Brave shine   作:恒例行事

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世界の滅びから勇者再誕②

 

『勇者一行、魔軍幹部をまたもや撃破!!』

 

 …………なんだ? 

 

 一体何が起きている。

 この新聞は間違いなく三年前に発行されたもので──いや、そんなことはどうでもいい。

 どうしてこれを握って見つめている? 

 僕は死んだんじゃなかったのか。

 リザが目の前で死んで、僕はその亡骸の前で僅かな間抵抗を試みて、死んだ。

 

 無惨に轢き殺されたのが僕達の終わりだった筈……そうだろう。

 

「あ、先輩じゃないっスか。どうしたんスか呆然として」

「…………リザ?」

「えっ、あ、はい。リザです……」

「そうか、リザか。……最後に夢を見せてくれたのか? 魔軍が」

「え、魔軍? 先輩どうしちゃったんスか」

 

 服装は……兵卒に与えられる一般的な軍服だ。

 

 勇者一行が破竹の快進撃を始めてからおよそ半年もの間、人類の経済は大いに回った。安全圏を次々と作り出し生活領域を広げ続け、その全てで戦えない女子供や老人たちが必死に戦う者の助けをし続けたことでかつての繁栄を思い出せる程の潤いを見せた。

 ──そしてその後に、勇者一行は【魔王】と呼ばれていた存在に挑み。

 

 全てが崩壊した。

 

「……精神攻撃が可能、か。困ったな」

 

 これは夢だ。

 なぜなら現実において、すでに僕は死んだ筈だから。

 死んでないとしても死んだと言っていいくらいボロボロになっている。それはつまり死んでいると同意義。

 これは一時の夢か、それとも幻か。

 どちらでもいいけれど、ひどく残酷だ。

 

 剣を抜く。

 職務の最中は帯剣を許されているため、これまた一般的な剣を────あれ? 

 

 握り心地が以前までとまるで変わらない。

 

 死ぬ寸前まで握り締めていたあの剣。

 シャインと二人で森に迷い込んで、冒険をしたときに見つけた宝物であり、切ない思い出。

 

「……先輩? なんか様子が変っス」

「…………なあ、リザ。一つ聞きたいんだけど」

「な、なんスか。……急に名前呼びは少し驚いた」

「僕ってさ。ずっとこの剣を使っていたかな」

 

 大陸暦251年3月17日の朝刊。

 擦り切れるほどに読み込んで、彼女の軌跡をせめて僕だけは覚えていようと誓って握りつづけた新聞。

 

 忘れるわけがない。

 一字一句覚えるほどにこの新聞は読んだ。

 そして僕は将校の格好ではない。

 あの身分を与えられたのは死ぬ一ヶ月前。

 僕より上の階級を持ったまともな軍人は全滅し、残されたまともじゃない奴らは魔軍に降ろうとするか王都に引きこもることを選んだ。

 

 それを見逃す代わりに与えられた権利であり、なんの役にも立たない肩書き。

 

 それでも有益なものではあった。

 知りたかったことを知る権限を得られたのだから。

 

「……えぇー、どうでしたっけ。あんま覚えてないっスけど……なんか光ってないスか?」

「ああ……そうだね。僕が持つと少しだけ光るんだ。面白いだろ」

「光る剣!? そんなの聞いたこと(・・・・・)ないっスけど」

「はは、聞いたことがないは言い過ぎだ。勇者の持つ剣だって光る剣じゃないか」

「……勇者っスか?」

「? ああ、勇者、ほら……」

 

 そう言いながら新聞を見せようとして、確認して、気がつく。

 

『勇%一行、魔軍幹部をまたもや%●!!』

「……何が起きてる」

『勇%△×、+●◇部をま●!や%●!!』

「何が……起きてる!」

 

 これは夢か? 

 少なくとも現実じゃない。

 僕の知ってる現実はこんなふうに新聞の内容が書き変わるような、悪趣味な作りはしていない。

 

「リザ! これが読めるか!?」

「うぇっ、ほ、本当にどうしたんスか?」

「いいから頼む! 今は君が頼りなんだ」

「っ……ウッス、見ます」

 

 そしてリザに新聞を手渡すと、軽く全体を見渡して十秒ほどで答えは返ってきた。

 

「ああ、そうそうこれっスよ。『勇者ウォーダン(・・・・・)、魔軍幹部に敗走』」

「…………ウォーダン? シャインではなくて、ウォーダンだって?」

「そうっスね。変な夢でも見たんじゃないスか?」

「……ああ。変な夢を見てるんだ」

 

 シャインが勇者じゃない。

 ウォーダンは戦士だった。

 勇者はウォーダンになり、凱旋出来る筈の戦いで敗北した。

 人類が盛り返すことはなく、このままジリジリと敗北するのが決定しているだろう。

 

「それじゃあ……それじゃあ、この剣は一体、なんなんだ」

 

 勇者シャインが握れば輝きを放つ鈍。

 僕が振るっても大した加護も得られず、ただ敵を切り裂くことだけができる普通の剣と何も変わらない。

 

「僕は……この世界は一体、誰がなんのために。さっきのが幻覚なんて、そんなわけ……」

「……先輩。ちょっといいっスか」

「違う。ウォーダンは勇者だとしたら、シャインはどこへ行った。あるはずだ、彼女の痕跡がどこかに。夢でも、夢だとしても探さないと……」

「先輩! ブレーヴ先輩!」

 

 リザに肩を掴まれる。

 それどころじゃないんだ。

 この世界はなんなのか、僕はそれを知らないといけない。

 

 己の虚弱な心が生み出した幻か、それとも魔物の生み出した甘い理想か。

 はたまた、これが現実(・・)か。

 はっきりと死ぬことも、死の瞬間も覚えている僕が出来ることはこれしかない。

 あの死を疑うよりもこの世界を疑う方が容易かった。

 

「なんかおかしいっス。先輩、どうしたんですか?」

「……なんでもない。ただ、ちょっと……自分の記憶と世界のあり方が違った。だから、どちらが間違えているのかを確かめたいんだ」

「…………ええと、なんかよくわかんないですけど。つまり困ってるって事っスよね?」

「そう……だね。困り果ててる」

 

 何をすればいいんだ。

 僕はなぜ意識がある? 

 新聞の中身が変わった理由はなんだ。

 何もわからない。

 

「一人でやるより、二人の方が確かめやすいんじゃないっスかね」

「……リザ。今日は非番じゃなかった?」

「どうせ暇だったし構わないっス。ちょっくらウチまで来ないっスか?」

「…………君さえいいなら、お邪魔しようかな。正直僕も混乱してて、何が何だか」

「薬とか盛られてたらやばいっス。色々確かめてヤバそうだったら病院行くとか、そういう事にしましょ!」

 

 病院。

 ああ、病院か。

 確かに今の僕はそういう(・・・・)薬でおかしくなったと思われてもしょうがない。

 長く続く苦しい現実の中で、簡単にトリップできる麻薬というのは大流行した。

 それはこの現実でも変わらないだろう。

 勇者が敗走したのなら、希望は潰える。

 流行が加速するのは明白だ。

 

「すまない、迷惑をかける」

「……なんか先輩、本当に変わりました? なんか別人みたいっスよ」

「そう、かな。……いや、案外そうかもしれない」

 

 少なくとも三年間で荒んだ毎日を送った。

 酒も煙草も味わって、娼婦を抱いたことだって何度もある。

 その度にどうしてか、シャインのことが頭をよぎって、己の矮小さと醜さが鏡に映ったように見えるから嫌いだった。

 

 その日々の果てに訪れた彼女の死。

 

 三年前の僕はとっくの昔に壊れていたのかもしれない。

 

「……リザ、一応聞いておきたいんだけど」

「なんスか?」

「僕の名前は、わかるかな」

 

 そう聞くと、リザは目を見開いて驚きの声を上げようとして──慌てて口を塞いだ。

 

「違う、違うよリザ。記憶喪失とかそういうのじゃない。単に僕が認識している【僕】と、君の認識が間違ってないか知りたいんだ」

「もが、もがが……」

「あ、ごめん。女の子にやっていいことじゃなかったね」

「い、いや。それは別に……いいんスけど。先輩の名前っスね」

 

 耳を傾ける。

 間違えているとは思えない。

 僕の名前は、ブレーヴだ。

 

 ブレーヴ・テネブラス・ウェールス。

 

 勇者の名前を冠して置きながらそれに手が届かなかった愚か者だ。

 

「ブレーヴっス」

「……まあ、さっきもそう呼んでたしそうだよね。間違いじゃない」

「ブレーヴ・シャイン」

 

 ……………………。

 

「先輩の名前はブレーヴ・シャインっスよ」

「…………ブレーヴ・シャイン……」

「……本当にどうしちゃったんスか」

「……シャイン。シャイン・オムニスカイは……村で一番の剣の腕で、才能があって、誰よりも勇敢だった彼女は」

 

 どこへ消えたんだ。

 僕の名前はシャインじゃない。

 ブレーヴ・テネブラス・ウェールス。

 Brave Shine(勇敢な輝き)なんて美しい響きは、僕には似合わない。

 

「なにが一体、どうなって──」

 

 瞬間の出来事だった。

 

 空を覆った漆黒の闇。

 街を守る城壁を容易く打ち砕く衝撃波。

 弾丸の如き速度で飛来した何かがを転がり家屋を壊し、人々の命を奪いながら進み続ける。

 

 その事を知覚できたのは奇跡だった。

 

 ついさっき幻のように体験した死が、僕の感覚を研ぎ澄ませている。

 

 少なくともこの夢は都合のいい夢幻じゃない。

 都合が悪くて、意味不明で、僕にとって吐き気がするような現実に類似した何か。

 

「せんぱ──」

 

 リザを押しのけた。

 飛来する何か(・・)は時折血飛沫のようなものを撒き散らしながら此方に突撃してくる。

 完全に制御を失っている。

 そして、奇跡のような反応をして見せた僕は避ける手段がない。

 

 この景色はなんなのか、この世界はなんなのか。

 それを知るすべはなく、ただ僕の知識と剥離した形で描かれたものということだけが理解できた。

 

 だからなに? 

 それがどうした。

 そんなことがわかって、僕に何が出来る。

 

 薄汚い僕のプライドが生み出した底辺の妄想。

 

 それで終わってくれるなら、良かった。

 

 リザの表情は驚きと困惑に染まっている。

 

 君は二度も死ななくていい。

 この後この世界が存続して死んだとしても、同じ道は辿らないでくれ。

 健気で優しく強い君には、もっといい人が見つかるだろうから。

 

「……リザ、元気でい」

 

 横殴りに衝突した何か。

 インパクトの瞬間、視界に鮮明に映り込む。

 思わず目を剥いて、忘れる筈も無いと歯を喰いしばった。

 

 生気の失せた瞳。

 荒れた髪に出血や欠損でぐちゃぐちゃになった肉体。

 剣士として勇者一行で活躍し、その一振りで魔王軍幹部の首を刎ねたなんて栄光まで手にした人類最強一人。

 

 剣士シリアス。

 

 既に事切れた肢体が超高速の弾丸と化し僕を穿つその刹那────またもや、剣が光り輝いたような気がした。

 

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