ハリー・ポッター -Harry Must Die-   作:リョース

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7.セブルス・スネイプ

 

 

 ハリーは今、呪いをかけられていた。

 なぜだか足が先程からタップダンスを踊って止まらないのだ。

 もはや息をするにも苦労する有様で、荒い息と汗で張り付いたシャツが気持ち悪い。

 杖を取り落とさないよう持ち続けるのが精いっぱいで、上半身を懸命に固定する。

 そうしてふらふらと何度かぼそぼそ呟いたのち、ようやく呪文を唱えることができた。

 

「ふぃ、『フィにゃーとぁ、ふにゃ、『フィニート』! っぷあ!」

 

 短縮呪文である。

 魔法界に無数にある呪文の中には、短縮しても効果が得られるものが多々ある。

 例えばこの呪文。『フィニート・インカンターテム、呪文よ終われ』。継続系の呪いを停止させる類の呪文であり、先程ハリーが掛けられていたダンス呪文を終了させる効果がある。

 『呪文よ終われ』は補助単語であり、呪文の効果をより正確に、または苦手な呪文を正しく発動できるようにするための言葉だ。要するに、自転車でいう補助輪である。

 そして補助輪を外した状態で唱えるのが、あらゆる状況において役立つ形。この場合で言うと、『フィニート・インカンターテム』である。

 口から紡ぐ言葉が短ければ短いほど呪文は早く発動でき、有事の際に素早く使えるというのはそれだけでアドバンテージを得ることができる。特にこの呪文は限定的ではあるが相手にかけられた呪いを解けるので、短縮できると便利だ。

 そして此度の《短縮呪文》。それが『フィニート』だ。

 前半部分の『フィニート』だけでも呪文は発動できるが、その場合の発動難易度は一気に跳ね上がる。箒で言うと、両手を柄から離して全速力を出すようなものだ。未熟であれば呪文は不発に終わるし、呪文によっては自らに跳ね返ってくることもある。これをリバウンドという。

 上級生になると《無言呪文》と呼ばれる、まさに読んで字の如く無言で呪文を扱う技術を学ぶのだが、これには多大なメリットと共に多少のデメリットが存在する。

 相手に何の呪文を発動したのか、ほとんど悟らせないという多大なメリットはある。更には呪文を唱える時間がないので、ほぼタイムラグ無しに次の呪文を放つことだってできる。

 しかし、要するに無言呪文は計算でいう暗算と同じものだ。素早いが、正確さに欠ける。十全の威力で魔法を放ちたいのならばスペルを唱えるべきであるし、魔法というものは精神力が重視されるので、しっかり唱えた気分になれる、というのも重要な要素なのだ。

 さて。

 現在ハリーがかけられていた呪い『タラントアレグラ、踊れ』は、呪う対象の動物にダンスを踊らせることができるという、バカバカしくも恐ろしい呪文だ。

 一年生の終わりごろに習うこれは、主に学生同士の喧嘩で使われる程度の攻撃的呪文だ。波乱万丈な学生生活を送る予定のある悪い子には垂涎もの、覚えておいて損はない。

 だがこの呪文。阿呆のようだが実に凶悪で、踊りはじめのころに解呪できれば何のことはないが、時間が経過すればするほど息切れで正確な呪文発音ができなくなり、踊りをやめられずに激しく熱い夜を狂おしいほどにヒャーウィゴーする羽目になる。これは拷問に等しい。

 では何故ハリーがこの呪文をかけられていたのかと言うと、実のところ覚悟の上である。

 大の字で床に寝転がって胸を上下に揺らし、顔を真っ赤にして汗を流しているという大変はしたない格好でいるハリーの前に立っているのは、魔法薬学教授セブルス・スネイプその人だった。

 

「立ちたまえポッター。その程度で疲労困憊していては、先が知れるぞ」

「……待っ、……待ってくだ、さい、……せ、んせい……っ」

「ならん。実戦で本当に待ってくれる相手など、余程のマヌケでもない限りあるはずもなかろう。『エレクト』、立て」

 

 びんっ、とバネ仕掛けの人形のようにハリーの身体が勝手に立ち上がった。

 スネイプの呪文により無理矢理立ちあがったハリーは、息を切らしながらも杖を構える。

 だが今のふらふらの状態では、呪いの言葉を吐き出すのも苦しげだ。

 

「『コ……、『コンふぇあ……っ、『コンファンド』ぉ!」

 

 ハリーの杖の先から紫の光球が飛び出し、ひょろひょろと情けなくスネイプの胸元へと向かってゆく。そんな無様を鼻で笑ったスネイプは、容赦なく杖を振った。

 

「『アドヴェルサス』、逆行せよ」

 

 スネイプの杖から薄黄色の板状の光が、ハリーの出した光球の行き先を阻むように現れた。

 そうして光球がそれに触れた途端、恐ろしい勢いでハリーの元へと戻ってゆく。

 目に落ちんとした汗を脱ぐっていたハリーは回避が間に合わず、自ら放った錯乱呪文をその身に受ける羽目になった。

 

「ポッター。呪文と言うのは術者の資質のみならず、発動時点の体力によっても出来が左右される。今の自分が放った錯乱呪文の遅さを見たかね? あれがその証左だ。一方未だ体力を消費していない我輩が使用した跳ね返し呪文は後の先を取った。つまりはそう言う事だ。そのちっぽけな脳みそで覚えておきたまえ」

「ふぁ、ふぁぁぁい……ほああ」

 

 ハリーが弱っていた事で跳ね返された錯乱呪文も弱まっていたのだろう。

 運良く奇行に及ぶことはなかったが、それでもろれつが回らなくなった舌で返事をする。

 そうしてまたばったりと倒れこんでしまった。

 

「ふむ。だらしのない。これが授業であれば減点しておりましたぞ、英雄ポッターどの」

「ほにゃ」

「……」

 

 呆れた声を出すスネイプにまともな言葉も返せないハリーを見て、彼は杖を一振りする。

 するとハリーの乱れた衣服も汗まみれの身体も荒い息も、その全てが拭われたように綺麗さっぱり消え去った。

 ぽかんとした顔のままのハリーを置いて、スネイプはさっさと教室を出て行ってしまう。

 彼も疲れているのか、どうにも歩き方がおかしい。片足を庇っているような歩き方だが、ハリーの呪文がひとつでも当たっていたのだろうか? いや、どうなのだろう。わからないが、彼は一度も振り返ることはなかった。

 ハリーはおよそ女子がしてはいけない乱暴さで椅子に座ると頭を掻いて、ため息をつく。

 何故、ハリーはスネイプに呪いをかけられ放題になっているのか。

 ことの起こりは、マクゴナガルへの頼みごとにあった。

 

 

 クィディッチでグリフィンドールが勝利し、しばらく廊下ですれ違う獅子寮生徒がハリーの事を英雄扱いしてくるという騒動が、ようやく沈静化してきた十一月の半ば。

 ハリーはハグリッドの小屋へお茶をしに行っていた。

 もちろん、ハーマイオニーとロンの二人も一緒だ。

 

「スネイプが呪いをかけていたんだ」

 

 ロンが言う。

 

「ハーマイオニーがローブを燃やして中断させたけど、あいつがハリーの箒に呪いをかけてたんだ。目を離さないで、ぶつぶつぶつぶつと根暗そうに!」

「阿呆か。あやつは仮にもホグワーツの教師だぞ、んなこたぁするもんか」

 

 ロンがそう説明するも、ハグリッドは譲らない。 

 彼はダンブルドアの認めた男であって、それならば疑いの余地はないと。

 しかしハーマイオニーもこれに喰ってかかった。

 

「でも私見たのよ。目を逸らさず、絶え間なく呪文を紡ぎ続けるだなんて呪いをかけている仕草そのものなのよ。『呪いのかけ方、解き方』に載っていたわ」

「だが、そんなことをする理由がありゃせんだろう。いっくらスネイプ先生がスリザリン贔屓であっても、リスクとリターンが見合わなさすぎやせんか?」

 

 それに対する答えもハーマイオニーは用意していた。

 お茶を啜っていたハリーの肩を小さく叩いて、言葉を促す。

 

「あー、えっとねハグリッド。トロールが侵入したあの日、ぼくスネイプに睨まれたんだ。怖い形相で。だから、ぼくのことを……その、憎んでいるんじゃないかなって」

 

 多少しょげたようにハリーが言うと、ハグリッドは彼女の頭をポンと優しく叩く。

 だがそれでもあまりに力強く、ハリーは自分の身長が縮んだ事を確信した。

 

「いくら憎んでたとしても、彼が生徒を殺すなど絶対にねえ。これでも喰って忘れろ」

 

 陰気な話はここで終わりだ。とばかりにハグリッドがどさっとバスケットを机に置く。

 中身はロックケーキだ。今度はクランベリーやラズベリーが練り込まれているようで、甘酸っぱい匂いが漂っている。

 ハグリッドの様子を見て、ロンとハーマイオニーの二人はこの話を諦めたようだ。

 ハリーが目を輝かせたが、ハーマイオニーの笑顔はどこか苦々しげだった。

 ロンはそのケーキの異常な硬さを知らない。

 一個まるごと頬張ろうとして、金属音めいた音で自分の前歯にヒビが入ったことを知った。

 

「でもさぁ、スネイプったら酷いんだよ! 僕が分からないところばーっかり当てるんだ!」

「お言葉ですけどロン? 枯れ木に花を咲かせる薬は、先週習ったばかりのところよ」

「そうだったっけ? スネイプの話を聞くくらいなら、チャドリー・キャノンズがいかにして優勝するかに想いをはせた方がよっぽど有意義だと思うんだけどね」

「ところでロン。チャドリー・キャノンズって何年優勝してないんだっけ」

「全部で二十一回も優勝してるんだぜ!」

「最後に優勝したんは一八九二年で、一世紀も前だろうが。え?」

 

 三人の子供たちがぺちゃくちゃ喋るのを楽しそうに聞いていたり、時折口をはさんだり、ハグリッドはまるで親友と息子娘が同時にできたかのようにとても楽しそうだった。

 特に今までホグワーツに通ってきた生徒たちには不評だったらしいロックケーキが、ハリーには大好評だったこともあってもはやご機嫌は天井知らずだ(ハーマイオニーとロンは食べるふりをするのに忙しかった)。

 ハリーがお茶を淹れたり、ハーマイオニーが魔法で作ったクッキーを振るまったりと、三人は空が赤く染まるまで実にのんびりとした休日を過ごした。

 そろそろ帰らねばマクゴナガルが怒る。という時間になって、ハリーがふと言葉を漏らす。

 

「そういえばさぁ、ハグリッド。動物に詳しいんだよね?」

「うん? なんだハリー突然。そりゃーあ、詳しいっちゃあ詳しいが」

「この前フィルチに追いかけられて逃げ込んだ廊下で、頭が三つある犬に出くわしちゃったんだけど、なんて種類か知ってる?」

 

 件の、禁じられた四階の廊下での話だ。

 規則破りをしたことを堂々と話したことにハーマイオニーがぎょっとしたが、ハグリッドはかんらかんらと笑っていたのでほっとしているようだ。

 ロンがそれについてからかうような目を向けて、ハーマイオニーに肘打ちを喰らっているのを見てハグリッドは話を続ける。

 

「やんちゃでよろしい。おまえは父さんの子だなぁ、ハリー。あと、そりゃあフラッフィーのことだな。種類はケルベロスだ。ギリシャあたりの怪物じゃて」

「フラッフィー? あれに名前なんてあるの!」

 

 脇腹を抑えたままのロンが嫌そうな声を出す。

 それにハグリッドはにやりと笑って、わざわざおどろおどろしく言う。

 

「そうだとも。それぞれフラッフィー、プラッフィー、ブラッフィーっちゅーんだ」

「適当すぎやしないかそれ」

「何を言う。ダンブルドア先生へお貸しするとき名前を聞いてくすくす笑っとったんだぞ」

「ハグリッド、その笑いは別のものだと思うわ……」

 

 誇らしげなハグリッドへ冷静にツッコミを入れる二人を見て、ハリーはくすくす笑う。

 ロックケーキをバギボギンと齧りながら、ハリーは何の気なしに言った。

 

「ダンブルドアに貸したって、あの人もああいう危険な動物が好きなの? やっぱりあの人頭おかしいの?」

「そりゃどういう意味じゃいハリーや。いんや、あの人は別にそうでもないんじゃねえかな。ダンブルドアは守るために借りていって……」

 

 ロンはその言葉を聞き逃さなかった。

 

「守るため? 一体何を守っているって言うのさ?」

 

 しかしそれは悪手だった。

 ハグリッドが自らの失言に気付き、しかめっ面をして押し黙る。

 眠くなったハリーがそろそろ門限だよと言うまで、二人は何とかして情報を引き出そうと四苦八苦していたがその全てが無駄に終わった。

 ロンとハーマイオニーが何を言おうと、ハグリッドはまともに取り合ってはくれなかった。

 

 次の日、ハリーは朝早くに目が覚めた。

 休日であるため、隣のベッドで眠っているハーマイオニーと男子寮で眠っているだろうロンは、あれから夜遅くまで分厚い本を読み漁って情報を得ようと躍起になっていたようだ。

 談話室でしばらくのんびり本を読んでいても二人とも起きて来なかったので、ハリーは寮から外に出ることにした。

 雪がちらほらと降り始めて来週には真っ白だろう、という中庭で先程読んだ魔法の練習をしていると、通りがかったマクゴナガルが声をかけてきた。

 どうやら杖の振り方を間違えていたようだ。

 それから一時間、唐突に始まった課外授業によってハリーは変身術の課題である、無生物に手足を生やす魔法を会得するに至った。

 これに喜んだのは、ハリーだけではなくマクゴナガルもだ。

 勤勉な生徒は珍しくて嬉しいですと言うと、ご褒美としてグリフィンドールに一点をプレゼントしてくれた。それにより笑顔になったハリーは、ふと、かねてより考えていたことを相談してみることにした。

 

「マクゴナガル先生、ちょっと相談したいことがあるのですが」

「なんです、ポッター。まあ、無碍にする事もないでしょう。ついておいでなさい、温かいココアでも淹れてあげましょう」

 

 二人して人の少ない城の中を歩き、マクゴナガルの部屋へと辿り着く。

 

「ポッター、おかけなさい」

「はい先生」

 

 マクゴナガルが魔法でテーブルの横に椅子を出し、ハリーは礼を言ってからそれに座る。

 暖炉でぱちっと爆ぜる音が響き、マクゴナガルが肉球の絵が描かれたマグカップにココアを注ぐのを横目に、部屋を一通り眺めた。

 シックな内装で、とても落ち着いた空間にデザインされているのが実に彼女らしい。

 暖かな紅色のカーペットや、学術書に魔術書が入っているらしい整頓された棚が目につく。

 ハリーはその棚の中に、猫缶が入っているのを見逃さなかった。

 

「さて、では相談事とはなんですか?」

「ええ……」

 

 ハリーとマクゴナガルがココアを一口飲む。

 そして、相談の内容へと取りかかった。

 

「先生。初めてあった日のことを覚えていますか」

「もちろんですとも。……ですけれど、実はあなたが幼い頃に一度会っているのですよ」

「え?」

「ダーズリー家へ預ける日のことです。まだほんの小さな赤ん坊でしたね……。失礼、それでなんです?」

 

 危うく思い出話に突入しかけたが、そこは聡明なマクゴナガル。

 脱線することなくハリーに話を促した。

 小さく頷いたハリーは、言葉を紡いでゆく。

 

「ぼくにかけられた呪い、『命数禍患の呪い』のことです」

「ああ……」

 

 ココアを飲もうと傾けていたが、彼女はそのマグカップをテーブルに戻した。

 

「あまり詳しく話していませんでしたね」

 

 マクゴナガルは懐から眼鏡を取り出すと、それを鼻に乗せた。

 やはり彼女は眼鏡をかけている姿が似合っている。

 彼女は自分が猫に変身した時、目の周りにまるで眼鏡のようなブチがついている事を知っているのだろうか?

 

「『命数禍患の呪い(メルムミセリア)』。あれは、強力な闇の魔法です。その凶悪さから秘匿され続けてきており、これを知る者はこの現代ではほぼ居ない、とされています。……つまり何が言いたいのかというと、ここから先の話は誰にもしてはいけませんよ。誰にも、というのはあなたの信頼する友人たち……ウィーズリーとグレンジャーくらいにはよろしい、という意味です」

「…………」

「もちろん、貴方の心の準備ができてからのお話ですが」

「…………はい……」

 

 マクゴナガルは何かを考えるように数秒、眼鏡の位置を調整していた。

 そしてココアを一口飲み、話を続ける。

 

「ダンブルドア校長曰く、その呪いは対象となる人物の『運命』に干渉するようなのです」

「運命……そんなものが、本当に……」

「それが実在するかどうかはともかく、考え方の一つではありますね。ともあれ、その呪いは運命を奪い取るもの。つまるところ、本来あなたが経験するはずだった幸運は『あの人』が得て、『あの人』が陥る不運はあなたへ振りかかると……そういうものだそうです」

 

 ハリーはココアを飲んでいるはずなのに、まるでハグリッドの入れた泥のようなコーヒーを飲み干したような顔になった。

 

「それじゃなんですか? ぼくがヴォルデモートの分まで損してるってことですか?」

「……、そうなりますね。他者の人生を食い物にするという恐るべき闇の秘術。『あの人』……いえ、ヴォルデモートのやりそうなことです」

 

 怒りで頭がおかしくなりそうだ。

 ヴォルデモートの勝手で両親を奪われ、ヴォルデモートの勝手で不運を味わい、ヴォルデモートの勝手で、今のいままで本来はしなくてよかったはずの苦労を背負い込んでいる?

 ハリーは頭の中で、未だ顔も知らぬヴォルデモートを殴って鼻をへし折った。

 

「それで?」

 

 脳内ヴォルデモートが水車に取り付けられ高速回転し始めた頃、マクゴナガルが言った。

 眼鏡の奥で光る彼女の瞳は、ハリーの考えを見抜いていたようだ。

 観念したようにハリーは白状した。

 

動物もどき(アニメーガス)になる方法を知りたいんです」

「……そうですか」

 

 マクゴナガルはハリーの目を見て、居住まいを正した。

 手を組んで膝の腕に置く凛とした姿は、老いてなお美しいとハリーは思う。

 重ねた歳月と彼女の堂々とした空気がそう見せるのだろう。

 

「ポッター。私はダンブルドア校長の手ほどきを受け、在学中に動物もどきになりました」

「……! じゃ、じゃあ!」

「落ち着きなさい。……自分で言うのもなんですが、一つの例としてお教えしましょう。O.W.L.試験とN.E.W.T.試験という二つのテストのことは、ご存知ですね?」

 

 ハリーは頷いた。

 入学するにあたって、魔法というもののマの字も知らないハリーは買った教科書を読みあさり、ハグリッドに買ってもらった本もまた読んでいた。

 その中の一冊にあった、ホグワーツ在学中必ず受けることになるテストの内容を見て、不安を覚えた記憶がある。マグル生まれやマグル世界で育った魔法使いの皆が通る道とはいえ、何も知らない世界に飛び込む者には、少々酷な内容であった。

 O.W.L.試験とは、普通魔法レベル試験の頭文字をとってそう呼ばれる試験のことだ。ホグワーツに在籍する五年生が六月に受ける、将来の進路に大きく影響する重要な試験である。受験最大学科数は十二。

 この試験で一定以上の成績を収めた生徒のみが、六年生から始まるN.E.W.T.レベルの授業を受けることが許される。

 N.E.W.T.試験(めちゃくちゃ疲れる魔法テスト)の実地は、七年生の六月だ。

 その名の通り、酷い疲労とパニック、中にはストレスで発狂しかける者までいる。

 これも、将来就きたい職業の幅を広げるためには必須の試験だ。

 もっとも、難しさはO.W.L.の比ではない。

 魔法の事を知らないハリーが練習問題を一問紹介してあるページを見た途端、その文字の濁流を読むことそのものを拒否したほどだ。

 

「私はその二つの試験でトップの成績を収めました」

「嘘だと言ってよミネルバ」

「本当ですよ失礼な。そこまでいって、動物もどきに挑戦できるのです。何が言いたいかというと、これは相当厳しいものなのですよ。それこそ、年単位で時間を消費するほどに」

 

 要するに、何かを考えながらなれるようなものではないと。

 マクゴナガルの目はどこまでもハリーの頭の中を見透かしていた。

 

「……やめておきます。時間が厳しそうです」

「そうでしょうね。それに、何の動物になるかは貴方の適正次第です。たとえるなら昆虫、天道虫などになってしまっては出来ることは限られてしまうでしょう」

「……はい……」

 

 話を中断すると、マクゴナガルはハリーにココアを飲むことを勧めた。

 少し渋ったが、ハリーは大人しくそれを飲む。

 甘い味がふわりと広がるのに比例して、気持ちも大分落ち着いてきた。

 ハリーがんっくんっくとココアを飲み終えるのを待って、マクゴナガルは口を開く。

 

「ポッター。強力な魔女を目指すのならば、何も動物もどきという小難しい手段を求めることはありません。目標へと至る道は、色々とあるのです」

 

 マクゴナガルは言う。

 ハリーの本来言いたかったことは、こうだ。

 『ヴォルデモートをぶちのめす為に強くなりたい。でもその方法が分からない』。

 例のあの人、闇の帝王、名前を呼んではいけないあの人、などと呼んでヴォルデモートの名前すらをも恐れているこのご時世、そんなことは口にできないとハリーは思ったのだろう。

 しかしそれは、マクゴナガルを見くびりすぎだった。

 ハリーは改めて、マクゴナガルに願う。

 

「先生。ぼくは強くなりたいんです。それも、普通の速度ではなく。早く、実戦的な力が欲しいんです」

「ではポッター。何故そうまで急ぐのです? この学校ホグワーツでは、闇の魔術に対する防衛術という授業がある時点で、きちんと授業を脳味噌に刻んでいればある程度の戦闘力を手に入れられるのですが」

「……この前のトロール相手に、ぼくは無力でした。ハーマイオニーがいなければ、あの時点で殺されていたと思います。ある程度じゃダメなんです。普通の速度ではダメなんです」

「…………」

 

 ハリーがまくしたてるのを、マクゴナガルは黙って聞いていた。

 

「今学期が始まる前にハグリッドに上級生用の本を貰ったりはしていたんですけど……。多分、本を読んで勉強するだけじゃ得られない……そういった力が必要なんだと思います」

 

 ようやくその言葉を絞り出したハリーが落ち着くまで待ち、マクゴナガルは言った。

 

「ポッター」

「……はい」

「その考え自体は悪くはありません。トロールの時と言い、思い出し玉の時と言い、あなたはやはりトラブルに巻き込まれやすいようです。呪いの事も加味すれば……、ええ。私は賛成です」

「先生……!」

「ですが私では行えません。きっと、どうしても手心を加えてしまいますからね」

 

 ぱぁっと表情を明るくさせたハリーは、その一言に不吉なものを感じて笑顔のまま眉をひそめるという器用な真似をする。

 その不安は後になって嫌と言うほど的中していたが。

 

「協力してくれる先生は私が探しましょう。校長先生にも相談しておきます」

 

 そうしてやってきたのがセブルス・スネイプその人だった。

 曰く、決して手抜きをせずより実戦に近い形で教えてくれる適任者、だそうだ。

 ダンブルドア教授イチオシの指導者である。

 確かにそうだろう。彼はハリーのことがどうも気に入らないようなのだから。

 嬉々として嫌味を飛ばし、ハリーが見たことも聞いたこともないような呪文を用いて実戦形式で鍛えてくれるという事なのだ。

 因みにハリーは、これをロンには言っていない。

 ハーマイオニーには言ってある。しかし彼女でさえ大いに心配して反対したのだから、スリザリンとの因縁深い彼が知れば、猛反対したに違いない。そしてきっと、ハリーの身が危ないと言って止めただろう。

 現に二人は、ハリーを箒から叩き落そうとしたのがスネイプだと言っている。

 ハリーにはそれが事実かどうかは分からない。

 スネイプはハリーに点を与えたり、それを帳消しにするように差っ引いたりするので、いまいちどんな人なのかが読めないのだ。

 いや、意地悪で性格のねじ曲がった人物なのは確かだが、それでも魂まで歪んでいるとは思えない。

 

「ポッター。立ちたまえ」

「むにゃ」

「…………」

 

 彼は容赦なくハリーに呪いをぶちまけるし、彼女の攻撃は全て見事にあしらった挙句に辛辣な嫌味を飛ばしてくる。

 だがハリーが本当にへばったり参ってしまったときは、何かしらの治癒魔法でさりげなく気遣ってくれるのだ。その処置はまさに完璧・パーフェクト・スネイプ。衣服の乱れや崩れた髪型、汗やそれによる体臭、更には空腹まで満たしてくれるという、彼の魔法には細やかな気遣いが見て取れた。

 ハーマイオニーやロンはああいうけれども、本当に彼がぼくの箒に呪いをかけたのか?

 いやしかし、課外授業では毎回手加減などしてくれないし、若干嬉しそうだし……。というかアレ手加減はしていても一切容赦していないだろう。呪文を唱える速さが尋常ではない。教えるつもりがあるのか?

 そう思ってしまったハリーは、意地悪で悪辣な彼のことを本心から嫌うことができなかった。

 週に三回、放課後にその時々空いている教室で、課外授業は行われる。

 クィディッチの練習も週に三回やるので、ハリーは結構多忙だった。

 その日は練習と課外授業の日程が被ってしまい、彼女はクィディッチローブを脱いで軽くシャワーを浴び、シャツと短パンに制服のローブを羽織っただけ、というラフな姿で急いでいた。

 本日の課外授業は普段より三〇分早く始めることになると、フクロウ便で通達されていたというのに、もうタイムリミットの一〇分前だ。既に二〇分もオーバーしている。

 

「怒られる。絶対怒られる。遠まわしにねちねちと嫌味言われる。絶対言われる!」

 

 今日はクリスマス・イブだ。余計な皮肉を貰って嫌な気分にはなりたくない!

 どぱん、と乱暴に扉を開けて教室に飛び込んだハリーは、スネイプの姿がないことに安堵のため息を吐きだした。

 課外授業はあまり他の生徒に知られたくはないと言うスネイプの意を汲んで、基本的にはスネイプの地下教室で行われる。だが上級生が自習に使って空いていなかったり、ゴーストがいたり、ポルターガイストのピーブスが悪戯して酷い有様だったり、様々な理由で教室変更がなされる。

 今回使う教室は初めて利用するところだったが、もう長い間使っていない教室のようだった。隅っこに積み上げられた机や椅子のうち一つを勝手に持ち出し、ハリーはボロボロのそれに座りこむ。

 ふと見渡してみると、部屋には巨大な鏡が置いてあった。

 それはあまりに大きかった。派手な装飾が施された頭が、天井を多少擦っているようだ。

 

「……みっともなくないかな」

 

 ハリーは鏡の前に立って、身だしなみを整える。

 慌てて更衣室から出てきたので、シャツからおへそが少しはみ出ているのが見えた。

 服装の乱れは心の乱れですなポッター。五点減点。……などという幻聴が聞こえてくるようだ。それに淑女として、だらしないのは如何なものだろう。なんにしろ、直しておいた方がよさそうだ。

 さて、スネイプが来る前にしっかり直して難癖をつけられる余地をなくそう。と思ってもう一度鏡を見て、ハリーは驚きの声をあげた。

 

「ハーマイオニー? それにロン?」

 

 鏡には彼女の親友二人が、屈託のない笑顔でハリーの後ろから歩いてきている姿が映っていたのだ。慌てて振り向いたハリーは、二人の姿がないことにまた目を丸くする。

 もう一度鏡を見てみれば、確かに二人は映っている。しかし、現実には居ない。

 

「……鏡の、中だけにいるのか……?」

 

 ハーマイオニーはその豊かな栗毛を揺らして、楽しげに笑っている。

 いつも澄まし顔の彼女にしては、珍しい笑顔だ。ハリーはそれをとても魅力的だと思う。

 ロンはやはり、身長が高い。小柄なハリーでは彼の顎に届くかどうかといったところだ。

 赤毛の彼はその長い手で、鏡の中だけでハリーの頭をわしゃわしゃと撫でている。

 

「……、……ッ?」

 

 そうして魅入っていると、新たな人物がまた後ろからやってきた。

 くしゃくしゃな黒髪で眼鏡をかけている、ハシバミ色の瞳の男性。

 深みがかった赤く美しいさらさらな髪の、明るい緑色の瞳の女性。

 ハリーに記憶はない。ないが、あれは……。

 

「パパ……、ママ……?」

 

 まだいる。まだまだ、大勢やってくる。

 鳶色の髪の男性や、黒い髪のハンサムな男性。小柄な茶髪の男性もいる。鳶色と茶色の男性はマクゴナガルやハグリッドと笑い合い、黒髪の男性と睨み合って互いにフンと鼻を鳴らすのはスネイプだ。

 あれは、ペチュニアおばさんか。バーノンにダドリーもいる。あれだけ厳しかった三人が、少し申し訳なさそうに、それでも愛情をこめて微笑んでいるではないか。ロンの母親や、父親らしき少し頭髪の薄い男性。フレッドやジョージ、それに他のウィーズリーの兄妹達も。ハーマイオニーにそっくりな、彼女の両親だろう夫婦もいる。

 それに、ドラコ・マルフォイだ。鏡の中のロンと不機嫌そうな顔を交わすものの、ゴツンと拳と拳をぶつけ合う姿は親友のそれに違いない。スコーピウスにクライル、彼らもいるのか。ドラコやロンに呆れ顔をされながらも、楽しげに笑っている。ああ、動物園で出会ったあのヘビもいる。亡くなってしまったフィッグ婆さんや彼女の愛した猫たちも、ヘドウィグまで。みんなみんないる。

 

「ああ、あああ……」

 

 ハリーは澎湃と涙があふれるのを、止めることができなかった。

 その涙すら、目の前の光景を眺めるのを邪魔する障害ですらない。

 ローブの袖で乱暴に涙をぬぐい、一心不乱に団欒の景色を眺め続ける。

 母が、微笑んでいる。父が母の肩に手を回し、ハリーの頭をわしわしと撫で始めた。

 ロンとドラコがクィディッチの雑誌を片手にハリーの頭の上で、ぎゃあぎゃあと論争を始めた。ハーマイオニーがその様子を見てくすくすと笑っている。

 スコーピウスにクライルは先生方と共に、ヘビやフクロウたちとじゃれあって遊びはじめた。彼らはとても楽しそうで、無邪気な笑顔を浮かべている。

 黒髪のハンサムはにこにこと笑って、鳶色の髪の男性と茶髪の男性と笑い合っているし、その三人はウィーズリー夫妻、グレンジャー夫妻とも親しげだ。きっと家族ぐるみの付き合いをしているのだろう。

 ウィーズリーの兄弟たちは、泣き続けるハリーを励まそうとふざけたりおどけたり、眼鏡をくいっと上げながら元気の出る魔法について講釈を始めたりしている。

 ああ、ついに声まで聞こえてきてしまった。

 

『なに泣いてるんだよ、ハリー。何を困ることがある?』

『そうさ。私たちの可愛いハリー。君は笑顔でいる方がよっぽど美人だよ』

『何を言う。男の子だったら一緒に遊べたのに、なんて言っていたのは何処の誰だい』

『しょうがないさ、彼は格好つけの女泣かせなんだ。ハリーの前でもそうありたいのさ』

『ほら、ハリー! 君も言ってやってくれ、マルフォイはこの良さがわからないらしい!』

『そんな弱小チームの何が面白いんだか! ポッター、君までこんなチームがいいのか?』

『やめなさいってば二人とも、ハリーが困ってしまうわよ。ハリーも二人を止めてよ、もう』

 

 いつの間にか、ハリーの両肩には彼らが置いた手や、頭には撫でてくれる手の感覚がある。

 きっと後ろを見ても、横を見ても姿はないのかもしれない。

 だけど彼らの体温は確実にいま、この身体で感じている。

 声だって聞こえる。

 ハリーは実のところこれを、自分の願望だと、叶うはずのない悲願だと感じ取っていた。

 だけど、だけれども。

 例え叶わぬ夢だとしても、この暖かさを感じられるのならば。

 今この一時だけでも。

 感じていたって、悪くないのでは。

 

『ねぇ、ハリー。元気をお出しよ。僕らがいるだろ?』

『ハリー! 泣くなよ、僕はもう殴らないぞ。ほら泣くなって!』

『おい、ポッター。君が女々しいと僕が困るんだ。しっかりしろよ』

『なぁ、ハリエット。君が泣いていると今度は私たちが困ってしまうぞ?』

「ああ、ああ……。みんな……、みんなぁ……っ」

 

 親との思い出など、必要ないと思っていた。

 ダーズリー一家と仲良くできるなど、きっと有り得ない未来だ。

 ドラコともロンとも仲良くしたいと思っても、片方を取れば片方は取れなかった。

 ハーマイオニーとロンの二人と友人になれたけれど、真実の意味で心を許せてはいない。

 自分の思い通りになることなんて、この世の中には有り得ない。

 自分は底辺のゴミクズで、それが当たり前なのだから。

 それ以上を考えてしまっては、そんなに高いところから落ちては、心が死んでしまう。

 あの動物園の。

 あのヘビと会話ができた、あの時から。

 どうやらぼくは、欲張りになってしまったらしい。

 誰かと普通に会話をできただけで、言葉にできない喜びを感じられたのに。

 今だってそうだ。

 随分高望みをしてしまっている。

 願わくば、ぼくは、

 彼らと、

 ずっと――

 

「ポッタァ――――――ッッッ!」

 

 鋭い声にハッと息を飲んで、心臓が跳ねあがる。

 目の前の光景は煙のように霧散し、彼らの暖かさは露と消えた。

 すべてが消えた。

 声は、もう聞こえない。

 

「……ッあ、……! ……ッ!」

 

 手を伸ばして、せめて残滓をつかみ取ろうともがく。

 しかしその手に触れた鏡は、冷たく、冷たく、何も暖かくなどなかった。

 声にならない憎しみをこめて振り向くと、そこには蒼白な顔色のスネイプが立っていた。

 音高くつかつかと歩み寄り、ハリーの両肩を乱暴に掴む。

 とめどなく溢れる涙を隠そうともせず、ハリーは叫んだ。

 

「……邪魔をッ、なぜ、なぜ邪魔をしたんだ! スネイプ、先生ッ! あんた、何でだよッ! なんで……っ、なんで……」

 

 しゃくりあげながら、スネイプの胸を力なく殴りつけながら、ハリーは泣き続けた。

 縋りつくようにもたれかかり、大声をあげて泣いた。

 ただの少女のように、泣いた。

 十一歳の子供のように、泣いた。

 スネイプはそれを責めもせず、怒りもしない。

 ただハリーが泣きやむまでの長い長い時間、彼女の好きにさせるようにしたようだ。

 鉤鼻の上で昏く光る黒い瞳が、じっと鏡を見つめていた。

 

 ようやくハリーが泣きやんだとき、空はもう橙色の光を隠して暗い藍色になっていた。

 また嫌味を言われるのではないか?

 いや、彼のローブは胸のあたりがぐっしょり濡れている。

 全部ハリー自身の涙だ。たぶん、一人の乙女として認めたくはないが、鼻水もだ。

 恐る恐るスネイプの顔を見てみると、驚くことに全く怒っていなかった。

 それどころか、多少労わるような色さえ見えるではないか。

 

「ポッター」

「ひゃっ、ふぁい!?」

「これはな、《みぞの鏡(The Mirror of Erised)》というものだ。幾百、幾千もの魔法使いが、これに囚われてきた」

 

 訥々と語る彼の言葉を、ハリーは大人しく耳に入れる。

 普段あれだけ嫌味を交えて話すのが嘘のようだ。

 

「何を見たかは、今は問うまい。ああ、問うまい。……これは、決して、真実を映したりはしない。では何を映すのか。分かるかね、ポッター」

「……えっと……たぶん、願望。その人が欲しい……願っている、欲望を……」

「ふん、英雄様は優秀ですな。その通り。そして補足をするならば、これに一定以上魅入られた魔法使いは、鏡の中に吸いこまれて消化されてしまう」

「……食べられちゃうの?」

「概ね正しい。餌をおびき寄せるため望みを読み取って見せ、幻聴を弄してくる、というわけだ」

 

 ハリーは身震いをした。

 スネイプに寄り添っているため、彼の体温がとてもありがたい。

 何の変哲もない巨大な鏡が、まるで大口を開けた怪物に見えてしまう。

 

「そして、重ねて、言おう。これに映るものは、決して、真実ではない。かつて魅入られた者たちのように、死の国へ旅立ちたくはあるまい。この鏡はダンブルドア校長に……ああ、彼に言って何処か余所へ移してもらおう。絶対にだ。ゆえに、これをもう一度見たいなどと。……思ってくれるな、ポッター」

 

 ああ、とも、イエス、とも声が出ない。

 ――あのスネイプが。ぼくを気遣ってくれている?

 そんなハリーの失礼な考えを見抜いたのかそうでないのか、それきり言うとスネイプは目元を赤く腫らしたハリーを放って教室から出て行ってしまった。

 一人残されたハリーは、もう一度鏡を見た。

 散々泣いて心が空っぽになってしまったからなのか、鏡にはもう何も映っていない。

 両親も、友人たちも、もう誰も映らない。

 声も聞けなければ、会うことも二度と叶わない。

 

「だけど、たぶん、それでいいんだ。きっとそれが正解なんだ」

 

 ハリーは寂しい気持ちを胸の奥にしまいこんで、教室を出た。

 今頃グリフィンドール寮では、双子のウィーズリーを中心に馬鹿騒ぎしているに違いない。

 そんな考えを巡らせて廊下を歩く中、ハリーは思う。 

 スネイプは、ぼくが泣いている間哀しそうに鏡を見ていた。

 彼は、あれに、いったい何を見たのだろうか。

 




【変更点】
・すにべるすのたのしい課外授業。嬉々として呪ってきます。
・原作よりハグリッドの口が固くなった。あまり情報を引き出せないよ!
・動物もどきになりたいおんなのこ。
・みぞの鏡がより凶悪でクレイジーに。そんなもの学校に持ってくるな。
・ハリーの望みは『皆が笑って隣に居る世界』。絶対に叶わない夢です。
・ダンブルドアではなく、スネイプが登場する。

【オリジナルスペル】
「アドヴェルサス、逆行せよ」(初出・7話)
・薄黄色の板状の光を出し、これに触れた魔法を術者に跳ね返すことが出来る。
 半純血のプリンスの創作呪文。『ワディワジ』の上位版。

「エレクト、立て」(初出・7話)
・対象を直立させる呪文。結構乱暴なので、怪我人にはまず使用しない。
 元々魔法界にある呪文。威力の低い『アセンディオ』。

多少のオリ展開が入りました。魔改造された以上、歴史もズレ始めます。
ついにストックエンド!正確にはこれの途中から、生中継でございます。
更新速度が遅れるでしょうけれど、ボリュームは減らさないように致します。
次回からはラストに向けてアクセラレーション。戦闘シーンが増えてまいります。

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