籠中艶妻記~大貴族の娘と結婚したら、美しい上に聡明で、夫の豪商がすっかり夢中になってしまう話   作:高田正人

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第19話:謁見

 

 

◆◆◆◆

 

 

 宮殿の謁見の間。壮という大国が外部に向けて開くその空間は、まさに一国の威厳と威容の全てが詰まっている。商人の目で私はついつい建築資材や調度品、そして侍従や高官の衣服を見てしまう。宝玉や金銀を散りばめた装飾も悪くないが、私としては柱や周囲の彫刻にむしろ目が引かれる。職人の技量が龍の居城に、仙郷の風をわずかに伝えている。

 

 私とリーシアは、皇帝の前で格式に乗っ取った非常に長い挨拶を述べていた。儀式とはいえ、いささか辟易する程に長い。居並ぶ高官は私たちを品定めする目で見ている。見たところ、年配の人間が目立つ。

 

(若い役人は、軒並み皇太子の支持に回っていると聞いたが本当らしいな)

 

 そしてもう一つ気付いたのは、女官の多さだ。

 

 いずれも賑やかしではなく、れっきとした仕事でここにいる女性たちだ。記録を取る者。資料を控えている者。驚くのは護衛らしき女官もいる。

 

「――朕が定めた婚姻が良縁であると示したこと、嬉しく思うぞ」

 

 謁見の間に皇帝の声が響く。皇帝曹白は、最高権力者相応の恰幅のよい髭を伸ばした男性だった。一国の頂点相応の尊大さと威厳がある。

 

「陛下の聡明にして寛大なお計らい、私どもにとっては身に余る光栄でございます」

 

 私は深々と頭を下げる。

 

(しかし……)

 

 敬意を払いつつも、私はわずかな違和感を覚えた。高官たちの反応が、どこかよそよそしい。まるで、見知らぬ者同士で行う会合のようだ。

 

「ね~え、もういいでしょ。いつまでそんな長い挨拶ばかりしてるの? 私飽きちゃった」

 

 突然、謁見の間に甘ったるい猫なで声が響いた。高官たちがざわつく。

 

「おお、すまんな瑪妃。退屈だったな」

 

 皇帝の威厳が消し飛んだ。玉座に座っているのは、ただの大柄な中年男性だ。

 

「だったら、難しいのは省略しちゃって。日が暮れちゃうわよ」

 

 皇帝の隣で、自分の椅子から体をずらし、甘えるようにしだれかかる一人の女性、いや少女がいる。

 

 リーシアよりも明らかに年下だ。かなり小柄で、見た目も幼い。きらびやかな衣装を身にまとい、あちこちに異国の装身具をつけている。あれは、西方の砂漠の王族が身につける、太陽虫をかたどった首飾りだろうか。各国の珍品を物珍しさから身につけているのか、それとも壮の他国への寛容さを表現しているのかさっぱり分からない。

 

「淘圓来、了理夏。二人とも結婚おめでとう。幸せそうでなによりよ。これからも仲良くしなさい。夫婦の仲良しの秘訣は、隠し事をしないこと。リーシア、そうでしょう?」

 

 私ではなく少女はリーシアに尋ねた。

 

「はい。夫の圓来はいつも私を慈しんで下さります。妻として、心から尊敬できる夫と思っておりますわ」

 

 少女は満足そうにほほ笑む。

 

「あなたがそう言って安心したわ。これからも比翼連理として過ごせることを願っているわよ」

 

 そこまで言ってから、彼女は皇帝の方を見る。

 

「ねえ爸爸(パパ)、これでいいじゃない? 簡単でしょ?」

 

 たちまち皇帝は破顔する。

 

「おお、瑪妃は賢いなあ。よしよし」

「やぁだ爸爸ったら、こんなところでいちゃつくのは禁止だってば」

「そんなこと言って、お前もまんざらでもないではないか。可愛い奴め」

「あはは、くすぐったいってば、爸爸」

 

 皇帝が少女をくすぐると、少女わざとらしく身をくねらせて声を上げる。私とリーシアは一瞬顔を見合わせた。私たちは何を見せられているのだ? 高官たちは「またか」と言わんばかりの顔で次々とため息をついている。

 

 ――あの少女こそが瑪妃だ。皇帝曹白の夫人。つまり皇后である。それなのに皇帝を父親のように呼ぶのは、一時養子だったことが関係あるのだろう。元々瑪妃は皇帝付きの医官の娘だった。それが皇帝の目に留まり、驚くべきことに皇后にまで出世したというわけだ。当然周りの反応はよくない。うっとうしい小娘にしか思っていない者は多いだろう。

 

 何しろ瑪妃はお飾りならともかく、政治に口を出すし伝統に敬意を払わない。しかも皇帝はこの娘以上に年の離れた少女にすっかり骨抜きにされ、政治に消極的となっている。一方皇太子はそれまで偉大な父の陰に隠れていたが、この件を契機に一念発起し、今では宮中で万全の派閥を築いているらしい。……以上の市井の噂は本当だったようだ。

 

「ねえ、そんなことより」

 

 瑪妃が皇帝に膝枕されながら私たちの方を見る。玩具にじゃれつく子ネコのような目つきだ。

 

「あなた、仙碁も棋戦もすごく得意なんでしょ。知ってるわ」

 

 リーシアは頭を下げる。

 

「はい、どうしてお知りになったのでしょうか?」

「楊子黎(ヤン・ツーリー)よ。あの方、私の師なの」

 

 瑪妃は最も高名な棋士の名を挙げた。

 

「この前一局打ったとき、彼はあなたの名前を口にしていたわ。ねえ、一局付き合って。楽しみましょう?」

 

 そして瑪妃はにこにこ顔の皇帝に問う。

 

「いいでしょ、爸爸?」

「もちろんだとも。可愛い瑪妃の頼みなら何でも叶えてやるぞ」

「やったあ、じゃあ決まりね」

 

 こちらを見下ろす瑪妃に、リーシアは深く一礼した。

 

「仰せのままに、皇后様」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

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