Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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Not malicious but harmful

 バイトとお気に入りのカフェでの読書、そして少しの勉強とこの上なく模範的な態度で過ごしたゴールデンウィークの三日間は終わりを告げ、今日からまた高校に真面目に通う日々が始まる。

 

「あーあ、ゴールデンウィークが終わったと思ったら来週には試験だぜ」

 

「朝から憂鬱なこと言うなよ……」

 

 最寄り駅から学校に向かうまでの道すがら、そんな雑談が耳に届く。そういえば雨宮さんは大丈夫だろうか。学校が違えば授業の進度も違うし、何より秀尽のカリキュラムはやや特殊だ。

 などとつらつらと考えながら歩いていると、校門前に人だかりができているのが目に入る。それにがやがやと騒がしい。僕も別に情緒が枯れているわけではないので、何が起きているのかは気になるのだ。群衆の後ろからその中心を見ようと背伸びをしてみれば、

 

「では鴨志田容疑者の体罰について知っていた人はそう多くないと?」

 

「むしろ結構人気だったしね、鴨志田先生」

 

「だよね。私も知らなかったし。詳しく知ってたのって副会長じゃないかなぁ」

 

 スーツに身を包んだ女性がうちの学生にマイクを向けてうんうんと頷いている。それを少し離れたところから撮影しているのは両手で抱えられる程度のカメラを構えた男性。彼は地上波キー局の名前が印刷されたシャツを身に付けていた。なるほど、ゴールデンウィークも終わって学生が登校してくるこの日を狙ったのか。鴨志田先生の行いのデータを提出した僕に対しては、人目を避けるように警察が家を訪ねてきて二、三質問をして帰っていく程度であり、マスコミが家に押し掛けてくることはなかった。その辺りは事情聴取に来た警察の人が気を遣って名前を出さないでいてくれたのだろうか。

 何にせよ、ここでマスコミに捕まると面倒な上、折角気を遣ってくれたかもしれない警察の人の気持ちを無駄にしてしまう。僕は昇降口に向かおうと踵を返そうとした。

 

「あ! あそこにいるのがその副会長ですよ」

 

 だがそういうときほど上手く行かないのが世の常。僕の背に掛けられた声、それと同時に背中に突き刺さる数多の視線に、僕はそれらを無視して歩を進めるという選択肢を奪われてしまった。

 ため息が半分ほど口から漏れだしそうになりながら振り返ると、マイクを携えたリポーターがニコニコと愛想の良い笑みを浮かべながらこちらに歩いてきているのが見えた。カメラマンの男ももちろん一緒だ。

 

「あなたが副会長の海藤くんですね。少しお話聞かせてもらっても良いですか?」

 

 疑問の形を取っているものの、マイクは既にこちらに向けられている。笑顔に見えて、その目の奥にギラギラと光る執念は僕を逃してなるものかと雄弁に語っていた。つまり拒否することなど出来ないということだ。

 

「……なんでしょうか」

 

「鴨志田容疑者の体罰について、彼が出頭する前からそのことを把握されていたそうですが、それは本当ですか?」

 

 せめてもの抵抗として渋々、という感情を隠すこと無く返してみたけれど、リポーターの女性には何も堪えていないようだ。インタビューなんて、普通の高校生だったら喜ぶところなのだろうか。僕としてはこうして人の触れられたくないところに無遠慮に踏み込もうとするところは好きになれないのだけれど。

 

「本当ですよ」

 

 どうせ警察から話を聞いているのだろうから、ここで知らなかったと嘘をついても良いことはない。さっさと答えるべきことを答えて終わらせてしまうのが吉だろう。

 余計なことは言わず、訊かれたことだけに答える。僕の返答にこちらが内心警戒していることが伝わったのか、リポーターの女性の眉が微かにピクリと動く。注視してなければ気付けないほどの変化だったけれど。

 

「では今までその情報を表に出さなかった理由は?」

 

「色々と事情があったので」

 

 校長に脅されていたから、とは流石に言えない。別に彼の進退がどうなろうと知ったことではないが、それで他の生徒に累が及ぶのも望むところではないからだ。僕だって積極的に母校の悪評をばらまきたいわけじゃない。それにこういう話はこんな所ではなく、きちんと信用できる人に渡すべきものだ。決してお茶の間を一時賑わわせて終わらせてしまうような形で消費されるべきものじゃない。

 

「その事情とは?」

 

「申し訳ないですが、言いたくありません」

 

「では鴨志田容疑者についてはどう思われますか? その行いを知っていながら隠していたということは彼の行動を黙認していたということですか?」

 

 とてもじゃないが高校生に向けるべき質問じゃないだろ、これ。という言葉が喉まで出かかったが、グッと堪える。こちらから半ば喧嘩を吹っ掛けたようなものだ。相手の追求が強くなるのも当然と言えば当然。

 

「黙認していたわけじゃありません。ただ、自分に出来ることをしていました。鴨志田先生のことをどう思っていたか、についてですが。もちろんあの人のやっていたことは許されることじゃありません。なのできちんと自身の行いを受け止め、被害者への謝罪、反省をして欲しいと思っています。少なくともバレーボール選手として偉大であったことには変わりないですから」

 

「体罰や性的暴行をしていたことについて特に思うところはないと?」

 

 リポーターの女性が引き出したかった言葉は恐らく警察から聞き出せなかった鴨志田先生の普段の校内での振る舞いとそれに対する生徒の嫌悪の感情だろう。だから色々と僕に対してこんな穿った質問をする。特に鴨志田先生の行いが校内では巧妙に隠されており、それを知っていた中でバレー部とはあまり関わりが無い僕のような生徒の言葉というのは貴重な撮れ高になるだろうから。

 

「許されることじゃない、と言いましたが」

 

「それだけですか?」

 

「どのような裁きが下されるかは僕ではなく警察や裁判所のお仕事ですから。ただ鴨志田先生が出頭した日、彼は自らの行いを深く悔いていました。本心から後悔している人をそれ以上貶めるようなことを言うつもりはありません。直接の被害者でもないですから」

 

 彼に何か言えるとしたら、それは彼の被害者だと僕は思っている。彼らに頼まれたわけでもないのに彼らの代弁者になるつもりは僕には無かった。それはさっきも言った通り警察や裁判所の仕事だ。

 

「鴨志田容疑者が突然自白したことに対してきっかけのようなものに心当たりはありますか?」

 

 これ以上質問を重ねても望む言葉を引き出すことは出来ないと感じたのか、リポーターは質問を変えてきた。

 

「さあ。僕にはさっぱりです」

 

「自白の前に鴨志田容疑者と揉めたとも聞いていますが」

 

 インタビューした生徒の誰かから聞き出したのか。この話を深掘りされると僕だけじゃなく鈴井さんまで巻き込んでしまうことになるのでしらばっくれる選択しか僕にはない。

 

「特に揉めたとかはありませんよ」

 

「ですが……」

 

 尚も食い下がろうとするリポーターの言葉を無視してこれ見よがしに腕時計に視線を落として見せる。

 

「すみませんがもう行っても? HRが始まる時間になりますし」

 

 時刻は8時15分。今日は少しのんびりと家を出たため、あんまり余裕も無かったのだ。暗にこれ以上答えてやるつもりもないと腕時計を指差す。

 

「……お忙しいところありがとうございました」

 

「ええ。そちらこそご苦労様です。あまり大したことが答えられずすみません」

 

 声の調子こそ変わっていないが、面白くなさそうに目は剣呑な光を放っているリポーターに頭を下げると、僕は改めて昇降口へと歩を進める。それと共に周囲で足を止めて聞いていた生徒達もこちらを見てヒソヒソと話しながら同じように昇降口へと向かっていく。

 鴨志田先生の仕出かしたことは許されない。これは確かなことだ。けれど、あのとき泣きじゃくっていた鴨志田先生をそれ以上追い討ちするような真似は僕には出来ない。少なくとも、真に反省している人には更正のチャンスを与えるのがこの国の法なのだから。もちろん被害者からしたら許せることではないのは理解している。僕だって直接被害を受けていたらこんなことを言えないかもしれない。でも鴨志田先生が流した涙が嘘じゃないってことを、誰か一人くらいは信じてあげても良いと思うのだ。

 

 


 

 

「改めて、あのときはありがとう」

 

「本当に律儀だね、鈴井さん」

 

 放課後、いつもの通り生徒会室で時間を潰していた僕のところに、高巻さんを伴って現れた鈴井さんはそう言ってクリーニング済みのブレザーを僕に差し出してきた。

 それを受けとりながら、僕は彼女らを椅子に座らせてコーヒーを淹れる。ゴールデンウィークも過ぎると徐々に気温も上がってきているけど、まだホットコーヒーでも許されるだろう。

 

「電話でも言っていたけど気にしなくても良かったのに」

 

「私が杏と一緒にまだ秀尽に通えてるのは副会長のお陰だから、これくらいしないと」

 

 まだ少しぎこちないものの、微かに微笑んだ鈴井さんに安心して僕はコーヒーに口をつける。こうして少しでも笑えること、そして高巻さんや雨宮さん、坂本くん、それ以外にも彼女のクラスメイトが気に掛けてくれるだろうから鈴井さんはこれからも何とか秀尽に通うことが出来るだろう。それから少しの時間、彼女らと談笑を楽しんでからバレー部にも顔を出していくという彼女達を見送った。

 それからまた読書に戻ってしばらく経った頃、生徒会室の扉が開く音に視線を上げれば、新島さんが浮かない表情でそこに立っていた。

 

「や、新島さん。何か浮かない顔してるけど、どうしたの?」

 

「海藤くん……。いえ、なんでもないわ」

 

 何かを言いたそうに口を開いた新島さんだったが、何も言わないまま再び口を閉ざすと、椅子に座って物思いに沈んでしまう。気になるのは気になるが、彼女が話したがらないのなら無理に聞き出すこともないだろうと思って再び本に視線を戻す。

 それからも彼女は何かを言おうか言うまいかと僕をチラチラと盗み見ては口を開いては閉じを繰り返していたが、何も会話が無いまま時間が過ぎていく。今日は珍しいことに先生方から押し付けられた仕事も無い、というより鴨志田先生の件で殺到しているであろう問い合わせに忙殺されているのかもしれない。いずれにせよ、このまま下校時間まで暇を潰すことになるかもな、などと考えているとポケットの中のスマホが震えるのを感じた。

 何かと思って見てみれば、チャットアプリの通知画面にどこかのWebサイトのURLが貼られているのが目に入る。どうやらクラスの情報通がクラスメイト達のグループチャットに貼り付けたらしい。少し気になったのでリンク先に飛んでみれば、赤と黒を貴重とした派手な装いのサイトトップページに飛ばされる。そのサイト名は、

 

「怪盗お願いチャンネル……?」

 

 またぞろ胡乱なサイトがあったものだ。どうやら鴨志田先生の騒ぎの後、つい最近立ち上がったサイトらしい。あの日突然人が変わって罪を自白した鴨志田先生のように、改心させたい人はいませんかと問うそのサイトには、匿名掲示板まで用意されていて、中々の賑わいを見せていた。

 

「怪盗!?」

 

 そして僕の呟きに先程まで静かだった新島さんが初めて大きな反応を見せた。机に身を乗り出し、僕のスマホに視線を注いでいる。

 

「う、うん。何かクラスのグループチャットにURLが貼られてね。こんなサイトがあるみたいだよ」

 

 そういってスマホの画面を向けてみれば、それを食い入るように見つめる新島さん。

 

「こんなふざけたもの……」

 

 そして静かに、けれど忌々しそうに呟いた。なるほど、彼女の悩みはこの怪盗騒ぎ絡みのことらしい。

 

「まさか海藤くんもこのサイトで何かお願いしようなんて考えてないわよね?」

 

「僕が? まさか」

 

 据わった目を僕に向ける彼女に対して、肩を竦めて返す。

 

「あいにくとこういうのを手放しで信じられるほど可愛げのある性格じゃないしね」

 

「そう……そう、よね……」

 

 そう言うと新島さんは顎に手をやってうんうんと唸り始める。その様子から彼女が何に悩んでいるのか、どんな面倒事を抱えてしまったのかは大体想像ついてしまった。

 またあの校長が無茶振りをしたんだろうな。記者会見もして、マスコミに色々追求されたみたいだし、そして僕にはあまり頼れないとなればあの人が次に頼りそうなのは誰かなんて容易に予想できる。

 

「にしても、怪盗お願いチャンネルとはまた……」

 

 僕は再び手元のスマホに目をやる。誰がこんなサイトを作ったのかは分からないけれど、どこまで本気なんだろうか。遊びなんだとしたらまだ話が大きくなる前に消しておいて欲しいものだけど。

 

 改心依頼、と名付けられたページに次から次へと書き込まれていく顔も名前も知らない誰かの悲痛な叫びとその苦しみを強いたであろう人の名前。ページを更新する度に増えるそれを見ながら、僕は今度こそ今朝から堪えていたため息を溢したのだった。


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