Brave shine   作:恒例行事

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一振りの君と落第勇者⑤

 

 一先ず食事を終えてから、僕達は解散した。

 

 エヴリルは僕の部屋の状況を案じて宿を手配するかと提案してくれたけど丁重に断った。

 シャイン曰く、『生活の乱れは心の乱れ』らしい。

 何一つ否定できない正論だった。

 

 なので、夜を迎える前に最低限マシな状況にしようと意気込んでおよそ三時間と言ったところ。

 

「……困ったな、片付かないぞ」

『あの量のゴミなんだししょうがないよね。……ねぇ、脱いだパンツそのままなんだけど』

「うん、あんまり見ないでくれる?」

『へー……ブレーヴはこういう下着履くんだ?』

 

 最悪だ……

 誰が好きな人に痴態と下着の趣味を悟られて嬉しくなるのか。

 だけど前の世界じゃシャインと触れ合うことは愚か会話することすら久しく出来ていなかったので、狂ってしまった僕に取ってはこのやりとりすらご褒美になる。

 

『う……重た……』

「君の所為だし、そこら辺は受け止めてくれないと」

『図々しいへんたいだ……』

 

 シャインが頬を赤らめている姿を想像しつつ、僕はまとめたゴミ袋およそ二十個をポンポン外へと運び出す。

 

 この世界の僕が鍛えていたとは思えないけど、このくらいの行動なら全く疲労を感じない程度には努力を続けていたみたいだ。

 シャインがいなくても少しはやる気を出しているのはいいことだけど、男としてはダメだ。

 

 ベッドが比較的清潔になり足の踏み場も確保し虫の住処を一掃したところで日も暮れてきた。

 

『うん、まあ。最初に比べれば綺麗じゃないかな』

「沁みるよ……」

『これからは綺麗に使ってこうね!』

「ああ。でも待てよ、この調子で君の前で痴態を晒し続ければ叱ってもらえるのか……」

『あのさあ! ブレーヴロクでもない男になりつつあるからね!?』

「冗談だし失礼。僕は君のことが好きなだけなのに」

『…………ふ〜……、深呼吸深呼吸』

「剣も動揺するんだね」

 

 シャイン……

 

 うん。

 やっぱり僕は、君のためなら全てを捧げてもいいと思えてしまう。

 それくらい長い間熟成した気持ちの悪い感情が渦巻いていて、君の声が響くだけで脳髄を蕩けさせるような甘美な感覚がするんだ。

 

 君はそれを望まないかもしれない。

 君は優しいから、僕に僕として──ブレーヴとして生きて欲しいと願っているかもしれない。

 それはわかっている上で、僕は自分の我儘を通すつもりだ。

 

 それを悟ったから君はさっき、自分を責めたんだろう。

 

 優しい子だ。

 そんな優しい子が、僕だけの武器として剣に収まっている。

 誰にも渡さない。

 彼女は僕のものだ。

 世界が先に彼女を否定した。

 なら、僕は彼女を決して否定せず、ありのままに受け入れる。

 今更シャインを欲しがっても絶対に譲らない。

 

 彼女は僕のもので、僕は彼女のものだ。 

 

(……………………)

 

 ベッドに座り込んで、明かりの灯らない部屋の中でぼんやりと光るシャインを見つめながら、エヴリルとシリアスから聞いた事情を整理することにした。

 

 勇者ウォーダンは死んだ。

 あの状況から僕を生存させられる魔法を使えるエヴリルが救えないレベルで死に、戦力は大幅ダウン。

 勇者シャインがいれば勝てていた相手に何度も敗走を繰り返し、今回生きて戻れるとは考えていない状態で戦っていた。現にシリアスの死体は街に甚大な被害と人類全体に絶望を与えるものであったし、エヴリルは僕の視界の外で死んでいたんだと思う。

 

 それを、僕如きが防げた。

 つまり二人の死を僕が吸い取ることが出来た。

 これは大きな一歩であり、偉大な収穫だと言っていい。

 

「シャイン、起きてるかな」

『ん……うん。起きてる』

「聞きたいことがある。仮に僕が戦いに参加したとして、魔軍幹部に勝てる確率はどれくらいだと思う?」

 

 立てかけられたシャインは鈍く光っている。

 

 燻んだ灰色だった。

 

『…………甘口と辛口。どっちがいい?」』

「両方頼む」

『じゃあまずは辛口から。ほぼ勝ち目はないよ』

 

 そうだろうね。

 あの二人が揃ってなお惨敗するような相手に、僕一人が加わった程度で好転するわけがない。

 それをわかっていてあの虚勢を張ったのだから特にショックを受けるような内容ではなかった。

 

『魔軍幹部、ナンバーⅧ──【巨腕オロス】。私達が一番最初に倒した奴で、人類侵攻軍の実質的な二番手だ』

「……初戦でそんな奴が相手だったの?」

『強い奴がやればいいってスタンスだからさ、魔軍。魔王だってそもそも、現時点じゃこの大陸にいないし』

「へぇ……つまり、君達が暴れまくったから魔王がきたってことか」

『……鋭いね。正解』

 

 なるほど。

 つまりどうにかこうにか全部倒し切っても必ず魔王が現れて、僕達の切り札と呼べる勇者の力を無効化して殺しに来るのか。

 

『だから、それまでになんとかしないとダメなんだけど』

「それは後でいいかな。今はとにかく目の前に集中したい」

『……うん、わかった。オロスの攻撃手段は主に、異次元から召喚するあの腕がメインなんだ。本体は私たちと大差ないよ』

「それは、また……都合がいいのか悪いのか」

『本人が自信満々に言ってたけど、その魔法一つでのし上がったらしい。だから相当の自信があるし、実際エヴリルとウォーダンの二人で防御するのが精一杯だった』

 

 ウォーダンはすでに死んだ。

 つまり、エヴリルが持ち堪えられる範囲内で迅速に、僕とシリアスの二人で本体を討たねばならない。

 トライ&エラーはいくらでも出来るけど……

 それで勝ちの目が見えてくるような相手か? 

 

『私が一発で勝てたんだしブレーヴならやれるよ。……ごめんね』

「気にしないでくれ。そのやれる(・・・)って言葉の意味くらいは理解できる」

 

 つまるところ。

 敵を知るシャインからすれば、僕が一度で攻略できる可能性はゼロ。

 その上で、何度も何度も死んで死んで覚えて覚えて本体まで辿り着ければ勝てると言っている。

 

 なんとか平静を保とうとしてくれてるけど、声色が少しだけ震えていた。

 

『……じゃあ、次は甘口評価。オロスは初見の相手にしっかり手下をぶつけて様子を伺いつつ対策を練るような狡猾な面があったんだけど』

「……わかったぞ。自分より格下だと思えば油断するんだな?」

『そう! 舐めプしてくるのは間違いない』

「一度で勝利を収めた君がなんでそれを知ってるのかは聞いても?」

『嵌めたんだよ。あえて私達に実力差があって、あいつの攻撃を防ぐようなことも難しいって振り──いや、まあ実際ギリギリだったんだけど。耐えて耐えてあいつが痺れを切らして雑になった瞬間に一撃で殺し切ったから』

 

 幼馴染がやばいこと言ってる。

 

 これが……勇者。

 戦いのセンス、才能、見極める力、何もかもがずば抜けている。

 彼女が授かったのは身体能力らしいけど、戦闘における全てを授かっていたのではないだろうか。

 

『ウォーダンが……死んだから。同じ作戦を取るのは難しいけど、何度も敗走してるならきっと』

「その隙間を狙える……逆に言えば、それしかないってことか」

『うん。多分』

 

 なるほど……

 状況はかなり苦しいけど、希望がないわけじゃない。

 シャインっていう一度魔王まで辿り着いた強者がいるだけでこんなにも心強い。

 僕は、そんな彼女と同じ道を歩む。 

 果たして相応しく在れるだろうか。

 在りたいと思う。

 

「作戦はそんな感じで行こうか。問題があるとすれば、エヴリル達をどうやって説得するかだけど」

『……シリアスはかなり精神面でやられてる。そこをケアしないと、よくないかも』

「君にとっては知古だものね。……辛くない?」

『大丈夫だよ。私は生きてて、まあ、こんな姿になったけど。それでもあの頃の記憶は色褪せてないから』

 

 勇者一行。

 シャインの元に集った仲間達。

 彼ら彼女らの旅路は、僕と過ごした幼少期よりも濃いものだっただろう。

 それを、その仲間達から自分の存在が忘れられて手が届かないまま失った事実は、重たい。

 

「剣士シリアス……真面目で、実直な面のある人だと思った。あってるかな」

『大体あってる。多分、人類全体に支援されて勝利を望まれているのに負けてることが重荷になってると思うんだ』

「パフォーマンスは発揮できる?」

『ノッてる時のシリアスは強いよ。あの子の勇者特性はズルいから』

 

 ずるい……

 シャインの特性も十分ずるいけど。

 

『えぇ〜……私のはただ身体能力が上がるだけだし。エヴリルもウォーダンもずるいけど、一番ずるいのはシリアスだね。間違いない』

「そんなに?」

『うん。……現時点だと、そこまでだけど』

 

 おいおい、頭がこんがらがってきたな。

 

 特性の強さというか、メチャクチャさ加減だと僕が一番だと思う。

 

 死んでも死なないというのは強力すぎる。

 もしこの特性がシャインに備わっていれば最強だっただろう。

 天賦の才に死に戻り、これに勝てる敵がいるのか? 

 

『まあ要するに! 細かいことはともかくとして、シリアスの気持ちを取り戻さないと厳しいと思うってことだ』

「全員の気持ちが一致してないのは、流石に死地に赴くには辛いだろうしね。なるほど……」

 

 シリアスの好きなものってなんだろう。

 僕は勇者一行のファン……というより、ずっと嫉妬を抱いて見てきたわけだけど、君たちのことをまともに知らない。後ろで不貞腐れて文句を言いながら身の丈にあった努力だけを続けてきた僕では、君らの全てを知ることは出来なかった。

 

 情けないけどね。

 

『それを知るためにも、うーん、そうだなぁ……』

 

 シャインは少し悩むような声色で呟きつつ、30秒ほどうんうん唸った後に答えた。

 

『……お花畑でデートしよう!』

「…………僕が好きなのはシャインなんだけど」

『そこなの!? いや、そうじゃなくて……多分、そうするのが一番なんだ』

 

 ……………………ああ、最悪だな。

 

 僕は改めて悟ってしまった。

 こうやってシャインを頼って、勇者一行を──かつての勇者シャインを追っていくと。

 

 彼女が仲間達と築いた思い出も友情も何もかも、塗り潰してしまう。

 

 ああ、最悪だ。

 最悪だ最低だ気持ち悪い。

 僕が、僕如きがシャインの栄光を奪うだけでなく、その全てに成り代わってしまうなんて。

 

 それはきっと、その経験と記憶はきっと。

 

 シャインが仲間のことを大切に思ったからこそ築けた友情の結晶で、旅の軌跡なのに。

 

『……ブレーヴ。気にしないで』

「……気に、するよ。僕は君たちの……ファンなんだぜ」

『いいの。私がそこにいなくても、今はここにいるんだから』

 

 シャイン。

 僕は、それでも。

 君が納得していても、僕は決して納得できない。

 

 ……それでも、やるしかないんだろう。

 

『うん。…………本当に、何度も言うけど。ごめんねブレーヴ』

 

 ……いいんだ。

 君が誰よりも一番辛いだろう。

 僕の苦しみなんてものは、死んでも死なないんだから存在しないようなものだ。

 だから気にしないでくれ。

 時折こうして、少し変になるかもしれない。

 でも決して忘れないで欲しいのは、僕は君のことが好きで、君のためなら全てを捧げると決めていることだ。

 

 君の友情も軌跡も栄光も何もかも踏み躙って、僕達は前に進む。

 

 そう、決めたんだ。

 

『……ありがとう』

 

 …………今日はもう、寝よう。

 いろんなことがありすぎて、正直、疲れたんだ。

 

 瞼を閉じて暗闇に包まれる。

 隙間風吹き荒ぶプレハブ寮で、僕とシャインの密談は終わった。

 

 また明日。

 

「おやすみ、シャイン」

『うん。おやすみなさい、ブレーヴ』

 

 願わくば、この夢が覚めないことを祈って。

 

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