Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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Fist of The High Priestess

「そっか、明日には学校に来られそうなんだね。安心したよ」

 

 校長とのお話し合いの次の日、僕は珍しく昼休みを誰もいない屋上で過ごしていた。僕が話しかけている相手はスマホの向こう側にいる。この子との話は余人には聞かせるわけにはいかないため、こうして屋上に出向き、鍵を掛けて誰も立ち入れないようにしていた。

 

「うん。何回も相談に乗ってくれてありがとう」

 

「気にしないで。むしろこうやって話せて僕の方が安心してるんだから」

 

 電話の相手は鈴井さんだ。鴨志田との一件以来、なかなか学校に来ることが出来ないでいたが、少しずつ回復してきたため5月の頭からは再び登校するという。高巻さんのスマホを借りて話して以来、僕は鈴井さんと連絡先を交換して何度か電話で話をしている。

 最初はぎこちなかった彼女も少しずつ慣れてきたのか、今では普通に僕と話せるようにまでなっていた。

 

「ブレザーも借りっぱなしだし」

 

「それはホントに気にする必要無いのに。律儀だなぁ」

 

「ううん。これがあったから、私はちゃんと副会長と話せてるの。あの日誰も来てくれなかったら、私は二度と男の人と話すことすら出来なくなってたかもしれないから……」

 

 僕の行動は幸いにして、彼女に消えないトラウマを刻み付けることを防ぐのに成功していたらしい。それだけであの日身体を張った甲斐があったものだ。

 

「それで、登校出来るようになったのは嬉しいけれど。このまま秀尽に通えそう?」

 

 僕は気になっていたことを尋ねる。回復傾向にあるとはいえ、今の秀尽学園は彼女にとって心に深い傷を与えた場所には違いない。

 鴨志田のこともあり、バレー部で長く休んでいた彼女に対して余計なことを聞く人間は絶対に出てくるだろう。大半は予告状とその後の鴨志田の休養に目を奪われているだろうが、彼女が登校し始めればどうしても耳目を集めてしまう。

 そうした好奇の目は治りつつある彼女の心を再び傷つけてしまう可能性が高い。であるならばいっそのこと環境を変えてしまうのも一つの手段だ。そのことは以前から彼女にも提案はしていた。校長はまたぞろ学園の評判がー、良からぬ噂がー等と喚くだろうが今さらな上に生徒の立場で気にすることでは無いと僕は考えている。

 

「どうだろう……、でもちょっと頑張ってみようと思う」

 

「そっか、辛いことがあったらいつでも言ってね。僕に出来ることなら助けるから。と言っても今の僕は良くも悪くも注目されてるからあんまり話してるとこ見られるのも良くないかもだけどね」

 

「ありがとう。頼りにさせてもらうね」

 

 鈴井さんから返ってきたのは前向きな言葉だった。転校というのもそれはそれで大きなストレスにはなってしまう。そういう意味では学校に問題なく通えるようになり、冷静に自分のことを見れるようになってから考えるのもアリなのかもしれない。僕は僕で性急に事を進めようとしていたのだと自省する。

 鈴井さんがここまで前向きになれたのはやはり親友の高巻さんのお陰だろう。あれから頻繁に鈴井さんの家をお見舞いに行っているらしい。廊下ですれ違うときにたまに報告してくれる。個人的には浅く広い交友関係よりもこうしてしんどいときに寄り添ってくれる深い関係の人間が一人でもいる方がよっぽど財産だと思う。そういう意味では鈴井さんはある意味恵まれているとも言えるだろう。

 

「それじゃ、明日はあんまり無理しないようにね」

 

「うん。ブレザー返しに行くから」

 

「ありがとう。会えるのを楽しみにしてるよ」

 

 それだけ言って通話を終える。心配は尽きないが、高巻さんがついていれば大丈夫だろう。何かあれば今度は自分にも相談に来てくれると思える程度には信頼関係を築けたと自負している。

 僕はスマホをポケットにしまうと屋上の扉を開ける。その瞬間目の前に飛び込んできた誰かの頭が僕の胸にぽすりと収まった。

 

「あっ……」

 

「ん? 新島さん、何してるの?」

 

 質問してみたけれど、何をしていたかは簡単に想像はつく。というより、普段人が来ない屋上にたまたま僕が来たタイミングで新島さんも来たと考える方が不自然だ。

 恐らくは屋上の扉に耳をくっ付けていたんだろう。そして僕が急に扉を開けたから勢い余ってこっちに倒れ込んできてしまった、というところか。何で彼女がそこまでして僕の話を聞きたがったのかは分からないけれども。

 

「べ、別に……。ちょっと新鮮な空気を吸いたかっただけ、といいますか」

 

「……新島さんはそういうの向いてないと思うよ」

 

 露骨に目があらぬ方向へ泳いでいる彼女に僕は善意からアドバイスする。誤魔化し方が下手くそ過ぎる。根が正直すぎる彼女にとってこういった真似は最も不得手な分野だろう。それこそ、こういうのは僕がやるようなことだ。

 

「なら単刀直入に聞かせてもらうけれど、この前ごまかされたことを聞かせてもらえる?」

 

「この前……?」

 

「顔に傷つけて登校してたときのことよ!」

 

 新島さんに言われてようやく思い出した。そういえば一段落したら話すって言っていたっけ。あれから噂への対処だったり鈴井さんのカウンセリングっぽいことだったり雨宮さんとの不定期感想会の開催だったりですっかり忘れていた。

 僕が忘れていたことに新島さんも気付いたのか、不満そうに眉を寄せて眉間にシワを作っている。

 

「忘れてたわね……?」

 

「いやいやまさか。それよりもちょっと離れません?」

 

「離れる……? あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 新島さんはお怒りのようだけれどちょっと距離が近すぎる。何故僕にもたれかかった状態のままで話を続けようとしたのか。それを指摘すれば、しかめ面は照れた表情に変わって彼女は飛び退く。

 

「話を出来てなかったのはごめんね。忘れてたわけじゃなく色々とゴタゴタしてたからタイミングが無かったんだよ」

 

 そしてこれ幸いとばかりに忘れていたことを誤魔化しにかかる。実際ゴタゴタしていたのは事実だからね。

 

「タイミングが無かった、本当に?」

 

「もちろん。気になるなら今日の放課後にでも話すよ。昼休みも終わるしそろそろ戻ろうよ」

 

 僕はそう言って新島さんを宥めすかし、なんとかこの場を切り抜けることに成功した。いや、新島さんの疑うような目を見るにそうでもないかもしれない。

 

 


 

 

「さ、放課後になったわよ。聞かせてもらおうかしら」

 

「HRが終わった瞬間に教室に来て僕を引っ張っていくとか行動力ありすぎじゃない?」

 

 それから午後の授業はいつも通りにやり過ごし、さて約束通り生徒会室に行こうかと思った瞬間に僕は新島さんに拉致され、生徒会室の椅子に座らせられていた。

 

「どこから話したものかな……」

 

 一から十まで話すわけにもいかない。特に鈴井さんの名前なんかは起こったことを考えればあまり口に出すのは憚られた。なのでその辺りはぼかしつつ、ただ去年のこともあってそれなりに突っ込んだところまでは事情を伝えることにする。

 新島さんは僕が話している間ただ黙って話を聞いていたが、机の上に置かれた両手が固く握りしめられていることから彼女の内心が窺えた。

 

「……それで、鴨志田先生と喧嘩して傷だらけになったと」

 

「喧嘩、にしては一方的だったと思っているけどね」

 

 怒りを押し殺した声で呟く新島さんが非常に恐ろしい。

 

「私に相談してくれなかった理由を聞かせてくれる?」

 

「前にも言ったけど事が事だからね。巻き込むわけにはいかなかったんだよ。鴨志田先生って他の先生にも影響力あるじゃない? 僕だけが睨まれるならまだしも生徒会全体が睨まれるのは流石にね」

 

 校長と真っ向から対立しちゃった後は新島さんに色々と面倒事が降り掛かるだろうけど、ごめんねと謝っておく。

 

「そんなことはどうでも良いの。頼ってもらえなかった自分が不甲斐ないわ」

 

 新島さんはそう言って視線を机に落とした。そこまで気に病まなくても良い、というのは僕が言っても逆効果だろうけど。それでも新島さんは気にしすぎだと思う。去年にしたって今年にしたって僕が勝手にやりたいようにやった結果でしかないのだから。そこまで全部気にしていたら新島さんの気が休まらないだろう。

 

「新島さんも忙しいだろうし、あんまり負担を掛けたくなかったんだよ」

 

 以前、ふとしたきっかけで新島さんがお姉さんと二人暮らしをしており、忙しい姉に代わって家事を全て行っているという話を聞いていた。それだけでなく生徒会長として普段から生徒、先生問わずに雑用を振られ、勉強にも手を抜けないとなれば僕としてはあまりこうしたことに巻き込みたくはなかった。

 それを話せば、新島さんの表情は困ったようなものになり、それから大きなため息をついた。

 

「だからって友達がスゴい怪我してるの見たら心配するに決まってるじゃない」

 

「それは、そうだね」

 

 僕も新島さんが顔に傷をつけて登校してこようものなら問答無用で事情を聞き出そうとしただろうことは想像に難くない。それも踏まえて改めて頭を下げる。

 

「ごめんね。自分ならうまくやれるって自惚れてた面があったのは確かだよ」

 

 机に鼻がつくくらいに頭を下げれば、また向かいからは小さなため息。その後に頭にコツンと何かが当たる感触があった。

 顔を上げれば新島さんが困ったような笑みと、こちらに伸ばされた右手。

 

「今度からはちゃんと相談してよね?」

 

「そうさせてもらうよ。鉄拳も喰らったしね」

 

「そんなに強く叩いてないから!」

 

 噂の真相を知りたいというのは彼女も同じだろうが、僕に群がってきた同級生とは違って彼女は僕が話したことをそれ以上に突っ込もうとはしなかった。僕は得難い友人を得たものだ。

 

「そういえば新島さん、今日はこれから少し時間ある?」

 

「え? ええ、予定は特に無いけど」

 

 それなら良かったと席を立つ。

 

「お気に召すかは分からないけど、駅前のカフェにでも行こうか。コーヒー奢るよ」

 

「あ……、フフッ、あなたも律儀よね」

 

 前に新島さんに言われた約束。彼女も忘れていたようだが、僕はきっちり覚えていた。そりゃあこんな美人とお茶できる約束なんて忘れるわけがない。言っていて自分でもカッコつけ過ぎかと思ったけどもう遅い。

 新島さんにからかわれながらも僕達は学園を出る。お願いだからもう少し手加減して弄ってくれないかな……。

 


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