籠中艶妻記~大貴族の娘と結婚したら、美しい上に聡明で、夫の豪商がすっかり夢中になってしまう話   作:高田正人

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第24話:鴛鴦

 

 

◆◆◆◆

 

 

 淘家の商会は、この首都では数隻の大型船舶を所有している。いずれも商船として物品を運ぶためではなく、運河を行く遊船のための船だ。四季折々の風物を眺めつつ、酒食と奏楽を楽しめる場として、かなりの人気を博している。そのうちの一隻に、私とリーシアはいた。先日皇帝の居城を後にして、私たちは首都での最後の夜をここで過ごしている。

 

 事前に連絡してあったので、この一隻は私たち夫妻の貸し切りだ。折よく、首都では華やかな祭が開催されている。とある英雄が窮山に巣くう魔物を退治した日を祝う祭りだ。色とりどりの提灯があちこちでともされ、その中には英雄や魔物をかたどった大型のものもある。私たちの乗る船が行く川面は、まるで昼間のように明るく照らされていた。

 

 岸では銅鑼や太鼓が打ち鳴らされ、市街のひときわ目立つ舞台では俳優が英雄の物語を派手な振り付けと共に演じている。着飾った人々が楽しげに橋の上から花火を眺め、露天はどこも人であふれている。

 

「すごい数の人ね。さすがは首都。華やかだわ」

 

 船の甲板。私とリーシアは祭りの賑わいを、一歩引いた船上から眺めている。

 

「君もあそこの一人に加わりたかったか?」

「いいえ。さすがにちょっと疲れそう。船の上から眺めている方が楽しいわ」

 

 また花火が打ちあがった。華麗な閃光が夜空を彩る。

 

「ほら、私はここが好き。一番いい場所からあなたと花火を見られるもの」

 

 リーシアの楽しげな顔を、花火の光が鮮やかに照らす。

 

「特等席よ。人混みの中で背伸びをしながら夜空を仰ぎ見るよりも、あなたの隣の方がずっといいわ」

「確かに、ここは特等席だ」

 

 リーシアが私の隣に寄り添う。首都を訪れてから驚きの連続だった。皇帝への謁見。リーシアと皇后である瑪妃との対局。私的な皇帝との会話。リーシアもまた、瑪妃と親交があったらしい。私たちは明日、故郷へと帰る。

 

「でしょう?」

 

 うなずくリーシアの肩を私はそっと抱く。ほっそりとしたその感触が心地よい。

 

「――花火ではなく、君を誰よりも側で見られる場所がここだ」

 

 ああ、ここは私にとっての特等席だ。隣にこうやってリーシアがいるのだから。

 

「もう、ふざけてるの?」

「本気だ。……その、口下手で済まない」

 

 何となく、口にしてから恥ずかしさがこみ上げてきた。まったく、我ながら恋を知ったばかりの少年に等しいぎこちなさだ。いつまで経っても私は、新婚の気分が抜けないらしい。

 

「いいわ。あなたが宮廷で重宝される詩人ではないことくらい、よく知ってるもの」

 

 リーシアにあっさりそう評価されると、つい私は言い訳したくなってしまう。

 

「つまり、私にとって君は花火よりも美しく見えるのであって、その、こういう特別な場所を用意するのも君を想ってのことで、なんと言うか――」

 

 焦る私を見て、リーシアはくすくすと笑うと、そっと自分の細い指を私の唇に当てた。

 

「ふふ。今のあなたを見て、やり手の豪商の三男だって誰が思うかしら。可愛い夫ね、あなたって人は」

 

 私は少年のように顔が赤くなってしまった。

 

「――旦那様、奥方様。お待たせいたしました」

 

 その時ちょうど、船室からホアンが葡萄酒の瓶と盃を二つ持って上がってきた。

 

「あら、それ……」

 

 瓶に見覚えがあったらしく、リーシアが声を上げた。

 

「ウェンの商会を通じて買っておいた。君の好物だからな」

 

 ペルシスの名酒だ。希少な分味と香りがよい。

 

「お酒はほどほどにね。呑みすぎると、やがてお酒の方に呑まれるわよ」

 

 ちゃんと釘を刺すところがリーシアらしい。

 

「でも、ありがとう。私の好きなものを取っておいてくれて」

「夫として当然のことをしただけだ。しかし、君がそう言ってくれると嬉しい」

 

 私は瓶の栓を抜くと、外国の盃に中身を注いだ。

 

「では、俺はこれで失礼します」

 

 ホアンは気を利かせてすぐに下がるが、一枚の印紙を卓に残してあった。何かあればこれで呼べばいい。無言で私たちは見つめあい、互いに盃を傾ける。

 

「あなたと結婚してから、人生が大きく変わったわ」

 

 市街の舞台に目を向けながら、リーシアが呟く。今まさに英雄と魔物が戦っている舞台に、人々がやんやと喝采を送っている。

 

「了家にいたころは、私はあの家の備品の一つでしかなかったわ。父も兄も姉も、了家の栄光を取り戻すことに腐心していて、ほかのすべてをないがしろにしていた」

 

 彼女に私はただ語らせる。むしろ、私は彼女の心情の吐露を聞きたかった。

 

「滑稽よね。もうとっくにあの家は老いて病んでいるのに、それを認めないで血筋にだけすがっているの」

 

 なぜリーシアだけが、了家の淀みに染まらなかったのだろうか。恐らくはそれは、彼女の母と関係があるのだろう。リーシアの母は彼女が幼い頃亡くなったらしい。母として産んだ子はリーシアだけだとか。つまり、リーシアの兄も姉も彼女とは腹違いの兄姉となる。リーシアの実家での孤独に私は思いを馳せる。

 

「あなたのところに嫁いだのも、淘家の財産が目当てよ。祖父は、実家の土地も家宝も売らずに済むのなら孫娘一人くらい安いものだ、とでも思ったのでしょうね」

「だが、淘家にとっても悪くない婚姻だった。我が家は知っての通り伝統とは無縁だからな。了家とつながりができたことは、損得で言うならば確かに得だ」

 

 私は商人としての価値観を口にする。淘家が持ち得ない「伝統ある家柄」がリーシアとの結婚によって我が家にもたらされた。了家の血は、確かに千金の価値があると言えるだろう。彼女の実家の没落を止めることだって、我が淘家の財産で可能である。だが、敢えて言おう。私たちの結婚は、そんな打算で形作られたつまらないものではない。

 

 

◆◆◆◆

 

 

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