籠中艶妻記~大貴族の娘と結婚したら、美しい上に聡明で、夫の豪商がすっかり夢中になってしまう話   作:高田正人

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第2話:婚姻・二

 

 

◆◆◆◆

 

 

 長かった結婚式を終え、ようやく客人たちのある者は帰路につき、ある者は屋敷の各部屋へと案内されていく。私は自室で椅子に腰かけ、大きく息をついた。

 

「ご主人様、何はともあれおめでとうございます」

 

 私が幼い頃から侍従を務めているグエンが、そう言って盃を差し出す。酒だ。私はそれを一口飲むと、「ああ」と短く返事をした。

 

 彼は私よりも年上だったが、私よりずっと背が低く、少年のような見た目をしている。彼もまた龍神信仰とは縁のない者の一人だった。そもそも壮国の人間ではなく、隣国の山岳出身だ。西の方では大地の妖精とも関わりのあると言われている、鍛冶が得意な人種である。

 

「しかし、まさか本当に了家の高慢な女と結婚するとは思いませんでした」

「皇帝陛下の思し召しとあっては致し方ない。私も淘家の人間だ。淘家はこれで本格的に宮廷への足掛かりを得ただろう。了家としても昔日の栄光を再びとまではいかなくても、これ以上領地や私財を売る苦汁を舐めずに済むのはありがたいだろうな」

 

 私は自嘲気味に笑った。たとえどんな理由であれ、私とリーシアはこれで夫婦だ。

 

 名実ともに夫と妻になったのだから、仲良くはしたいものだ。本妻を差し置いて妾を作るのは気が引ける。後継者を巡って骨肉の争いが繰り広げられるのは目に見えているからだ。淘家自体は私の兄が継ぐが、後顧の憂いは断っておきたい。軽く酔ってから、私は彼女の部屋に行くことにした。初日から放っておいては、彼女も気分を害することだろう。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「これからは奥様とお呼びさせていただきます、どうぞよろしくお願い致します」

 

 淘家の侍女たちが揃って礼をするのを、私――了理夏は私室の椅子に腰かけたまま眺めた。

 

「ええ。仲良くしましょう」

 

 私は侍女の顔を見ていく。身の回りの世話をする者たちだから、見栄えよりも信用がおけるかが大事だ。否が応でも、私の人を見る目は磨かれている。

 

 了家が没落の一途を辿り、かつての栄光は祖父や父の手からこぼれ落ちていった。畢竟家にはよくない者もやって来るようになる。手癖の悪い盗人、よその貴族に雇われた間諜、あるいはそもそも質の低い仕事しかできない者。私自身も面談をして、何度もそういった手合いを最初から家に入らせないようにしてきた。ここの侍女の質はよいようだ。

 

「お召し物を替えさせていただきます」

 

 侍女たちが近づき、私は婚礼の衣装から寝間着へと着替えていく。

 

「それにしても、本当にお美しい装束でしたね」

「そうかしら?」

 

 侍女の一人が私の花嫁衣装を受け取って言う。

 

「はい。今日のような婚礼は講談や書物の中でしか見たことがありませんでした。きっと、旦那様もお喜びかと思います」

 

 まだ少女と言っていい侍女は目を輝かせながら私を見ていた。髪飾りを取り、実家から持ってきた箱にしまう。

 

「あら。私の夫は、木石で作った像でも美しい衣を巻き付けておけば喜ぶような人物なのかしら」

 

 私はあえて少し厳しいことを言ってみた。元より了家では淘家の評判は良くない。「ただ金だけを持っている成り上がり」という扱いだ。

 

「いえ……そのようなことは」

 

 私の言葉に一瞬侍女はひるんだが、すぐに言葉を続ける。

 

「旦那様はとても優しい方です。私たちのような下働きにも目をかけて下さいますし、お給金もきちんと支払って下さいます。きっと、奥様と旦那様は似合いのご夫婦になられることでしょう」

「そう。だったらいいわね」

 

 私は絹の寝間着を着せられていく。

 

「いかがでしょうか?」

 

 髪を梳き、侍女が鏡を私に見せた。

 

「いいわね。気に入ったわ」

「ありがとうございます。何なりとおっしゃって下さい。奥様が気に入られるよう精一杯努力いたします」

 

 侍女は嬉しそうにそう言った。どうやら、淘家は守銭奴の家というわけではなさそうだった。私は改めて、夫となる淘圓来の顔を思い出した。

 

 若い優秀な商人と聞いていたけれども、婚礼の席で隣に座ったユエンは、見た目は書画や詩歌をたしなむ風流人のような優しげな顔立ちの青年だった。貪欲な吝嗇家かと思いきや、物腰は穏やかで誰に対しても公平そうな感じだった。婚礼の宴席で粗相をした侍女を叱ることなく、さりげなく失敗を他の客に見えないようにしていたのには感心した。

 

 体形だって不健康に太っていないし、顔だって悪くない。墨のような黒髪に健康的な肌の色。やや厳しそうな口元と、隠しようがない生来の優しさが現れている目元。彼が今日から私の夫だ。否が応でも、それなりに胸が高鳴る。私たちはただの他人ではなく妻と夫になったのだから。了家の女として、恥ずかしくない振る舞いをしたい。

 

「奥様、こちらをどうぞ」

 

 別の侍女が私に盃と外国の酒の瓶を乗せた盆を持ってきた。

 

「珍しいお酒ね」

「今日はおめでたい日ですから。ぜひ奥様にも味わっていただきたいと思っております」

 

 盃に注がれたのは葡萄酒だった。そっと私はそれに口をつける。これからユエンは私のところに来るのだろうか。どんな顔をして迎えようか、そう考えながら。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

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