悩ましきOL生活~もしもCNPプリンスが会社員だったら~ 作:ふゆきんぐ☆
突き抜けるような青空に、やや熱気を孕んだ風が通り過ぎていく。
すっかり散った桜は青々とした葉をつけて、また一段と生い茂ったようだ。
私は、履き慣れないパンプスで、会社までの道を急いでいた。
(ヤバい、遅刻しちゃうよ……!)
じんわりと額に汗をかく。手元の腕時計は午前8時10分を指していた。始業まであと20分。会社はもう、目と鼻の先である。
「きゃっ……!」
遂に見えた入口に安心したせいか、ちょっとした段差に躓いてしまった。踏ん張って転ばずに済んだものの、前を歩いていた人にぶつかってしまう。
「!ごめんなさい!!」
「あぁ、気にしないで。君は、大丈夫だった?」
そう言って私の顔を覗き込んできたのは、ピンクに近い茶髪の、笑顔が眩しいイケメンだった。
「怪我、しなかった?」
「あ……はい……。」
「そっか、よかった。あ、やべっ、遅刻する!じゃぁ、気を付けてね。」
ニカっと笑ったその笑顔がとにかく眩しい。手を振って去っていくその人の背中をボーっと見つめていた私は、遅刻ギリギリなことを思い出すと、慌ててまた走り出した。
ピっ、と社員証をセキュリティに通し、エレベーターに滑り込む。時刻は8時15分。本当にギリギリだ。危ない危ない。
「おはようございます!」
オフィスに駆け込むと、同期がちょっと溜息を吐きながらこっちを見てきた。彼の名は鬼一太郎。可愛らしい顔立ちをしたイケメンで、料理をしたりと女子力も高く、密かに彼を慕っている女子は多い。
「鬼一くん、おはよう!」
「おはよう。ちょっとギリギリすぎない?」
「今日はちょっと家出るのが遅くなっちゃったの!」
「要は寝坊でしょ。」
「身も蓋もない事言わないでよーーー!」
反論してみるものの、ギリギリになった理由がバレバレで居た堪れない。
「ま、気をつけなよ。転んで怪我でもしたら大変だからさ。」
「うん、ありがと。」
急な優しさに思わずドキっとしてしまう。細められた目の奥が少し光ったような気がしたけれど、気のせいだよね。
そういえば、転びそうになった時、ちょっとだけ足を捻った気がする。席について足首を触ってみると、痛みや違和感は全くなかった。良かった、怪我をしなくて済んだみたい。
パソコンを立ち上げて、仕事に取り掛かれるよう準備をしていると、課長が入って来るのが見えた。
最年少で役職についたと噂の彼は、蛇神独歩。いつも冷静沈着で、とにかく仕事ができるエリート中のエリートだ。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
すれ違う人全員に挨拶をされても、きちんと一人一人挨拶を返している。スマートで、本当に格好いい。
「あ、僕独歩さんに昨日の資料出さなきゃ。補足してほしいんだけど、一緒に来てくれる?」
「え、あ、いいけど、私でいいの?」
「キミが作った資料でしょ。ほら、行くよ。」
席を立ってスタスタと歩き出す鬼一くんの背中を慌てて負う。早々に目的地へと到達した彼は、まだ席に着くかつかないかの課長に資料をズイっと突き出していた。
「はい、昨日の資料。」
「……鬼一、おはよう。」
「おはよ。で、資料。僕渡したからね?」
「そう焦らせんといて。まだ席にもついてへんのやから。」
柔らかな京都弁(だと私は思っている)でふわりと微笑みながら鬼一君を嗜める課長が本当に格好いい。私は一歩下がったところでその様子をただただ見ていた。
「よし、で、資料な。うん、確かに。おおきに。」
「中確認してみて。一応補足もできるから。」
「うーん、そうやなぁ。あれ、ここの数字、どの資料から引っ張ってきたか分かる?」
「どれ?あぁ、コレは僕が作った奴じゃないや。ねぇ、なんでそんなとこに突っ立ってんの?ちょっと来てよ!」
鬼一くんに言われて、慌てて近くに行った。女性社員たちの視線が背中に突き刺さってくる気がするが、何とかこらえて前を向く。
「課長、おはようございます。」
「おはようさん。資料、おおきに。で、ここなんやけど、どこから引っ張ったデータか分かる?」
「えっと……あ、これは、ですね、昨年度の資料から出したもので……。」
一通り説明をすると、どうやら納得してもらえたらしい。資料は無事に受理され、私と鬼一くんは席に戻った。それと同時に、資料を抱えた社員たちが課長の下へこぞって報告に向かっていく。人気者は大変そうだ。
席に戻った私は、ふぅ、と息を吐いて気を取り直すと、今日の仕事に取り掛かった。
しばらく仕事をして、そろそろお昼に向かおうかな、なんて思っていたその時。
「おーい!独歩さん……じゃなかった、蛇神課長、いますかーーー?」
突然、オフィスに大きな声が響き渡った。
オープンスペースのようなオフィスはいつも割と静かなので、余計に声が通るらしい。
「そない大きい声出さんでも大丈夫や。みんなビックリするやろ。」
ちょっと苦笑気味の課長も格好いい。……ではなくて。
入口から一直線に部屋を横切っていくピンクがかった茶色の髪。彼は間違いなく今朝私がぶつかってしまったあのイケメンだった。
その後ろには大柄で短髪のイケメンもいる。
皆、彼らのことを知っているのか、フロアが少しザワつき始めた。
私は、後ろの席にいた同僚の背中をつつく。
「ねぇ、あの人たちって知ってる?」
「当り前じゃない!まさかあんた、知らないの?」
「……何が?」
「何がじゃないわよ!課長と、鬼一くんと、今入って来た二人、同じ学校出身で、一緒に生徒会やってた先輩後輩なの!あんなイケメン揃うことなかなかないでしょ!?他校にファンクラブが出来るくらい有名だったんだから!」
「そ、そうなんだ……。で、課長と、鬼一くんと、後の二人は……?」
聞いてみると、同僚が盛大な溜息を吐いた。
「あんたね、この会社に居てその情報知らない女子ってヤバイよ!営業のホープ、リー・ハオランと、情報部の小鳥遊ホーク主任!社内では四天王と呼ばれているイケメンたちよ。」
「し、四天王……!」
いつの間にか鬼一くんも合流し四人となった彼らから、確かに眩しい程のオーラが漂っている。
「みんなあの人たちとお近づきになりたくて必死なの!そういう意味でうちの部署は本当に恵まれているんだから!」
「そうみたいだね……。ホントだ、他の部署の女子がこっそり集まってきてる。」
「みんな推し活に必死だからね。」
「推し活って、社内で?」
「そ、彼らはみんなのアイドルだから。抜け駆けなんて許さない!ダメ、ゼッタイ!!」
そう言う同僚は、ちょっと鬼気迫る感じでやや怖かった。
私はとりあえずそっと席に戻ると、仕事を再開させた。入れ替わり立ち代わりで様子を見に来る女子たちはよほど暇なのだろうか。
そんなことを考えながら仕事をしていると、ふと影が落ちてきた。
顔を上げると、そこに立っていたのはリー・ハオランその人である。
「君、今朝の子だよね?怪我はなかった?」
「あ、はい!すみません、ご迷惑をおかけしました。」
「全然大丈夫だよ。怪我がなかったならよかった。鬼一の同期なんでしょ?あいつのこと、よろしくね。」
バチンと音が出そうなウインクをもらって、ちょっと意識が飛びそうになる。イケメンのウインク、恐るべしだ。正直あまり耐性がないのでやめてほしい。
後ろに居る小鳥遊さんは言葉を発することなく、会釈だけして去っていった。
「ホークさん、女子がいるとほんと喋らないなぁ~。」
「あの人、女性が苦手なの?」
「そうみたいだねー。けど、君みたいなタイプなら案外話してくれるかもよ?今度話しかけてみたら?」
「いやいや、無理だから!」
そんな話をしながら、彼らが去った方を見やる。何人か、こちらを凄い形相で睨み付けていた女子がいた気がするが、あまり気にしないでおこう。やがて女子の群れは少しずつ解散し始めたようだった。
社内に君臨する、イケメン四天王。
まさか自分が、この先彼らに翻弄されることになるなんて、この時はまだ夢にも思っていなかったのだった。