やはり俺の隣の席は色々とまちがっている。【完結】   作:秋月月日

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それでも比企谷八幡は苦労する

 全ての授業が終了し、全生徒が部活や帰宅などを始める放課後。

 平塚先生に良夜作の作品群を献上した八幡は、下校中の良夜を尾行していた。

 電柱の陰に隠れて気配を消す技――ステルスヒッキーを発動している八幡は携帯電話を耳に当て、電話の向こうにいる奉仕部部長――雪ノ下雪乃にで現在状況を報告する。

 

「こちら比企谷。目標は寄り道せずに下校中。オーバー?」

 

『こちら雪ノ下。とりあえずその気味の悪い口調を変更してくれない? どうしようもなく寒気が走るのだけれど。オーバー』

 

「お前が寒気を感じてるのは俺自体についてだろうが。ああもう、なんか流れで自虐しちゃったよどうしてくれんだ!」

 

『知らないわよ』

 

 相変わらずの冷徹さですね流石はユキペディアさん。

 鼻歌交じりに歩いていく良夜の背中を数十メートル後方で眺めながら、八幡は「はぁ」と溜め息を吐く。

 

「なんか怠くなってきたから帰ってもいいか? そういえば今日はかまくらの餌を買っていかなくちゃならないという最優先イベントがこの後に控えてたのを今思い出したわ」

 

『その点については心配いらないわ、比企谷君』

 

「は? 何でだよ」

 

『部活放棄で平塚先生に鉄拳制裁される恐怖を知っている貴方が、飼い猫の餌と部活を天秤に掛けられるはずがないもの。だって比企谷君、自分の身が何よりも最優先な自己中野郎だし』

 

「言い切っちゃったよこの人。しかも無駄に図星だから言い訳もできねえし―――っとと、大隣が右折したぞ」

 

 危ない危ない。無駄な毒舌会話に夢中になるあまりに大隣を見失うところだった。仕事だけは無難にこなす自分にしては珍しい失態に、八幡は僅かながらに嘆息する。

 さて、ここからは尾行に集中しよう。

 十字路を右折した良夜は集団で走ってきていた子供たちを軽いステップで回避し、軽い足取りで道を真っ直ぐと進んでいく。途中で大声でギャーギャー騒ぐ女子高生の集まりに追い付くも、彼は表情を変えることなく華麗にスルー。ついでに言うなら、その後に女子高生集団の横を通った八幡も華麗なスルーを見せつけた。いや、別に誰かに見られてた訳じゃねえけど。

 その後も周囲の環境に全く興味を示さずに、良夜は通学路を軽い調子で歩いていくだけ。尾行している身としてはかなり面白くない状況だ。少しぐらいはトラブルに巻き込まれてくれてもいいのに……そのついでに爆発してくれれば尚良しだ。リア充は一人残らず爆発するが良い!

 と、そこで、八幡はとある違和感に気づいた。

 

「そういえばさ、雪ノ下」

 

『何?』

 

「由比ヶ浜の奴はどうしてるんだ? アイツにしては珍しく部活に参加してねえ気がするんだが……」

 

 自分から率先して奉仕部に入ったぐらいだし、自分からサボる事はないと思うんだが。

 そう思いながらの疑問だったが、どうやらそれは無駄な心配だったようで――

 

『大丈夫。由比ヶ浜さんはちゃんと部活に参加してるわ』

 

「はぁ? じゃあ、由比ヶ浜はそこに居るのか?」

 

『いいえ、彼女はここにはいないわ。今回は別働隊としての参加になってるの』

 

「別働隊?」

 

『そろそろそっちに現れる頃だと思うのだけれど……』

 

「は?」

 

 こっちに現れる? 別働隊? それってもしかして、この通学路にアイツが出現するって事か?

 いやいや、それじゃあ俺の尾行が完全に水の泡になっちゃうじゃん。せっかくステルスヒッキーを作動して完璧なストーキングを見せつけてるのに、これじゃあ何の意味もねえじゃん。いや別に、有意義なストーキングがあるって言ってるわけじゃないんだけどね。でも、ちょっとやるせなくない? なくなくなくない?

 そんな事を思っていると、遂にその異変は発生した。

 

「あ、大隣君だ、どしたの? 一人で下校中?」

 

「俺達これからマックに行くんだけど、もしよかったら大隣君も一緒に来ないか?」

 

「まぁ? あーしは別にどうでもいいんだけど、隼人が誘いたいって言ってるから、ここは参加する事を許可してあげてもいいよ?」

 

 バカとイケメンと女王が現れた!

 八幡は迷わず雪乃に抗議の声を上げた!

 

「考え得る限り最悪の作戦じゃねえか! 何でよりにもよって大隣の前にあの三人を投下するんだよ!?」

 

『アレは由比ヶ浜さんが考案した作戦だから、私はノータッチよ? というか、作戦内容なんて知らされてなかったし……』

 

「そりゃあお前に入ったら絶対に止められるであろう作戦だし、確認作業を省いたのは正しい判断だとは言わざるを得ないな」

 

 俺だって確認しないと思う。もし提示したとしても、その作戦のデメリットとメリットを一つ残らず挙げられ、その改善策について小一時間ぐらい問い詰められる気がしてならない。というか事実、前のテニス部の時も似たような事案は発生していた。ソースは俺。

 クラスメイトの三人に突然囲まれ、流石に足を止める良夜。耳に装着していたイヤホンを外し、目の前に立ちはだかる三人に彼は威嚇するように鋭い視線をぶつけ始めた。

 

「別に。お前らと仲良くして俺になんかメリットでもあるか? 周囲への迷惑も考えずに自分が好きなように振舞うバカ共の仲間入りをしちまうだけだろ? ンなの俺はごめんだね。お前らもっと他の奴らを見習えよ」

 

「んなっ……!?」

 

 うっわ、女王のあんな顔久しぶりに見た気がするわ。因みに、最後にあの顔を見たのは雪ノ下と女王が言い争いをしていた時だ。

 「こいつ、何様な訳!?」「ま、まぁまぁ!」怒り心頭な優美子を柔らかく抑えつける隼人。あと一歩で核爆発が起きてしまうぐらいに緊迫した状況か、良夜は更なる爆弾を投下する。

 

「そうだな、例えば比企谷とかは見習うのには最適だと思う。お前らと違って真面目だし、お前らと違ってすべての物事を自分だけの力で解決できる強さを持ってるからな。……本当、お前らみたいに数揃えないと強気に出れないバカ共は俺にとっちゃ邪魔でしかねえんだよ」

 

 だから、俺には構うな。迷惑だ。

 そう最後に言い残し、良夜は結衣たちの横を通り過ぎて行った。

 その後、心の底からブチ切れていた優美子を隼人が宥め、どこへともなく去って行き、八幡は結衣と合流した。

 結衣は今にも泣きそうに顔を伏せる。

 

「……ごめんね、ヒッキー。失敗しちゃった」

 

「……まぁ、気にすんな。アレは誰だってああなっちまうよ」

 

 川崎沙希以外には心を開かない孤高で孤独のクリエイター。

 そんな彼に話しかけて無事でいられる者なんて、果たしてこの世界には存在するのか。一応は比企谷の事は快く思っている風だったが、それを態度として表に出すことはまずないだろう。

 遠く小さくなっていく良夜の背中を遠目に眺め、八幡は溜め息交じりに雪ノ下への報告作業を行う。

 

「今日はこれ以上の尾行は無理だ。結果は言うまでも無く失敗だな」

 

『了解。それじゃあ、比企谷君は由比ヶ浜さんを家まで送ってあげなさい。因みに拒否権はないわ』

 

「泣いてもいい? ここ最近のお前の俺への態度に絶望しちゃってるんだけど」

 

 そんなやり取りの中で、八幡はふとした違和感に気づいた。

 一人歩く良夜の背中が、微妙に疲れ切っているという違和感に―――。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 比企谷八幡はぼーっとテレビを観ていた。今日は両親が仕事で遅い為、リビングは何とも寂しい状態となっている。一応彼には妹がいるが、受験生である彼女は現在進行形で自室でお勉強中だ。どうせそろそろ飽きが出てきてリビングへとやって来るだろうが、それについての思考はする必要がないだろう。というか、考えるだけ無駄な事だ。

 しかし、考えていることほど現実になるのはこの世の性か。噂をすれば何とやら、ということわざもあるぐらいだから、あながち外れてはいないと思う。

 とにかく、何が言いたいのかというと。

 妹の事を考えた矢先、その妹がリビングへとやってきたのだ。

 

「うぅ……お兄ちゃぁん!」

 

「……コーヒー入れてやるからそこに大人しく座っとけ」

 

「ああん! お兄ちゃん大好き、愛してるー! あ、今の小町的にポイント高いよ?」

 

「心にもねえこと言ってんじゃねえよ」

 

 比企谷小町。

 卑屈で陰険で聡明な兄とは打って変わって、快活明朗でちょっとおバカな可愛らしい妹。それ故に受験勉強に何かと手間取っているのだが、八幡という優秀な兄の存在によってそのマイナスが微妙にカバーされているという、なんとも幸運な少女。それが比企谷家長女、比企谷小町である。

 「~♪」と鼻歌交じりにソファの上で足をばたつかせる小町に呆れつつも、地味な優しさでコーヒーを用意してあげるツンデレ兄。本当は妹大好き愛してるな超絶シスコンであるのだが、それを億尾にも出さないところがなんとも彼らしい。

 コトッ、とテーブルに置かれたコーヒーカップを小町は両手で持ち上げる。

 

「うん、ありがとっ。流石はお兄ちゃんだね」

 

「何だよその意味不明な褒め方は。そして上目遣いやめろ。どうせそれも『小町的にポイント高い』だろ?」

 

「ぶー! お兄ちゃんって本当に女心が分かってないね! 小町は悲しいよっ。よよよ……」

 

「何で微妙に昭和チックなのかなんてツッコまないからな」

 

 相変わらず冷たい八幡に小町は「チッ」と軽く舌打ちする。

 熱々のコーヒーをちょっとずつ舐めるように飲む小町は、兄妹の場における話のタネを提供する事にした。

 

「そういえばさ。お兄ちゃんのクラスに川崎さんっているじゃん?」

 

「ああ、あの不良女か。ってか、何でお前が川崎のこと知ってんだよ」

 

「まぁまぁ、それについては今から話すから急かさない急かなさい」

 

 くいっと小町はコーヒーを呷る。

 

「んで、その川崎さんの弟くん――あ、大志くんっていうんだけどね。なんかそのお姉さんと仲の良い知り合いが最近ちょっと様子が変、って言っててさぁ」

 

「小町。その大志って奴とはどういう関係だ?」

 

「目が怖いんだけど、お兄ちゃん……」

 

 それはきっと気のせいじゃない。何故なら俺は今こんなにも悲しいのだから!

 相変わらず様子がおかしい八幡を苦笑で迎撃し、小町は話を続ける。

 

「様子が変って言っても、別に挙動不審だとかそういう事じゃないらしくて。なんか、何て言うのかなー。お姉さんがバイトで忙しいのはいつも通りなんだけど、その知り合いさんがお姉さん以上に忙しそうなのが気になっててー、って感じでさー」

 

「川崎の知り合い……? もしかして、その知り合いの名前は大隣良夜とかじゃないか?」

 

「あ、そうそう、そんな名前! なに、お兄ちゃんもしかして大隣さんと知り合いなの? 私だけ蚊帳の外なんてちょっと寂しいかも……あ、今の小町的に高ポイントだ」

 

「まぁ、一応クラスメイトだよ」

 

 そしてまさかの隣の席です。

 

「で、大隣はその大志って奴になんか言ったりしてないのか?」

 

「うーん、確か何か言われてたとは言ってた気がするんだけど…………あ、そうそう。大志くん、こんな事も言ってたっけ」

 

 そう言って。

 小町は人差し指を顔の前でくるっと振り――

 

「『姉ちゃんにせめて予備校でも通えよって言っとけ、って言われた』って言ってたよ?」

 

 その瞬間、八幡の頭の中で何かが弾けた。

 それはここ最近の部活動に関係する事であり、自分の隣の席の人格破綻者に大きく関係する事だった。

 そして翌日、比企谷八幡は動き出す。

 川崎と奉仕部の面々――それと良夜を奉仕部の部室に集合させた八幡は、相変わらずの死んだ魚のような目で彼らにこんな言葉を告げた。

 

「謎は、すべて解けた!」

 

 




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 次回、最終回です。

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