Brave shine   作:恒例行事

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世界の滅びから勇者再誕③

 

『勇者一行、魔軍幹部をまたもや撃破!!』

 

「…………夢じゃないのか……?」

 

 大陸暦251年。

 確かに巻き込まれて二度目の死を迎えた筈の僕は、またもやこの時間に舞い戻ってきた。

 

 握りしめた新聞。

 どんよりとした空気に包まれる街中。

 一般兵士に配られる制服に、腰に差したあの剣。

 さっき動揺しつつも確かめた内容と全く変わらなかった。

 

「あ、先輩じゃないっスか。どうしたんスか呆然として」

「……リザ。一つ聞きたいことがある」

「えっ、あ、はい。なんスか……?」

「僕の名前は、ブレーヴ・シャインか?」

 

 彼女の方を見てみれば、怪訝な表情をしてこちらを覗き込んでいる。

 そこに警戒心は不信感は抱いている様子はなく、純粋な心配が浮かびあがっていた。

 

 それが既に答えだった。

 

そうっスよ(・・・・・)。どうしたんスかいきなり」

「…………いや、なんでもない。ちょっと確かめたかったんだ」

「自分の名前を確かめるんスか……」

「事情があってね」

 

 納得はできないが理解はした。

 

 僕は大陸暦251年3月17日の朝刊を受け取ったこのタイミングになぜか囚われている。

 

 魔物の精神攻撃か、それとも現実か。

 惰弱な精神が生み出した夢幻かはわからないけど、少なくとも身体を踏み潰され千切られぐちゃぐちゃに擦り潰されていく感覚は偽物じゃない。

 ならこれは地続きの何かだ。

 そんなことを僕にする理由も定かじゃないけど、ただ事実としてあるのはこの目に映る景色だけ。

 

 なら、何をするべきか。

 

 この世界にシャインはいない。

 シャイン・オムニスカイという勇者は姿を消して、代わりに勇者ウォーダンが誕生し敗走する。

 そして比較的前線近くのこの街にまで勇者一行は後退し、先程やられたのと同じ現象が起きるとすれば、剣士シリアスは何者かの攻撃で命を落とし街へと甚大な被害を与える。

 

 やれることはなんだ。

 

 やる意味はなんだ。

 やる意味なんてどこにもない。

 ただ、死に続ける現実が続く位ならば──さっさとこの夢から醒めてしまいたい。

 

「……先輩?」

「魔物の精神攻撃から目を醒すのに最も手っ取り早いのは何か。リザ、君は知っているか」

「いや、知ってるっスけど……何を」

 

 剣を引き抜いた。

 鈍く光る剣。

 本来であればシャインの手に収まり彼女の手によって光り輝く聖剣なのに、僕の手の中では鈍同然。

 

 宝の持ち腐れとは、このようなことを言うのだ。

 

 震える手を宥めて、目を瞑って心を落ち着かせる。

 

 問題ない。

 僕はすでに二度も死んでいる。

 その痛みも恐怖も心根に刻まれてるけど、これは夢幻に過ぎない。

 

 何一つ、彼女が受けた痛みや恐怖に比べれば怖くなんてない。

 

「もしも世界が続くなら、君は幸せになることを祈っているよ」

 

 剣を首に突き刺した。

 

 まるで熱した鉄を無理やりねじ込まれたかのような痛み。

 これが現実じゃないなんて信じられないけれど、少なくとも死んでも死なないような人間のことを僕は見たことも聞いたこともない。

 

 だからこれは夢だ。

 現実じゃない。

 この鉄の味も、痛みも苦しみも、握った剣の重さも全部作り物。

 

 そう思うにはあまりにもリアルだった。

 この痛みが偽物だって、この涙も偽物だって、この血も肉体も何もかも? 

 

 そんなわけが、そんなわけがあるか! 

 

 呼吸が乱れる。

 肺に空気が通らず代わりに血液だけが流れ込み、脳がヤバいと警笛を鳴らす。

 人生で何度も味わってきた死のアラート、それが全身で鳴り響いている。

 でも、大丈夫。

 これまで二度もその死を味わった。

 一度目は嬲るように殺された。

 足を圧し折られ、潰され、千切られて贓物でアートを作るようにかき乱された果てに死んだ。

 

 二度目は一瞬だった。

 痛覚を味わう暇もなく、ただ死んだという勘だけが働いて呆気なく。

 きっとリザが死んだ時も似たような感じだった筈だ。

 それならまだ、彼女に救いはあった。

 

 僕のことを好きだと言ってくれた君には、せめて幸せになって欲しい。

 

「…………………先ぱ…」

 

 リザは目を見開いて、何が起きているのかと必死に現実を認めようとしていた。

 

 頬に振りかかった僕の血液が、彼女の顔を汚している。

 

「ご…………ゲホッ、ね……」

 

 言葉すらうまく出せない。

 剣はまるで僕の血を吸うかのように、ゆっくりとその切れ味を増していく。

 焼け爛れた部位にいつまでも焼きごてを当てられているかのような痛みだ。

 

 出来るだけ早く死にたい。

 僕の脳裏にあったのはその感情だけだった。

 

 リザから視線を外す。 

 膝をついて、両手でしっかりと柄を握り締めて──振り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『勇者一行、魔軍幹部をまたもや撃破!!』

 

 気が狂いそうだった。

 

 僕は何をすればいいんだ。

 この世界は何がしたくて生み出されたんだ。

 シャイン・オムニスカイという勇者の存在しない世界で、ハリボテのブレーヴ・シャイン(勇敢なる魂)がいる。

 

 手に握った剣は輝かない。

 勇者は敗走し、人類の負けは加速する。

 ただ滅びを迎えるだけの世界に囚われて、僕は一体どうすれば夢から醒めるんだ。

 

「…………逃げよう」

 

 逃げ出した。

 この街にいてはダメだ。

 もしも予定通り進むのなら、剣士シリアスが死亡し街を混沌に陥れ、その二次被害で僕は死ぬ。

 それだけの存在でしかない僕が死ねなくなった。

 地獄だった。

 

 大陸暦251年3月17日、勇者シャイン率いる一行が魔軍幹部を撃破した記念すべき1日。

 

 僕はこの日を忘れることはないと思っていた。

 彼女の偉大なる栄光を讃える第一歩として、コンプレックスを覆い隠しながら生きていくのに都合がいいと思ったから。

 

 それは大きな間違いだった。

 呪われた1日に決まっている。

 そうじゃなければ、こんな風になってたまるものか。

 

 そうして僕は逃げ出そうとした。

 しかし僕の手を掴む一人の女性に逃亡は阻まれて、足を止めることになる。

 

「はぁっ、はっ……先輩? どうしたんスか、そんな慌てて」

「…………リザ」

「あ、えっ、はい。リザっス」

「僕の名前はブレーヴ・シャイン。勇者ウォーダンは魔軍幹部に敗走し、人類は活気を失った」

「…………??」

「……死なない。死なないか、そうか」

 

 リザは困惑している。 

 

 逃げ出したい。

 この訳のわからない現実から目を醒まして、人類が滅んだ世界へと戻りたかった。

 

 世界にシャインはいない。

 僕が追いつくと誓って、彼女は待っていると約束し、その契りは果たされることはなかった。

 この剣を持っている筈の勇者は姿を消してしまったのだ。

 

 そしてその剣を鈍にしてしまう一般兵士でしかない僕の手の中に、なぜか収まっている。

 

 リザに握られたままの手を柔らかく解いて、変な声を出す彼女を放置したまま剣を握った。

 

 事実を整理する。

 

 僕は一度死んだ。

 リザと共に、シャインが死んでしまった世界で。

 そしてもう一度死んだ。

 今度は僕一人、勇者シャインの存在しない世界で吹き飛んできた剣士シリアスに巻き込まれて。

 さらにもう一度死を選んだ。

 この鈍のような光しか発さない剣で首を貫いて、混乱するリザの目前で首を断ち切って自殺した。

 

 何をするべきかなんてわからない。

 僕は一体なんなのか、シャインの消えた訳は、この世界の理由は? 

 何もかもが不透明で意味不明なこの世界に沸々と湧き上がる感情は──何よりも怒り(・・)だった。

 

「もしも、これが夢で。醒めない都合のいい世界だったとして……」

 

 一体どうして僕なのか。

 世界中の人間全てが死んだらこんなことになるのか? 

 もしもそうだとしたら、僕にとっての『都合のいい夢』とはなんなのだろうか。

 

 死の直前に抱いた感情。

 

 僕は憎いと思った。

 魔軍の全てが、僕の全てが憎たらしい。

 魔軍が存在しなければそもそもシャインが死ぬことはなく、僕が強ければシャインの隣で死ぬことができた。

 もしくは、シャインの死の代わりを担えたかもしれない。

 その事実がわかっていて、努力を積み重ねても届かない世界があって、そのものが憎かった。

 

「…………僕にとって、都合のいい世界」

 

 逃げ出すことが一番正しいのか? 

 

 そうは思わない。

 僕が最も成し遂げたかったことはなんだ。

 シャインの隣に立って、彼女と共に生きることだった。

 

 そうだ、僕は彼女のことが好きだった。

 娼婦を抱くときも忘れられなくて、その事実がひどく気持ち悪くて、それが余計に興奮を催すようで吐き気がして。

 成長した彼女は美しかった。

 この手で抱きしめたいとすら思った。

 でも結局手は届かずに、彼女は誰の手に穢されることもなく、魔軍の手によって死んだ。

 

「シャイン……」

 

 シャイン・オムニスカイ。

 君が世界に存在しないのは、間違いなく僕にとって『都合の悪いこと』だ。

 そして、超人達の戦いに巻き込まれて容易く死んでしまう矮小な僕が『自死すら選べない』のは、『都合のいいこと』じゃあないだろうか? 

 

 これら全ては意味のない仮定。

 唐突にこの世界は終わりを迎えるかもしれないし、僕が生き続ける限り終わらないかもしれない。

 

 剣を強く握り締めた。

 

「リザ。僕の名前は、ブレーヴ・シャイン。間違いないね」

「…………どうしたんスか?」

「頼む。間違いないか?」

「……間違ってないっスけど……」

 

 そっか。

 間違いじゃあ、ないんだな。

 この世界にもシャインはいない。

 代わりに、ブレーヴ・シャインという出来損ないの死に損ないがいる。

 

 なら何をするべきか。

 手が届かなかった世界に、たどり着ける可能性がこの身体にはある。

 

 死んでも死なない肉体。

 何をトリガーにしているのかは一切わからない。

 

「そうか。僕は、ブレーヴ・シャインなんだ」

 

 何処かにいる筈だ。

 僕の知っているシャイン・オムニスカイは、何処かにいる筈なんだ。

 勇者ウォーダンが敗走し剣士シリアスが死に果てるこの世界で、僕が辿り着ける場所が何処かにあるんだ。

 

 この手に握られた剣だけが彼女とのつながり。

 

 あの森の奥。

 すでに魔物の支配領域となって長い僕達の故郷に、この剣の秘密も眠っているかもしれない。

 君はどうして彼女が持つと輝いて、僕が持つと鈍く光るのか。

 そこに理由はあるのか。

 そしてなぜ僕の元にあるのか。

 シャインが消えた理由はなにか。

 

 知らなければいけない。

 ここが夢幻だったとしても、いつか壊れる泡沫だとしても。

 

「僕は──Brave shine(勇敢な魂)だ」

 

 

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