やはり俺の隣の席は色々とまちがっている。【完結】 作:秋月月日
大賞用の作品を執筆中なため更新は不定期になりますが、どうぞよろしくお願いします。
追申
今回は『隣の関くん』要素は皆無です。言うなれば、今回は『俺ガイル』要素のみで構成されています。
千葉市立総武高校の体育は三クラス合同で、月が替わった事で種目がテニスとサッカーへと変化した。
比企谷八幡と材木座義輝の相棒同士の無駄なやり取りや、その他大勢の何気なくも騒がしい会話を経過として取り入れつつも、この総武高校の体育は今日も恙なく進行される。
「うし、それじゃあ二人一組でペア作ってちょっと打ってみろや」
体育担当の厚木先生の指示を受け、生徒達はテニスコートの四方八方へと散って行く。彼が担当するのはテニスであり、それは八幡が仁義なきジャンケントーナメントを勝ち抜いた事で手に入れた幸せなのかどうかもよく分からない時間であった。
「調子悪くて迷惑かけたくないんで壁打ちしてきていいっすか?」といつも通りの得意技を使って壁際へと移動する八幡。ここ最近何故か八幡との新密度を上げている戸塚彩加は他生徒達からのペア要求をやんわりと拒否しながら、トタタッと小走りで八幡の方へと駆け寄って行く。
「比企谷くん。今日も壁打ち?」
「ああ、戸塚か。今日も俺なんかの為にこんなじめじめした世界に来ちゃってまぁ……惚れてもいい?」
「あははっ。比企谷くんは冗談が上手いねっ」
冗談じゃねえんだけど、と八幡は心の中で号泣する。
「それじゃあ、ええと……今日は僕も一緒に壁打ちしてもいいかな?」
「断る理由が見当たらない。むしろ大歓迎だ」
急降下からの急上昇を経験した八幡はキモイぐらいに嬉々とした表情で戸塚との壁打ちを開始した。テニス部でもないのに何故かテニスが上手い八幡は戸塚を相手にしても引けを取らず、中々に互角な状態で壁打ちは進行されていく。ああ、なんて幸せな時間なんだろうか。今だけは生きてて良かったと思えるわマジで。
と、彼にしては珍しく幸せを謳歌していた時の出来事だった。
なんか、テニスコートの中央付近がやけに騒がしい。
(なんだ? また葉山のテニス教室でも開講されたか?)
葉山というのは八幡が所属する二年F組で最も人気のあるイケメン男子学生であり、サッカー部のエースであり、学校一のモテ男である。――つまり、八幡の対極に位置する男子生徒だ。
突然の騒ぎに戸塚も気づいたのか、自分の方に飛んできたテニスボールをラケットで受け止め、コートの中央付近に顔を向けていた。
なんだなんだ? と八幡も倣ってコートの中央付近に視線を向ける。
そこには―――
「おぉっ! 凄く鋭いストロークッッ! 大隣お前、テニス経験者かっ?」
「……別に。こんなのただの玉遊びですし」
―――どこぞのテニス漫画みたいな試合を繰り広げる教師と生徒の姿があった。
というか、まさかの問題児・大隣良夜だった。
長めの黒髪を激しく揺らしながらも涼しげな顔でラケットを操る良夜。小柄な体躯は端から端に撃ち込まれるボールには追いつけないように見えるが、持ち前の素早さを駆使して全てのボールを的確に厚木へと打ち返している。
その姿、まさにテニスの王子様。
あとは顔立ちが葉山だったら完璧なのだが、残念ながらこの王子様は眠たげな目をした中性的男子だ。
手先は器用だとは分かってたが、まさか運動神経も抜群だとはな……爆発しろ。無駄なスペックを所有している良夜に八幡は心の中で愚痴を零す。
良夜のプレーを見ていた戸塚は目をキラキラと輝かせる。
「大隣くん、テニス上手なんだ……テニス部に入ってくれないかなぁ……ッ?」
やばい。俺の戸塚があの問題児に寝取られる!
「い、いや、あいつは部活なんかには興味ないと思うぜ? ほら、いつも授業中にやってるアレあるだろ? 大隣は自分がやりたい事だけをやる人間なんだよ。だから部活には向いてねえよ、大隣は」
「そうなのかなぁ……」
不自然に必死な八幡の妙に説得力のある説得を受け、考え込んでしまう戸塚。こういう屁理屈が八幡のぼっち生活における七つ道具だったりするのだが、ぶっちゃけ彼以外には大して役に立つことはない。屁理屈なんて使わない方が良い訳だし。
そんな事はさておいて。
コートを一つ占拠して教師と互角の戦いを繰り広げている良夜に注目する事にしよう。
「んのっ……それなら、こういうのはどうだっ!?」
「っ!」
コート後方でロブを打っていた良夜に厚木はネットギリギリのドロップショットを打つも、ロケットスタートを決めた良夜は難なくこれを打ち返す。彼が返したボールは厚木のコートのエンドラインに落ち、厚木が追い付く間もなくボールは真後ろの金網フェンスへと直撃した。
結果は良夜のストレート勝ち。
まさかの教師への圧勝だった。
おおーっ! と三クラス分の男子が盛り上がる。
「こ、これは予想外だな……まさか俺が負けるとは……」
「実力ですって、実力」
「あっはっは! 大隣は素直だな!」
凄ぇ。アツいバトルの後だったらあんな暴言も許されるのか……今度試してみよう。
というか、やっぱり、大隣は性格悪いなぁ。性格が歪んでいる事を自負している俺がドン引きしちまうぐらいに性格に欠陥があるとか、最早日常生活に支障が出るレベルだと思うんだがなぁ。
教師にすらも物怖じしない良夜に八幡は引き攣った笑いを浮かべる。
と。
厚木を撃破した良夜の元に、他クラスの生徒達が近づき始め――あっ、やばいかも。
「ひ、比企谷くん……」
「ああ。これはアイツラの無知が招いた悲劇が起きる流れだな」
八幡と戸塚の心配を他所に、他クラスの生徒達は良夜に話しかける。
「なぁ、お前テニス上手いのな! ちょっと俺にも教えてくれよ!」
「っつーか一緒に試合しねー? お前とだったら楽しいと思うんだけど」
「モチ、俺と同じチームだからな!」
「あ、お前、それ卑怯だってーの!」
わいわいがやがやと盛り上がる他クラスの生徒達。普通だったら微笑ましい青春の一ページなのだが、今回は中心にいる人物に大きな問題がある。ぶっちゃけ、悲劇が起きる未来しかない。
八幡と戸塚以外の、大隣の事を良く知るF組の面々が青褪めた顔を浮かべる中、ついにその悲劇は起こった。
「うっせえぞ」
という、短い一言。
それは良夜の口から放たれたものであり、他クラスの男子たちの盛り上がりを消し飛ばすには十分すぎるものだった。
え? え? と困惑する他クラス男子数名に、良夜は鋭い睨みを利かせる。
「俺ァ別にアンタ等と一緒に仲良くする気なんて毛頭ねえんだけど? こっちは厚木先生と試合をやりてえからやってただけで、別にアンタ等と試合をやる為にココにいる訳じゃねえ」
「なっ……!?」
「コートを使いてえなら勝手に使えば? 俺ァ隅の方で素振りでもやっとくからさ」
そう言って、良夜は宣告通りにテニスコートの端の方へと移動し、周囲の空気を気にすることなく淡々と素振りを開始してしまった。
これを予想できていたF組の生徒達は「あーあ」と疲れたように肩を竦める。
これを予想できてなかった他クラスの生徒達は「何だアイツ……」と軽蔑の目を良夜に向ける。
これが、大隣良夜の問題性だ。
川崎沙希という一人の女子生徒以外の人間に対し、彼は徹底的なまでに拒絶的な反応を見せる。教師には一応の敬意は見せるし困っている他人がいれば助けたりもするのだが、基本的には今の様に他者を突き離すような態度をとる。
それが、大隣良夜の大きすぎる欠陥である。
「何だよアレ、性格悪っ」
「こっちが話しかけてやってんのにわっけ分かんねえ」
「ちょっと運動ができるからって調子乗ってるよなー」
(…………やっぱり始まったか)
集団を作って良夜一人への悪口を並べる他クラスの生徒達に、八幡は若干ながらに苦い表情を浮かべる。言うまでも無く、今の彼は不愉快で不機嫌な状態だ。
少数よりも多数が優先されるこの世の中では、今のような多勢に無勢な社会的暴力が蔓延っている。物理的な暴力は問題になるからと、悪口や罵倒を駆使して心にダメージを負わせ、酷い時には悪質で陰湿ないじめ行為を行ったりする始末。
個人を高めなさい、とはよく言うくせに、結果的には個人よりも大勢の方が優位に立ってしまう。少数派の人間は肩身の狭い思いをしなければならず、八幡や材木座のようなぼっちはもはや存在すら認められない。
キモイ、ウザい、調子に乗るな。
この三つの単語で心を抉られたのなんか、最早数えきれないぐらいに経験済みだ。無駄に群れているよりも孤高のぼっちの方が何百倍も偉大であるはずなのに、何故か八幡のような人間は差別され軽蔑され侮蔑される。
今は、そんな世の中なのだ。
だからこそ、八幡は今の世界が大っ嫌いだ。
周囲の顔色を窺わなければならない事に腹が立つ。
周囲の奴らに合わせなければならない事にイライラする。
周囲の環境に順応しなければならない事に辟易する。
そんな不愉快な気持ちが、今の歪んだ八幡を生み出してしまった―――その事実こそが何よりも不愉快だ。
チッ、と八幡は吐き捨てるように舌を打つ。自分と似た境遇の奴に肩入れしてしまったせいで思い出したくない事を思い出してしまった。いかんいかん、冷静になるんだ比企谷八幡よ。戸塚の目の前でぐらいは大人しくしている方がベストだぞ。
ふぅ、と数秒足らずで自分を落ち着け、八幡は戸塚の肩を優しく叩く。
「とりあえず、俺達は壁打ちを続行しよう。あっちの都合はあっちが勝手に解決するだろうからな」
「そ、そうだね……」
そう言いながらも心配そうに良夜の方を何度も見る戸塚は、やっぱり今の世の中には貴重なぐらいに優しい心の持ち主なんだろう。まさに希少種だ。是非結婚して欲しい。
(自分の事だけでも手一杯なのにあんな奴の事まで気遣ってられねっての!)
そう思いながら、比企谷八幡は壁に向かってボールを打った。
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次回もお楽しみに!