記憶を頼りに駐屯所までフラフラと行くと、何やら少し騒がしかった。
なんだか浮き足だっているような……落ち着かない空気。
まるで要人の警護対象が来たみたいな感じだ。
(わかるんだ)
腐っても元将官だ。
王都へ逃げていく金持ち達を見送った記憶は役に立つね。
(……私がいなくなってからのことも、そのうち教えてね)
面白いことなんて何もないけど……
君が望むのなら、僕はなんだって答えよう。
それがきっと、僕らの空いてしまった数年間を埋めるのに必要なことだと思うから。
「なんだか騒がしいね」
「あ、ああ……ってブレーヴじゃねーか!」
「ああそうだ、ブレーヴだ。……この騒ぎは?」
「お前のせいだよ! 何やらかしたんだ?」
「僕の…………」
(……うん。エヴリルかな)
同意見だ。
シャインの時ってお偉いさんとかに面会したことある?
(あるよ。でもどっちかっていうと、現場の指揮官ばっかりだったかな)
現場か……
少し苦い思い出だ。
(…………ブレーヴ?)
三年間いろんな戦場を転々として、最終的に生き残ってあの街に辿り着いた。
僕が生き残れたのは残された戦力を常に全投下し続ける戦場で人に紛れて戦い続けたからであり、多分、少数精鋭みたいな部隊に入れられてたら速攻で死んでいただろう。
剣で斬れば魔物は死ぬが、それ以上に魔物が殴れば僕らは死ぬんだ。
(ねぇ、ブレーヴ)
なのに指揮官は行けと命じる。
その命を捨てて一匹でも多く殺せて、言うしか無かったんだ。
だから…………ああ、そうだ。
言うしかなかった。
言うしかなかったんだ。
すまない、みんな。
僕が死ねと言ったから、君たちは笑って死地へと飛び込んだ。
許してくれなんて言えるわけがない。
一緒に何度も死線を潜り抜けた大切な仲間を、僕如きを隊長だなんて揶揄って呼んでくれた君たち全員を僕は殺した。
結果として残ったのは、副官として一緒に戦場を俯瞰していたリザだけだった。
だから、見捨てられるのは当たり前で、もう人類は負けますと言わなくちゃダメだったんだ。
だから、しょうがなかった。
全部全部僕が弱くて、何もかも足りなかったのが悪かったんだ。
(ブレーヴ!! ねぇ、ブレーヴ!?)
「──おい、大丈夫か!?」
頭の中にシャインの声が響くのと同じタイミングで肩を揺さぶられた。
目の前には、目元を隠す銀の仮面──【
「
「……なんでもない。ちょっと寝不足でね」
「……あれだけ片付ければ、疲れは溜まるかもしれないが……」
エヴリルは心配してくれているらしい。
大丈夫、大丈夫だ。
ちょっと思い出してしまっただけだ。
僕が須く無能であり、役立たずであり、もっと早く死んでおくべきだった人間だと理解してしまった出来事だ。
(そんなことないから。ブレーヴ)
ありがとう。
でもねシャイン。
僕はどうなったって自己評価を改めるつもりはない。
僕が本当に優秀で選ばれた勇者になれたなら、だって…………
「ほら、立ちっぱなしはよくない」
「お、おいおい。引っ張らないでくれ」
「真っ青な顔でフラフラしてるのを見ているこっちの気持ちにもなって欲しいものだが?
エヴリルは周囲に兵士がいるにも関わらず、僕のことをそう呼んだ。
なるほど、彼女は決心したらしい。
僕を【勇者】として招き入れ、魔軍幹部打倒を再度掲げることを。
(……ほら、ブレーヴ。あなたはもう勇者なんだから、少しは自分に優しく生きて?)
自分に優しく生きる、か。
もう十分甘やかして育ってきた。
施しは十分だ。
僕はここから長い旅路を抜けて、君に追いつかないといけない。
君の全てを塗り潰して。
少しでも一歩でも前に……
「シャイン。改めて昨夜は世話になった」
「……ええと、エヴリル。その言い方はわざと?」
「…………? なんのことだ」
「……うん、なんでもない。なんでもないよ」
(ブレーヴ?)
何にもしてないからね。
君だって僕の隣で寝てたんだからそれは知ってるだろ。
(隣で……まあ、うん。物はいいようだよね)
だろ。
「お前のお陰で私も覚悟を持ち直せた。少し、弱気になっていたんだ」
「それは仕方ないと思う。寧ろ死を目前にしたのに心が折れてない君達を僕は尊敬してるんだ」
「……シャインに言われたらおしまいだ」
……確かに。
他人から見れば僕は死を恐れてないヤバい奴になるのか。
「作戦を立てるのに大体四日ほど欲しい。魔軍の動きやこちらの戦力のバランスを考慮して、もっとも確率の高い道を選ぶ」
(信用して大丈夫。エヴリンはそういうの、めっちゃ得意だから)
「ん、わかった。それを言いに来ただけじゃあない気がするけど」
「……本題はこれで終わりなんだが、一つだけ頼みたいことがあってな。よく気付くものだ」
「そういうのには慣れてるんだ」
なんだかんだみんなより三年長く生きた。
その三年間は、それなりに重たい物だった。
「シリアスのことだ」
そう言うエヴリルの表情は優れない。
周囲の兵士はコソコソと話している奴もいれば、興味がないと言うフリをしている奴もいる。
今すぐにでも僕のことを聞きたいだろうに、それをしないのはやはり相手が【勇者】だからか。
「……場所を変えた方が良さそうだね。どうだい、綺麗になった僕の家で」
「綺麗になったとは言い難いが……」
「綺麗になったよ。当社比というやつで」
「それは私基準で綺麗とは言わない」
「流石賢者さまだ……」
「おい」
エヴリルは冗談がわかるらしい。
シャイン、君もこんなやりとりをしたことがあるかな?
(うん。エヴリルはおばあちゃんだけどユーモアがあるよ)
おばあちゃんなんだ……
あんなに美人なのに。
仮面で隠されているからそう感じたのかもしれないけど、少なくとも僕からみれば絶世の美女と言わざるを得ない美しさだった。
(ブレーヴ?)
違う。
違うよシャイン、浮気なんてしてないし。
別にエヴリルと寝たとかそんな話じゃないんだから、そんな細かく気にしなくても大丈夫さ!
「……おい…」
「何かな?」
「……あまりみるな。その、顔を」
「……? 仮面で隠れてるけど綺麗じゃないか」
「そうじゃない! ええい、やりにくいなお前は!」
(いやいや全く。ブレーヴはいつからそんな男になっちゃったの?)
えぇ……
そんなこと言われても。
だって綺麗なものを綺麗だと言うのは普通だろう。
シャインの瞳の色は今も覚えている。
君は金髪碧眼だから、芸術と表現することすら生温いような
(黙ってブレーヴ)
…………はい。
「全く……放っておけん奴だ」
エヴリルは苦笑いしながら言った。
ああ。
賢者エヴリルは、優しいんだな。
(……うん。そうだよ)