔法制御のみを考える人格を二十ほど作り出し、ハーマイオニーともう一つの人格はそれらの思考の司令塔の役割を果たし、残る三つの人格をサポートに配当した。とのこと。
もはや呆れ返るしかない。彼女の魂魄がそんな魔法を作り出したことも、そして複数の事を考えてそれらを制御できる彼女の頭の中身にも、なんていえばいいのか分からない。
ただ一言だけ確かなことは、彼女が優秀すぎるということか。
「なるほどね。だからハリーに向かって複数の魔法を撃ちだして、しかもそれを全部制御できてたンだね」
「そうよ、ルーナ。だって私達は一人ひとつの呪文しか制御していないんだもの。だったらあとは簡単でしょ?」
複数の魔法を操ったハーマイオニーは、動き回るハリーに対して最適な呪文がどれかを冷静な人格が決め、配下マイオニーたちへ指令を下した。その結果が、あれである。
そう言って微笑むハーマイオニーに、ハリーは空恐ろしさを感じてしまう。
ついでに言うと負けたのがとても悔しかった。この守護霊呪文の練習が終わり次第、固有魔法の練習に着手しようと決めるくらいには悔しかった。
しかしハーマイオニーに、自分の適性を知ることがまず先決だということ。そして全員が間違いなく習得できるような魔法ではないので、練習するなら個人的にということを言われてしまう。
新しい魔法の習得はいつもわくわくする。
今後の楽しみが出来たな、とハリーは満足そうに笑うのだった。
*
甘すぎる夢だ。
唾液があふれて口の端から垂れ下がる。
高く上ずった声が自分の喉から漏れ出てしまう。
こんなにはしたない声を出したことなど、今までなかった。
こうして夜になるたびに体が火照って、快感を得るなんてこと。
恥ずかしさと気持ち良さが入り混じって、ハリーは思わず微笑んだ。
これが大人になるってことなのかなと想い、くすくすと笑ってしまう。
柔らかく、暖かい。指が浅く沈み込むのが心地よい。いつまでも触って――
「ハリー? ハリー、どうしたの?」
*
「……ねぇ、ちょっと。どうしたのハリー。その、アー……やめてくれない?」
耳元で声をかけられ、ハリーはぱっと目を開いた。
ふっと見上げてみれば、複雑そうな顔をしたハーマイオニーが頬を染めている姿が見える。
なんで彼女がと思って見渡してみれば、そこは果たしていつもの寝室の中だった。ただし、正確に言うならばハリーのではなくハーマイオニーのベッドの中。十一月も終わりに近づいて随分と冷え込んできたから、彼女と一緒に寝ることにしたはずだ。
ハーマイオニーが「ん」と顎で示した先を見れば、なるほど彼女の言葉に納得がいった。
ハリーは彼女の胸を鷲掴みにしていたのだ。揉めばふにふにと弾力を返してくる、ささやかに膨らんだ適度に柔らかい果実。うん、実に魅力的だと思うよ。同性でもそう思うんだ、間違いない。自信を持っていい。
「ありがとう、ハリー。そう思うなら手を離してくれるかしら。私そっちのケはないの」
「ぼくにだって、そんなものあるもんか」
パジャマ同士で寝ているため、互いの体温がよくわかる。
暗くともハーマイオニーの顔が真っ赤であることもよくわかるくらい近いのだ。
「……信じてもいいのね、ハリー?」
「なんだよ。そりゃ寝ぼけておっぱい揉んだのは悪かったけどさ」
「でもあなた、すごい……その、えーっと……あの、うん。すごい声出してたわよ」
そう言われて、今度はハリーの顔も赤く染まる。
自分はどんな夢を見ていた? あまり覚えていないものの、ピンクな感じだったことは覚えている。いくら思春期とはいえ、まさか自分があんな夢を見ることになるとは。
叫びだしそうになる衝動を抑え込み、ハリーは両手で自分の顔を覆った。
様々な死闘を経験してきたが、生憎と恥ずかしすぎて死にそうになったのは初めてである。
「……その、なんだ」
「……なにかしら」
「…………忘れてくれハーマイオニー」
「…………そうするわ」
気まずい思いを押し殺して、ハリーは自分のベッドへ戻る……ことはやめておいた。この寒い空気に身をさらすことはしたくない。
ハーマイオニーが怪訝な顔をしたものの、布団をはがそうとしたらその理由を悟ったらしい。もう変ないたずらをしないことを約束し、再び二人は眠りの世界へと入り込むことにした。
*
――触っていられるような果実を食べてしまいたい衝動に駆られる。
胸焼けするほどに甘ったるい匂いが鼻を突きぬけ、脳みそを焼き焦がした。
体の奥から、下腹の奥から、脳の奥から、熱い血液が溢れ出すような感覚を味わう。
これが快楽なのだろうと確信したハリーは、遠慮なく気持ちよさに身を投げ出した。
妄想の中の彼が優しい手でハリーを撫でる。敏感な部分も無遠慮に撫でられて、ハリーは嬉しさのあまりにくすくすと笑ってしまった。きっと彼ならこうしてくれる。何も説明せずとも、ハリーも彼も解っている。判っているからこそ互いをむさぼり合いたいはずなのだ。その時がとてつもなく待ち遠しい。胸がどきどきと揺れて、ふわふわと夢心地なのだ。
【駄目だなぁ】
頭の奥まで熱されていた気分が一気に沈み込む。
綺麗などこかにいたはずが、ハリーは冷たい廊下を這っている。
快楽と愉悦の世界に浸っていたというのに、とんだ邪魔が入った。
ハリーは怯えたようにこちらを見る男に向かって、素早くとびかかりその首筋を捉えた。
彼と違って苦くどろりとした液体がハリーの口に広がり、頭には不快感しか湧いてこない。
まったく心地よくもおいしくもないそれを吐き捨てて、ハリーは倒れ伏した男を見下す。
甘くもなんともない、泥みたいな夢だった。
【邪魔するなよ、ウィーズリー】
「ハリー? ハリー、どうしたの!?」
*
耳元で聞かされるハーマイオニーの絶叫で、ハリーはまた目が覚めた。
いや、違う。自分の喉からも似たような声は出ていたらしい。
痛む喉を抑えながら、ハリーはハーマイオニーに縋り付いた。胃の中のモノを吐き戻してしまいそうだ。鉄臭い味が、いまでも口いっぱいに広がっている。とてつもなく気持ち悪い。
捩じ切れそうな胸を押さえ、喉を焼く不快感をかきむしるように、ハリーは喘ぐ。
「は、マイ、オニー……」
「なに。どうしたのハリー。何かあったの」
「襲われた。夢なんかじゃない、あれは、あれは現実だ。視ていたんだ、目を通して」
「何に? 誰が襲われたの? それはだれ?」
落ち着けせるように優しい声で、区切ってわかりやすく発音してくれるハーマイオニーの気遣いが有り難い。熱い吐息を漏らして、ハリーは夢の内容が目の前に再生されたような気分になる。
球のような汗を流しながら、ハリーは思い返す。
夢の中でハリーは、だれか素敵な人の愛を受けていたはずだ。そこへ急に現れた男が、激しく気に入らなかった。逢瀬を邪魔されれば、誰だって怒るだろう。
目の前で赤い血を流して倒れ伏し、こちらを恐怖の目で見つめてくる禿頭の男。
お茶目で、頼りになる、息子たちそっくりな赤毛が、さらにドス黒い赤に染まっていく。
相手が誰であろうと、激しい怒りに襲われたハリーには関係なかった。
「ウィーズリーおじさんが、襲われた」
たとえそれが、大切な知り合いであろうとも。
ハリーは殺意を以ってして、親友の父親に襲いかかってしまったのだ。
【変更点】
・楽しいDA授業
・ほんの少しロンにもハード試験
・『光の魔術』とやらの存在
・シリウスの悪戯グッズでカエルを撃退
・ハーマイオニー強化フラグおっ立ち
楽しいDAとカエルに焦点を当てていくスタイル。
ラストに向けての準備期間的な意味合いが強い気がする五巻。やはり今作でも魔法省とのあれこれを何とかしたり、DAでハリー以外の友達も強化していく必要があります。いつまでたっても最終決戦でハリーを手伝えないマー髭な仲間たちのままでは、無理ゲーなので。
特に五巻のラストが! ああ、ああ! 窓に! お辞儀が!